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奇策は下策。先を見据えることが大切です。

ヒルダとミレイユは、街の外・・・門から少し離れた場所にいた。


僕はとりあえず二人に近づく。


「ありがとう、ヒルダ。ちなみに、状況はどこまでわかってる?」

「大体は。あの精霊種は声と映像を遠くまで伝える魔法を使っていたようですので、この場でも一連の流れを見ることができました。」


僕の問いに淀みなく答えるヒルダ。

彼女の後ろでは、ミレイユが小さく震えながらヒルダの手を握っていた。


「あれ、ミレイユの髪の色・・・」


良く見ると、ミレイユの髪の毛が茶色になっている。顔や体型はミレイユのままだけど、それだけで大分印象が変わって見える。


「先ほどのあの者が使っていた魔法を真似してみました。私では、髪の色を少し誤魔化すのが限界でしたが・・・」

「いや、助かるよ。流石だね。」


僕にはその難易度はわからないけど・・・少なくとも、簡単ってことはないだろう。


「とりあえず、ここを一旦離れよう。ヒルダのおかげで、今すぐ危険ってわけじゃないけど・・・」

「それでも、悠長にしていられる状況でもありませんね。」

「そうだね。・・・うーん、どうしよっかなぁ。」


いくつかプランはあるけれど・・・なにをするにしても少しばかり準備不足な気もする。

ただ、これ以上シャクシャラで何か揃えられるかと考えるとそうでもない。


法院から素材を手に入れたかったけど、流石にすぐには無理だろうし・・・


「・・・というか、一つ気になったのですが。」

「ん、どうしたの?」

「あの者の目的はミレイユの身を確保することですよね?」

「まあ・・・そうだろうね。」


そこははっきりしている・・・というか、そこしかわかっていない。


「だとしたら、先の一手は悪手ではありませんか?」

「というと?」

「私たちには、シャクシャラに滞在し続けなければならない理由が特にありません。今回の一件で、このままここに滞在するには都合が悪くなったのは確かですが・・・」

「なるほど・・・別に、さっさとどこか別の街に行っちゃっても問題ないもんね。僕たち旅の身だし。」


全くもってその通りだ。というか、仮に旅人じゃなくても引っ越すだけである程度リスクが減らせる。

そうなった場合、結局ミレイユが里に戻ることはない。少なくとも、本人が望まない限りは。


まあ確かに、ミレイユを里に返してしまえばそのままシャクシャラで過ごすことはできるけど・・・そもそもそんな選択肢を選ぶくらいなら、はじめから匿ってない。


「考えられる理由としては・・・住む場所を変えてまで精霊種を助けようとする者がいることを想定していなかった、といったところでしょうか。」

「まあ、そんな感じのことは言ってたけど・・・」


でもなぁ・・・


正直なところ、あの精霊種の起こした騒ぎが無くたって、もしミレイユが精霊種だとバレたらその時点で駐留軍のお世話になっていたはずだ。

つまり、今のシャクシャラで精霊種を匿う選択をした段階で、その程度のリスクは呑んでいるのだ。


「言われてみると、確かに不自然かも。」

「相手が短慮なだけであれば、それで構わないのですが・・・」

「なんとなくだけど、そんな単純じゃない気がするなぁ。」


彼から感じたのは、どちらかと言えば諦めに近い雰囲気だった気がする。それが何に対するものかまではわからないけど・・・


「・・・まあ、そこはいいや。」

「え、良いんですか?」

「いずれにしろ、逃げる選択肢はないからね。ああ、いや普段だったら割とスルーしてるところなんだけど・・・」


旅先での問題に、必要以上に首を突っ込むべきではないってのが僕の基本スタンスではある。

でも、今回はそうもいかない。


「少し気になることがあってね。彼の言っていた、『忌まわしき誓約はこれより破られる』ってやつ。」

「ああ、確かにそんなようなことも言っていましたね。」

「『誓約』ってのは世界に刻み込まれるもので、例えどんな手段を用いても精霊種がそれに抗うことはできないはずなんだ。秘術であろうと禁術であろうとね。」


ていうか、そんなのされてたらとっくに色々破綻してる。

と、僕はそこでヒルダが微妙な顔をしているのに気付いた。


「・・・その、実は大分前から気になってはいたのですが。」

「うん?どうしたの?」

「『誓約』ってなんなのですか?」


・・・あー、そういえば知ってるもんだと思って説明してなかったなぁ。


「と、とりあえず簡単に説明しようか。」


あまりのんびりしてる時間もないから手短にね。


「『誓約』は、もっとも権能に近いとされる異能なんだ。えっと、ヒルダは『神霊種(エレメント)』って知ってる?」

