9-8:己の欲望に向き合う時
真っ暗だ。
真っ暗な空間の中に、一人でぽつんと立っている。
今までにも、何度かこんなことがあった。
戦って倒されたときに、こんな風に何も無い空間を漂っていた気がする。
あぁ、これは夢か。
あるいは、自分の精神の世界なのだろうか。
ぼんやりとしたままの真樹へ、声が響く。
『自分に向き合え!』
凛とした女性の言葉が、空間の中に響き渡った。
すると、ぽうっと小さな炎が2つ、真樹の目の前に現れた。
2つの炎は、揺らめきながら少しずつ形を変えていく。
まるで小さな獣だ。
どこか猫を思わせる形状のまま、揺らめいている2つの炎。
ぼんやりと眺めていると、炎の猫たちはそれぞれにまた、形を変え始めた。
ゆらりと炎が煌いて、2つの炎は、人型の形を模し始めた。
1つは小さな女の子のような姿に、もう1つは大人の男性のような姿に。
(私と、お父さん……?)
炎の形は揺らめき立っているし、顔がはっきりしているわけではない。
だけど、真樹は直感的にそうだと感じた。
どちらもが同じような姿勢をしていたように見えたからだ。
真樹の使う極心流空手、その基本の構え。
無意識のうちに、自分も同じように構えていく。
身体にしみ込んだ、自分の戦いの原点。
あぁ、そっか……
自分の中にある武の心、その原点はこれだ。
自分にとって、この力は無くてはならないものなんだ。
格闘術を習うのが好きだ。
戦うことが好きだ。
強くなることが好きだ。
あまり女の子らしくないかもしれない。
だけど、今更格闘を捨てるなんて考えられそうにない。
これは、自分にとって、とても大事なものだから。
頭がその考えに至った時、2つの人型は形を崩し、炎となった。
揺らめく2つの炎は、ゆっくりと真樹の方へ近づいてくる。
そして、すっと真樹の体の中へと吸い込まれていった。
ぽうっ……
身体が少し暖かくなったのを感じる。
自分の中で、確かにものになったように感じる。
すると、今度は別の炎が真樹の前に現れた。
また炎の獣だ。
少しだけ大きく、色も違う。
『好きに生きろ』
どこからか、父の言葉が聞こえてきた。
道場を明け渡すことになり、父と別れることとなった時の言葉。
そして、目の前の炎はまた別の形を見せ始めている。
人や動物の形ではない、何か別の形。
(あ、道場……)
炎の揺らめきは、どことなく屋敷のような建物の形状になっていた。
模型のようなサイズの建物に、真樹は強烈な既視感を覚える。
間違いない、自分がかつて暮らしていた道場だ。
今はどこの誰とも分からない者の手に渡っている、自分の実家。
今朝訪れた時には、まだ現存しているらしいと言われた、古ぼけた屋敷。
(勝手に飛び出しておいてなんだけど……やっぱり大事な場所だよね)
あの場所を取り戻したい。
そんな気持ちは、確かに自分の中にあった。
ヴァルキリーゲームズに挑む動機にもなっていた。
まだどこかで諦めきれない自分がいる。
それを自覚した時、道場の形をしていた炎は形を崩し、真樹の元へ向かっていく。
すぅっと真樹の中へ、炎が吸い込まれていく。
「ん……」
身体が少しずつ熱くなっているのを感じる。
活力が出たというべきか、元気が出たというべきか。
ぼんやりとした意識が、徐々にはっきりするようになってきた。
この炎は、自分の中にある望みや願い、あるいは欲望といえるものなのだろうか。
それが、形となって私の前に現れているのだろうか。
そんな風に考えていると……
『いつも見ていくんだね?』
今度は梨花の言葉が響いてきて、どきりと心臓が跳ね上がる。
さらにごうっと炎が目の前で燃え上がり、またしても炎の獣が現れる。
しかも今度は、ピンク色に包まれた獣だ。
炎の数はだんだんと増えていく。
そして、それぞれがまた形を変えてく。
今度は、どれも人型になっていった。
たくさんの人型の炎、その全てが女性的な人型をしていた。
美女の姿をした炎が、艶めかしく動いている。
まるで誘惑するかのような、煽情的な動きをしだしているのだった。
(あぁ、分かる。
これは、私の中の欲情……)
どこかえっちな姿を見せる炎から、目が離せない自分に既視感を感じる。
これは、あの時の感情と似ている。
自分が戦いに勝利して、相手がペナルティを受けているところを見ている時と。
そうだ、自分はいつもペナルティを見ていく。
敗者となった女戦士が弄ばれていく姿を見ている。
残心のため、敗者から目を逸らさないことで、自分の覚悟を確かめるため。
これも確かに、ペナルティを見ていく理由ではある。
だけど、敗者となった女の子が、男達にカラダを弄ばれていく光景。
