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イタチの最後っ屁って言葉がある。でもやるならスっとやれ。

言い捨てる。向こうに会話する気がないならこっちだってしない。


対話は、お互いに相手の話を聞く気がないと成立しない。



―――弱き者が、よく吠える。



「ついさっきも吠えるって言ってたじゃん。語彙力ないんじゃないの?」

「え、ちょっと、シルヴァ?」


いつになく攻撃的な僕にヒルダがたじろぐ。驚かせてしまって申し訳ないけど、これは僕のルールだ。

これを曲げたら、僕は僕で居られない。



―――面白い。口だけは達者と見える。



「そりゃどうも。そっちもオリジナリティに欠ける素晴らしいセリフだ。」

僕がお前の攻撃避けたの見てなかったのかな?



―――だが、貴様がいくら吠えたところで我に傷1つ与えることはできぬ。この身はどのような攻撃にも屈さず、毒なども無力だ。我の持つ圧倒的な魔力と霊力は他者の干渉を吹き飛ばす。貴様がどのような小細工を弄そうとも、何一つとして我に痛痒を与えることなどできないわ。



「急にすごい喋るじゃん。悪いけど半分も聞いてなかったよ。」



―――口の減らぬ塵芥め。いいだろう、ならば好きに攻撃するが良い。我は避けもせぬし反撃もせぬ。そして己が愚かさと無力さに絶望せよ。



あっそう。ならお言葉に甘えようか。別に好き勝手暴れてくれても一向に構わないけど、まあさっさと終わらせられるならなんでもいい。


「ヒルダ、少し待ってて。ぱぱっと終わらせてくるから。」

「ま、待ってください、シルヴァ!彼の者の力はあまりに強大です!いくらあなたでも相手が悪すぎます。ここは私が時間を稼ぎます、だからあなたは早く逃げてくださ・・・」

「却下。言ったじゃん。ヒルダが何かを犠牲にしなきゃいけない案は全部却下だって。」


そもそもいくら言葉で強い強い言われてもわかんないし、何度も言うけどどうでもいい。


「しかし、無理をしない約束だってあったはずです!あなたの意見を通すなら、私との約束も守ってください。」

「うん、わかってるよ。でも大丈夫。こんなの、無理の範疇に入らない。」


まあ、口で言っててもピンと来ないだろうし、もう終わらせちゃおう。向こうも動かないでいてくれるらしいし。



無造作に歩き出す。既にあいつを殺すために必要なものは両手に持ってる。



―――ふん、不遜なまでの自信だ。その自信の出処は武器か?毒か?呪いか?いずれにせよ我には何も効かぬ。



本当にうるさいなこいつ。

まあいいや。僕はまず、右手に持った錠剤を噛み砕く。


「ぐっ・・・」


瞬間、鈍い痛みが脳に伝わり、直後、体に違和感。

もったいぶっても仕方ないからさっさと説明すると、これは肉体機能の制限を解除する薬。この前ちらっと言ったけど、擬似悪魔化の制作過程で出来た番外試薬(アウトナンバー)だ。

脳にごく微量の毒素を流して生命の危機と誤認させる薬。名は【時限暴走(ダウナーシフト)】、レッドラベルだ。

継戦能力、副作用ともにとても実践レベルにない。それでも、今使うには十分だ。

なにも、これで攻撃するわけではないし。



―――ほう、動きが変わったな。それが貴様の自信の出処か?カカッ、まこと愚かなり。



お前ほどじゃないさ。

さて、大して遠くもなかったし、すぐに手の届く位置まで近づいた。

僕なんて手を伸ばしても相手の腰くらいまでしか届かないけど。



―――さあ、どうする、塵芥。



本当に最後まで動かないつもりなんだな。じゃあ、やらせてもらおう。


「よっ・・・と」



―――ほう?



僕は強化された身体能力で相手の体を駆け上がる。そしてそのまま、にやけた表情のまま空いた男の口に。


左手に持っていた瓶。その中身を流し込んだ。



―――満足か?