「いえ、聞いたことありません。」

「ざっくり言うと、霊種(エナジー)の上位種だね。ヒルダも上位種ではあるけど、亜人種(デミヒューマン)系統だから存在のルールが大分違うんだよね。」

「え、えなじー?でみひゅーまん?」


・・・相手が知ってるって前提で話すのは、僕の悪い癖なのかもしれない。


「ま、まあその辺りは今度また詳しく説明するよ。ともかく、『誓約』っていうのはその神霊種の持つ異能でね。効果は、指定した存在に対する、宣言の絶対遵守の強制。」

「宣言の絶対遵守・・・」

「似たような効果の魔法とか呪法もあるけど、これの最大の特徴は、個人じゃなくて世界そのものに新しいルールを刻み込むことができるところだね。」


スケールが大きすぎてピンと来ないかもしれないけど・・・


「ただし、その宣言が必要なだけの重さを持っていた場合に限るけど。例えば、精霊種の『他種族に危害を加えない』って宣言を種族全体に有効にした時は、その宣言に種族全体の存続がかかってたわけなんだよ。」


その宣言がなされない場合、間違いなく根絶やしだったからね。それができるだけの状況を整えさえすれば、『誓約』は正しく効果を発揮する。


「・・・そのような力もあるのですね。」

「まあ、神霊種ってのは限りなく上位次元存在に近いからね。その分、この次元に存在するのは難しいから神霊種は普段この世界には居ないんだよ。」

「上位次元、ですか。」

「ヒルダの『神成り』も上位次元に干渉してるんだよ?」


そもそも、本来上位次元は干渉どころか観測もできないものだ。その辺の説明をしだすと本格的に長くなるから今はしないけど。


「とりあえず、『誓約』についてはこんな感じかな。まあ要は絶対に破れないルールを作る異能だよ。上位次元の力だから、この次元の力じゃどうやったって抗えない。」

「ふむ・・・そうであれば確かに、誓約を破るというあの発言は気になりますね。」


話がここまで帰ってきた。

で、個人的にはなーんか引っ掛かってる。

なんだろう、すごい基本的なことを忘れているような・・・


「・・・・・・・ね、ねえ。」

「ん、どうしたの、ミレイユ?」


と、ミレイユが僕の服を軽く引っ張る。

そちらに視線を向けると、彼女は怯えたような表情を浮かべている。


「心配しなくても、ミレイユを渡すようなことはしないよ?ああいや、ミレイユが帰りたいって言うなら話しは別なんだけど・・・」

「そ、そうじゃなくて・・・」


そこでミレイユは言葉を切る。

そしてしばらく視線をさまよわせていたが、恐る恐るまた口を開く。


「その、二人は、何も聞かない、の?」


え?


「聞くって・・・なにを?」

「な、なにって・・・あ、あの人が、わたしを追いかけてきた理由、とか・・・」


あー、なるほど。


「ミレイユは話したいの?」

「そ、それは・・・」


あ、ちょっと意地悪な言い方だったかも。

もちろんその辺りも気にしていないわけじゃないけど、今はいい。

っていうか、優先順位の問題だ。


「今はとりあえず今後の対応を決めるのが先だしね。その後に必要だったら聞くかもしれないけど・・・」


少なくとも、今無理に聞き出す気はない。

得られる情報が、ミレイユにかかるであろう精神的負担とそれによる肉体的負担に釣り合うとも限らないし。


「ま、とりあえず落ち着いてからだね。ヒルダのおかげで余裕できたし、一旦宿に戻ろう。」

「はい、わかりました。ミレイユ、しっかり手を握っていてくださいね。」


ヒルダの言葉に、ミレイユは戸惑いながらも頷いた。



シャクシャラは獣人が多いし、あの精霊種が匂いまでコピーしていたようには感じなかったから、多分大丈夫だろうけど。


一応、目立たないように気を付けよう・・・


「ま、待って・・・!」


と、ミレイユが小さくも必死さを感じさせる声で呼び止める。


「ミレイユ、どうしたのですか?」

「そ、その・・・わ、わたしの話を聞いてほしいの!」


わたしの話、というのは・・・


「それは、彼がミレイユを連れ帰りにきた理由?」

「そ、それは、わたしにも良くわかってない、けど・・・」

「・・・うん、わかったよ。とりあえず、ミレイユが話したいことがあるなら聞くよ。」


ミレイユがそうしたいと言うなら、僕に否やがあろうはずもない。

ただまあ・・・


「宿に戻ってから、だけどね。」

「あ・・・う、うん。」


悠長にしていられるわけじゃないけど、焦っても良くないしね。


とりあえず、僕たちはみんなで一度宿に向かった。

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