1-3:猫耳の入場
コロシアムの中にはいくつかのリングが用意されており、行われるバトルのクラスによって使われるリングが異なる。
フィールドの広さや観客の収容人数などが違い、高いクラスに行くほどより広い会場で戦えるようになる。
ミト・コロシアムもまた複数のリングを備えており、真樹は最も小さなリングへと足を向けていた。
最初の関門、ビギナークラス。
ヴァルキリーゲームズに挑む者が最初に挑むクラスであり、内容はどちらかといえば入門試験に近い。
闘技場側が用意している選手と戦い、実力を示すことが目的だ。
ここで躓くようでは、チャンピオンと戦うなど夢のまた夢。
一番低いレートのリングは金網ではなく、プロレスなどでよく見るロープで囲まれたリング。
フィールドは以前見た金網のフィールドより狭く、四方の観客席からも選手がよく見える形になっている。
そんなリングの中央で、アイドルがマイク片手に張り切っていた。
「みんなー!今日も見に来てくれてありがとー!
ミト・コロシアムのアイドル、☆リリカ☆だよー!」
「FOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」
梨花の声に呼応して、観客から歓声が上がる。
フリフリスカートのアイドル服を身に着けて、笑顔で観客に手を振る梨花。
その姿はまさしく、地下のクラブハウスでライブするアイドルだ。
だが、これから行われるのは観客と一体となる音楽ライブではない。
欲望と熱狂渦巻く、格闘大会である。
「今日はねー、なんと!
またまた新人選手が登場するよー!!
みんな、新しい生贄ちゃんにちゅうもーく!!」
手を広げ、選手の入場口を指し示す。
そこに一人の人影が歩いてくるのが見えてきた。
「まだまだ現役女子校生、だけどそのパンチは大砲並み!?
猫耳空手女子、真樹ちゃんとぉぉぉじょおおおお!!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
入場口から悠々と歩いてきた、新たな女戦士に注目が集まる。
その視線に晒された真樹は、やや緊張した面持ちのままリングに向かって歩き続けた。
(うひゃあ……みんなに注目されてる。
覚悟はしてたけど、やっぱり緊張するなぁ……
この格好、変じゃないかな?)
先日選んでもらったコスチュームに身を包んだ真樹。
その姿を見た観客からも、様々な声が上がる。
「うぉぉっ、これまた典型的な、いや天啓的な女子校生!!」
「猫耳!あざとい!だがそれがいい!!」
「っていうか、現役女子校生ってマ!?10代!?10代!!?」
「いいね…………脚………ふひ」
「ははは、大丈夫かぁ!?ガチガチに緊張してるじゃねえか!」
「あ、でもこういう素朴な感じ、いそうでいなかったかもな!」
「でも身体はしっかりしてるぜ!特に胸!!」
「いいですなぁ。食べ応えがありそうですなぁ」
口々に聞こえる男達の声。
下衆な意図が多分に含まれてはいるが、少なくとも好意的には見られているようだ。
変に侮蔑な目で見られるよりはマシだと気持ちを切り替え、リングへと上がり込んでいく真樹。
そこへマイクを持った梨花が駆けてきた。
「いやー、緊張してるねー?
どうよ、男どもにじっくり見られながらの入場は?」
「そ、そうですね……すごい緊張しました」
「初々しい!!こりゃソッチの道も初々しいかー!?」
「あぅ……」
マイクを向けられるなど全く慣れていない真樹は、たどたどしく答える。
その様子に観客席からも笑いが起こる。
こんな裏のゲームに乗り込んできた、れっきとした新人。
しかも経験が少なそうな純真な娘。
観客からの注目度がちゃんと高まっているのを、梨花は敏感に感じ取っていた。
「にゃはは。まー緊張するのはいいけど、バトルではガチガチのままにならないでよね?
でないと……あっという間に、惨めな姿にされちゃうよ?」
「大丈夫……頑張ります。負けません!」
いったん深呼吸をして受け答えた真樹。
そこには確かな闘志が宿っている。
「いいぞー、頑張れよー新人!」
「☆リリカ☆ちゃんをぶっ飛ばせたら大したもんだぞー、ひゃは!!」
真樹の顔が武術家としての顔に切り替わっているのを見て、観客達も大いに沸く。
「おお、いいね。
さっきとは別の緊張感だ、空気がピリッとしてきたね。
ここに乗り込んでくるくらいだもの、そうこなくっちゃね!」
ニコニコ笑顔のままの梨花。
だが、梨花の目にも闘志が燃えてきているのが見えた。
「ま、いつまでも喋っててもしょーがないよね!
ってなわけで実況!あとは任せた!!」
「おーし任された!
っつーわけで、今回の試合はー!!
アイドル☆リリカ☆ VS 新米女戦士真樹!!
さぁさぁ、BET開始だ!!
お好みの娘に賭けてくれ!」
梨花の言葉を聞いて、リングの端にいた男がマイクを引き継ぐ。
司会兼実況兼レフェリーを務める男だ。
しょっちゅう梨花にマイクを取られてしまうのだが、ようやく今日の仕事が回ってきたと気炎を上げる。
「ちなみに今回のレギュレーションはTOP5、最低金額は1000燕だ。
払わない場合は申し訳ないが御退出願うのでヨロシク!!」
ヴァルキリーゲームズ特有のルールとして、観客は対戦する選手のどちらかにお金を賭ける必要がある。
その最低金額を払わない場合、試合開始前にリングの観客席から追い出される。
だが、逆を言えば最低限の金額を払えば、試合と、その先まで観賞することが出来る。
いわば観賞チケット代というわけだ。
今回のように選手情報が事前に知らされていない場合もあるため、観客席に来てから試合を見るかどうか、どちらの選手に賭けるか決めることが出来るのだ。
そして、今回のルールはTOP5。
試合に負けた方に賭けた人のうち、より多く金額を賭けた5人がペナルティに参加できる。
観客にとっても、好みの選手に手を出すチャンスにどれだけ賭けるか。
まるでオークションのような駆け引きも生まれていたりするのである。
そうこうするうちに、観客達のBETが終わったようだ。
観客はそれぞれ手元の端末で、気になった方にBETをする。
どうやら今回は、退出する人はいないようだ。
少なくとも全員、真樹か梨花のどっちかには賭けたことになる。
リング上では真樹と梨花が向き合っている。
お互いに気迫をぶつけ合い、闘いの空気を作り上げている。
試合の準備は整った。
実況男がマイクを手に叫ぶ。
「それでは、ビギナークラス!!
アイドル☆リリカ☆ VS 新米女戦士真樹!!
1ラウンド一本勝負!!
レディィィ、ゴーーーッ!!!」