ああ、もう十分だ。

僕はさっさと距離をとる。反撃してきても対応出来るように注意していたけど、本当に僕を侮ってるんだなぁ。



―――何をするのかと思えば、つまらぬ。言ったであろう。毒など効かぬと。



そんなことも言ってたな。

どうでもいいけど。

踵を返す。


「よし、ヒルダ。帰ろうか。」

「え・・・?シ、シルヴァ?」


さっきから混乱しきった様子のヒルダに少し申し訳無くなるけど、こいつの説明に時間かけるのも嫌だ。可及的速やかにヒルダの記憶から無くしたいし。



―――逃がすと思うてか、塵芥。もはや貴様に興味など無くなったわ。疾く死ね、塵芥。



塵芥塵芥うるさいな。もう悪役(おまえ)の物語は終わったんだ。始まってもいないけど。

仕方ないから振り返る。


「どうでもいいけど。自分の両腕どうなってるか見えてる?」



―――なに?



男が自分の両腕を見る。その瞬間。


ボトッ。


そんな気の抜けた音と共に。

男の両腕が地に落ちた。


「・・・・えぇ!?」


ヒルダが驚きの声をあげる。

そしてそれ以上に、男は狼狽する。



―――あ、ありえぬ!我が無敵の肉体が、毒などに負けるはずが・・・!



その言葉の間にも。どんどん男の身体は崩れていく。



―――なにが、なにが起きている!?クソッ、止まれ、止まれ・・・!



「な、何をしたの・・・?」


ヒルダが僕を信じられないものを見るような目で見る。

そ、そんな顔しないでよ傷つくなぁ。

まあ、いくら男が騒ごうと説明する気はなかったけど、ヒルダ気になるならもちろんいくらでも説明しよう。


「そうだね・・・まず大前提として、あれは毒じゃない。あ、いや毒と薬の違いは効果だけだと考えれば毒とも言えるけど。」


そもそも僕は初めから毒薬として薬を作ることはない。ていうか作るまでもなくこの世には強力な毒が自然界に溢れてるし。


「あれは番外試薬(アウトナンバー)ブラックラベル、【人造死霊(フールグール)】。」

「番外試薬・・・たしか、シルヴァが創った薬の中で実用的じゃない失敗作のこと、だよね?ブラックラベルは、もうほとんど毒だ、って・・・」


どちらかと言えば、ね。

まあそれを訂正はしない。だって失敗作って彼女に教えたの僕だし。


「そうそう。【人造死霊】は神殺権の制作過程で出来た失敗作でね。強すぎる副作用を回復力でどうにかできないかと思って作ったんだけど・・・」


僕はそこで視線を、今まさに崩れていく男に向ける。


「まあ、その結果があれだよ。新陳代謝を活性化させて、細胞分裂の速度をあげる効果をつけたんだけど・・・制御出来なくてね。自己崩壊しちゃうんだ。」

「で、でも、毒は効かないって・・・」

「あれは毒じゃなくて、あくまで正常な身体機能の強化だからね。霊力で肉体機能の強化をしてもむしろ崩壊が早まるだけだし、正常な反応だから法力での治癒も困難・・・無理と言っていい。」


唯一解除の可能性があるのが魔力だけど・・・


「逆に自分の体に損傷を与える魔法とかなら対抗できるけど、強大すぎる鬼神の魔力でそんなことしたら制御出来なくて普通に死ぬ。ていうかそもそもあの状態ではとてもじゃないけど上位元素が使えない。」

「す、凄い・・・」


鬼神種とまともに戦おうとすれば、ヒルダの時みたいに色々しなきゃならない。

だけど。


「まあ手段を選ばなかったら、殺すだけなら簡単なんだよ。」

「・・・私、直接戦った時よりもシルヴァを怖いって思ったよ。」

「あはは・・・ぐぅっ」

「ちょ、ちょっとシルヴァ、大丈夫なの!?」


【時限暴走】の副作用で全身が痛い。酷い頭痛もする。でもまあ、そのおかげで簡単に倒せた。



―――ありえぬ!貴様のような塵芥に、我が敗北するなど、断じて認めぬ!



まだ生きてたのか。たしかに【人造死霊】は長寿な相手ほど死ぬのに時間がかかるけど・・・流石に伝説級の鬼神なだけあって、寿命も規格外みたいだ。


でも、それは苦しみが長く続くだけ。

体がどんどん再生、崩壊していくため、上位元素を集中させることもできない。

遠巻きに見る僕達に、攻撃魔法を撃つこともできない。


・・・そう思って、正直高を括っていた。

でも、僕は忘れていた。この相手が、僕に念を届かせた・・・つまり、物理法則(・・・・)そのものをねじ曲げて(・・・・・・・・・・)いたことを(・・・・・)



―――せめて、貴様らだけは道連れにしてくれる。



「なに・・・?」


男が低く、地の底から響くような声で呟いた途端。

その頭に生える二本の角が、凄まじい光を放つ。


「なっ・・・!」


ばかな、『神成り』は既に使っているはず!いくら伝説級の鬼神でも、こんなに短い期間で2回も異能を使えるはずが・・・

いや、神成りを使ったところで、自己崩壊は体の機能の暴走だ。むしろ一気に崩壊が進むはず・・・

だけど、再生も崩壊もしてるけど、そのペースは先程と変わらない。

つまりこれは、『神成り』じゃない・・・?


