見せる相手がいれば服にも気をつかう。決して今まで適当だったことの言い訳じゃないです。
魔導遺産の店を出たあと。僕は普通のお店で通常のバックパックを買った。魔導遺産の技術が応用されているのか、新品がだいぶ安く買えたのは良かったかな。
さて、色々邪魔が入ったり寄り道をしたりで遅くなったけど・・・
いよいよ本日のメインイベントだ。
本当はもっと諸々買い揃える予定だったけど・・・改めて考えてみたら、ヒルダが魔法が使えるから松明などのアイテムがそんなにいらないんだよね。
後は薬の素材だけど、街の店には出回ってない・・・というか、法院で一括管理してるらしくて買えなかった。
ということで、ヒルダの服を買うことにした。思いのほか時間があるので、遠慮なく着せ替え人形にする所存だ。
「新品の服がこんなにあるなんて、これは選びがいがあるなぁ。」
「あ、あの、シルヴァ・・・ここにあるような服は、私には似合わないと思うのですが・・・」
「なーに言ってるのさ、似合うかどうかなんて着てみないと分からないよ。」
だから片っ端から来てみよう。実用性は最後に考えます。
僕は商品を整理していた女性の店員さんに声をかける。
「あ、すいませーん。彼女の服を見繕いたいので採寸お願いします。」
「はーい、少々お待ち下さい。・・・わっ、お客様とてもお綺麗ですね!身長もすごく高いですし、これは腕がなります!」
ふふん、そうでしょうそうでしょう。シャクシャラに来て色んな人も見たけど、ヒルダが1番綺麗だったね。(断言)
角があるから着られる服には縛りがあるけど・・・獣人が多いからか、そういう人にも対応出来る服がたくさんあるみたいだ。例えば仲介所のお姉さんにも立派な角生えてたしね。
「さて・・・じゃあお願いします。最終的にはオーダーメイドも注文する覚悟ですから。」
「お任せ下さい!さあお客様、こちらへどうぞ。」
「は、はい・・・」
お姉さんに促されて、緊張した様子のヒルダがついて行く。
もちろんすぐ着られる既製品の服も買う予定だけど、それはそれとしてヒルダ用のドレスとかも欲しい。というかそれを着てるヒルダが見たい。
多少値は張るだろうけど、許容範囲だ。
採寸はすぐに終わり、ヒルダ達が戻ってきた。
「あ、おかえり。」
「な、なんだか慣れないことで疲れました・・・」
「あはは、本番はこれからだよ。」
採寸はあくまでも準備段階だ。
僕は採寸のついでにお姉さんが持ってきてくれたいくつかの服をひとつヒルダに差し出す。
それは素朴で落ち着いたデザインの服で、このシャクシャラでも何人か似たような服を着ているのを見た。
「さ、とりあえず着てみようか。」
「ほ、本気ですか?こ、こんなにヒラヒラした服、私着たことないのですが・・・」
「だったらここで試してしてみよう。何事も経験だよ。」
確かにこの村娘然としたロングスカートの服を着ているヒルダの姿はあまり想像できない。しかしだからこそ見てみたい。
「あ、店員さん。ヒルダ、こういう服着るの慣れていないと思うので手伝ってあげてください。」
「わかりました!」
「ありがとうございます。あ、ヒルダ、そのローブは僕が預かっておくね。」
今のヒルダは初めて会った時と同じ・・・あ、いや顔は出してるけど、それ以外は全身を隠すローブ姿だ。
それが悪いとは全くこれっぽっちも思わないけど、やっぱりヒルダの可愛いところは色々見たい。
このローブは着替えるのには邪魔だろうし、逃げ道を塞ぐ意味でも僕が持っておいた方が良いだろう。
「う、うぅ・・・わかりました・・・」
