8-12:破戒の白巫女
「くっ……!」
真樹が悔しそうな声を上げた。
強烈なストレートパンチを、指一本で受け止めるカグヤ。
握った拳を押そうとしても、そこからびくともしない。
ちょっとした膠着状態。
それでも、観客たちの目には真樹とカグヤの実力差が一瞬にして伝わる光景であった。
「…柳流し!」
それでも、諦める理由にはならない。
一度拳を引いた真樹は、すかさず得意な連撃を繰り出した。
左手、右足、右手、左手、右足、もっかい右足、左手。
一番得意な順番で、猛スピードの連撃を繰り出していく。
「あらあら、そんなものかしら♡」
だが、カグヤは悠然と真樹の攻撃をさばいてみせる。
ぱしりぱしりと、その手で軽く弾いてみせる。
真樹の攻撃は完全に読まれている、いや見切られている。
一撃一撃がかなり重たいはずの真樹のパンチやキックが、さも無力かのようにさらりとはたかれてしまうのだ。
「そーれっ♪」
「わっ……!?」
ふっと、カグヤが動きを変える。
連撃中の真樹の腕を優しく掴んだのだ。
そして、次の瞬間にはくいっと手をひねる。
真樹は自身の勢いを利用される形で体勢を崩してしまう。
投げ飛ばされた、そう気付いた真樹は慌てて転がり、カグヤと距離を取る。
(合気道……話には聞いていたけど、ここまで!)
立ち上がってカグヤに向き直る真樹の表情は堅い。
今回の遠征に出る前に、梨花から聞かされた情報を思い出していた。
カグヤの戦闘スタイルは合気道がベースになっている。
合気道は相手の力を利用することに主眼が置かれており、向かってきた攻撃をいなし、その勢いを利用して相手を組み伏せる戦いを得意とする。
達人であるカグヤに正面から攻撃をしても、まともに攻撃は通らないだろう。
聞かされていた情報に偽りないのは、今の攻防でよく理解できた。
ちなみにカグヤが合気道を気に入っているのは、『清楚な人が使うイメージがあるから』だとか。
元より合気道は護身術としての側面が強く、公式の試合というものが存在しない武術である。
積極的に戦うための武術にあらず。
むしろ戦いに出ることを恥とする精神を持つとされている。
『だからこそ、染め甲斐があるでしょ♡』
ある時のカグヤは、そう言ってのけたという。
厳格なルールや掟、精神を破ることに快感を覚える不良巫女。
これが、彼女が『破戒の白巫女』と呼ばれる所以である。
そんな掟破りな彼女の技だが、間違いなく達人級に洗練されている。
常に余裕を感じさせる優雅な佇まいから繰り出される技。
カグヤ自身は大きな力を振るわない、むしろ相手の力を使うことに特化した技。
だからといって、彼女の振舞いが大人しいわけではない。
ただただ、相手を負かすことになんの躊躇いもないキレがあるのだ。
「くっ…!松葉破っ!」
腕や脚の攻撃は絡みとられかねないと判断して、真樹は飛び道具技を放つ。
距離を取った真樹の手から、光り輝く氣弾が放たれる!
「はいっ♡」
だが、真樹の拳と同等の威力であるはずの氣弾は、カグヤの手によりあっさりと弾かれる。
まるでゴムボールを手で払うかのような気安さでパシッとはたき落とし、必殺の氣弾は呆気なく霧散してしまう。
「うっふふ…♡
最初の一発で分かってるはずよ。
このままじゃ、貴女は勝てないってね♡」
カグヤの指摘に、内心ドキリとしている。
確かに最初の攻撃を指一本で止められた時から、圧倒的な実力差は感じている。
このままでは負ける。
そんな弱気な気持ちが頭から離れない。
マスタークラスは伊達ではない。
その壁の高さを否応なく見せつけられている。
「うふふ、怖がる貴女も可愛いわよ?
そんな顔されたら……もっと苛めたくなっちゃう♡」
「っ……!?」
一瞬の隙をついて、カグヤが猛ダッシュで近づいてきた。
(なんて速さ…!)
