店員さんに話しかけるのに躊躇ってた時代も確かにありました。
僕は旅の間ずっと背負っていたバックパックを無くしてから、どうも収まりが悪い気がしていた。
あれは結構重かったけど、その分存在感があったからね。
ちなみに、バックパックに入り切らないナマモノ以外の希少素材や鉱石は、転移で倉庫に入れてくれるサービスを利用していた。
初めて利用した時は、素材ですら転移できるのに僕って一体・・・と、切なくなったものだ。
それはともかく。
僕はまずバックパックを買おうと思って街を探していた、んだけど・・・
「魔導遺産ってすごいなぁ。」
僕は色々な店を回りながら、教えて貰った魔導遺産・・・の、レプリカを扱う魔道具店に来ていた。
基本的に魔道具っていうのはチャージした魔力が切れると普通の道具と同じになる。
だから、見た目以上の容量を持つ カバンとかは理論上制作は可能・・・っていうかいくつかは存在していたんだけど、魔力切れ時のリスクが大きすぎて僕は持ってなかった。魔力が切れると中に入っていた物が全部消失するか、その場に撒き散らされるかだからね。
しかし、この店に置いてある魔導遺産のレプリカであるバックパックは、魔力のチャージをしなくても常に一定の大きさを確保出来るらしい。しかも、物理的に壊れない限りは半永久的に。
「これは・・・魔力と呪力を、何かで完全に封じ込めている・・・?しかし、どうやっているのか全くわかりませんね・・・」
「ヒルダの目でもわからないんだ。これ、レプリカって話だから実際に作った人がいるはずだけど・・・あ、店主さーんちょっといいですか?」
僕は溢れる知的好奇心のままに声をかける。こういうのは知ってる人に聞くのが早い。
「どうかされましたか?」
店の奥から、キッチリとした服に身を包んだ、少し耳の尖った男性が現れる。ほほう、賢人種か。
賢人種は魔力に高い適性を持ち、また素の知能が非常に高い種族だ。基本的にみんな穏やかで、知識を求める者や困っている人に知識と力を貸すことを厭わない種族で、精霊種とは反対でとても人気がある。
ただ、寿命は長いけど生殖能力が低く性欲も薄いためか数はかなり少ない。
僕はその賢人種の男性に問いかける。
「僕達ちょっと遠方から来たものでこの辺りの事情に疎いんですよね。特にこの魔導遺産というものには驚きました。」
「魔導遺産を初めてご覧になったのがこのシャクシャラなのですか?そうなりますと、遠方・・・海の向こうから転移でこられたのでしょうか」
さすがに話が早い。
まあ、この大陸では魔導遺産は普通に存在するものらしいし、シャクシャラは港町じゃない。空路も確立していないっぽいから、直接来るには転移くらいしか無いわけだから多少察しが良ければ思いつくのかも。
実際のとこはわかんないけど。
「あはは、まあそうです。だから魔道具の常識とは大きく異なるこのアイテムに興味津々なんですよ。」
「それはそれは・・・しかし、申し訳ありません。実は、魔導遺産についてはほとんどわかっていないのです。」
「わかっていない?」
こんなにたくさん商品として置けるほどのレプリカも作れるというのに?
「正確には、何がどのように使われていて、どう作られているか解析はできるのですが、原理が全くわからないのです。素材に関しても魔導兵器から採集できるものを使っているのですが、それがどんなものなのかはわかっていません。」
「えぇ・・・それ、危険はないんですか?」
そんな訳の分からないもの怖くない?
そう思った僕の問いに、店主さんは頷く。え、それどっちの肯定?