もぞもぞとローブを脱ぐヒルダ。その下から例の戦闘服と、それに包まれた美しい肉体があらわになる。
何度見ても綺麗だなぁ。
僕だけでなく、店員さんまで目を奪われている。
「?どうしたのですか、シルヴァ。」
「あ、ああ・・・なんでもないよ。はい、じゃあ着替えてきて。」
僕は急いで表情を取り繕うと、何食わぬ顔でローブを受け取る。
そう、この程度で狼狽えては居られないのだ。
しばらくヒルダを待つ。着慣れない服に悪戦苦闘する彼女の声を微笑ましく思うと同時に、どうにも落ち着かない。他のお客さんもいるので不審に思われないように気をつけてるけど・・・うん、ソワソワしちゃうのはもう勘弁してください。
そんな感じで落ち着かない時間を少し過ごした後。
「あの・・・シルヴァ?その、とりあえず、着てみたのですが・・・」
「っ!」
自分でも驚く程の速度で反応する。ヒルダの元に向かうと、そこには赤くなった顔だけを出しているヒルダと、自慢げな顔をしている店員さんがいた。
「いやー、素晴らしい逸材ですね!私もいつになく張り切ってしまいました!」
「うぅ・・・この歳になって着替えを手伝ってもらうなんて・・・」
ああ、顔が赤いのはそのせいもあるのか。まあ慣れない服を着る気恥しさが1番だとは思うけど。
でも、隠れているのでまだ新しい服を着たヒルダは見れていない。
「ヒルダ、照れていないで見せてよ。」
「・・・笑わないでくださいね。」
「笑わないよ。」
笑顔になってしまう可能性は多分にあるけど。
真剣な表情をする僕に、ヒルダはしばらく踏ん切りがつかなったようだけど・・・
「どう、でしょうか・・・?」
意を決して、新しい服を着た姿を見せてくれた。
「おぉ・・・」
これは・・・とても、良い。いや、つまらないな感想で申し訳ないけど。
さっきも少し言ったけど、ヒルダが今着ているのは素朴で落ち着いた、ロングスカートが印象的な服だ。作りはそれほど複雑ではなく、黒地のワンピースの上に白を基調とした簡素なエプロンドレスを着るだけだ。
しかし、細部の刺繍や花をあしらった控えめな意匠で上品さが感じられる。
それになにより、それを着るヒルダのポテンシャルの高さだ。
照れたように頬をあからめるその表情と、着慣れない衣装にそわそわする動きが、なんとも言えない親しみやすさを感じさせる。
しかし、もちろんその美しさは健在であり、ふとした瞬間にみせる神秘的な雰囲気が外見とのギャップとなりさらに魅力を増していた。
「ど、どうして黙ってるのですか?や、やっぱり変だった!?」
いっぱいいっぱいなのか口調が素に戻りかけてるヒルダに、僕は慌てて感想を伝える。
「い、いやごめん。あんまり似合ってるものだから見とれちゃってさ。」
「っ、もう、あなたはすぐそうやって・・・」
「からかってるわけじゃないよ。ほんとに、心からそう思ってる。」
紛れもない本心だ。
「そ、そうですか?ふふっ、そう言われるとやはり嬉しいものですね。」
そう言って、本当に嬉しそうに笑うヒルダ。
僕も楽しくなってきた
「よし・・・じゃあ次いこう!」
「え!?こ、これで終わりではないのですか!?」
「何いってるのさ。店員さんが持ってきてくれた服はまだあるんだし、いろいろ着てみないともったいないよ。」
そう言って店員さんに視線を向けると、彼女も大きく頷く。
「ほら。」
「・・・なるほど、わかりました。しかし、そんなに言うのならシルヴァも着替えてみるべきです。」
「うんうん、じゃあ次の服は・・・って、僕も!?」
何で!?需要ないよ!?
