9-6:その身の欲望
「私が元々モデルをやっていたのはね。
なんていうか、目立ちたかったのよ」
瑠璃亜は真っ先に、あっけらかんと答えた。
表社会での彼女の立場である、トップモデル。
瑠璃亜がこの地位を目指したのは、人々からの注目を集めるためだったのだ。
幼い頃から目立ちたがりだった。
人々からの羨望の眼差しを一身に浴び、賞賛の声を浴びる。
チヤホヤされることの快感。
それの虜になった女であった。
それは、大人になった今でもなお変わらない。
「モデル以外にも、歌や踊りに挑戦したこともあったかな。
あとはトークとか。
ふふ、懐かしき下積み時代ってやつね。
でも、色々やって分かったけど、私は結局、美貌で勝負したいって思うようになってね。
そこからはモデルが中心だったわ」
目立つために色々やった。
人々から賞賛を受けるために、いろんなことに挑戦してみた。
その中で結局、自分が言われて一番嬉しかったのは、『美しい』だったのだ。
モデルとして人前に出て、その美貌を見せつけること。
そして、それが賞賛されることが一番の快感だったのだ。
スタイルの維持にファッションの研究。
あらゆることに妥協せずに邁進した結果、いつの間にかトップモデルの座についていた。
「それでもね、私は満足できなかった。
テレビや雑誌に出て、見てくれた人が褒めてくれる。
でもそれだけじゃ、満足できなかった。
もっと、凄いことを成し遂げたいと思うようになった。
誰の目から見ても、偉業だと思うようなことをね」
彼女の目立ちたがりは、徐々にスケールアップしていく。
次に目指すべきは、世界で一番『美しい女』になること。
普通の賞賛では満足できない。
己の美貌で、偉業を成し遂げたいという欲求を抱えるようになっていく。
もちろん、そんな美女を前にして、邪な欲情を抱く男というのもいたわけで。
「まぁ、女の身で目立つことをすれば、エロい仕事の誘いとかも来るんだけどね。
私はそういうのは苦手だし、ずっと断ってたのよ」
何度かその手の誘いがあったのだが、それらは全て断っている。
瑠璃亜はクリーンなモデルで売っていたし、今もそれは変わらない。
自分は沢山の人に、賞賛されたいのだ。
エロに一定の需要があるのは理解しているが、同時にそれを嫌う人がいるのもまた事実。
わざわざアンチを増やす真似をする必要はない。
この頃はまだ、そう考えていた。
「とはいえ、モデル一本だと流石に目立つには限界があってね。
ファッションとかグラビアに興味ある人しか知ってくれないし。
何か新しいことをしないとって思ってたの」
世の中には、世界中で賞賛されるスターと呼ばれる人が沢山いる。
自分より目立つ人、賞賛されてる人はたくさんいる。
あの領域に行くには、どうすればいいのだろう。
また歌や踊りを練習して、美人アーティストとして売り出そうか。
それとも演技を学んで、女優として世の中に出てみようか。
もっと賞賛を浴びるためにはどうすれば良いか。
モデル以外の何か付加価値を付けるべきではないか。
そんな風に、『トップモデル、プラス何か』を模索していた時のことだった。
「そんな時に、偶然にもヴァルキリーゲームズのことを知っちゃってね」
これは本当に偶然だった。
芸能人として知り合いだったアイドルの子が一人いた。
ずっと鳴かず飛ばずだったその子が、一発逆転をかけて裏社会に飛び込んでいってしまったのだ。
さすがに見過ごすことは出来ず、行先を追いかけていったことで、知ってしまったのだ。
怪しげな地下施設で行われている興行。
真に強く、美しい女性だけが勝ち残れる闘技場という存在を。
己の美貌を見せつけ、観客達に賭けてもらう仕組み。
超人的な力を見せつける女戦士たち。
自分を見せて、見せて、魅せつける。
そんな戦いの場に降り立つ女たちがいる。
より直接的に欲望を剥き出しにして群がる観客たち。
それらを魅了し、あしらう、勝者の仕草。
表社会よりも遥かに強く浴びる熱視線、そして歓声。
裏社会特有の、猛烈な熱気のある闘技場の空気。
そこに強く惹かれてしまった。
あのリングの中心に立って、大観衆から注目を浴びたら、どんなに気持ちがいいのだろうか。
そんな欲望が、あっという間に芽生えていったのだ。
無論、ペナルティという淫らな罰ゲームがあることも知って、最初は驚いたし抵抗感もあった。
だが、だからこそ、この異様な熱気があることも理解できた。
この場では、優れた美貌の持ち主でなければ、相手にされることすら叶わない。
トップモデルとして美貌に自信があったからこそ、そのプライドを刺激された。
自分より目立つ人が!
