8-10:お預けの代償
試合開始の合図とともに、2人の少女はお互いは相手に向かって走り出した。
真樹は光を、大山は炎をその手に纏いながら。
「はぁぁぁっ!!」
「うらあぁぁぁっ!!」
お互いが覇氣を纏った拳を振るう、真っ向勝負。
リング中央を映していたスクリーンは、真正面から殴り合う少女達の姿を鮮明に捉えていた。
光る拳と炎の拳が交差して、互いの拳が相手の身体を捉える。
スクリーンに映った2人の美少女の姿を見て、観客達の歓声が上がる。
熱い試合の始まりだ。
そう思った観客も多かったかもしれない。
…だが、多くの超人的な格闘家を見てきた常連客は、すぐに分かったことだろう。
お互いにクロスカウンターを狙っているかのようだった2人の拳だが、明らかに真樹の方が早かったのだ。
「ごはぁぁっ!!」
真樹の桜花砲が、大山の身体に直撃する。
めりっと綺麗に腹に入ったパンチ。
そのままの勢いで、大山は吹っ飛んでいった。
「・・・!? 大山ちゃん!?」
大山の吹っ飛びぶりに、思わず真樹も叫んでしまった。
いつもの大山なら、自分の拳に合わせてぶつけ合うくらいはしてきただろう。
自分の速さに付いていけるくらいの目は養われているはずだ。
それに、普段から頑丈さに自信があるといっている彼女のことだ。
まともに食らっても、怯みこそすれ、受け止めて持ち堪えるくらいはしただろう。
なのに、彼女は今、たった一発のパンチで倒れ込んでしまっている。
やはり彼女は、本当にフラフラな状態で戦いの場に立っていたのだ。
「大山ちゃん、大丈夫!?」
倒すべき対戦相手だというのに、思わず駆け寄ってしまう。
強さを高めあったライバルの、あまりにも呆気ないダウンに、真樹の方が心を痛めてしまう。
その大山は、倒れ込んでまともに動けない様子だった。
「おっとぉ、大山ちゃんがダウン!
開始数秒で倒れてしまった!
やはり先の試合とペナルティが効いているか!?
でもルールだからなっ!?カウント取るぞー!?」
「……っ!」
だが、ここはヴァルキリーゲームズ。
事情はどうあれ、試合は試合。
倒れた以上は容赦なく、カウントが始まる。
「3、2、1…!」
「大山ちゃん…!!」
「うっ……」
思わず声を掛けてしまう。
こんな結末なんか望んでいない。
こんな、ただ相手を嬲るだけのような試合なんて望んでいない。
だが、倒れ込んだ大山は呻くのみで、立ち上がる気力はなさそうであった。
そのまま、カウントダウンは進んでいく。
「0っ!!
WINNER、真樹ぃぃぃっ!!」
「「「YEAHHHHHHHHHHHHH!!」」」
あまりにも呆気なく、試合の決着は付いた。
天命戦の挑戦者、真樹の勝利だ。
大歓声がコロシアムに響く中、当の真樹は呆然となっていた。
勝利の喜びも、自分を高めた実感も無い。
この後、大山はもう一度弄ばれる。
良きライバルである彼女を、その地獄へと容赦なく叩き落としてしまった。
改めて突き付けられる、裏社会という世界での戦い。
非道な倫理観がまかり通る世界。
その現実に立ちすくみ、そのまま膝をついて座り込んでしまったのだった。
「あらあら、真樹ちゃんの賞金額は923万6000燕。
それに対し、大山ちゃんの方が1800万2000燕。
ほぼダブルスコアねー、これじゃあ『1200万の女子校生』も形無しかしら?」
呆けていた真樹だったが、女の嗤い声に思わずびくりと反応する。
いつの間にかやってきたカグヤが、ニコニコ笑顔で語りかけてきたのだ。
持っている端末を見ながら悠々と歩いてくるカグヤ。
そこには、今回の試合でお互いに賭けられた賞金額が表示されている。
この試合、圧倒的に大山の方が賭けられていた。
つまり……それだけ大山の負けに期待していた人が多かったということ。
目の前で倒れているレスラー女子は、自分よりも遥かに多額の金額を貢がれていた、という事実を示していた。
「うふふ、それにしても容赦なく打ち込んだものね~。
大山ちゃんのとってもやらしい姿、貴女もまた見たかったのかしら?」
「そっ、そんなわけっ…!」
「まぁそこはどっちでもいいわ」
カグヤの言い分に思わず反論する真樹を、カグヤは笑って受け流す。
「どうであれ、貴女は勝ち、彼女は負けた。
その事実は変わらないのだから、ね♡」
にこりと微笑むカグヤが発する圧は、真樹に何も言わせない。
この結果は、お互いにこの天命戦に臨んだ結果なのだから。
理不尽な状況が生まれるなんて当たり前、それを打ち破らなければ弄ばれる。
そんな世界で戦っているのだと、諭すように笑顔の圧を発してくるのだった。
