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9-2:故郷を覆う壁

見慣れたはずの場所に、見慣れぬものがある。

その喪失感は、なんともいえないものである。

そこが、自分が暮らしていた場所であったなら、なおのこと。


真樹は今、それを感じている。

目の前には、自分がかつて暮らしていた土地。


自分の思い出の地を全て覆い隠すように、そこは高いフェンスで仕切られていたのだった。


単なる工事現場用のフェンスではなく、研究施設などに使われる隔壁とでもいうべき壁。


それが今、真樹の目の前にそびえ立っているのだった。


「む……?

なんだね、君は?」


真樹の姿に気づいた警備員らしき人が近づいてくる。

警備服の上からでも分かる、鍛えられた男性だ。


「あ、すみません。

私、昔ここに住んでた者で…」

「昔…?」


慌てて答える真樹の言葉に訝しむ警備員。

だが、すぐに得心がいったという顔で頷いた。


「…あぁ、そういえばここは以前、何かの道場だったというのは聞いたことがあるな。

確かにそれらしき建物が敷地内に残されている。

そこの関係者か……」


警備員の言葉に、真樹の心がざわつく。



道場が、残っている。



その事実に心音が高鳴る。



だが、一度フェンスを見上げた警備員の男は、厳しい目をして真樹に向き直る。


「だが、残念ながら今ここは、見ての通りプルートーングループの敷地となっている。

すまないが、お引き取り願おう」

「あ、そ、そうですね…

どうも、失礼しました」


警備員はフェンスに描かれているマークを指差す。

入口と思われる扉の傍には、青い炎のようなうねった形で、PLというマークが描かれている。


そう、ここは今は、企業の敷地。

元の住民とはいえ、軽々しく一市民が入れるはずもない。


にべもない警備員の言葉に、真樹は大人しく引き下がった。


軽く一礼をした真樹は、そのまま来た道を戻っていくのだった。




「はぁ……」


とぼとぼと山道を降りる中、真樹はゆっくりとため息を吐く。


分かっていたはずだ。

この場所はもう、自分の居場所ではないのだと。

そのことにどうこう言う資格が、自分には無いことも。


こうなることは覚悟していた。

それでもやっぱりこの場所に来てしまったのは、やはり未練があるからだろうか。




真樹のいた極心流ごくしんりゅう空手は、表向きは空手道場。

健全な肉体と精神を鍛えることを良しとする、正統派な格闘道場だ。


だが裏では、遥か昔からの実戦的な格闘術を教えている道場でもあった。

真樹の操る覇氣のように、裏の闘法にも通じている道場だったのだ。


道場の敷地は、ここら一帯の山も含んでいた。

修行場としては最適だが、一介の道場が持つには広すぎる土地。

時代と共に道場の弟子は少なくなり、手持無沙汰になっていたところである。


そんな中、とある企業が目をつけて、この辺りの土地一帯を買い取りたいと願い出たのだ。

それが、先程のプルートーンである。


無論、伝統ある道場を軽々しく渡すわけにはいかない。

ましてや、裏の闘法を教える道場を軽々しく表に出すわけにも、たやすく消すわけにもいかない。


しかし、あろうことかプルートーンは条件を出してきた。

企業が用意した格闘家による決闘を行い、もし勝てたらその看板ごとこの地を買うという内容だった。


いわば道場破りだった。

それも、極心流が裏の武術にも通じていることを知った上で。



父はその挑戦を受けた。

正面から挑まれたからには、武術家として恥じぬ戦いをすると。




…そして、負けたのだ。


裏の使い手同士の試合。

試合は壮絶なものであったという。


だが、真っ向勝負の試合で父親は敗れ、看板を渡すこととなった。

そして、道場だけでなく、この土地をも明け渡すことになったのだ。



真樹はその戦いがどんなものであったか、人伝にしか知らない。

その時には既に、道場を飛び出して一人暮らしをしていたのだから。


父親からは、電話による連絡を受けただけだ。

戦いに敗れ、道場を含む土地を渡すことになったこと。

自身は鍛え直すために旅に出ること。

そして、好きに生きろ、と。



学費を含む養育費は、十分な額を真樹の口座に入れてくれた。

いったいどうやって貯め込んでいたのか知らないが、かなりの金額が銀行口座に入っている。

ただの女子校生として慎ましく暮らす分には、十分過ぎる額。

普通に学校に通って、勉強して、遊んで、成人になって何かの職について…


そんな、『普通に生きる分』には何一つ不自由しない。

そのまま父の言う通り、普通の女子校生として生きることも出来ただろう。