それを、自ら望んで見に行くようにしていた。
その光景に、興奮してしまっていたのだ。
……認めよう、それも事実だ。
女の子達が淫らな姿を晒していく姿から、ついつい目が離せないのだ。
そして、いつもこう考えてしまったのだ。
自分もきっと、あんな目に遭ってしまうのだと。
思い出すたびに顔が赤くなってしまう。
だが、それでも思い当たる節はある。
実際にペナルティを受けるとなった時に、自分でも驚くほど素直に受け入れていたと。
初めてのペナルティを、あっさりと受け入れていた。
あぁ、そうか。
自分でも無意識のうちに、求めていたのだろう。
敗者となった時に、男達によってカラダを弄ばれていくことに、興奮してしまっていたのだと。
エロい、可愛いと言われて手を出されることに、悦んでしまっていたのだと。
…………認めよう。
今までは受け入れるのが怖かった自分を、認める覚悟が出来た。
自分には、淫乱な女の子の素質が確かにあったのだと。
女性的な姿をした桃色の炎が、形を崩して真樹に向かってくる。
たくさんの炎が、真樹の身体の中に吸われていく。
「うっ……くぅっ……!」
どくんっと胸が高鳴る。
今まで以上に、身体が熱くなったような気がする。
身体から湧き上がる衝動を感じる。
身体が疼いて仕方ない。
思わず真樹は、自分の胸に手を当ててしまう。
自分の柔らかな膨らみが、ぷにっと心地よい揉み心地をもたらしてしまう。
喘ぎそうになる真樹の前に、次の炎が現れた。
狐をかたどった金色の炎だった。
その炎は真樹の目の前で、またしても形を人型へと変えていく。
自分と同じくらいの、若い戦士の姿が重なる。
これが誰をイメージしているものなのか、分かりきったことだった。
(沙耶ちゃん…)
あぁ、そういえばそうか。
初めてのペナルティは、彼女と一緒だったのだ。
あの子とキスしたのが最初だったのだ。
友達が少ない自分にとって、戦う楽しみを共有できる彼女は、一番の親友と言える。
そして彼女とは、一緒にペナルティを受けてもなお、同じ女戦士として共に戦い続けている。
今なら素直に認められる。
大切な友達でありライバルであるあの子と、一緒で良かった。
再会出来たのも嬉しかった。
ファーストキスが沙耶ちゃんで良かった。
(ヤクシマでも沙耶ちゃんとちゅーしちゃったし…)
邪な記憶が蘇る。
だけど、それを不快に感じなくはなっていた。
彼女と、もっと仲良くなりたいという欲求が、自分の中に確かにあるのだ。
ぼうっと、周りに別の炎が浮かび上がる。
沙耶と思しき炎のほかに、いくつかの炎が浮かび上がる。
それぞれ違う色をした、女性の人型をした炎が、次々と浮かび上がる。
(大山ちゃん……梨花さん……実琴さん……裕ちゃん……香澄ちゃん……)
ヴァルキリーゲームズで出会った人々がそこにいる。
よきライバルではあるけれど、一緒にエロい目にあった者達でもある。
梨花さんや実琴さんは、初めてのペナルティを一緒に経験した。
沙耶ちゃんと一緒に、エロいこと教え込まれたっけ。
イズモでは大山ちゃんと一緒になってペナルティを受けた。
随分と理不尽に弄ばれたものだ。
イズモの時は裕ちゃんや香澄ちゃんにも、色々弄られたっけ。
だけど、正直に言えばそれを気持ちよく感じちゃってた。
ヴァルキリーゲームズで出会ったライバル達と、えっちなことを共有したことがある。
そして、それをどこかで愉しんでしまっていた自分が、確かにいた。
(こう考えると、女の子同士の絡みも結構あったなぁ。
どっちもイケちゃうのかな、私……)
…………認めよう。
大切な仲間であり、ライバルでもある子達と、もっと仲良くなりたいと。
ちょっとオトナな関係を、もっと築いてみたいという欲求が、自分の中にあると。
それを自覚した時、ライバルたちを模したたくさんの炎が、また自分の中に吸いこまれていく。
更にどくんっと胸が高鳴り、身体が昂る。
「うぐっ……はぁ……はぁ…!」
自分は、えっちな女の子である。
その素質があると意識した途端、身体がどんどん昂っていく。
思わず膝をついて、その手で胸を押さえてしまう。
自分がまるで痴女になったかのような感覚がある。
どんどん湧き上がってくる己の衝動に身を任せて、欲情の赴くままに、好きなだけ喘いでいたい気持ちに駆られる。
「でも、それじゃダメなんだよね……!」
真樹の目の前には、またひとつ、大きな欲望の炎が現れていた。
青く大きな炎は、高くすらりとした、女性的な形へと姿を変えていく。
これが誰をイメージしたものかなんて、考えるまでもない。
(瑠璃亜さん……!)