「っ、ヒルダ!何が起きてるかわかる?」


ダメだ、僕一人では絶対に答えに辿りつけない。そう判断して、青い顔をしたヒルダに質問する。恐らく、荒れ狂う力で気分が悪くなっているのだろう。

もし僕に僅かでも上位元素の適性があれば今ごろ胃の中のものを全部ぶちまけていただろう。


「っ、わからない、わからないよ・・・!鬼神に、あんな力はないもん!あんな、世界の理を曲げるような力・・・」


半狂乱になってヒルダは叫ぶ。きっと彼女には、僕に見えないものが見えているんだろう。世界の理を曲げる、というのも実感はない。

でも、そのおかげで答えがわかった。


「権能持ちか・・・!」


迂闊だった。僕に念を届かせた時点でわかっても良かったことだ。


僕の身体は物理法則から逸脱したことはできない。そんな僕に超常現象を感じさせるには、物理法則そのものが変わるしかない。

しかし、物理法則の改変は並大抵のことじゃない。法則改変に適性のある呪力をもってしても不可能だ。

そんなことができるのは、数多ある力の中でも「権能」だけだ。


「ど、どういうことなの!?」

「恐らく、だけど。あいつは任意改変の権能持ちだ。周囲の世界の法則を、自分の望むように書き換える権能。上位元素と似たような効果だけど、優先順位が上位元素よりも高いんだ。」

「よ、よく分からないよ・・・」

「まともにやったら、こっちの攻撃は通らないし、向こうの攻撃は防げないってこと。」


正直想定外だ。あいつのあの自信はこれから来てたのか。

任意改変は外部限定だから、図らずも【人造死霊】はその意味でも最適ではあったけど・・・


「参ったな。権能で攻撃されたら僕には防ぐ手段がない。」

「ええ!?ど、どうするの?」


うーん、そうだな・・・

よし。


「ごめん、ヒルダ。助けてくれる?」

「え・・・?」


権能には物理法則でも上位元素でも絶対に勝てない。対処できるとすれば。


「っ、そうか!『神成り』だね!」

「うん。異能なら、権能の優先順位にも負けない。」


それに、相手は死にかけだ。

慣れていないヒルダでも、多分何とかできるはず。

そこは何も心配していない。


不安点があるとすれば。


向こうも、ヒルダの神成りを予想しているであろうってことだ。

まあ、死にかけの敵がやることだ。

あまり深く考えても仕方ない。


「よし、行くよ・・・!」


そう言ってヒルダは目を閉じ、集中する。

そして、


「はああああああああっ!」


気合いの声とともに、その力を解放した。


二本の角はこの前の戦い以上に強い光を放ち、さらに全身からも淡い光が発されている。その両目は金色に変わり、腰まで届くその長髪も半ばまで金色に染まっている。


これが、『神成り』か・・・!

実際に見るのは初めてだけど、これは、すごいな・・・

上位元素の適性がない僕でも、その力をひしひしと感じる。


とはいえ問題はここからだ。相手がどんな手で来るかは全く未知数だ。

『神成り』は、使わされたと思うべきだろう。

そう考えながら男の方を見ると。


男は、崩れ掛けの顔でもわかるほどに動揺していた。


・・・え、なんで?

まさか『神成り』を予想していなかったわけでもないだろうし・・・

あの表情もブラフか?でも、力に絶対の自信を持ってたあの鬼神がそんな回りくどいことをするとはとても・・・



―――ば、馬鹿な!『純神降臨』だと!?ありえぬ、未熟な鬼神が完全なる上位次元存在となったというのか!?



割と本気で混乱している僕の頭に、男の言葉が響く。

純神降臨・・・?

