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お役所仕事に文句言えるほどキッチリ生きてきた自信が無い

しばらく説明が多いかもです

仲介所は思ったよりずっと綺麗だった。規模も大きいし、設備もしっかりしている。

色々書いてあるが、こちらの文字はさすがに読めないので、さっさと受付らしきところに行く。


「こんにちはー。ちょっと色々聞きたいんですけど、ここで質問大丈夫ですか?」

「はい。問題ありませんよ。」


受付の羊人ワーシープのお姉さんは朗らかに答える。


「ちょっと遠方から来たものでこちらの事情に詳しくなくて。この施設について簡単に説明して貰えると助かります。」

「かしこまりました。少々長くなりますがお時間よろしいでしょうか?」

「あ、はい。お願いします。」


なんかすごい低姿勢だなぁ。慣れない。


「こちらの施設は『仲介所』、と呼ばれております。ご存知かもしれませんが、ここは『依頼』や『人材紹介』を請負っております。お二方は遠方からいらしたとのことですが、シャクシャラには移住ですか?」

「ああ、いえ。旅の途中に立ち寄っただけです。」

「かしこまりました、では基本的には『依頼仲介』のご利用になります。」


ああ、なるほど。人材紹介とはつまるところ職業案内所ってわけか。


「『依頼仲介』は、その名通り街の方からの依頼を受けて仕事をして頂き、それによってこちらから報酬をお渡しする形です。

報酬は依頼人の方が仲介所に委任した金額から、紹介料、仲介料を差し引いたものとなりますのでご了承ください。」

「ふむふむ」

「依頼内容は多岐に渡ります。ただし、このシャクシャラはその地理的特徴から魔獣討伐等の戦闘依頼はほとんどありません。野盗などの賞金首も滅多に現れませんので、基本的には納品依頼か短期間の仕事の依頼ですね。」


ほう・・・地理的特徴、ね。

気になるけど、それはあとかな。


「薬草の納品をするなら法院かと考えていたんですが・・・その辺りはどうなってますか?」

「法院では直接の買い付けは行っておりません。戒律で、使用していい素材などが決まっているためです。

素材取り引き時にトラブルが発生することを防ぐために、法院へ素材を卸すこともこちらの仲介所で行っています。

ですので、依頼外でも薬草などの売却を行いたい場合は当施設の買取カウンターに持って行って頂ければ査定及び買取を行うことができます。是非ご利用くださいね。」


流れるように説明してくれるなぁ。


「この施設を利用するのに利用料とか条件とかありますか?」

「利用料などは発生しません。ただし仲介所は複数国家に存在する公的施設であるため、素行に大きな問題があると認められる方のご利用は御遠慮願っています。そして、それらを簡易的に判別するために利用者の方には登録を行って頂くことになっています。」

「登録?」


なんか思ったより随分めんど・・・しっかりしてるなぁ。


「はい。1度登録なされば、各地の仲介所及び冒険者ギルドでも利用可能な証明書を発行できます。」

「なるほど・・・登録に必要なものとかあります?」


身分証があると色々助かる。前までは商人ギルドが発行してる証明書を持ってたんだけど無くしちゃったしなぁ。


「いえ、特に用意して頂くものはございません。登録料もありませんのでご安心ください。」


それは良かった。身元を保証する物か人が必要とかだったら面倒だったし。

・・・ん?じゃあどうやって素行とか判断するの?

僕の疑問が思いっきり顔に出てたのか、あるいはよく聞かれる質問だからか、女性は苦笑しながら続ける。


「登録希望者の方には、霊視を受けていただきます。」

「霊視?」


確かそんな名前の異能があったと思うけど・・・使用出来る種族も含めて、そうそうお目にかかれるものじゃないはずだ。


「あ、遠方からいらっしゃったということでしたね。もしかしてシャクシャラには転移でいらっしゃったんですか?この辺りでは霊視は割とポピュラーな証明方法なんですよ。」


ポピュラーってことは、やっぱり僕の知る霊視とは別物だと考えた方が良さそうだ。


「ああ、いやすみません。霊視そのものが分からないんですが・・・ヒルダ、知ってる?」


僕の後ろで成り行きを見守っていたヒルダに聞いてみる。


「いえ・・・私も神子として様々な神話や寓話に触れてきたので、名前自体は聞いたことがありますが・・・」


僕達のその様子に、お姉さんはとても驚いたような顔をする。


「霊視そのものを知らない・・・となると、お二方は本当に遠くからいらしたのですね。」

「あ、あはは・・・ま、まあそんな感じです。」


これがカルチャーギャップというやつか。知らないことが多すぎる。


「霊視、それ自体は本来『星神種レガリア』が持つ異能のことです。対象の過去や、条件によっては未来さえ見るという能力ですね。」

「ああ、はい。それは知ってますが・・・恐らく、それとは別物なんですよね?」


僕の確認にお姉さんは頷く。


「はい。『星神種』は滅多に人里に現れませんから、それをシステムに組み込むのは無理があります。そこで。」


そう言ってお姉さんは、机の下から水晶玉を取り出す。


「こちらの魔導遺産オーパーツ『霊視水晶』を使って簡易的に霊視を行うのです。正確には、魔導遺産の研究成果からできた同等の機能を持つレプリカですが。」


多い多い、情報が多いよ!

