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気を使える大人になりたい

先の手紙では、とりあえずの希望の日時を伝えていた。

ただもちろん、向こうの都合もあるだろうから返信があればそちらに合わせるつもりだ。


といっても、そもそも手紙を読んでくれるのがいつになるかも未知数だ。

こればっかりは焦っても仕方ないし、僕にできるのは待つことだけだ。


とりあえず今日は、昨日査定を依頼した素材の報酬を受け取りに仲介所に来ていた。


の、だけど。


「来たか。待っていたぞ、フォーリス殿。」

「・・・レ、レオニール、さん?」


仲介所に入った僕を出迎えたのは、なんとレオニールさんだった。


・・・って、いやいやいや、なんで?

流石にフットワーク軽すぎるとかそういうレベルじゃない。


混乱する僕に構わず、レオニールさんは話を進める。


「霊視水晶を使うには、仲介所等の許可区画などの中でなければならないという規則があってな。ここまで出向いたわけだ。」

「・・・いや、僕あの手紙に霊視水晶の事何も書いてないはずなんですけど。」


霊視水晶、という言葉をミレイユは書けなかったので、手紙にその事が書いてあったはずがない。


「なんでそこまで分かってるんですか・・・?」

「それは些末な事だ。君にとって、『どうやって』は今重要ではないだろう?」

「・・・ま、そうですね。」


とりあえず肯定する。正直重要じゃないこともないんだけど、確かに優先順位は高くない。

ここは一旦流して、後々しっかり考えよう。流石に、何か理由はあるはずだし。


「では、話を進めましょうか。いやまあ、進める前に結論まで来てるんですけど。」

「霊視水晶による霊視だな。今回はシャクシャクか所有するオリジナルの物を使うため、文字ではなく映像で情報を得られる。ただ先程も言ったが、情報管理の観点で仲介所の外で霊視を行うことは出来ない。」

「・・・その感じだと、公的な利用になりますよね?その、大丈夫なんですか、記録とか・・・」


もちろん、積極的に不正利用を頼むつもりはなかった、けども・・・

ミレイユの存在を多くの人に知られるのは避けたい。というか、それを容認するならそもそもレオニールさんに頼んだりしない。


「なに、心配するな。霊視水晶のような情報に関連する魔導遺産の取扱は厳格な規則が定められていてな。犯罪者などに使われる場合を除き、当事者と担当者以外に情報が開示されることは無い。そして今回その担当者は私だ。」

「・・・至れり尽くせり、ですね。」


ほんと、どこまでこっちの事情を知っているんだろう?


「君の都合さえ良ければ今からでも霊視を行えるが・・・どうする?」

「・・・まあ、先延ばしにする意味もありませんか。ただ、今は人目が多いですからね。」


朝の仲介所は人で溢れている。

戦闘以外の些細な仕事しかないからこそ、割のいい仕事を求めて多くの人が来るのだろう。


「可能な限り、ミレイユ・・・例の少女を人目に晒したくありません。彼女がストレスを感じるでしょうし。」

「ふむ・・・その点は手を打ってある。」


そこでレオニールさんは受付のお姉さんに目配せをする。


「駐留軍名義で依頼を発注する。先程渡した資料の通り頼む。」

「は、はい。承知致しました。」


お姉さんは気圧されたように、しかししっかりと頷くと立ち上がり掲示板に紙を貼る。

それは他のものとは違い上質な素材の紙であり、とても丈夫そうだ。


「あれは?」

「なに、ただの依頼だ。配給の手伝いやほかの町からの支援物資の整理などのな。ただ、駐留軍名義でかなり報酬に色を付けている。これで大抵の者はそちらに流れるだろう。」

「・・・なぜそこまで、とは今更聞きませんけども。」


このコストも低いということは無いはずだ。

内容的に、確かに今のシャクシャクに必要なものではあると思うけど・・・

わざわざ報酬を上乗せするなんて、どれほど僕から得られる情報に価値を見出しているんだろう?


