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高度な柔軟性を維持して臨機応変に対応

やはり、お風呂は良い。買い物も素材採取も面倒ではなかったけど、それでも色んな所に行ったわけだから汗を流したくなったし。

蒸し風呂も嫌いではないけど、師匠の影響で湯船に浸かることの良さに目覚めてしまった。


・・・将来的には、ヒルダと一緒に入ったりしたいなぁ。なんというか、ほとんど勢いで夫婦になったので、距離感が難しい。

僕自身はヒルダに対して最大級の好意を抱いているけど、彼女がどうかは正直自信がない。

なにせ、僕たちは出会ったばかりだし。一般的な夫婦が経験することを全部すっ飛ばしているわけで。


僕の乏しい恋愛経験では、どれだけ距離を詰めて良いのかがわからない。

いやまあ、多分大抵のことは許してくれるとは思うけど・・・少しでも彼女が嫌がるようなことはしたくない。


・・・これに関してはヒルダを気遣っているというより、僕が嫌われたくないという理由で情けない限りだ。


なんかもう、人生の先輩に色々聞きたい気分だ。師匠はそっち方面の知識があまりにも残念な人だったからそれ以外で。

そうだなぁ、例えばレオニールさんとか、もし既婚者だったら話を聞けないかな。まだそんなに仲良くないし今忙しいだろうから無理だとは思うけど。


まあ、それとは別に一度駐留軍の人と話さなきゃならないか。ミレイユが例の家畜が拐われる事件と関係あるのかは分からないけど・・・

さっきの様子を見るに、多分あの子は悪いことをなにもしてない。数少ない罪悪感を感じられる精霊種は、他人に迷惑をかけることはしない。自分を苦しめるだけだからだ。


証拠は無い。けど、一度話せばわかるはずだ。面倒なことになる前に対処しておきたい。


あの仲介所の一件から見ても、今のシャクシャラはピリピリしてるし、下手したら精霊種ってだけで拘束される。

多分『霊視水晶』とかを使えば無実は証明されるけど・・・

ミレイユの場合、拘束された時点で高いストレスを感じてしまう可能性がある。

感性がまともな精霊種っていうのは、それだけ生きにくい。


ミレイユはヒルダとも仲良くなったみたいだし・・・僕にできることはやっておこう。少なくとも、ヒルダが悲しむような状況にはならないように、ね。


とりあえずそこまで思考を纏めると、僕は湯船を出る。いやまあ、これと言って新しいことを決めたわけではないけども。


ともかく、明日は素材採取のつもりだったけど予定変更だ。

そのためにも、今日中に色々済ませておかないと。まずはあの子の髪を隠す帽子を買って・・・次にレオニールさんと会う約束をとりつけないと。少なくとも、立場のある人じゃないと意味がない。