自分の最大の憧れ。
強く美しい、自分にとって理想的な女性。
美しい彼女へ、欲情のままに飛び掛かりたいところを、真樹はどうにか踏みとどまる。
震える足で、どうにか立ち上がる。
ただこの人を、女として襲いたいのではない。
ただこの人と仲良くなりたい、それだけじゃない。
この人に、勝ちたい。
戦士として、女として、女戦士として。
この人に追いつきたい、追い抜きたいという、自分の最大の夢。
これがいかに強大で困難な望みであるか、今日はとことん思い知らされている。
だけれども、それを諦める気にはなれなかった。
「まだ、私は……立ち止まりたくない!」
真樹の叫びに呼応するかのように、瑠璃亜を模した炎は、炎の渦となって真樹に襲い掛かる。
それを真樹は、堂々と立って迎え入れる。
青い炎の渦は凄まじい勢いで、真樹の中へと吸い込まれていく。
「くぅっ……うぅっ……!」
真樹は炎を受け入れていく。
自分の体が、より熱く高ぶっていくのを感じる。
自分の中でイメージする。
今まで取り込んできた、自分の欲望を全て、この炎に焚べる。
身体がどんどん熱くなる。
悶え、喘ぎたい衝動に駆られる。
だけど、真樹は必死に立ち続ける。
ここで倒れたら、もう二度と起き上がれないような気がして。
「ぐっ……」
自分の体が燃えるように熱い。
自分の中の欲望が、身体の中で暴れているかのようだった。
(でもこれ……全部、私の中にあるものだもんね……!)
1つ1つ取り込んだ炎を、徐々に混ざりあっているようにイメージする。
自分の中にある欲望を、1つ1つ認めて、自分の物にしていくようにイメージする。
もっと強くなりたい。
それが私。
故郷の道場を取り戻したい。
それも私。
たくさんの人に可愛いと認められたい。
それも私。
もっと女の子達と仲良くなりたい。
それも私。
そして、憧れの人に勝ちたい。
それも私。
そこまで考えた時に、ふと自分の頭が冷静になる。
「……なんだ、最初から変わってないじゃん」
そうなのだ。
自分の中の欲望は、ヴァルキリーゲームズに挑んだ最初から、何も変わっていない。
格闘家として強くなりたい、だから強い戦士に出会えるゲームに挑んだ。
故郷の道場を取り戻せるような賞金も手に入れたいと思った。
負ければ淫らな罰ゲームが待っていると言われても、それを覚悟の上で挑んだ。
出会ったライバル達と高めあえれば良いなと思ってた。
そして、最大の目標であるチャンピオン・瑠璃亜さんに勝ちたいと思った!
そう考えた途端、急に身体の熱が徐々に引いたように感じた。
いや、身体の中に熱い炎があるのは感じているが、それが身体に馴染んできたといえばいいのか。
熱くて苦しくなっていた身体の炎が、自分の中に巡っていくような感覚がする。
あぁ、そうか。
負けたショックと、恥辱を受け入れることのショックで、心に迷いが生じていたのだ。
けど、結局自分は、自分から望んでこのゲームに挑んでいるのだ。
このヴァルキリーゲームズという舞台を戦い抜きたいという、大きな欲望があるのだ。
覇氣とは己の欲望を力に変えたもの、というのは色々な人が言っていた。
今なら、その意味が分かる気がする。
自分の中にある欲望を否定したり、見て見ぬ振りをするようでは、力を発揮できないのだ。
自分の中の衝動が、身体に巡っていくのを感じる。
自分の中にある、あらゆる欲望が血となって身体を巡っているのを感じる。
初めて覇氣を使った時のような、それよりももっと強烈な力を手に入れたような、不思議な高揚感がある。
なんとなく分かる。
これは、覇氣を超えた力。
きっとこれが……神氣!
そして!
