記録を自動化すると負担がすごく減る。でも同じくらい仕事が増えるからトントン
朝食を食べたしばらく後。
僕達はまた仲介所に来ていた。
今日は色々とやることがある。まず服を筆頭とした生活用品を揃えなくてはいけない。旅の身だから、あまりたくさんはいらないけど・・・
僕はともかくヒルダの服を早いとこ揃えないと。今の彼女は例のローブと戦闘服しか持ってない。流石にこれだけでやりくりしていくのは無茶というものだろう。
とりあえず、まずは身分証だ。
「おはようございまーす。身分証、できてます?」
「あ、フォーリス様にオルクス様。ええ、できてますよ。少々お待ちくださいね。」
おお、早い。助かるぅ。
「さて、じゃあヒルダ。さっきも言ったけど、とりあえず今日のところはいくつか依頼を見るだけにするけどいいかな?」
「え、ええ、私は構いませんが・・・その、何度も聞いて申し訳ないのですが、大丈夫なのですか?」
「ん?・・・ああ、お金のこと?平気平気、あの宿は先払いで契約してあるし、シャクシャラの物価ならそこまで節約しなくても平気だからね。」
意外と心配性・・・と、いうより僕に払わせることが心苦しいのかな。
「ま、気にしないでよ。これからはヒルダにも協力して貰いながら依頼をこなしていく予定だし。それでなくても、僕達はもう家族だ。あまりかしこまらないでよ。」
僕はそう言ってヒルダに笑いかける。多分、彼女にはちゃんと言葉にして色々伝えてあげた方が良い。
「・・・分かりました。その代わり、ちゃんと必要な時は私を頼ってくださいね?」
「もちろん。」
そんな感じで雑談していると、お姉さんが2枚の金属製・・・多分、ミスリル製のカードを持ってくる。
「お待たせ致しました。こちらが、お二人の身分を証明するものになっております。」
「お、おお・・・なんか、思ったより豪華というか・・・え、これほんとに登録料いらないんですか?結構な経費では?」
ミスリルは希少ではないが貴重だ。というのも、鉱脈がある場所が結構過酷な環境なのだ。
「必要経費です。偽造や改竄対策の魔法を込めるにはミスリルが最適ですからね。当然ですが、転売は禁止です。発覚した場合は法的措置を取らせていただきますので、ご了承ください。
また、紛失した際は速やかにお近くの仲介所か冒険者ギルドで手続きをしてください。その際は身分証の料金をお支払いいただくことになりますので、身分証の取扱には充分お気をつけください。」
お、おおぅ。なんかすごいスラスラと注意事項が・・・
「わ、わかりました。とりあえず無くさないようにしてれば良いんですね?」
「その認識でけっこうです。何かご質問はありますか?」
「えっと、依頼を受ける時にこれを見せれば良いんですか?」
見た感じ、この身分証何も書いてないけど・・・まあ、ミスリル製なんだから直接刻んであるわけないか。多分魔法で情報が記録されてるんだろう。
「はい。依頼を受注する際は、必ず受付にこの身分証を提示するようお願い致します。こちらの身分証は様々なデータを記録するものにもなっていますので、依頼の達成率等を確認するために必要となります。」
身分証万能すぎでは?
「なるほど・・・わかりました。じゃあまた明日にでも依頼を受けに来ますね。」
「はい。お待ちしております。・・・あ、最後に一つだけお伝えすることがありました。」
ん?なんだろ。
「本来であれば、高難度の依頼を受けるには実績が必要なのですが・・・お二方の場合は納品及び討伐依頼に限って制限が免除されています。」
「ほ、ほう?いや、よくわかんないですけど。」
「これらの依頼は単純な戦闘力があれば達成できます。納品依頼の知識に関してはこちらでは計りかねますので、そこはご自身の判断でよろしくお願いいたします。」
まあ、知らない素材の納品依頼を受ける人も居ないだろうしね。
「逆に受けられない依頼はなんですか?」
「未踏領域、及び魔導遺跡の探索依頼と護衛依頼などがそれに当たります。これらの依頼は戦闘力以上に経験と実績が求められますので、低難度の依頼から始めるいただくことになります。」
なるほど、探索依頼はともかく、護衛の依頼なんてものもあるのか。次の街に行く時は護衛依頼を受けていくってのもありかもしれない。多分誰もが考えることだろうし、片道だけの護衛もあるでしょきっと。
「説明は以上です。今後、何かご質問ありましたらお気軽にご相談下さい。」
「はい、丁寧にありがとうございます。」
正直分かってないことも多いけどね。ただでさえ知らないことが多いのに、シャクシャラは特殊すぎる。
「ヒルダは何か気になることある?」
「え?い、いえ特には・・・?」
急に話を振っちゃって悪いが、意思確認は大切だ。
まあ、僕もよくわかってないけども。
