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9-3:復路雫の滝

復路雫フクロダ~、復路雫フクロダ~」



気の抜けたアナウンスを聞き流し、真樹は列車から降りていく。

目の前にあるのは森、森、山。


火太刀の里から、更にローカルな鉄道に乗り換えて揺られること数駅。

まだまだ朝といえる時間だというのに、ここに来るまで列車の客が自分1人。

それほどまでに、普段は誰も来ることが無い駅だ。


足場があるだけの簡素なホーム。

一応は自動改札というものがついていたが、駅は無人という有様だ。

すぐ傍がいきなり森という、あまりにも自然の中に取り残されたような駅。


しかし、真樹の目的地はこの先にある。


真樹は駅を降りると、虫除けスプレーを身体に軽くかけ、さっそく森の中へと入っていく。

半袖半ズボンという服装は、山の中では動きづらそうではあるものの、真樹は慣れた調子で森の中を進んでいく。


やがて、水の流れる音が聞こえてきた。

それも、轟々とした音。

その音を聞きつけると、懐かしさと共に昂る気持ちがある。


自然と早足になっていく真樹は、その音のする方へと進んでいく。



「あった…!」



目の前に広がるのは、巨大な滝。

まるで巨大な階段のように4段の絶壁が連続で続き、そこを勢いよく水が流れ落ちていく。

流れ落ちていく滝がまるでカーテンのように綺麗に岩肌を隠していく。


ここは、復路雫フクロダの滝と呼ばれる、知る人ぞ知る瀑布。

大自然が生んだ神秘の光景。


懐かしの場所は、変わらずそこにあった。

かつてここで修行した時と変わらない、大自然の中の修行場だ。


真樹は辺りを見回すと、ようやく目当てのものを見つける。

勢いよく流れ落ちる滝の先は大きな池が生まれており、そこから小川が流れていっている。

その小川のすぐ傍に、小さな小屋がぽつんと立っていた。


「よかった…こっちはそのままだ」


安堵とともに、懐かしさが込み上げてくる。


まず人の寄り付かない滝と、そこに隣接する小屋。

ここもまた、極心流空手の関係施設だ。



…いや、施設というのもおかしいか。


あれは父と自分が、ここに勝手に建てたものなのだから。


この復路雫の滝は、代々の極心流空手の者が修行場所として使っていたという。

真樹も幼い頃、ここで山籠り修行を行ったことがある。

とはいえ、まだ幼い少女をいきなり大自然に放置するのは、流石の父も憚れたらしい。


そこで、その辺の木を伐採して建てたのがあの小屋なのだ。

今でいうところのDIYという奴だ。

もちろん修行も兼ねて、真樹自身も建てるのを手伝っている。


ここは極心流の敷地ではないので、実のところ勝手な違法建設なのだが、特に文句とかは言われてないらしい。

今も変わらず存在しているところを見ると、案外この辺りの管理者も使っているのかもしれない。


小屋に鍵はかかっておらず、扉はギィィっと軋む音を立てた。

中は埃っぽいものの、ベッド代わりの台と椅子が置かれていた。


「ここなら、なんとか修行もやれそうかな」


ボロボロの小屋だが、寝泊まりくらいは出来そうだ。


万が一の時は野宿も覚悟していたが、とりあえず拠点に使える場所があることに安堵する。


「んしょ……んーーーっ、ふぅぅ~……」


さっそく背負ってきた大きな荷物を小屋の中に置くと、ぐっと伸びをして息を吐く。

そして、気合を入れた顔を上げて外を見る。


「やるかっ、山籠り!」




自分を見つめ直す。

それが、今回の真樹の旅の目的だった。


イズモ・コロシアムでの手痛い敗北を切っ掛けに、戦うことに迷いを感じている自分。

何故戦いの場に立つのか、自分は戦いの場で何がしたいのか。


覚悟を決めて挑んだはずのヴァルキリーゲームズで、その覚悟が揺らいでいる感じがする。

そのことを実感したからには、今一度自分の心持ちを見直すべきだと考えたのだ。


そのためには、自分の原点となる場所で修行し直す。

安直だが、結局はそれが一番良い。

そう考えた真樹は、さっそく帰郷を実行したのだ。


本当の原点である火太刀の里の道場に戻ることは出来なかったが、それは予想できていたこと。

真樹は次善策として、この場所での山籠り修行を想定して準備していたのだ。


この場所での修行は何度もやったことがある。

たった一人でこの森の中に入ったこともあるし、かつては沙耶と共に修行したこともあるくらいだ。

今更、山籠りで怯む真樹ではない。


「まずは……食べ物かな、やっぱり」


時刻はまだお昼前。

真樹はリュックから手提げカバンを取り出して、さっそく森の中へと入っていく。

この場所限定だが、サバイバルはお手のものである。


食べられる野草や木の実、キノコなどは頭に入っている。

森に入ればすぐに見つかるもので、なるべく小屋の近くで食料になるものを探し出していく。

そして、カバンがいっぱいになったら小屋へと戻ってくる。

いくら大自然の中とはいえ、取りすぎは良くない。


「んー、さすがに木の実とかだけじゃお腹すくよねぇ……

やっぱり、川に行きますか!」


決心すると、今度は靴と靴下を脱ぎ、小川へと入っていく。

ひんやりと冷たい水が素足を撫でる。

そんな川には、何匹かの魚がいることが目視できる。


真樹は川の真ん中まで進むと、その場でじっと待つ。

魚が近づいてくるのを待ち……



ひゅっ!ぱしゃぁんっ!!



