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交渉って言うと大袈裟な話し合い。それでも頑なに交渉って言い続ける

話し合いの舞台は、シャクシャラ中心部にある酒場だった。恐らく夜は繁盛しているのだろうが、今は朝なので客はいない。

多分、特別に開けて貰ったのだろう。


獣人との交渉の基本はいくつかあるが、その最たるものは下手に出ないことと、賄賂を使わないことだ。

これは鬼人の時にも言えることだけど、強さを尊ぶ種族相手に卑屈になるのは良くない。謙遜すらするべきでは無い。例えそれが皮肉であっても。


僕達の目の前には、落ち着いた雰囲気の獅子人の男性が座っている。ちなみに、僕達をここまで連れてきた数人の獣人達は彼の後ろで立っているから、恐らくこの人は駐留軍でもそれなりの立場にいるのだろう。


「すまなかったな、シルヴァ殿。」


そう言って男性は小さく頭を下げる。


「彼らは悪人ではないのだが、少々血の気が多くてな。それに、グイーラに深く惚れ込んでいるのだ。」

「あはは、そうみたいですね。あ、すいませんお水貰っていいですか?」

「あ、ああ・・・気が利かなくてす

まない。」


僕は貰った水を飲んで一息つく。交渉だなんだと偉そうに言っといてなんだけど、今日は忙しいのだ。あまり長居をする気はない。


「では改めて・・・初めまして、僕はシルヴァ・フォーリス。旅の薬師です。それと、こちらは僕の妻のヒルダです。2人まとめて、よろしくお願いします。」


いつも通り、にこやかに話す僕。


「丁寧な挨拶痛み入る。私は駐留軍重装歩兵隊隊長、レオニールだ。見知り置き願おう。」


そう言って丁寧に頭を下げる獅子人の男性・・・レオニールさん。

なんというか、獣人の中ではかなり珍しいタイプだ。


「さて、今回の件ですが・・・僕は少しの行き違いがあっただけだと思うんですよ。」

「ほう、それはつまりどういうことかね?」

「強さの考え方の違いです。僕は確かに単一戦闘能力にはそれなりの自信がありますが、広域防衛には全く自信がありません。」


当たり前だけど、どんな薬を使ったところで僕個人が広域殲滅とかができる訳では無い。爆発物を使えば多少なり対応はできるだろうけど、防衛という観点で考えれば好ましくない方法だ。


