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自分の本質を忘れてはいけない。

いやはや、女王の名前といい、精霊種の情報といい。

気付いたらこの戦いに懸かってる物が増えてしまったなぁ。


頭の横を通り抜ける炎の塊に顔を顰めながら、そんなことを思う。


「ったく、炎弾をその紙一重で躱すかよ・・・」

「熱いことは熱いですけどね。」


髪が焦げるかと思った。ただまあ、単純な炎弾なら簡単に避けられる。

これが蒼い炎になると、『劫炎弾』という更に高度で高温な魔法になる。しかも、劫炎弾は発動後に任意のタイミングで爆発させることが出来るため紙一重の回避なんて出来ない。


これ程巧みに魔法を使うのだから、劫炎弾も使えないわけは無いと思うけど・・・確実にミレイユを巻き込んでしまうからか、あまり高威力の魔法は使ってこない。


水系統の魔法は少し厄介だけど、追尾性能には限界がある。何度か物量で攻められたけど、その程度の攻撃に対応できないようなら、とっくに女王に負けている。


全体的に、彼の攻撃は今のところ脅威足りえない。少なくとも、彼がミレイユを気にしているうちは僕が彼から有効打を受けることはない。

の、だけど。


「・・・それ(・・)、連発出来ちゃったら流石に反則じゃないですかね。」

「出力を調整してるだけだ。自分の攻撃力不足を恨むんだな。」

「それを言われちゃったら何も言い返せないんですけど。」


こちらの攻撃も、有効打・・・どころか彼に触れることすらできていない。


ドットイージス。正式名称じゃないらしいけど、とりあえずそう呼称するとして。

彼は、それを連発してくる。その卓越した魔力操作技術をもって、最も効率よく障壁を張ってくるのだ。


「誰にでも出来ることではないですよね?さっきの精霊種は誰もそんなことしてこなかったし。」

「一応これでも、英雄ってことになってるんでな・・・!」

「うわっと!」


距離を詰められ、風切り音と共に掌底が繰り出される。

彼が強化されているのかは知らないけど、その攻撃はやはり鋭い。


とはいえ、前兆はとても読みやすい。呼吸や筋肉の動きはないけど、視線や四肢の動きの流れがとても素直だ。

それが演技のようにも感じないし、彼もまたヒルダと同様に強者故の直情さがあるのだろう。


「チッ、やっぱり当たらねえか。うちの女王の拳を凌いでいただけはある。」

「あなたが全力で殺しに来たらどうなるかわかりませんけどね。」

「言ってろ!」


続けて繰り出される蹴りを横にズレながら躱す。そのまま無防備な背中にトンファーを連続で叩きつけるが、その全てが弾かれる。


「完全に死角のはずなんですけどね・・・やっぱり、目では見てないってことですか。」

「目だけで見てるわけじゃない、って方が正しいな。本質的に、俺たちのこの姿は模倣に過ぎねえ。」

「おや、精霊種の話は終わったら、ってことじゃ無かったですか?」

「茶化すな、よ!」


素早い後ろ回し蹴り。下手にトンファーで受けようものなら吹き飛ばされるだけじゃ済まないだろう。

ドットイージスのせいで受け流すことも出来ない。

結局、回避しかない。

ちなみに、ミレイユはさっきからもう目を瞑って必死に僕にしがみついている。言葉を発する余裕もないみたいだ。


攻撃を避け、ちらりとヒルダの方を見る。


「うわ、すご・・・」

「さっき戦った時から思ってたが、お前の連れもヤバすぎるな。お前の言葉を借りるなら、殺す気でこられてたら流石に厳しかった。」

「いや、あなたがたの女王も相当ですよ。なんで鬼神のヒルダと格闘戦で同等以上に渡り合ってるんですか。」


一瞬、互いに手を止めてその戦いに目を奪われる。

視線の先では、ヒルダが流麗な蹴りを女王に放っていた。


「はぁっ!」

「素直すぎるのぅ。当たらぬよ。」

「っ、これなら!」

「おお、怖い怖い。触れただけで消し飛びそうじゃ。」


まるで舞踊のような美しさすら感じるヒルダの攻撃を、女王は笑みすら浮かべながらいなしていく。

ヒルダの攻撃は、間違いなく致死の威力を持っているが・・・

僕と戦った時と同じだ。攻撃の前兆を全て読み取られている。


「っ、ならば!」


ヒルダの角が、淡く光を放つ。

霊力による身体強化だ。その速度は、もはや拳が空気を切り裂く音がここまで聞こえて来るほどだ。

が、しかし。


「速さだけでは、どうにもならんぞ?」

「くぅっ!?」


ヒルダの拳が、見えない壁に弾かれる。

とてつもない硬度となったその魔力の壁は、攻撃の威力をそのまま反動として返す。


「っ、戦いで痛みを感じるのは、母との訓練以来ですよ。」

「くくっ、今のはぬし自身の力が跳ね返っただけじゃがな。」


苦い顔をして自らの手をさするヒルダ。

あー、これはちょっとまずいかも。僕にはよく分からなかったけど、女王は戦闘技術が常軌を逸しているみたいだ。

力押しで戦う鬼の流儀では、苦戦しても仕方ない。


「・・・それでも、僕がやるよりはマシだとは思うけど。」

「シ、シルヴァ?大丈夫?」

「ああ、放っておいてごめんね、ミレイユ。このままだとヒルダが危ないし・・・どうにか彼を倒して、助けに行かないとね。」


そのための算段も、実はついていないわけじゃない。僕だって、無駄に何度も通らない攻撃をしていた訳じゃないのだ。


僕は自分への確認も兼ねて、ミレイユに簡単に説明する。


「精霊種の持つ技能の中で最も厄介なのは、やっぱり攻撃の予測なんだよね。視界の外からでも、相手の存在を認知さえしていればその攻撃を予想できる。もしかしたらミレイユも、彼の攻撃を少し予知できてたんじゃないかな?」