「それじゃ、今度こそ失礼しますね。」
「はい。今後とも、よろしくお願いいたしますね。」
朗らかに笑うお姉さんに挨拶をして、僕達はその場を後に・・・
「おい!そこの人種の男、止まれ!」
出来なかった。
・・・やっぱり来たかぁ。僕は自分でも分かるほどに顔を苦々しいものにしながら声の聞こえた方を見る。
そこには、僕を睨みつける数人の獣人の男女がいた。
「えーっと・・・だれか人種の男性のかたー、呼ばれてますよー」
「いや、どう考えてもシルヴァのことでしょう・・・」
どうにかして逃げられないかと悪あがきをする僕に、ヒルダが呆れた目で見てくる。
案の定、彼らは僕に近づいてくる。
「てめぇに決まってんだろうが!」
「あー、一応聞きますけどなんの御用です?」
依頼の発注ならまた後日ってことで・・・
「なんの御用だぁ!?てめぇが汚ねえ手を使ってグイーラ隊長に土つけたことの落とし前をつけに来たんだよ!」
「うーん、やっぱり人違いじゃないですかね?」
少なくとも僕は汚い手を使った記憶はないからきっと別の人だろう。
「舐めた態度取ってんじゃねえぞコラ!てめぇみたいななよっとしたやつに、隊長が負けるわけがねえだろ!汚い手を使ったに決まってるだろうが!」
さっきから決めつけがひどい。
「いきなりなんなのですか、あなた達は?」
ヒルダが機嫌の悪そうな表情を浮かべて彼らを睨み返す。
「隊長・・・と呼ぶということは、あなた達は駐留軍の兵士ですね?」
「そ、そうだが・・・あ、あんたには関係ないだろ!」
「関係ない・・・?そんなわけがないでしょう!彼は私の夫です!」
ちょ、ヒルダ!?その、その通りなんだけど少し落ち着いて・・・!
「っ、だ、だからなんだってんだ!?どっからどうみたってそいつが隊長に勝てるわけがねえ!だから反則をしたに違いねぇ・・・」
「自分の常識で測れないからと、相手に難癖をつけるのがここの駐留軍の流儀ですか?武人の風上にもおけぬ浅慮、暴言・・・恥を知りなさい、下郎!!」
ひいぃ凄い怒ってる・・・!
彼らもものすごい腰が引けてる。まあ、獣人特有の鋭い本能で分かっているんだろう。ヒルダが、自分たちでは絶対に敵わない存在であることを。
「な、なんなんだよ・・・!お、おいてめぇ!女の陰に隠れて恥ずかしくねえのか!」
「えぇ・・・」
この状況でも折れないその気骨は認めるけど、その男女理論には付き合いきれないし、そもそも隠れてもいない。
この世の中で、性別など生物学上の区分でしかない。だって上位元素っていうもっとわかりやすい力があるわけだし。
例えば、人種は男の方が筋肉質になりやすい、とかいう認識持ってる人の方が少ない。僕だって、自分に上位元素の適性があったらそんな違いは意識してない。
そんな認識持ってるのは、『雄、あるいは雌をトップに群れを形成する動物』の特徴を持った獣人だけだ。
獅子人とかね。
それはともかく、1度とりなそう。
周りの注目を集めまくっているからね。
「まあ、とりあえず落ち着いてください。ここでは色々な方の迷惑になります。そうなれば、責任を取るのはあなた達の上司であるグイーラさんでしょう?」
「そ、それはっ・・・」
僕の言葉に気勢が削がれた様子の彼らに、僕は手応えを感じて畳み掛ける。
「少し、落ち着いた場所で話をしませんか?すこし、行き違いがあるみたいですし、ね。」
ここで僕まで感情的になればいよいよ収拾がつかない。
僕とて、今までそれなりに交渉をこなしてきた。何でもかんでも叩きのめせば良いってものでもない。
それに、彼らは僕を軽んじているというより、グイーラさんに心酔しているような感じがする。虎人は群れることを好まない人が多いから、単純にグイーラさんの人徳だろうけど。
「といっても、僕はシャクシャラに詳しく無いので・・・場所はお任せしてもよろしいですか?」
今回は腹の探り合いという訳でもないし、中立の場所である必要は無い。彼ら自身に、落ち着ける場所を選んでもらおう。
にこやかに促す僕に、ヒルダが小声で聞いてくる。
「・・・シルヴァ、良いのですか?どう考えても、こちらに非はありません。彼らに付き合う義理など・・・」
僕も小声で答える
「ま、それもそうだけど・・・しばらくはシャクシャラに滞在する訳だしね。駐留軍の人とは友好的な関係を築いておきたい。」
「あなたが良いなら、私は構いませんが・・・」
不服そうなヒルダ。気持ちはわかるけどね。
確かに控えめに言っていちゃもんだ。
でも、それはいいだろう。許すかどうかは交渉の結果次第だ。
明確に敵対しているわけではない相手との交渉における大前提。それは
論破しない、ということだ。
理論武装は必要な時だけにしないとね。
さて、ヒルダと初めて会った時は失敗したけど、こんどこそ。
さあ、交渉開始だ。