カグヤはゆっくりと大山に近づいていく。
倒れた彼女の様子を確かめていくが、大山は気を失ったままピクリとも動かない。
「あらら、完全に気絶しちゃってるわね。
流石にちょっと休ませないとダメかしら?」
息はしているものの、まるで起きる気配を見せない大山。
さすがに手当が必要だとカグヤも判断する。
「おっとぉ、それはどうなんだぁ?」
だが、それに待ったをかけるように野太い男の声がした。
リングの入り口を見ると、さっそく男達がやってきていた。
今回の試合で大山に大金を賭け、ペナルティの権利を得た5人の男ども。
これから大山の身体を弄ぶ権利を手に入れた獣たちだ。
その中には、よく見知った青メッシュの青年もいた。
「たとえ気を失っていても、俺らがペナルティの権利を手にしたのは変わらないぜぇ?」
「うひひ、たっぷり可愛がってあげちゃうぜぇ~?」
男達の物言いに、真樹は思わずむっとなる。
今までも何度も見てきたけど、欲望に塗れた男というのがこれほど醜く見えたのは初めてだ。
本気で立ち上がった戦士の誇りに対する敬意も、全力で戦ったことに対する賞賛も、彼らは持っていない。
あるのはただ、負けた女を辱めたいという欲望のみ。
今倒れている女を、全力で弄んでやろうという欲望だけだ。
「うーん……けど流石に、ちょっと手当の時間を取らないとダメかしらね。
流石にイジめてる女の子が目の前で死なれちゃうのはイヤでしょ」
カグヤが苦笑しつつ、男どもを宥める。
ペナルティはなんだかんだで体力を奪われる。
今の状態で受けさせるのは危険だろうと、ベテランの女戦士であるカグヤは判断する。
「おいおい~、こちとら何十万と出してるんだぜぇ?
ここまで来て、『やれません!』はねぇだろぉ?」
男の一人が不満げに言った。
残る男達も、同じことを言いたげにカグヤを睨む。
大山を休ませたい女性陣と、今すぐ大山を弄びたい男ども。
そんな状況に、悪魔が助け舟を出した。
「あはは。
それじゃあ、『お預けの権利』を使うのはどう?」
ヤミトが、聞き慣れない単語を繰り出した。
「お預けの権利?」
「あ、真樹ちゃんは知らないんだ」
聞き返した真樹の様子にほくそ笑んだヤミト。
なんだか嫌な予感はする。
が、説明は聞かないといけないだろう。
「『お預けの権利』ってのは、文字通りペナルティをお預けにされた場合に使える権利だよ。
普通、負けた女の子はその場で弄ばれちゃうんだけど、やっぱりここは闘技場だからさ。
肝心の女戦士が大怪我しちゃったりして、ペナルティどころじゃない、なんてことも起こるんだよ」
裏社会といえどヴァルキリーゲームズでは殺しは御法度だし、流石に目の前の女の子を殺すまで弄びたい、なんて危篤な人はそうはいない。
流石にそんな事態になれば、運営だって止めに入る。
ペナルティはあくまでえっちなお楽しみであって、虐待の場では無いのだ。
女戦士が重傷になるようなことは避けるというのが、運営の方針だ。
「とはいえ、僕たち観客側も大金を賭けて試合を見てるわけだからね。
権利を勝ち取っているのに、何もナシってわけにはいかない。
だから、ペナルティのお預けを食らった場合、追加でオプションを要求できるんだよ」
ヴァルキリーゲームズの運営資金は、観客が賭けた賞金で賄っている。
いわば観客どもの欲望が、そのまま運営に血を流しているといっていい。
当然、観客がしらけるようなことはしないというのが原則だ。
とはいえ、選手である女戦士が壊れてしまっては元も子もない。
そんなわけで、折衷案として設定されているのがこの『お預けの権利』なのだ。
「まぁ、よくあるのは一晩お持ち帰りってのが多いかな。
怪我が治ってからホテルとかに呼び出して、一晩相手してもらうとか。
待たされた分、普段のペナルティより長く激しくされちゃうってやつね」
ニコニコ笑顔で変態なことをのたまうイケメンだが、その顔が更に緩む。
「けどね…別にそれにこだわらなくたっていい。
『お預けの権利』の使い方について、ちょっといいこと思いついたんだけど、いいかな?」
「うふふ、聞くだけは聞きましょうか?」
にこやかに聞くヤミトに、にこやかなカグヤが答える。
「大山ちゃんも疲れてるみたいだから、今この場で大山ちゃんに手出ししない。
代わりに……次の試合のペナルティにも参加させてもらえるってのはどうかな?」
「…っ、それって…!」
とんでもないことを言い出した。
つまり彼が言いたいのは…
「この後行われる、天明戦3戦目。
もし君が負けたら、今ここにいる僕らも君のペナルティに追加で参加するってことだよ、真樹ちゃん」