知らない単語で知らない言葉を説明しないで!


・・・もういいや、細かい調査は今後おいおいやっていこう。

とりあえずは、登録だけ済ませて今日のところは帰ろう。宿も探さなきゃいけないし。


「えっとじゃあ、今ここで登録ってできます?」

「はい、可能ですよ。まず、こちらに登録希望名を記入してください。」

「あ、すいません。ここの文字分からないので代筆お願いできますか?」


言葉は何故か分かるけど、文字はそうもいかないからね。

僕の質問に、お姉さんは笑顔で頷く。


「はい。ではお名前を伺ってもよろしいですか?」

「シルヴァ・フォーリスです。」

「復唱致します。シルヴァ・フォーリス様でよろしいですか?」

「あ、ああ、はい。」


もっとざっくりでもいいんだよ?

ほんとに慣れない。商人ギルドで身分証発行して貰う時も面倒だったけど・・・

あれほどではないとはいえ、正直疲れてきた。


「はい、登録希望名の確認完了しました。ご協力ありがとうございます。続いてこの場で霊視を行ってもよろしいですか?」


もちろん・・・と頷こうとして。

ひとつ気付く。この『霊視水晶』・・・僕に使えるの?

上位元素の適性がない存在なんて僕以外に知らないし、上手く使える気がしないなぁ。


無理だったら時間がかかりそうだし・・・よし。


「あ、すみません、やっぱり先に彼女の登録を終わらせたいんですけど大丈夫ですか?」


そう言って後で黙って立っていたヒルダを前に押し出す。


「え、私ですか?」


少し驚いたような顔をするヒルダに耳打ちする。


「いやほら、もし『霊視水晶』使えないと面倒そうだし・・・僕の登録は場合によっては後日に回そうかなって。でもヒルダなら多分スムーズに登録終わらせられるし。」

「・・・なるほど?」


あ、分かってないっぽい。まあいいや、さっさと済ませて貰おう。


「では、先にそちらの女性の登録をさせていただきます。登録希望名は私が書いてもよろしいですか?」

「え、ええ。お願いします。」


緊張した様子でヒルダが頷く。ああ、ずっと黙ってると思ってたけど人見知りしてたのかな。


「では、登録希望名をお願いします。」

「ヒルダ・オルクス。」

「復唱致します。ヒルダ・オルクス様でよろしいですか?」

「はい・・・あ、いや少し待って貰えますか?」


ん、どうしたのかな?


「シルヴァ。その、私の家名の事なのですが・・・」

「・・・・・・あ、そっか」


あんまり気にしてなかったけど夫婦・・・というか家族なら家名が一緒になるのか。僕の『フォーリス』というのは産まれた時からのものじゃなくて、師匠から貰ったものなのですっかり忘れていた。


「僕の『フォーリス』に合わせても良いけど・・・でも、『オルクス』っていう名前は多分由緒あるものだよね?無理に一緒にしなくても良いよ?」


師匠から貰ったフォーリスの名を勝手に捨てる訳にもいかない。だから僕がオルクスを名乗ることは出来ないけど・・・

まあ、気ままな旅の身だ。

そもそも、家名という文化自体無い種族も多いし、好きに名乗ればいいと思う。もちろん、フォーリスを名乗ると言うならそれはそれで嬉しい。


そんな感じの意図を込めて、僕はヒルダに選択を委ねる。

しばらくヒルダは無言で考えていた。

そして、決断したのか口を開く。


「・・・ヒルダ・オルクスで登録をお願いします。」

「は、はい。かしこまりました。ヒルダ・オルクス様で登録を進めさせて頂きます。・・・あの、念の為に確認しておきますと、同様の手続きを踏んで頂ければ登録名称の変更は可能ですので・・・」


僕達・・・というかヒルダの雰囲気に気圧されたのか、少し笑みを引き攣らせながらお姉さんが教えてくれる。


「ええ、ありがとうございます。」


ヒルダはお姉さんに礼を言うと、そのまま僕に向き直る。


「あなたと同じ家名を名乗ることにも心惹かれましたが・・・封神の役目を終えた今、このオルクスという名は、私が母から受け継いだ唯一の物です。ですから・・・もうしばらくは、この名を大切にしていきたいのです。」