気付いた時にはもう目の前にいた。
そして…
「えいっ♡」
「うひゃっ!?」
思わず短い悲鳴が出る。
観客の多くはその早業に何が起きたか分からなかっただろう。
カグヤが真樹の身体に向かって拳を振り上げた。
…いや、手刀で切り上げたように見えただろう。
だが、真樹はその攻撃を認識できた。
いや、攻撃ですらなかった。
「うふふ、柔らかいわねぇ。
生で触ってみたいものだわ♡」
カグヤはただ、真樹の胸に触れただけ。
恐るべき早業で、真樹の乳頭を撫でただけなのだ。
「うぐっ…!」
恥ずかしさで思わず身体を抑えそうになるが、まだ戦闘中である。
ギリギリで戦闘体勢を解かず、構えたまま距離を取った。
だが、真樹の心は焦りで満ちている。
完全に遊ばれている。
呆気なく自分の懐に手を入れ込める素早さ。
相手の動きを見てからでは、自分の防御は間に合わない。
今のままでは、絶対に勝てない…!
その思考が、実感となって真樹の心に渦巻いていく。
(せめてあの時みたいに、神氣が使えれば…!)
思い起こすのは、裕との対戦で体験した力。
頭が全てクリアになり、相手を倒すためにはどうすればよいか、瞬時に分かったあの状態。
自分の周りが光の衣で覆われ、あらゆる技が昇華されたあの状態。
覇氣を極限状態まで高めた上で纏い、恐ろしく集中できる状態になれた、一種の覚醒状態。
無意識のうちに神氣と名付けた、あの力を出したい。
あれから何度か試してみたものの、一度も発動出来たことはない。
それどころか、覇氣を全身に纏う王羅ですら、今もまともに使えていない現状だ。
(落ち着け、落ち着け…!)
不安と焦りが集う中、必死に心を落ち着けようとする。
そもそも今回の遠征に参加したのは、この神氣を扱う手掛かりを求めてのことだった。
自身がもう一段階強くなるには、あれを使いこなす必要があると思ったからだ。
だが、このままでは手がかりを得るどころか、何も出来ないまま終わりかねない。
今ここで、漫画みたいに奇跡のパワーアップとか起きないだろうか。
そう頭によぎるくらいには、真樹は追い詰められている。
それでも戦いからは目を背けない。
祈るだけではどうにもならないことは、戦士として真樹自身がよく分かっている。
「ほらほら、後ろがお留守よ♡」
「うひゃぁっ!?」
だが、相手とて容赦は一切してくれない。
一瞬にしてカグヤは真樹の後ろに回り込み、再び手を振り上げた。
カグヤの手は綺麗にスカートの中に入り込み、尻を撫で上げつつスカートを捲り上げていった。
いくら中身はスパッツといえど、いきなり衣類を捲られたら動揺くらいはする。
しかも、相手からすればただのお遊びだ。
ただ単に、若い子の恥じらう姿を楽しんでいるだけだ。
「うふふ、可愛いリアクションねー。
初々しくていいわぁ、若い子って」
変態巫女の顔が、より恍惚としていく。
「それじゃあ、もっともっと、辱めちゃおうかしら。
ペナルティという公開処刑でね!」
ニヤリとしたカグヤは言い放つ。
それは、トドメを指して勝ちに来るという処刑宣言。
カグヤはゆらりと構えを変えた。
両手を広げ、翼を広げるかのような構え。
まるで、抱きしめてあげたいと言わんばかりの、腕を広げた姿。
「うっ…!?」
その姿のまま、カグヤは威圧感を放ってくる。
ただ立っているだけなのに、びりびりと空気が震えているような気さえする。
「覇氣とは命の力。
生きる糧、すなわち欲望が力になるもの」
およそ隙だらけに見えるカグヤの構え。
おまけにカグヤは顔を俯かせ、表情が見えない。
それでも、真樹が飛び込むには躊躇うほどの威圧感を放つ。
「…うふふ、真樹ちゃん。
今、私は貴女の可愛い姿が見たいわ。