「は、速すぎて『よく分からなかった』けど・・・でも言われてみれば、あんなに早いのに『全く分からない』わけじゃなかった、かも。」

「うん、戦闘経験の全くないミレイユでもある程度わかるってことは、これは技術って言うよりもっと感覚的なものだと思うんだよね。」


で、精霊種にはもうひとつ特殊な力がある。


「感覚的なもの、っていうと、ミレイユの言っていた魂の色もそう。何か特別な訓練も必要とせず、精霊種であれば誰でも認識することが出来る。」


のだと、思う。サンプルが少なすぎて断言は出来ないけど。


「それで、『魂の色』っていういかにもスピリチュアルな響きで少し戸惑ったけど・・・僕の物も見えている以上、それは上位元素によるものじゃない。」

「えっと・・・じゃあ、どういうものなの?」

「いやそこまではわかんない。」

「え、えぇ・・・」


だって僕は学者じゃないし。生態の追求は薬師の領分ではないってことだ。

ただ、女王が気になる事を言っていた。


深層励起を使った時に、魂の色が澱んだ、と。

使う前後で僕に起こる大きな変化は、脳機能の強化、すなわち思考の高速化だ。


ここからは、完全に推測になるけど。もし、何らかの方法で思考を読み取っているとしたら。その情報の密度が異常に高くなれば、澱んだとも言い換えられるのではないか。


「・・・まあ結局、試してみるしかないんだよね。」

「シルヴァ・・・?」


僕の呟きに不安そうな顔を浮かべるミレイユに、努めて明るく笑いかける。


「ミレイユ、これからちょーっと危なくなるけど我慢してね。」

「え、どう、いう、意味・・・?」

「さっき以上にギリギリの回避になると思うから、怖いと思うけど・・・なんだったら目を瞑っていていいからさ。」


自分なりに整理はついた。停滞した状況を変えるのは、いつだって思い切った一手だ。

リスクを呑み込んだ行動なんていつもの事だ。


「・・・のんびりおしゃべりとは余裕だな。」

「ただ耐えるだけなら、余裕とも言えるかも知れませんね。でも、それだけで解決するような状況でもないので・・・」


僕は一つの薬を取り出す。小瓶に入った怪しい色の液体だ。


「ちょっと、奥の手を使わせて貰います。」


僕はその液体を躊躇なく飲み込む。酷い苦味と、舌に若干の痺れ。まあ仕方ない。どちらかと言えば、これは毒だし。

これはあくまで奥の手であって切り札じゃない。使わずに済むなら使いたく無かった。


「うえぇ・・・」

「・・・なに、してやがる?」


訝しむようにこちらを見る彼に、僕は文字通り苦い顔を返す。


「言ったじゃないですか、奥の手ですよ。」


説明する義理はない・・・っていうか、説明して万が一対策されても困る。


さて、僕の突然の行動を警戒してか、彼の攻撃が止まっている。

この機を逃す手は無い。


「・・・っ、はぁっ!」


先程より気持ち重くなった(・・・・・)体を、気合いを込めて動かす。

初動は少し遅いが、動き出してしまえば問題なく体はついてくる。


「っ、遅い・・・?」


僕の動きに僅かな違和感を感じたのか、彼は一瞬怪訝そうな表情を浮かべた。しかし、すぐに体勢を整え迎撃してきた。この辺りは、さすがと言うべきか。


初撃は拳に弾かれる。そこは織り込み済みなので、構わず連撃を続ける。

見つけるのは、一瞬の隙で良い。


僕の予想が正しければ、それで通る(・・)はずだ。


「っ潰せ、氷塊!」

「くっ・・・!」


生成された氷塊が、僕の頬を掠める。先程までは余裕で避けられたけど、今は体の反応が遅いせいでギリギリだ。

しかし、機は見えた。


「ここ、だ!」


回避の流れのまま、トンファーを振り抜く。絶対に肉体では対応できない場所への攻撃。


先程までであれば、この会心の一撃すら不可視の障壁に阻まれていた。

だけど。


「がっ・・・!?」

「よし、通った!」


振り抜いたトンファーは、何にも止められることなく、彼の体を打ち抜いた。

その手応えに、僕は思わず喜びの声を漏らす。


「な、なん、だと・・・!?」


吹き飛ばされた彼が、頭を振りながら驚愕の表情を浮かべながらこちらを見ている。


そんな彼に、僕は挑戦的な笑みを浮かべる。

僕の頬には先程の氷によって一本の切り傷がつけられ、そこから僅かに血が流れている。


「これで、互いに相手を倒しうる状態になったわけですね。」

「っ、なるほど、お前の動きが遅くなったのも気のせいじゃねえって訳か。なんで攻撃が防げなかったのかはわかんねえが・・・」


改めて、互いに向き合う。

彼も既に落ち着きを取り戻し、何処か楽しそうな表情を浮かべている。


「良いだろう、持久戦は趣味じゃねえ。早いとこ、決着を付けるとするか。」

「望むところです、よ!」


そして、僕達は互いに笑いながら。

共に、その死地へと身を投じた。

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