一瞬で振るわれた手刀が水を切り、一匹の魚が川から吹っ飛ばされて岸に上げられた。

熊もびっくりの狩猟技術。

真樹は素手で魚を捕らえられる系女子なのだ。


同じことを繰り返し、3匹の魚が岸に打ち上げられる。

これだけあれば、今日一日分の食料にはなるだろう。


太陽が真上に来ている、もうお昼時だ。

さすがにお腹がすいてきた。

捕れた魚の中から、活きが良さそうなのを1匹選ぶのだった。




「んーー、塩は持ってきといて良かった」


焚き火の傍で、真樹は焼き魚を堪能する。

焚き火の材料となる枯れ枝は森の中に山ほどあったし、着火装置は普通にキャンプ用具の着火くんを持ってきている。


枯れ枝を串にして、捕ってきた魚やキノコを焚火で焙っていけば、即席のキャンプ飯にはありつける。


一応はリュックの中に簡単な食料品も持ってきてはいるが、せっかくならば自然の味を味わいたいところ。

自力で手に入れた獲物を味わうのは、山籠りならではだ。



「………さて、と」


ほどよく腹が膨れたところで、真樹は滝へ向き直る。

いよいよ、本日のメインイベントだ。

これをやるために、ここまで来たと言っていい。


「……ま、誰も見てないし、いいよね」


とは言いつつ、一応は小屋の中へ戻っていく。


そして、自らの服に手をかけ、おもむろに服を脱ぎ出すのだった。

上着もズボンはもちろん、下着さえも脱いでいく。

そして、リュックの中から取り出した、1つの衣類に袖を通した。


身に付けたのは、白装束。

修行僧などが身に付ける、白色だけの和装である。

薄い生地で作られた白装束だけを纏って、真樹は川へと入っていく。

そのまま池の前へ、滝の前へと進んでいく。


復路雫の滝は大きな4段構成になっている。

それぞれが絶壁といえるほどの壁になっており、普通ならこの滝を登るのは無理だ。


「すぅぅぅ……はぁぁ……っ!」


だが、普通でない者ならば登ることも出来る。

例えば、覇氣によってとんでもない跳躍力を身に付けた者ならば。


真樹は覇氣を身体に巡らせ、思いっきり飛び上がる。

絶壁を飛び越え、一段目の段差に飛び乗った。

足元は轟々と水が流れ、2段目の壁となる岩壁の傍は上から滝が流れ落ちてくる。


そんな滝の元に、ちょうど人ひとりが座れそうな岩がある。

あれの上に座れば、すぐ傍で流れる滝に打たれることが出来そうだ。


何百年もここにあったのであろう、ゴツゴツとした岩。

だが、滝に打たれ続けたためか、上部が平らになっており、人が乗るのにちょうどいい形になっているのだ。

かつての真樹も、あの場所で滝に打たれながら瞑想をする修行をしたことがある。

思い出深い岩は変わらずここに存在しており、まるで真樹の再訪を待っていたかのようだった。


真樹は軽く礼をすると、その岩に飛び乗った。

振り返れば山の景色を独り占め出来る絶景ポイントではある。

が、滝の水は容赦なく真樹に襲ってくる。


「~っ、冷たっ!」


真夏日とはいえ、ダイレクトに滝の水を浴びれば冷たいもの。