無様に倒れて、男達にひん剥かれて、淫らに喘ぐ姿を見てみたいの♡」
ゆらりと、カグヤが顔を上げる。
「たっぷりと、調教してあげるわ♡」
「う、うわ……っ!」
ぎらりと目を光らせるカグヤの言葉に、真樹は思わず声が漏れる。
圧倒的な強者だけが放てる気当たり。
目の前にするだけで戦意を失わせるほどの、とてつもない威圧感。
その圧の源泉は、自分を徹底的に辱めようという邪な欲望。
それらに混じって、確かに感じたのだ。
獲物を狩ろうとする、殺気が。
「ひっ…!?」
思わず仔猫のように真樹は飛び退いてしまう。
そんな仔猫を喰ってやろうと、じりじりとカグヤが近づいてくる。
袖から見える優しそうな細腕が、まるで死神の鎌かのように迫ってくる。
「うぁ、ぁっ……」
真樹はかろうじてカグヤに向き合っているが、バックステップで距離を取るのみ。
カグヤから逃げているのは、誰の目から見ても明らかだった。
いつも強者と戦うことを望んでいた彼女ですら、逃げ出さずにはいられない。
それほどまでに、あまりにも大きな差を感じてしまっていたのだ。
だが、ここはコロッセオ風のリング。
何も考えずに逃げていては、壁際に追い詰められるのは必然である。
「さー、追い詰めたわよ♡」
壁を背にする真樹に向かって、カグヤはゆっくりと近づいてくる。
変わらず両手を広げたままのカグヤの顔が、恐ろしさを伴っている。
「このまま大人しく食べられちゃうか、それとも最後まで抗うか。
貴女の中にあるのは、何かしらね?」
カグヤはふと顔を真顔に戻して言葉をかける。
だが、その表情はすぐに、先程と同じ恍惚としながら獲物を狙う獣の顔に戻っていた。
「それじゃあ…いただきます♡」
意味深な挨拶と共に、カグヤは真樹に急接近!
両の手が真樹に向かって振り下ろされる!
狙いは…首元!
もしもまともに食らえば、首を叩き斬られそうな…
そんな直感が真樹の身体を巡る!
「うわああああああああああああああっ!!」
負けたくない!
辱められたくない!
食べられたくない!
死にたくない!
ほとんど本能的に叫んだ真樹は、そのまま拳を振るった。
「うわああああああああああああっ!!!」
その振るった腕から光が放たれる。
「おっと!」
カグヤの顔面に向かって、輝く右手が打ち込まれた!
真樹の鋭い反撃に、カグヤは攻撃を止めて後ろに飛ぶ。
少しだけ距離を取った。
「うわあああああああああっ、うわああああああああっ!!」
真樹はまだ叫んでいる。
狂乱しながら、手足を振るう!
振るわれた腕が、脚が、徐々に光り輝いていく。
右手のみならず、左手にも、そして両足にも光を纏われていく。
やがて真樹の全身から光が溢れていく。
「うああああああああああああああああああああああああっ!!」
真樹は雄叫びを上げると、真樹の全身に纏っていた光が、徐々に形作られていく。
「光の王羅…ううん、違うわね」
カグヤは冷静に、真樹の姿の変化を見つめていた。
以前のように光の衣が出来ているのではない。
真樹の身体から溢れる光は、彼女の両手両足へ集い、まるで爪のように鋭い形が作られていく。
真樹の頭にも、光で形作られた、より大きな猫耳が出来上がっていた。
溢れる光で生まれたのは、爪を持ち、獣をかたどった鎧。
あるいはネコスーツ。
それが真樹の身体をすっぽりと覆っているのだ。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
獣の形をした覇氣の光を全身に纏った真樹は、まるで自身の心さえも獣になったかのように、大きな咆哮を上げるのだった。
お待たせしました、天命戦3戦目の続きです。
これなんて『〇意の波〇』?
でも筆者はまだⅥを遊んでないです。
やりたい。