「当然、危険なものもあります。本来、遺跡から持ち帰られたオリジナルの魔導遺産の効果は使ってみないとわかりませんから、過去には大きな被害を出したものもあるそうです。」
「うーん、そんなものよく使う気になる・・・と言いたいところですけど、諦めるには便利すぎる代物ですもんねぇ。」
安全なものであれば、技術革新とかいうレベルじゃない。
「仰る通りです。ですからこの大陸では、過去から長い時間をかけてある程度ですが魔導遺産の効果を解析できるシステムを構築したのです。」
「おお、凄い。」
「さらにそのシステムを応用して、素材が比較的簡単に手に入るものや有用性が高いものに関してはレプリカが作られるようになったのです。」
『霊視水晶』とか、このバックパックとかか。
「原理はわかっていませんが、同じ素材を使い同じ作り方をすれば同様の効果を発揮できるため、レプリカ作成自体は比較的容易です。とはいえ、やはりオリジナルの魔導遺産の効果には遠く及びませんが。」
そう言って店主さんはバックパックを指さす。
「例えばその『異次元背嚢』のレプリカは、この店がまるまる入るほどの容量がありますが・・・オリジナルのものであれば、シャクシャラ全体が入るほどの容量があったそうです。とはいえ、口の関係上入れられる大きさには限界がありますが。」
それは・・・凄まじい、としか言えない。運輸システムは転移が多いけど、その効率すら根本から変わる。
「現状、この大陸の研究者たちの多くは魔導遺産の解明に力を入れていますね。それでも、先程言った通り目立った成果はあげられていないのですが・・・」
「はぁー、凄いですねぇ」
気の抜けた返答で申し訳ない。でももうわかんないことが多すぎていっぱいいっぱいだ。知識は詰め込むもんじゃないね。
「この『異次元背嚢』使う時の注意点とかあります?」
「破損すると内部の次元が崩れてその場に中のものが溢れ出て来ますのでご注意ください。とはいえ、強靭な素材で作ってありますので、自然に壊れることはほとんどありません。」
「魔獣の攻撃とかに気をつけろってことですね。」
「その通りです。」
ふむ・・・まあ、いずれにしろ攻撃を受けたらアウトなんだしそれはいいか。他にも気になる所を質問していく。
「ナマモノとか入れて大丈夫ですか?」
「問題ありません。内部では腐敗も非常に遅く進行します。」
おお、それは助かる。
正直言ってすごく欲しい。
バックパックに入り切らなくて素材を諦めるのは悲しいからね。それに、動物素材とかは腐敗が大きな敵だ。乾燥させなくても済むのはとても嬉しい。
でも、気になることがある。この店全てが入るくらい大きいなら手を入れてもそこまで届かないだろう。と、思ったので聞いてみる。
「取り出す時はどうするんですか?」
「こちらは使用者の意思に反応して、手を入れた時に自動で手の中に入ります。」
「オゥ・・・」
はいストップ。
使用者の意思に反応・・・って、多分それ上位元素にだよね?
だとすると、入れられても僕には取り出せない可能性がある。
「ちょっと試しに何か入れてみていいですか?」
「はい、そのようなお客様のためにいくつか小物をご用意しております。」
用意がいいなぁ。まあ、気になるよねそりゃ。
僕は手渡された木製の櫛を『異次元背嚢』に入れてみる。
特に問題もなく中に入り、すぐに見えなくなる。
さて、問題はここからだ。
僕は櫛のことを思い浮かべながら中に手を入れる。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「あの、お客様?どうなされましたか?」
「・・・・・・・ああ、いや。やっぱりなぁ、と思って。」
「え・・・それは、どういう・・・っ、まさか取り出せないのですか!?」
なかなか手を出さない僕に、店主さんが不安そうな顔をする。
「ふ、不良品かもしれません!すぐに別のものをご用意いたします!」
「あっ、待ってください。取り出せないのはその通りですけど、多分不良品じゃないです。」
「え・・・?」
完全に混乱した様子の店主さん。
その様子を見ていたヒルダがなんとも言えないような目をしている。
「・・・シルヴァ、私が試してみてもいいですか?」
「・・・うん。」
困惑する店主さんを横目に、ヒルダは『異次元背嚢』に手を入れる。そして、すぐに手を出した。その手には、先程入れた櫛が握られていた。
店主さんは安堵した様子だが、僕達はいたたまれない。
僕結構あからさまに欲しそうな態度見せてたからなぁ。
「・・・あの、私には使えるようですし、必要な時に言ってくれれば・・・」
「うん・・・そうだね、ありがとう。もう一人旅じゃないんだし、そういうところで協力してくれると凄く助かるよ。」