「だから、彼らの強さの考え方ではどう見ても僕はグイーラさんより弱いでしょう。」


そう言いながら、後方で黙って立っている獣人達を見やる。

駐留軍がどんな組織かは知らないけど、多分防衛が主任務だろう。相手は恐らくゴーレムかな。魔獣が居ないらしいし。


「でも1対1での戦闘では、僕はグイーラさんに勝てる。そして、それは虚を突き意識の外から攻撃する術を心得ているからです。」

「・・・なるほど、確かにそれは我々の流儀とは異なるな。だが、確かにそれもまた強さ、か。勝利なき力は強さに非ず、というわけだな。」


理解してくれたようで何よりだ。

さて、この感じだと方針を変えてもいいかもしれない。つまり、ことなかれから友好へ、だ。

個人的に、グイーラさんもレオニールさんもいい人そうだから好きだ。


「しかし・・・僕が公共の面前でいわれのない中傷を受けたのは事実です。もしかしたら、あれによって僕は見知らぬ人に卑怯者だと思われたかもしれない。」


あえて相手の非を責める。でも、表情はあくまでも穏やかに、だ。


「なにせ、僕は現れたばかりの旅人。それに対して彼らはこの街を守る駐留軍の一員。人々がどちらを信じるかなんて論ずるまでもありません。」


実際のところは知らないけど。でも別にそこは今どうでもいい。

言葉とは裏腹に口調に棘のない僕に、後ろで立っている獣人達は怪訝そうな顔をしているが・・・レオニールさんは、小さく口角を上げている。

正しく伝わってるようで何よりだ。


「困りました。このままでは信用のない僕達は割のいい依頼を受けることが出来ません。せっかく特例で高難度の納品依頼を受けられるようになったのに・・・」


ヒルダが微妙な目で僕を見てくる。さすがにここまであからさまに言えばわかるか。でも、決して僕からは催促しない。そうすると、僕が彼らに借りを作ることになる。

・・・まあ友好という観点では別にそれでも良いんだけど、そうするとシャクシャラを発つまでに返せるかわかんないからね。

レオニールさんも苦笑を浮かべている。まあ、ここであんまりいやらしい攻め方するのもアレだしね。ここまでにしとこ。


「フッ・・・それはすまないことをしたな。詫びと言ってはなんだが、ひとつばかり良い仕事がある。」

「ほう、それは興味深いですね。」


そう言って笑い、レオニールさんに向き直る。


「沈黙の平原のことは知っているか?」

「ええ。シャクシャラの隣に広がる広大な草原地帯のことですよね?」


まあ僕達はそこから来たんだけど。余計なことなので言わない。


「あそこには良質な素材が数多く存在するのだが、非常に危険でな。冒険者の少ないシャクシャラではそこまで行って採取してきてくれる者がいないのだ。」

「ふむ・・・」


確かに、あそこにはかなり質のいい素材が沢山あった。少し探しただけで簡単な栄養剤なら作れるほどに。


「少し前までは我々駐留軍が訓練も兼ねて必要な素材を採取してきたのだが・・・」

「・・・なにか、問題が発生したんですね?」

「その通りだ。」


ほほう?いやまあ、想像通りだけど。


「隠すようなことでもない・・・というか、シャクシャラでは今誰もが知ってる問題でな。簡単に言えば・・・精霊種が、家畜を攫っているようなのだ。」

「うわぁ・・・」


いかん、思わず素で呻いてしまった。だから精霊種の近くに住むなとあれほど・・・

『誓約』の異能で誓ったことを破ることはできない。直接間接問わず、それは絶対だ。さて、ここでその内容を思い出してみよう。


他種族に危害を加えない。


そう、ただの動物は対象外なのだ。これが、戦争終了後に問題になった。精霊種は、人里から家畜を盗むようになったのだ。家畜・・・というか、何かを盗むことは危害に含まれないという謎裁定により、彼らは嬉々として人里から様々なものを盗んでいったのだ。

ほんとになんで精霊種はまだ魔物認定されてないの?いやまあ、ひと握りのまともな人達が必死で取り成しているからなんだけども。

ちなみに、人里から何かを盗んだ精霊種は個体単位で魔物認定されるため、倒してもいいことになってる。情状酌量の余地皆無だし、このくらいしないと彼らには抑止力にならない。


「つまり、その対処・・・未然に防ぐためにシャクシャラ内の巡回を強化してるとかそんな感じですかね?」

「まさしく。」


あー、なるほど・・・そりゃ兵士の皆さんもピリピリするわ。


僕はグイーラさんとレオニールさんの態度から、シャクシャラの駐留軍は軍律がしっかりしてると判断した。ではなぜあの獣人達は公共の場で問題を起こすようなことをしたのか。

答えは単純、フラストレーションが溜まっていてイライラしていたからだ。

しかも、彼らは街の中で僕に絡んできた。だから、何らかの理由で外に出られないのかなぁ、と思って何か困ってないかなぁ、ということであんなあからさまに依頼が無いか聞いたわけなんだけど。


「よりにもよって精霊種か・・・」


なまじ優秀な種族だけあって対策は難航しているだろうなぁ。

苦々しい顔の僕を見ながら、レオニールさんはため息混じりに続ける。


「まあ、そちらの対処は我々の仕事だ。ただ、法院の薬の在庫が減ってきているようでな。それを採取できる実力のある者を探していたのだよ。」


なるほどね、まあそれなら大丈夫だ。僕たちにとっても、ただ納品するだけじゃなくて駐留軍と縁ができるから都合がいい。

僕は話をまとめにかかる。


「では・・・駐留軍からの正式な依頼ということで、仲介所に手続きをお願いします。・・・そういえば、特定の誰かを指名して依頼をすることってできるんですか?」

「ああ、指名依頼の制度はある。とはいえ、現在このシャクシャラでこの難度の納品依頼を受注できるのは恐らく君たちだけだ。」


まあもともと、できる人が居ないのが問題だったわけだしね。


「念の為指名依頼でお願いします。」

「いいだろう。諸々の手続きを含めて明日までに依頼を出しておこう。期限は特に設けないが・・・君たちの実力ならばそこまで焦らなくても大丈夫だろう。」

「ありがとうございます。それじゃ、今日はこの辺で失礼させていただきましょうか。」


僕達は立ちあがる。


「有意義な時間でした。依頼の方は任せてください。じゃ、行こうかヒルダ」

「え、ええ。」


レオニールさんも立ち上がり見送ってくれる。


「期待している。また、機会があればグイーラとも話してみるといい。あやつは無口だが、人格者だ。」

「ええ、機会があれば。それでは」


僕はレオニールさんと後ろの獣人達に軽く会釈をして、ヒルダと共にその場を後にした。




店から出たあと、隣を歩くヒルダが顔に疑問を浮かべて僕に問いかける。


「あの、シルヴァ?その、どこまで考えていたのですか?」

「正直にいえばそこまで深くは考えて無かったよ。レオニールさんみたいな立場のある人と話せるいい機会だから駐留軍とパイプができないかなぁ、って思っただけ。」


だから、精霊種の話とか予想外なんだよね・・・積極的に首を突っ込む気は無いけど、絶対面倒なことになる予感がする。


「まあそれでなくても、軍ってのは規律を重んじる組織だからね。だから身軽に動けない。そういう組織には重要度はともかく緊急性が高くない問題が棚上げされてることが割とあるんだ。」

「では、今回もそれを見越して話し合いをしたのですか?」

「まさか。さすがにここに着いてすぐ駐留軍の内情までは掴めないよ。初めはただ穏便に済ませようとしただけ。依頼云々はただの思いつきだよ。」


でも、その甲斐はあった。依頼そのものっていうより、駐留軍の幹部と縁が結べたことがね。


「ま、この話はまた後で依頼を確認してから考えよう。とりあえず今日は、必要なものを揃えちゃおう。」

「・・・そうですね。私はよく分からないので、色々お任せします。」


よしきた。

今からヒルダにどんな服を来てもらうかが楽しみだ。

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