だが、これを浴びながらの座禅も、過去にやってきたこと。


真樹は滝の水に打たれながらも、動じることなく座り込む。

濡れた装束が肌にぴっとりとくっついていく。

何気に透けない仕様の白装束に感謝しつつ、真樹は瞑想を始める。



そう、滝行だ。



ここからが本番。

改めて、自分に問う。


自分は何のために戦うのか。

何のために、強くなろうとしていたのか。


「心頭滅却、心頭滅却……」


水を浴びながら自問する。


迷った時こそ、自分の心と向き合おう。

自分の道を見直してみよう。




そもそも今回の山籠りは、自分の心の乱れが原因だった。

イズモ・コロシアムでの激しいペナルティで、かなり激しい恥辱の目に遭った。

その場で実は強い色欲も抱えてるのではないかと言われて、激しく動揺したものだ。


ヴァルキリーゲームズで敗北した者は、観客の前で辱めを受ける。

それに同意した者だけが、あの戦いの場に参加できる。

しかし、それは言い換えれば、辱められても構わないと宣言できる者だけがあの舞台に立てるとも言える。

それだけに、あの場に立つこと自体、痴女の素質ありと見做されても仕方ないのだ。


実際、自分はペナルティでの辱めを何度も受けてるにも関わらず、まだあの場に立とうとしている。

そういう側面は、確かに自分の中にあるのかもしれない。



だが、そもそも自分は武術家だという誇りを持っている。

もっと強くなりたい、強い人と戦いたい、熱い戦いがしたいという欲求を常に抱えている。

ヴァルキリーゲームズでの戦いは、本当にワクワクする戦いも数多くあった。


先輩である梨花、同期である大山。

自分と同じ若手の覇氣使いである裕や香澄。

王羅の使い手である茜や、格上であろう実琴や葵に霧子。

それに、最大のライバルである沙耶。


彼女らと戦って強くなったという実感はある。

まだ戦ったことのない相手だっているし、一度勝利した相手とだってまた戦いたいと思う。


それに、完膚なきまでに叩きのめされたカグヤにも、悔しい想いは抱いている。

実力の遠い相手だとは理解しつつも、このままで終わりたくないという想いが確かにある。



そもそも道場でずっと暮らしていた自分は、幼少の頃から武術漬け。

戦うことが生き甲斐であったし、その道で生きることに何の不満も無かった。


道場が無くなった今、戦いを捨てた他の生き方もあるのかもしれない。

けど、道場を取り戻したいという欲求は確かにあるし、あの場所が大切な故郷であることは変わらない。


そんな自分が、大切な場所である道場をも飛び出していったのは……






冷たい水にじっと打たれながら、真樹は瞑想を続けるのだった。





……がさり、という音が聞こえて、森の中から1人の男が現れるまでは。


現実の袋田の滝は、観光名所なので滝行は出来ません。

この作品では『復路雫の滝』ですのでw

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