そうだ、もうヒルダがいるんだ。困った時は助けてもらえばいいんだ。まあ、あんまり便利屋扱いするのも気が引けるので必要な時だけにしよう。
そんな感じで意思確認をする僕たちに、店主さんがおずおずと問いかける。
「あの、お客様?その、まさかとは思いますが・・・お客様は上位元素を全く保有していない、のですか?」
「あ、あはは・・・さすがに察しが良いですね。その通りです。だからこの『異次元背嚢』も使えないみたいなので・・・なにか、もう少し小さいものありますか?」
賢人種だけあって察するのが早い。まあ、何度も説明するのも面倒だし助かるかな。
とりあえず、僕は僕用に普通のバックパックを後で買うので、ヒルダが日常で使う私用鞄も兼ねてひとつ小さいのを見繕ってもらおう。
「彼女に持っていて貰うので、普段使いにも耐えるデザインの物があるといいんですけど・・・」
「私はこれでも大丈夫ですよ?」
「日常的にバックパック背負うのはさすがにね。後々また買うかもしれないけど、今は予算的にひとつだけにしとこう。」
僕の言葉に、ヒルダはとりあえず納得したように頷く。バックパック型を買うのはシャクシャラを発つ時でいい。
「かしこまりました。では、いくつか条件に合いそうなものを持ってまいりますので、しばしお待ちください。」
先程は少しだけ驚いた様子を見せていたが、既に落ち着いた様子の店主さんが奥に消える。
そしてしばらくして、いくつかの鞄やポーチを持ってきた。
「こちらなどいかがでしょう。どれも容量、耐久値など性能は同様なので、デザインで選んで頂いて大丈夫ですよ。」
「うーん・・・どれも口は同じくらいの大きさだね。ヒルダ、どれがいい?あ、お金は気にしないでね。」
僕はセンスに全く自信が無いのでヒルダに問いかける。
すると彼女は少し遠慮がちに口を開く。
「その、できれば・・・シルヴァに選んで欲しい、です。」
「え?で、でも僕こういうセンスに全く自信が無くて・・・。」
「構いません。その、初めてのあなたからの・・・プ、プレゼントなのですから、あなたに選んで欲しいのです。」
そう言って顔を背けてしまうヒルダ。その耳はほんのり赤く染まっている。でも、僕も人の事は言えない。
プレゼント・・・そ、そう言われると確かにそうだ。やばい、緊張してきた。
僕は小声で店主さんに聞く。
「その、おすすめとかって・・・」
「当店の商品は全ておすすめでございます。ですから、安心してお選びください。必要であれば、他の似たような商品をお持ちしますよ?」
そう素知らぬ顔で答える店主さん。
くそっ流石賢人種、無駄に気が利くというかお節介だ!
仕方ない、僕が自分で選ぼう。
改めて商品を見る。
どれも意外と可愛らしい作りで、女性へのプレゼントととしては申し分無いだろう。
しかし、ヒルダに贈る初めてのプレゼントだ。できればとても似合う物を贈りたい。
そう考えながら色々見て、何度が店主さんに新しいものを持ってきて貰うことを繰り返して・・・
ふと、それが目に付いた。
全体的に落ち着いた印象の色合いの、言ってしまえば地味な鞄。飾りも少なく、他のものと比べるとどうしても存在感に欠ける。
だけど。その鞄に描かれていた雪の華の模様。それは決して派手ではないけど、可憐で、美しいと思った。
「これ・・・かな。うん、これにします。」
「かしこまりました。このままお使いになりますか?」
少し考えて、何となく今すぐ渡したいと思ったので頷く。
「そうですね。そうします。」
僕は鞄の代金を払うと、未だにそっぽを向いているヒルダに話しかける。
ああー!緊張する!
僕的にはいいと思うけどほんとに大丈夫かな!?
その内心を顔に出さないよう気をつける。
「その、お待たせ、ヒルダ。」
「っ、いえ、そんな。その、これは私のわがままですから。」
「わがままなんかじゃないよ。むしろごめんね、気が利かなくて。」
そう謝って、僕は手に持った雪模様の鞄を彼女の前に差し出す。
「えっと、その、あんまり自信ないけど・・・気に入ってくれたら、嬉しい。」
ヒルダはそこで僕の方を見て、僕の手の上に乗った鞄をおずおずと手に取る。
そして。
「・・・・・綺麗。」
そう言って、年相応に可憐に笑った。その表情に、僕は飽きもせず見とれてしまう。
「ありがとう、シルヴァ。本当に、本当に嬉しい・・・!」
「よ、よかった・・・気に入ってくれたみたいで安心したよ」
「私、これ、ずっと大切にするね・・・」
そう言って涙さえ浮かべる彼女が、どうしようもなく愛しく思えて、抱きしめたくなる。しかし、店主さんの前ではさすがに・・・と思っていたら。
彼は他の商品を抱えて店の奥に消えていった。
最後に、僕に向かってグッ、と親指を立ててから。
・・・バックパック型を買う時も絶対この店にしよう。
 