美しい、素晴らしいと評価されてる人が!
この裏社会にはごまんといる!
そんな人達よりも、凄い女であると言われたい!
カラダを弄ばれるというリスクを超えた先にある、賞賛と羨望の目。
誰もが自分の美貌に熱狂する!
誰もがその強さを賞賛する!
瑠璃亜という女は、世界で最も凄い女である!
最も強く、最も美しい女である!
そう呼ばれる場所に、立ちたい。
「結局、私はね。
誰よりも一番目立ちたい、誰よりも凄いことしてる自分を見せたいっていう欲求に素直になることにしたのよ。
表ではトップモデル、裏ではヴァルキリーゲームズのチャンピオン。
『どっちもやったら凄くない?』っていう想いにね」
究極の目立ちたがり。
そして、自己満足の権化。
それが、瑠璃亜という女性の本質なのだ。
決して人に偉そうに出来る性格ではないと自覚はしている。
だが、多少の文句を言われた程度で揺らぐような欲求でもなかった。
「ま、一回でもペナルティを喰らったら、表社会でも裏社会でも、『瑠璃亜』というブランドは崩壊するでしょうねぇ。
けど、それでも挑み甲斐があるなって思ったの。
もしも負けても後悔はない。
負けて後悔するより、やらない後悔の方が大きいだろうなって思ったから」
この望みを叶えるためには、文字通り1度とて敗北してはいけない。
そのことは強く認識していた。
だが、自分が望んだ以上、何が何でも勝ち取りたかったのだ。
「最初にこのことを相談した梨花ちゃんも呆れてたわね。
そんな理由でヴァルキリーゲームズに参加するなんてって。
でもしょうがないじゃない。
他人には理解され難くても、自分がいいな~、やりたいな~って思ってしまったんだもの。
自分のやりたいことなら頑張れるでしょ?」
瑠璃亜は苦笑しながら語り続ける。
我ながら無茶苦茶だとは思うが、自分の中で感じた衝動はそれだけ強烈だったのだ。
「気付いたら梨花ちゃんに頼み込んで、稽古をつけてもらってね。
そのあと、武者修行なんかもしたかなぁ」
やるからには本気だ。
出来る限り準備した。
本気で国中を周って稽古をした。
いろんな道場を渡り歩き、格闘技を学んでいった。
裏の超人的な技法さえも、見様見真似で習得していった。
戦うとはどういうことなのか、自分なりに考えながら取り入れていった。
それもこれも全て、あの歓声を浴びるため。
もしもあの界隈で頂点に立てたら、どれだけの人が自分を見てくれるんだろうか。
「えっ、もしかして、ヴァルキリーゲームズに出ると決めてから、格闘技を始めたんですか!?」
「そうね。運動神経にはもともと自信があったけど、本格的に始めたのはそれからよ」
各地の道場に出稽古に出て、短時間で達人級の腕前を身につけては、また次へ。
瑠璃亜はそうやって強くなっていったのだ。
真樹自身も格闘家だからこそ分かる。
本来、格闘技というのは、長年の修練をかけて身に付けていくものなのだ。
基本の型でさえ、物にするには数年単位を要するのが普通。
しかし、それを僅か数日、下手したら数時間で習得してしまう。
真樹がいた極心流道場でもそうだった。
彼女は覇氣の習得を、僅か1日で成し遂げてしまったのだ。
恐らくは、他の道場でも似たような状況だったのだろう。
普通ではあり得ない習熟速度。
聞きしに勝る天才ぶり。
おまけに彼女は、武者修行をしていた最中でも、表社会のトップモデルであり続けたはずだ。
格闘技の習得と並行して、美貌を磨くことにも一切の妥協が無かったはずだ。
その両立なんて出来るのか。
「モデルをしながら、武者修行……」
「出来るわよ」
思わずつぶやいてしまった真樹の言葉を先読みして、瑠璃亜はキッパリと言う。
「やりたいことが2つあった時。
どちらか片方を諦めるのではなく、2つとも叶えるために努力する。
それが出来るのもまた、人間でしょう?」
さも当然とばかりの態度で、瑠璃亜は答えてみせた。
呆然とする真樹を見て、瑠璃亜はくすくすと笑う。
「ふふ、確かによく言われたわ。
ヴァルキリーゲームズ始まって以来の天才だって。
でも、私がそうなれたのは、明確な目標…いや、夢があったからね。
トップモデルとヴァルキリーゲームズのチャンピオン、その両方になるっていうね。
そのために必要なことは何かを思い描いて、そのためにひたすら準備したの。
あとはもう、夢中になっただけよ」
ただ夢中になるだけ。
それで、チャンピオンの座に辿り着いてみせた。
「…それで出来るもの、なんですか」
「出来るわよ」
困惑気味の真樹の質問に、瑠璃亜はキッパリと答える。
「それが人の欲望ってものでしょ?