「私にだけ着せて、あなただけ楽しむと言うのは不公平でしょう?」
「そ、それはそうだけど・・・」
「私も、シルヴァのいつもと違う姿を見たいのです。」
そう言われてしまうと、僕も断れない。
「それに、シルヴァは少し気の抜けた表情をしていますが・・・美形と言っていいと私は思います。」
「それは贔屓目が過ぎる気がするけど・・・うん、ありがとう。」
と、そこで店員さんが無言で男物の服を持ってくる。仕事ができるなぁ・・・
「こちらの服は様々な種族の男性に人気の物です。ぜひ着てみてください、デザインはもちろん肌触りも一級品ですよ。」
「おお・・・確かにすごいいい生地みたいですね。」
こんな上等な服着たことないんだけど・・・でもまあ、これからはヒルダの夫としてそれなりの格好もしたいし試してみるかな。
「・・・シルヴァ、着るのを手伝いましょうか?」
「え、じゃあお願いしようかなー。」
「じょ、冗談に決まっているでしょう!」
ふふふ、そう簡単にからかわれてはあげないよ?そしてもちろん、本当に手伝ってくれるなら拒否なんてしないしね。
そんな感じでじゃれあいつつ、僕たちはいろいろな服を試着していった。
二人とも満足するまでいろいろな服を見ていたら、もう日が傾き始めていた。
いかん、楽しみすぎた。
心なしか店員さんの目も死んでいる。本当に申し訳ない。
「あー、楽しかった。ヒルダのかわいい姿もたくさん見られたし。」
「ふふっ、私も結局楽しんでしまいました。こんなにいろいろな服を着たのは生まれて初めてです。」
それはよかった。
さて、まだ余韻に浸りたいけど、それは後で夕食をとりながらにしよう。これ以上店員さんに迷惑をかけるのは忍びないしね。
僕達はヒルダが試着した服の内の何点かを選び購入する。その中には最初に着たロングスカートの服もある。
僕の服?いろいろ着てわかったけど、僕はこんなお洒落着のお店で買う必要はないですね。旅人用の店で買います。
さて、これだけ居座っておいて既製品の服を少し買っただけで帰るのはさすがに申しわけないので、予定通りオーダーメイドの服も注文する。
問題はデザインだけど・・・普通の服は一通り揃えられたので、何か特別なものにしたい。
と、そこで。僕は突然師匠の言葉を思いだす。
『あー、鬼の女の子か狐人の女の子が着物着てる姿見たいなー。鬼の女の子の場合虎柄ビキニでもいいし狐人の女の子なら巫女服でも可。』
何を言っているのかよくわからなかったけど、この中にヒントがある気がする。
・・・『キモノ』ってなんだろう。僕はファッションに詳しくないからよくわからないけど、響きからして服だろう。『トラガラビキニ』も服だと思うけど、トラガラというのが虎柄のことならさすがにヒルダには合わないだろうからとりあえず『キモノ』について聞いてみよう。
「あの、店員さん。最後に服の仕立てをお願いしたいんですけど・・・」
「は、はい!お任せください!どのようになさいますか!?」
い、勢いがすごい・・・
この人がどれだけ疲れてるかが推し量れるなぁ。僕達のせいだけど。
「えーっと、ですね。参考までに聞くんですけど、『キモノ』って知ってますか?」
「『キモノ』・・・ああ、着物のことですね。はい、しっておりますよ。」
お、さすがプロ。
「それを作ってもらうことって可能ですか?」
「はい、可能ですが・・・特殊な物ですので、少々価格が高くなってしまいます。具体的にはこのぐらい・・・」
そう言って数字がかかれたメモを見せてくれる店員さん。ちなみに数字だけはミスリルの換金の時に相場と共に覚えた。それだけは確認しとかないとろくに買い物もできないからね。
で、その値段を見ると・・・うんまあ、確かに高い。
サンプルもないし、かなり冒険になるだろう。
とはいえ、だ。僕は師匠の欲望に関しては信用している。あの人は戦闘以外からっきしで、欲望に忠実だったけど、その分欲望の質が高い。
例えば、昔師匠が食べたいと駄々をこねた料理を作ったときも、非常に美味しかったし。
それらの点を踏まえるに・・・ここは頼んでみても良いかもしれない。決して小さな出費じゃないけど、それだけのリターンがある気がする。
まあヒルダの武器は買えなくなるけど・・・別に大丈夫かな。戦力強化のために欲しいわけでもないし。
「よし、じゃあそれで注文します。」
「シ、シルヴァ?本当に大丈夫なのですか?ただでさえこれだけの服を買っていただいたのに・・・」
「だいじょーぶだいじょーぶ。」
ちなみにヒルダには意図して相場や数字を教えていない。一緒に稼ぎ始めたらさすがに教えるけど、今教えて借りとか思われてもなんだしね。
「かしこまりました。では、改めて細かい採寸をさせていただきますのでこちらへどうぞ。」
「ま、またですか!?うぅ、あれはどうにも慣れません・・・」
そんなに?とも思うけど、無駄に藪をつつくだけな気がしたので口にするのはやめておいた。
そして、その後。
店員さんに全身をくまなく採寸をされて疲労困憊のヒルダと一緒に、僕は店を後にした。
うん、とても満足のいく時間だった。
さあ、明日からは本格的に活動開始だ。
 