少なくとも、僕の知識にはない言葉だ。

でも、とりあえずあの男の想定を期せずして越えられたみたいだ。


「よくわかんないけど、なんか凄いらしいね、ヒルダ。」

『そ、そうなのかな?自分では、よく分からないけど・・・』


おお、なんか声まですごい。


「あの感じだと、多分『神成り』を使われても勝てると思ってたんだろうね。」


まあ、それは僕の【人造死霊】を舐めすぎというものだけど。

本当に三流の悪役だ。


まあ、もういいだろう。

予想外の事態で思ったよりも時間がかかってしまったけど、許容範囲だ。



―――アアアアアアアアアアッ!!ユルサヌ、ユルサヌ、ユルサヌゾ!

キサマラノゴトキウゾウムゾウガ、ワガハドウヲハバムトイウカッ!



いよいよ体が崩れ、再生もままならなくなってきたようだ。

声も崩れ、もはや何を言っているのかも判別がつかない。


「最後にやぶれかぶれで襲ってくるかとも思ったけど・・・そんなことも無いみたいだね。」

『うん・・・でも、まだ何か企んでるかも。力が、まだ散ってない。』


ふむ・・・


「なにか心当たりある?」

『無いけど・・・でも、大丈夫。何をしてきても、私がなんとかする。』

「うん、頼りにしてるね。」


僕達が会話している間にも、男はどんどん崩れ、もはやどこが顔でどこが体だったのか分からなくなってきた。



―――クチオシヤ!アア、クチオシヤ!カクナルウエハ、キサマラヲヨノハテニケシトバシテクレルワ!!



おお・・・なんか物騒なこと言ってる気がするけどいまいち聞き取れないなぁ。

なんて僕が呑気に考えていたら。


『な、何この圧・・・!まだこんな力が残ってたの!?』

「ど、どうしたのヒルダ?」

『わからない!わからないけど、なにかやろうとしてる!』


まだ諦めてないのか・・・!


「大丈夫、今のヒルダは大抵のことには対処できる!落ち着いて・・・」


僕がヒルダを宥めたその時。



―――オノガオコナイヲクイルガイイ!キエヨオオォォォォォオオオオ!!!



もはやただの肉塊と化した男から、突然眩い光が溢れ出した。


『っ、シルヴァ!私の後ろに!』

「くっ、ごめんヒルダ、お願い!」


くそっ、何を狙っているかはわからないけど、あの状態からこんな力を放てるなんて・・・

さっさとこの場から去るべきだったか?

・・・いや、無差別に攻撃されるよりは、対処できるヒルダが居た方がいいはずだ、わかんないけど!


もうこうなったらヒルダに任せるしかない・・・!

ああもう、負けた悪役は潔く退場してろよ!


荒れ狂う光の中、僕は情けなくもヒルダの影に隠れる。


『この感じ・・・転移?でも魔法じゃない・・・、そうか、これが権能・・・!』

「ヒルダ、大丈夫!?」

『多分これ、直接的に殺傷能力があるものじゃない!シルヴァ、私に掴まって!』

「っ、わかった!」


ヒルダの言葉に従い彼女にしがみつく。


『この力の総量・・・このままだと世界そのものから弾き飛ばされる!?』

「な、なにそれ!?」

『私の力で可能な限り中和する!それでも、足りるかはわからないけど・・・!』


ヤバい、権能持ちを完全に舐めてた・・・!でも、まだ何とかできるはずだ!

ヒルダはなんて言っていた?

そう、転移と言っていたはず。だったら・・・


「ヒルダは出せるだけの力で権能に対抗して!大丈夫、僕を転移させるのは多分権能でもかなり厳しいはず・・・!」


物理法則改変はそれだけの力を要する。

任意改変の権能は、使用者の意思に反応して結果だけを起こすもの。その方法は権能が勝手に決める。だから今は、あいつの僕たちを世界から弾き飛ばすという意思を果たすためにその力を自動で使うはずだ。

そして任意改変の権能は、込めた力を使い果たすと中断される。

だから、僕が先にその転移の力を可能な限り引き受ければ、最終的な転移距離は大幅に減少するはず・・・!

最悪海にでも落ちたらヒルダに助けて貰おう。それ以外は・・・もう、天に祈るしかないかな、うん!


「僕が前に出る!だけど、絶対に離さないでね!」

『う、うん!わかった!』


死にかけの相手の最後の悪あがきだ。これで多分何とか・・・



―――アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!



そして、男が崩れ去りながら最後に一際大きく叫び。


僕とヒルダは、眩い光の中に消えた。

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