今、この力を使うには絶好の相手が目の前にいる!
真っ暗な空間の中で、一人の女性が立っている。
炎ではない、はっきりと人間が目の前にいる。
きっとここは自分の精神世界なのだろう。
だけど、目を開ければこの人が目の前にいるはずだ。
誰よりも憧れた人が!
勝ちたい!
瑠璃亜さんに勝ちたい!
今この場で、自分の中にあるもの全てを使って!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
目覚めた真樹は咆哮を上げると共に、全身が光り輝いていった。
凄まじい光の奔流が、夜の山中を照らしていく。
「そう、すぐに辿り着けたのね」
輝きながら雄叫びを上げる真樹の姿を見て、瑠璃亜は微笑むのだった。
「はぁ……はぁ……あはっ」
真樹もつい笑みがこぼれてしまう。
自分の望んだ、新たな力。
それを間違いなく、自分の意志で引き出してみせたのだから。
強くなりたいという欲望をカタチに変えたのが覇氣。
それだけでなく、自分の全ての欲望を、強くなりたいという欲望に変えた上でカタチを変える。
これが、神氣…!
「そう、人は心の中に沢山の欲望を抱えている。
欲望があるから、人は頑張れる。
何かを変えよう、何かを手に入れよう、何かになろうと成長しようとしてね」
微笑む瑠璃亜は言葉を続ける。
「でも、普段はその中の一部しか力を出せていないの。
一部の欲望のために、身体の中にある力を一部しか引き出せない。
覇氣とは、その引き出した一部の力に過ぎない。
強くなりたい、戦いたいという欲望をカタチにしたものよ」
身体が頑丈になったり、覇氣をエネルギーとして外に出したり、空を駆け上がったり……
超人的な力を与える覇氣だが、これらはまだ、力のほんの一部に過ぎないのだ。
「それだけじゃ足りない。
自分の中にあるもの全てを力に変える、それが神氣の前提条件!
そのためには、自分の中にある欲望をちゃんと知らないといけない。
イケナイこと、邪なことも含めてね」
エロいと言われても、それの何がいけないのかと言われた理由はこれか。
自分の中にある、可愛く見られたい、エロいと言われたいという欲求さえも力に変えろと。
「でもね、それじゃあただの強大な覇氣。
強い欲望ってだけ。
貴女、こう考えなかった?
自分の中にあるもの、全部叶えたいって!」
「うっ……」
図星だ。
改めて自分と向かい合って、欲しいものがたくさんあると痛感したのだ。
「それよ!
自分の欲しいものは手に入れないと気が済まない。
自分がやりたいと思ったことは、やり遂げないと気が済まない。
常人ではすぐに諦めてしまうような挑戦、常人では手に入れようとさえしないことにも手を出したくなる欲望。
常人離れした欲望を持つ者、それが『支配者の器』よ。
貴女、大人しそうな見かけによらず、実は超ワガママでしょ?
自分のやりたいことは絶対に曲げないタイプでしょ?」
「うぐ…」
瑠璃亜の言い分に、思わず口をつぐんでしまう。
直接言われるとなかなかに恥ずかしい。
「家を飛び出して、裏社会に飛び込んでくるくらいだもの。
きっと素直すぎるのよね、自分の欲求に」
真樹の様子を見て、瑠璃亜はくすくすと笑い続ける。
「でもね、それでいいの。
何がなんでも自分の思い通りにしてやる!
そのためなら、人を超えた何かになってやろうとする。
そんな欲望がカタチとなって現れるのが神氣。
自分の欲望全てを力と変えて戦う、文字通り神の域に入り込む技よ」
人という枠を超える者へ与えられる力、それが神氣。
「もっとも、だからこそ心を律しないといけないわよ。
自分の中の欲望に、飲み込まれないようにね」
己の中にある欲望を制御し、自由に動かすのが覇氣の基本。
その進化系である神氣を使うともなれば、己の欲望もそれまでとは違う。
心からどんどん湧き上がる衝動。
気を抜けばあっという間に理性を失い、また我を忘れてしまいかねない。
「さぁ、講義はここまで。
どうする?
もう少し、試してみる?」
「…お願いします!」
不敵な笑みを浮かべて構える瑠璃亜に、光輝く姿の真樹は、笑みを返すのだった。
大変お待たせしました、続きになります!
連載当初から、『負けたらHな罰ゲームを受ける』ことにも、ちゃんと意味があるお話にしたいと思っておりました。
ようやく覚醒の手掛かりを掴みました、筆者的にも。