何か成し遂げたいものがあれば、どんな苦痛も苦労も気にしなくなる。
ひとつ成長するたびに、もっともっとという気持ちが強くなって、また新たなものを吸収していく。
その繰り返し」
どんな苦労も受け止めて、ただひたすらに理想の姿を追い求める。
ただ、それだけ。
「ま、確かに普通の人間じゃないって言われたけどね。
そのセンスも、吸収速度も、普通の人間のそれじゃないって、よく言われたわ」
天井を見上げて、懐かしそうに言葉を紡ぐ。
賞賛だけでなく、困惑の言葉や罵倒だって言われてきた。
「でも、それでもいいやって思って頑張ってきた。
どうせなら本気で神か悪魔にでもなるつもりで頑張った。
そのくらい本気だったから、身体もいつの間にかそれに相応しいものになっていた。
そういうものじゃない?」
普通の人間じゃないって言われても構わない。
神や悪魔と言われようと、自分でやりたいと思ったことはやりたいと願う。
いや、願うだけでなく、実際に行動する。
自分の常人離れした欲求をただ通すために、身体を鍛え、磨き続けてきた。
とことんまで自分の欲求に従う。
それが、彼女をチャンピオンの座にまで押し上げた原動力だったのだ。
「私の方はこんなところかしら。
さて……それじゃ、真樹ちゃんはなんでヴァルキリーゲームズに参加したの?」
一通り自分のことを話した瑠璃亜は、真樹に同じ質問をぶつける。
「真樹ちゃんは、あのゲームで何か成し遂げたいことがある?」
瑠璃亜の真剣な目に、真樹はぎゅっと拳を握る。
改めて、口にしなくてはいけないだろう。
真樹がヴァルキリーゲームズに参加して、もっとも成し遂げたかったことを。
今日の滝行での瞑想の末に、真樹はその答えに近づいていた。
ゼラの乱入によって中断されてしまったが、あの後自分が思い描いたであろう、自分の戦う理由。
忘れかけていた自分の原点。
それは……
「……貴女に、勝ちたい」
拳を強く握るあまり、手からぎちりと音が鳴る。
これがいかに無謀なことか、今ではよく分かる。
それでも、この言葉を捻り出した。
瑠璃亜は真樹の実家を訪れて、真樹と戦ったことで覇氣を習得した。
瑠璃亜にとっての大きな一歩であったあの手合わせは、真樹にとっても始まりの一歩でもあったのだ。
道場を訪れた彼女の美しさ。
実際に戦って感じた強さ。
それに見惚れてしまった。
初めて見た、外の世界の『圧倒的強者』。
この人みたいになりたい。
この人に挑みたい。
この人に勝ちたい。
武術家としての彼女の本能が、全身から湧き上がってきたあの日の感覚が蘇る。
「私は、貴女に憧れてこの道に来ました」
この人を追いかけて、ヴァルキリーゲームズに挑んだのだ。
「貴女の闘いに見惚れ、貴女を追いかけて戦い続けてきました」
真樹の目から、つーと涙が落ちる。
喜びか、恐れか、悔しさか。
自分でもどうしようもない感情が、また湧き上がってくる。
「ふふ、それじゃあ、今の貴女の素直な気持ちを聞かせてくれる?」
瑠璃亜はゆっくりと立ち上がった。
そして、真樹をまっすぐ見て、問いかける。
「今、貴女の中には、どんな欲望がある?」
その言葉に、真樹もゆっくりと立ち上がった。
そして、頭を下げて言葉を出す。
「私と、戦ってください!!」
何よりも望んだ、自分の望み。
無謀だと分かっていても、自分でも抑えきれない衝動。
今ここで、憧れのこの人に挑戦したい。
「いいわよ」
真樹の無垢な挑戦を、瑠璃亜は微笑んで受けるのだった。
ぶっちゃけ、連載当初はこの2人の関係を何も考えてませんでした。
ようやく『らしい関係』が出来たので、頑張って書いていきますぜ。