…なんて野郎だ。
まさか、次の試合のペナルティにタダ乗りしようというのか。
しかも、明らかに自分を狙って。
「うっふふ、面白そうね」
「カグヤさん!?」
賞金額には明らかに釣り合わない提案だろうと思っていたのだが、なんとカグヤが同調してしまった。
「身体を狙われるなんて、今に始まったことじゃないでしょ。
そ・れ・に。
勝てばいいのよ、勝てばね♡」
カグヤの言う通りではある。
勝てば賞金と栄誉を得て、負ければ弄ばれる。
ここはそういうゲーム。
欲しいものは、戦って勝ち取るしか無い。
大山を休ませてやりたい。
友の安全、安泰というものが、今は欲しい。
男どもにお預けをさせる分、その矛先が自分に向く。
だが、それでライバルを休ませることが出来るのなら……
その焦りが、真樹の言葉を紡がせる。
「……分かりました。
その条件、受けて立ちます!」
「そうこなくっちゃね♡」
焦りと優しさが、真樹に試練を与えていく。
もしも負ければ、ペナルティの人数が増員される。
それでも、身体が限界の大山を救うことが出来るのなら……
真樹は、この理不尽な提案を受け入れてしまう。
ペナルティ増員という試合に挑戦することになってしまうのだった。
「って、勝手に進めちゃったけど、いいかな?」
真樹の返答を見てニコニコしていたヤミトは、振り向いて他の男達に向き直る。
確かに、今の提案はヤミトの提案でしかない。
そもそも彼らの狙いは大山であるはずなのだが……
「俺は構わねぇぞぉ?
最近の真樹ちゃんの倍率マジでやべーからな、今」
「きしし、その可愛くて凛々しい顔がどうなるか、楽しみだぜぇ~?」
「くくく、しかしてめぇはホントに変態なことを思いつくなぁ」
「あはは。僕だって、気絶したままの子をイジメるより、ちゃんと反応してくれた方がいいしさ」
どうやらヤミトの提案は、他の男達の同意を得られたようだ。
獣たちは真樹へ視線を移す。
改めて実感する。
自分の肉体は、それだけ男どもが狙いたいものなのであると。
「うふふ、運営からも許可が出たわ。
今回の大山ちゃんのペナルティについて、お預けの権利を発動。
内容は、次の試合のペナルティへの追加参加、ね」
端末でどこかとやり取りしていたカグヤも、笑顔で報告をする。
「もちろん、この程度のハプニング。
イズモ・コロシアムの女戦士なら皆、受け入れちゃうわよ?」
カグヤの言葉で、真樹もハッとなる。
当然ながら、次の試合の敗者というのは、自分とは限らない。
これから戦う相手にも適用されることになるのだ。
だが、イズモ所属の女戦士は、そのくらいのことは受け入れる覚悟は出来ている。
まさに『常在戦場』、どんな理不尽にも耐える覚悟は出来ているということだろう。
「まぁ、真樹ちゃんが負けるかどうかはまだ分からないわよ。
それこそ、このくじ引きでの相手次第かしら?」
そう言って、カグヤは懐からくじの束を差し出す。
完全ランダムで選ばれる、最後の対戦相手。
「さぁ、今日最後の一戦を始めましょう!
覚悟が出来たら、くじを引きなさい」
カグヤが、ヤミト達が、観客達が一斉に真樹に注目する。
運命の一戦、真樹と相対することになるのは誰か。
真樹としても、敗北してみんなに弄ばれるか、それとも勝ち残れるかは、この相手にかかっている。
ただ、どんな相手だったとしても、全力で立ち向かうだけだ。
そう心を決めて、くじを引こうとして…
ふと、頭によぎるものがあった。
このくじに書かれているのは、『今、このコロシアムにいる全ての女戦士』。
だとしたら……
とある可能性が頭をよぎり、真樹は思わず手を止めてしまう。
「どうしたの?」
「い、いえ…!」
…今更ビビってどうする!
真樹は一本を選び、引き抜いた。
「あ………」
嫌な予感というのは当たるものらしい。
くじには、ついさっき頭によぎった名前が書かれていた。
「うっふっふっふ、本当に、貴女は持っているわね!」
嬉しそうに笑うカグヤの顔に、妖艶さが増していく。
目の前にいる少女を蕩けさせようと、邪な気配を醸し出していく。
真樹が引いたくじ。
そこには……
『破戒の白巫女・カグヤ』と書かれていたのだった。
大変お待たせしました、天命戦2戦目です。
この結果は前々から決めていたので、少しペースアップで描きました。
続けて3戦目も引き続きお楽しみください。
最近、また仕事場が変わりました。
体調といい、環境の変化といい、まだまだ慣れないこともありますが、ゆっくりと続けていきます。
気長にお付き合いくださいませ。