そうこうしているうちに、仲介所にいた多くの人はあっという間にいなくなってしまった。

少しその紙を見てみると、なるほど確かに破格の条件だ。


「おお・・・こんなに出せるんですね。」

「ふっ、君が納品してくれた希少素材のおかげだな。その実績と利益でかなりの予算を自由に動かせる。」

「あ、そうなんですか。そういうことならまあ、色々遠慮なくお世話になりますかね。」


細かい理由とかは色々気になるけど、さっきも言った通りそこの重要度は高くない。


今、これ以上を聞いても何にもならないし。

となれば、さっさと話を進めて早く行動を起こしたい。


もう準備は十分だ。


シャクシャクは良いところだけど、そこまで長居する気もない。

義理を果たして早いところ旅を再開するためにも、もはや足踏みは必要ない。


「では、ミレイユを連れてきます。すぐに戻ってくるので準備があるならお願いします」

「ああ、承知した。」


頷くレオニールさんに軽く頭を下げ、僕は宿に戻る。ミレイユは今日もヒルダと一緒に魔法の練習をしているから、2人ともすぐに連れてこられるはずだ。


そして、霊視の結果によっては明日の朝にでも動く。いつまでも宿の部屋にミレイユを閉じ込めておく訳にもいかない。


せめて、ミレイユが前を向いて街を歩きたいと思った時に、そう出来るようにはしないと、ね。




宿に戻ってヒルダとミレイユに事情を話すと、二人とも魔法の練習を中断してついてきてくれた。

ちなみに、今ミレイユの髪は茶色だ。

残念ながら、例の帽子は見つからなかったし、新しいのを編む時間も無かった。

ヒルダもこの魔法にだいぶ慣れたようで、今はそこまで集中しなくてもかなり長時間維持できるらしい。


さて、そんなこんなで緊張した様子のミレイユを、ヒルダと一緒にそれとなく庇いながら仲介所まで来た。


先程居た時から大して時間は経っていないのに、もう既にほとんど人が居ない。

すごい効果だなぁ。


「えーっと、レオニールさんは・・・」


周囲を軽く見てみるも、どうにもその姿が認められない。

人もほとんど居ないし、すぐ見つかると思ったんだけど・・・


そう思いながらキョロキョロしている僕に気づき、受付のお姉さんが声をかけてくる。


「あ、フォーリス様、戻られたのですね。」

「はい。それで、早速レオニールさんと話したいんですけど・・・」

「かしこまりました。奥の部屋でお待ちになっていますので、ご案内しますね。」


どうやら、既に準備を進めていてくれたようだ。それに、人が減ったからこそレオニールさんのような有名な人が居たら目立ってしまうし、気を使ってくれたのかもしれない。


「よし・・・じゃあ行こうか。さっきも説明したけど、これからミレイユには霊視水晶、っていうものを使ってもらうね。これを使えば、ミレイユでもわからない精霊種の里の場所がわかるかもしれないから。」

「う、うん。」

「心配しなくても、必要ないところは見ないから。」


嫌ならいい、とは言わない。ここでミレイユの協力もなしに解決出来ると言えるほど、僕は自惚れてはいない。


「だ、大丈夫・・・!その、これでわたしが役に立てるなら、やりたい。」

「そっか。うん、ありがとうね、ミレイユ。」


軽くミレイユの頭を撫でる。

なんというか、ちょうどいい高さに頭があるんだよね。


僕はそのままヒルダに視線を向ける。


「ヒルダ、とりあえず魔法は使ったままでお願い。個人的にレオニールさんは信用できるけど、不要なリスクは減らしておきたい。」

「ええ、任せてください。・・・それにしても、色々動いているとは思っていましたが、シルヴァは一人で全部やってしまいましたね。」

「あはは、まあ巡り合わせだね。たまたまグイーラさんと戦うことになって、たまたまレオニールさんと縁ができた。僕が自発的にやったことなんて何も無いよ。」


もっと言えば、ミレイユを見つけたのもたまたまだ。


基本的に流れにそって、しかしそれに流されるままにならないように行動してきただけだ。

これはシャクシャクに限らず、今までずっとそうしてきた。


「それに、本番はこれからだしね。・・・さて、失礼しまーす。」


僕は案内された部屋の扉を軽くノックしてそのまま開ける。

この前の反省から、普段は基本的に相手の返事を待つようにしているけど・・・

ちょっとした悪戯心だ。ていうか、あの人なら多分全く驚かない。


「ふむ、来たな。その少女が例の・・・いや、ともかく座るといい。」


扉を開けると、やはり泰然とした様子で椅子に座るレオニールさんの姿。


「お待たせしました。・・・えっと、まずは紹介させてもらいますね。この子はミレイユです。そうだな・・・ヒルダ、魔法を解いてもらっていい?」

「はい、わかりました。いいですか、ミレイユ?」


ミレイユが頷いたのを確認したヒルダは魔法を解除する。

もう慣れたものって感じだ。

一瞬の後、ミレイユの髪は緑色に戻る。初めの頃に比べると随分と艶も出てきてサラサラだ。


「・・・なるほど、報告にあった通りの容姿だな。」

「っ・・・!」

「ああ、そう怖がらなくてもいい。事情はおおよそ理解している。」


そう言って笑うレオニールさん。申し訳ないけど、多分威圧感しか感じないと思う・・・


ミレイユに視線を向けると、案の定ガチガチになっている。レオニールさんほんとにいい人なんだけどね・・・


「ふっ、この状況で怖がるなというのも無理な話か。」

「状況がどうって言うよりは・・・いえ、なんでもないです。」


流石に口にするのは失礼な気がするので自重しとこう。


「と、ともかく。時間も勿体ないですし、早速始めましょうか。」

「ああ、そうだな。」


レオニールさんは頷いて、机の上の水晶を指さす。

僕たちがこの前使ったものより一回り小さいけど、細部の意匠はより凝っている。


「オリジナルの霊視水晶は、魔力をかなり使用するが・・・問題はないだろう。細かい制御は水晶が勝手に行うので気にしなくて大丈夫だ。では、準備はいいか?」

「・・・・・・・・・」


無言で頷くミレイユ。


緊張してるみたいだなぁ。

霊視そのものにか、レオニールさんにかはわかんないけど。


「霊視水晶に触れるだけで始まるように設定してある。さあ、ここに手を置くといい。」


レオニールさんに促され、ミレイユは恐る恐るその小さな手で霊視水晶に触れた。


「・・・・・・っ!?」


その瞬間。僅かにミレイユの輪郭がぶれた(・・・)ように見え。


瞬きの間に、空間に映像が現れていた。

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