「あー・・・やること多いなぁ。」


今後のことを考えると、もういっそ直接駐留軍のとこに行った方がいいかも。

いちいち仲介所に行くのも良くないだろう。今回は完全に業務の範囲外になると思うし。


まあ、ここは頑張りどころかな。

避けられる面倒事は避ける・・・っていうか、言ってしまえば無駄な戦闘が発生しないようにできることをするしかない。




さて、僕はお風呂から出て部屋まで戻ってきたわけだけど。流石にもうミレイユの着替えも終わっているだろう。かなりゆっくり入ってたし。

駐留軍の所に行くなら、僕もそれなりの格好をしなきゃならない。旅人丸出しのラフな感じが許されるかはわかんないし、許されるとしても礼は尽くすべきだろう。

後は手土産でも・・・ああいや、賄賂ととられたら面倒だし止めとこ。


そんな感じで考え事をしながら、僕は部屋のドアを開ける。


・・・ノックをしないで。


ガチャッ

「えっ・・・?」


まず目に入ったのは、装いを新たにしたミレイユ。髪も肌も状態が良くなり、きれいな服に身を包んだその姿はまるで名家の令嬢のようですらある。

そして、そのミレイユの後ろでは。


ヒルダが、服を着替えていた。


正確に言えば、着替えている真っ最中だった。

片手に服を抱えたまま固まるヒルダ。

その余りに衝撃的であり刺激的な光景に、僕はまじまじと彼女を見つめてしまう。


鬼神種特有の浅黒い肌に、引き締まった肉体。普段はローブで隠しているその肢体は、改めて見ると途方もなく美しい。

普段はその美しさに加えて肌を隠すような服装から神秘性の方を強く感じるが、全身を露にした今の彼女はいっそ蠱惑的ですらある。


二人して固まる僕たち。

声の出し方を忘れてしまったかのようなその静寂に、ミレイユの戸惑ったような声が響く。


「ふ、ふたりとも、どう、したの?」


その言葉に我に返る僕たち。ヒルダはとっさに手に持っていた服で体を隠し、僕もすぐさま後ろを向く。


「ご、ごめん!その、まさかヒルダも着替えてるとは思わなくて・・・」

「み、見た!?見たの!?」

「ごめんなさい、がっつりはっきり見てしまいました!!」


後ろを向いたまま謝罪する。

あれだけまじまじと見ておいて、見てませんは通用しないだろう。


全力の謝罪。僕の人生でここまで本気で謝ったのは初めてかもしれない。


「み、見たんだ・・・!?」

「はい、ごめんなさい!とても綺麗でした!」


混乱して何を口走っているのか自分でも分かんなくなってきた。


「っ、もう!」

「ヒ、ヒルダ?シルヴァ?う、うぅ・・・」


と、ミレイユがいる方向から、泣きそうな声が聞こえた。


「け、けんかしないで・・・」

「ちょ、ミレイユ?えっと、別に僕たちは喧嘩をしてるわけじゃ・・・ひ、ヒルダ、振り向いていい?」


明らかに負の感情を感じている。

どうにもこの子は繊細だ。というより、周りの雰囲気に敏感なのかな。


「ミ、ミレイユ、どうしたの、落ち着いて?・・・ああもう!シルヴァ、私の方見ないでね!」

「はい、わかりました!」


つとめてヒルダに視線を向けないようにして、ミレイユに近づく。

涙を流してはいないが、その顔は苦しそうだ。というか、精霊種は基本的に涙を流さない。


とりあえず落ち着かせる。深呼吸させても大した意味はないけど無意味ではない。

精霊種は呼吸を必要としないだけで出来ないわけじゃないからだ。ていうか出来ないなら戦意高揚も戦意抑制も効果がないし。


「ミレイユ、大きく息を吸って、それからゆっくり息を吐くんだ。大丈夫、僕たちは喧嘩なんてしていないよ。」

「あ、ああ・・・ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」


うわ言のように謝り続けるミレイユ。詳しいことは分からないけど、どうやら余計なことを思い出したみたいだ。

後ろからヒルダの心配そうな声が聞こえてくる。


「シ、シルヴァ。ミレイユは、一体どうしたの・・・?」

「わからない。けど少なくとも言えるのは、ミレイユは何かを抱えてることは確かだ、ってことかな。多分だけど、途方もなく面倒な何かを。」


それが何かを考えるのは後回しだけど。


「ミレイユ、ゆっくりこの煙りを吸って。」

「あ・・・」


とりあえず戦意抑制ホワイトフラグを吸引させて無理やり落ち着かせる。


「よし・・・」

「眠った・・・ね。」


いつの間にか服を着ていたヒルダがミレイユを抱えあげてベットに寝かせる。


「ありがとう、ヒルダ。」

「う、うん。でも、ミレイユは突然どうしたのかな。」

「そうだね・・・この子が起きたら聞こうとは思うけど、下手な聞き方をしてまた興奮させても良くないし・・・」


正直迷う。ここまで来たからには見て見ぬふりをする気もない。

でも、どのような手段を用いるかは決めていない。


「・・・ねえ、ヒルダ。」

「ん、どうしたの?」

「ヒルダは、ミレイユを助けたい?」


あえて、多くを伝えずそれだけを聞く。

家畜を拐う精霊種。沈黙の平原でたった一人でゴーレムに教われていたミレイユ。そしてそのミレイユの尋常ならざる様子。


これまで面倒だなんだと表現してきたけど、多分そんな次元じゃない。


禁術を使おうとしてるのは明白だけど・・・その内容まではわからない。

推理するには、情報が足りなすぎる。

でもなんとなく、後手にまわっては手遅れになる気がする。


だから、ここで方針を決める。それさえ決めておけば、僕はどんな状況にも対応できる・・・ように頑張れる。


突然の僕の質問。それにヒルダは。


「もちろん。私たちで助けられるなら。」


当然、と言った顔でそう答えた。

迷う余地など全くないその言葉に、僕は思わず笑ってしまう。


ヒルダがそうしたいと言うならば、僕はそのために全力を尽くそう。


「そっか。うん、じゃあちょっと頑張ろうかな。」


ミレイユが抱えてるものが何かなんてわからないし、何を抱えていようと構わない。


「何度も悪いけど、ミレイユについててあげて。僕は少し、やることができた。」

「う、うん。わかった。」


僕はさっきの予定どおり、駐留軍の詰め所に向かうことにする。とはいえ、ミレイユをつれていくわけには行かないから、当初の目的とは少し異なる。


そして僕は、部屋を出る前にヒルダに問いかける。


「ねえ、ヒルダ。僕は昨日、必要のない責任は負うべきじゃない、って言ったけどさ。その後に言ったこと覚えてる?」

「え・・・?た、確か、目の前に助けを求めている人がいるなら話は別だ、だよね?」

「そう。今回、ミレイユは言葉で助けを求めてはいないけどさ。それはきっと、助けを求める方法そのものを知らないだけなんだよ。」


僕は笑いながら続ける。


「だからさ、お節介をやこう。」


さっきの質問は、彼女の意思を確認するためのもの。

僕自身は、もう既にミレイユを救う意思を固めている。


理由を言葉で説明するのは難しい。

あえて言うのならば。

精霊種という自らの在り方に翻弄され苦しむ少女を見捨てては、僕のルールが薄っぺらなものになってしまうような気がするから、だ。


「ごめん、ヒルダ。多分、君にも一緒に色々な責任を背負わせることになると思う。付き合ってくれるかな?」

「よくわからないけど・・・うん、大丈夫。ミレイユを救えるのなら、私は責任なんていくらでも分け合えるよ。・・・まあ、もう少し色々と具体的に話してくれた方が嬉しいけど。」


最後にそう言って軽く僕を睨むヒルダに僕は苦笑いを返す。


「あはは、別に隠してるわけじゃなくてさ。正直なところ具体的には何も決まってないんだよね。だから今から、色々動いてみるよ。」

「そっか。うん、わかった。ミレイユのことは私に任せて。」


ヒルダは静かに頷き、ベットで眠るミレイユの手をその両手で包み込む。


僕はそのままミレイユをヒルダに任せ、部屋を出る。




ミレイユが救いを求めるかなんて知らない。でも苦しんでいるのは確かなんだから、こっちで勝手に救わせてもらう。


僕は新たに決めた方針を胸に。

ミレイユを救うための準備を始める。

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