だが、一方で真樹の心が叫んでいた。

“悔しい”と。


自分勝手な理由で道場を飛び出していった手前、なかなか帰りづらくはあった。

それでも、あの場所は自分の生まれ育った家、自分の故郷なのは違いないのだ。

もしも買い戻すとなれば、莫大な資金が必要になるだろう。

チャンスがあるならと、莫大な賞金が手に入るヴァルキリーゲームズの門を叩いた。


しかし、自分はずっと目を逸らしていたのだ。

この場所はもうとっくに誰かのものになっていて、自分が戻れる余地なんてないことを。


そもそも企業が何かしらの開発を行うために手に入れた土地なのだ。

そうそう売ってくれと言っても答えるはずはない。

それに買い戻せたとして、そこはもうかつて自分が暮らした場所では無くなっているだろう。


そんなことは頭の中で分かっていたはずなのに、心の中でどこか諦めきれない自分がいた。

結局、今日になってようやく自分の目で確かめる覚悟を決めて、この場にやってきた。

そして、改めてこの場所の、自分の記憶からの変わりように、愕然とするのだった。



真樹の戦う目的の1つである道場の復興というのは、最初からほぼ不可能である話なのだ。


(また1個、無くなっちゃったな……)


改めて突きつけられる、戦う理由の喪失。

いや、初めから戦う理由をこじつけていただけなのかもしれない。

道場の復興というそれっぽい目的を付けて、ヴァルキリーゲームズに乗り込んでいたのだ。

だが、それはもうただの言い訳にしかならない。


ならば、自分はなぜ、ヴァルキリーゲームズに飛び込んだのだろうか。

自分は、あの戦いの場に何を求めていたのだろう。


…そのことを考えると、どうしても邪な考えが浮かんでしまうのだ。



『貴女の中には強大な欲望が潜んでる。

こんなペナルティがあると分かってるゲームなのに、自ら飛び込んでしまうくらいだもの。

こうやって大観衆の前で弄ばれること、実は期待していたんじゃないの?』



イズモへ遠征した時、カグヤに言われた言葉が脳裏に蘇る。

ペナルティで恥辱を味わうことに、どこか快感を覚えてしまう自分が確かにいた。


自分はそんな女の子ではないと否定したいのに。

そのために目的を見直しに故郷を訪れたのに。


結局は、自分の戦う理由がひとつ、完全に消えてしまったのだ。




山道を降り、整備された道へと出る。

まだまだ時間帯は朝と言える時間。

道の先に見える建物群を見ながら、真樹は思案する。


火太刀の里の駅から少し歩くが、この道の先には住民たちが住んでいる町がある。

道場の流派を組んだ道場が、町の中にあるはずだ。

父の弟子だった者が新しく道場を起こし、細々と町の子供達に教えている。

極心流空手の流派自体は死んでいない。


ただし、これはあくまでも表の空手の部分だけ。

そんなところへ、裏の闘法までどっぷり浸かった自分が顔を出す気にはなれなかった。



「……もう1個の方、行ってみようか」


こうなることは、予想はしていた。

いや、覚悟はしていた。

だからこうして、キャンプのような荷物を背負っている。


もう一箇所、自分の道場絡みで行ってみたい場所がある。

この火太刀の里からも離れた、もう一つの思い出の地。


目的地を定めると、真樹は顔を上げて再び駅に向かうのだった。





……時を同じくして。

フェンスの内側、プルートーンの敷地内にはとある研究所があった。

その中の妙に格式高い内装で作られた所長室で、責任者らしき男が報告を受けていた。


やたら荷物の多い少女が、この研究所を訪れたと。

それも、この場所にある道場の関係者らしいと。

警備員からの報告を聞いた男は、興味深そうに記録の提出を求めた。


「……ほう、この娘は」


フェンスに設置された監視カメラは当然、真樹が来た時の様子を撮影していた。

映像に映された予期せぬ訪問者の正体に、男はニヤリと笑う。


やたらとゴツイ荷物に反して、可愛らしい私服姿の美少女だ。

その肉体は出るところがしっかり出ていて、女子校生離れした美貌を持つ。

半袖のピンクのシャツの上からでも、見事な谷間が見えているのが分かる。


「これはこれは、猫耳が似合いそうな子じゃないか」


ワインレッドのスーツの男は、その欲望を隠そうともしない醜悪な笑みを浮かべるのであった。

そして……


「…少し出掛けてくる」


男は所員に通達をすると、研究所を後にする。

その眼は、美味しそうな獲物を見つけた肉食獣のように、爛々と輝いているのだった。


おまたせしました、続きです。

まだまだ本調子じゃないが、ようやく書きたい方向性が定まってきました。


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