ヒルダがそうしたいなら、僕に否やがあるはずもない。


「そっか。まあ、ヒルダはヒルダだしね。僕も、自分にとっての大切なことは貫き続ける方が良いと思うよ。」


さて、お姉さんの目の前で微妙に気まずい光景を展開してしまった。

察しの悪い僕にも、お姉さんが居心地悪そうにしてるのはわかる。

本当に申し訳ないです。


「で、ではオルクス様。登録の方進めていきますね!」


引きつっていた笑みをすぐに自然なものに戻して、お姉さんは続ける。

プロだなぁ。


「こちらの『霊視水晶』に触れて頂ければ、あとは自動で霊視が行われます。その際に得られた結果は登録の際の素行確認のためにのみ使用し、終了後は速やかに破棄しますのでご安心ください。」

「・・・は、はあ。」


うーんわかってなさそう。まあ僕もこういうのは初めてだけど・・・交渉それ自体は昔から沢山やってきたから何となく言ってることはわかる。

だけど、ヒルダはずっと里にいたらしいからなぁ。この辺は僕が支えて行かないとならないだろう。


そんな微妙に失礼なことを考える僕をよそに、ヒルダの登録手続きは進んで行く。


「注意事項として、こちらの『霊視水晶』は繊細な魔道遺産ですので、上位元素を流し込むようなことはしないようお願いします。特に、霊視の瞬間は少し刺激を感じるかもしれませんので気をつけてくださいね。」

「え、ええ。わかりました。」


緊張した様子で頷くヒルダ。

そして。


「では、はじめますね。」

「・・・・・・んっ。」

「はい、完了です。」

「え、もう?」


ヒルダが小さく声を出したかと思ったらもう終わったようで、ヒルダも驚いているみたいだ。


・・・ああ、あの感じ、昔技術が発達した国で注射を初めて受けた時の僕みたいだなぁ。・・・そういえば、無針注射器も無くしちゃったなぁ。


遠い目をする僕をよそに、お姉さんは『霊視水晶』の台座から出てきた紙を確認する。

それそんな感じで出るんだ・・・


「ふむふむ・・・なるほど。」


お姉さんは頷きながら紙を読む。


「苦労されて来たんですねぇ。・・・ほほぅ、そんなことが。だからこちらの事情に詳しくないのですね・・・って、ええ!?」


突然大声で驚くお姉さん。

ど、どうしたんですか?


「な、なにかおかしいところがありましたか?」


ヒルダが心配そうに聞く。僕も内心ハラハラだ。なんだろう、かなり赤裸々に過去が文章化されてるみたいだけど・・・。

ていうか、あのお姉さんが読むのか・・・


「ああ、いえ。申し訳ありません。素行も問題ないようですし・・・種族が希少であり、戦闘力もシャクシャラの保有戦力では抑えられない程に強力ですが・・・それでも、霊視の結果登録に問題はないと判断できます。」

「そ、そうですか。では、何にそんなに驚いているのですか?」


安心した様子のヒルダ。でもそうなると何に驚いたんだろう。僕もヒルダと同じ疑問を抱く。


似たような顔で疑問を示す僕たちに、お姉さんは苦笑いをする。


「あ、いえ、少し気になる記録がありまして。えっと、失礼ですがおふたりは出会ってまだ2日程でありながら夫婦でいらっしゃる・・・のですか?」

「「ぶっ!!」」


2人同時に吹き出す。

ちょ、そこ突っ込む!?


「あ、ああすみません!その、おふたりとも随分仲が良さそうですし、息もあっておられるご様子でしたのでとてもそうは見えないなーって!」


慌てたようにフォローするお姉さん。真っ赤になる僕たち。

特にヒルダは完全に黙ってしまった。仕方ない、ここは僕が対応しよう。


「はは、ありがとうございます、と言っておきますか。それにしても、霊視というのはそこまで色々分かるものなんですね。」

「え、ええ。過去が全て分かるわけではありませんが、それでもかなりの精度で文章化することができます。・・・それにしても、お二方は随分この辺りの常識に疎いようでしたが、まさか権能による超遠距離の転移を受けていたとは。」

「説明の手間が省けて助かります。」


すごいな霊視。でも情報の保護は大丈夫?別に隠してることとかないけど、それにしてもすごい普通の声量で喋ってない?

そんな疑問がまたしても顔に出ていたのか、お姉さんは笑いながら補足する。


「あ、ご心配なさらずとも、この霊視の最中は情報保護の効果を持つ魔導遺産を使用する規則になっていますので、声が周りに聞こえることはありませんよ。ついでに言うなら口元の動きも少し改ざんされています。」

「そ、そんな便利なものが・・・」


すごいな魔導遺産。後でしっかり調べよう。


「さて、これでヒルダさんの登録手続きは完了です。明日、身分証を発行致しますのでまたいらしてください。」

「・・・・・・・・・」


ヒルダは無言で頷く。その顔はまだ赤い。


「で、では引き続きフォーリス様の登録手続きに移りますね。『霊視水晶』の上に手を置いて頂けますか?」


さて、僕の番だ。

・・・上手くいく気がしないなぁ。


確信に近い予感を抱きながら、僕は『霊視水晶』に手を乗せた。

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