8-4:憧れは斯くも遠く
「くっそ……」
勢いよく石造りの壁に叩きつけられ、身体が壁にめり込んでいた大山だったが、なんとか自力で這い出てきた。
壁には綺麗に大山の身体の型が残されてしまっている。
「ってぇな……!」
「ほぅ、この一撃を食らってまだ立ち上がるとはね。
大したもんじゃないか、新米にしては」
「ったりめえだ……アタイは頑丈さを売りにしてんだよ……!」
パンチを受ける直前に、大山は覇氣による身体強化をすぐさま発動した。
氣を身体に巡らせ、筋力を増強することによって、元々あったフィジカルの強さを大幅に強化する。
もしこれが無かったら、確かに危なかっただろう。
だが、石の壁などたやすく壊すパンチやキックなど、裏社会にいればそれなりに見る機会はあった。
そんな奴らと戦っていこうというのだ、身体の頑丈さも超人の域にいなければなるまい。
大山は日々の修行や試合を経て、確かに『普通では手を出せない』女に成長した。
軽い気持ちでは手を出せない新米女戦士は、何も真樹や沙耶だけではないのだ。
「アンタのそのパワーと、スピード…
やっぱりアンタも覇氣を使ってたんだな…!」
「まぁ、このヴァルキリーゲームズで生き残るってんなら、もはや必須だよな」
大山の確認するような質問に、霧子は笑って答える。
教えを乞う前は見切ることすら出来なかった霧子の動き。
その動きの正体をようやく知ることができた。
覇氣という力のことを知った今、ようやく相手と同じ土俵に立った。
スタートラインに立てた気がした。
だが、それで終わりではない。
「おらあああぁぁっ!」
大山は再び立ち向かう。
裏社会に乗り込んだ目的は、憧れの人物に勝つこと。
探し出して終わりじゃない。
見つけて、追いついて終わりじゃない。
追い抜くんだ!
そう心に言い聞かせ、大山は再び右手に炎を纏う。
「ファイアアアフィストォォ!!」
ぶぉんっと拳が振り下ろされ、纏われた炎がごぉっと唸る。
その炎が、まっすぐ霧子へと飛んでいく。
「ふぅん?
覇氣の第2段階、覇氣の放出って奴かい」
霧子が感心したように言う。
確かに、ただの女子大生ってわけではない。
ヴァルキリーゲームズで戦えるだけの力は備わっているとは思うのだ。
覇氣とは自らの身体に宿る、命の力。
覇氣を巡らせ、身体を強化するのが第1段階。
しかし、その神秘のエネルギーを身体の外に放出することで、様々な超常現象を起こす。
これが覇氣の第2段階だ。
真樹の松葉破や沙耶の月兎拳のような波動しかり、茜や葵のような炎と氷の王羅しかり。
あるいは裕の風の王羅もこれに当たるだろう。
大山は、それらと戦えるだけの技を独自に作り出すまでに至った。
間違いなく、大型新人と呼べるだけの人物には違いないだろう。
だが……
「うちは覇氣の第2段階を使えないから、大したもんだ。
けどねぇ、力にかまけてるようじゃ、この先に勝てははしないよっ!!」
そう言って、霧子は飛んでくる火の玉にグローブを叩きつける。
どごんっっと音が聞こえ、炎は呆気なくかき消されてしまった。
大山の放つ炎の拳を、火の玉を正面から殴り落としたのだ。
だが、その振るった拳こそが、大山の狙いだった。
「掴んだ!おらぉっ!」
そのまま前進してきた大山は、振るわれた霧子の腕をつかんだ。
さらに近づき、霧子のナース服の裾を掴む。
(ここだ……!)
このまま投げ飛ばして、地面に叩きつける!
そう思って、大山が身体を捻った時だった。
「う、動かねぇ……!」
重い。
まるで霧子の足がぴたりと地面に吸い付いてるように、投げられない。
「投げをアンタに教えたのは誰だと思ってる?
馬鹿正直な掴みで、うちを投げ飛ばせると思ったのかい?」
ニヤリと、霧子が笑う。
「ほらぁっ!」
「くっ……うごぉっ!?」
逆に、腕の力を返されてしまい、大山の方がバランスを崩してしまう。
そして、倒れかけたところで、後頭部を思いっきりぶっ叩かれてしまった。
まともなパンチを頭に食らってしまい、大山はフィールドに無様に倒れ込んでしまう。
「裏社会に挑んだ度胸は買うけどねぇ、まだ甘いっ!」
「ぐはっ!?」
倒れた大山の背を、霧子が踏む。
御身脚を見せてドSな雰囲気を醸しながら、人妻ナースが炎の女子レスラーを踏みつける。
そんな異様な光景がリング中央で行われていた。
「覇氣を習得しただけじゃ、まだ足りないねぇ。
炎が出せる?空高く飛べる?
その程度で粋がっているようじゃ、ここじゃ勝ち上がれないんだよっ!」
白衣の天使という印象のナース服からは想像できない、凶悪な笑みを浮かべる霧子がなじる。
覇氣を習得したことで、大山は確かに裏社会に入れるだけの、超人と呼べるだけの力はある。
だが、それだけではまだ足りない。
そもそもが、そんな超人だらけなのが裏社会なのだから。
「ぐっ……!」
踏みつけられたままの大山だが、そこで終わるわけにはいかないと足掻く。
「らぁっ!!」
「おっと」
大山は力任せに体を起こす。
踏みの甘い霧子ごと、身体を起こした大山は手足全てに力を込め、ぐるりと勢いよく回転した。
その勢いに霧子が思わず離れたのと同時に、大山も動いて距離を取る。
両者睨み合っての仕切り直し。
だが、大山の方が明らかに消耗していた。
「はぁ……はぁ……!」
力不足。
それは誰よりも痛感している。
裏社会のことも、女戦士のことも、自分は知らないことばかり。
それでも、ここまで駆け抜けてきた。
これまでの経験は紛れもない、自分自身がこれまで築き上げてきたもの。
だからこそ、まだ立ち上がる。
自分の目的は、目の前にあるのだ。
自分の経験を、目標であった人物にぶつける、その瞬間に立っているのだ。
ここで逃げ出すようなカッコ悪い真似、出来るわけがないっ…!
「まだだ……!
アタイはまだ戦える……!」
気合を入れ直す大山だったが、その眼前に霧子がいた。
「っ……!?はや」
「遅い!!」
顔面にフックが綺麗に入ってしまう。
大山は再びぶっ飛ばされ、リング上をゴロゴロと転がる。
「表と違って、ガチの殴り合いなんだ。
立ったその瞬間から殴られるもの、そのくらいの覚悟はして来な!」
試合といえど、反則なんかない。
膝が笑っていて立ち上がれなくなっても、相手は待ってくれない。
そんなことは分かってたはずなのに。
それでも、まだ大山は諦める気にはならない。
必死で身体を起き上がらせる。
「かはっ……くそっ」
「悪いね。今のアンタは、狼たちに狙われた牝牛。
ここでうちに呆気なく敗れ、男達に食われる。
それがアンタの天命だってことだ」
そんな大山の熱意を、この闘技場は嘲笑う。
どれだけ本気で挑もうとも、勝てなければただ弄ばれるのみ。
そういう世界なのだ。
大山はふと周囲の視線を感じてしまう。
観客席から注がれる視線。
それは、根性で立ち上がる若き戦士を応援するような暖かい目ではなく。
格上相手に為すすべもなく敗れ、無様にその身体を晒すことを期待する、欲情に満ちた者達の目。
自分は今、晒し者にされようとしている。
そんな空気が闘技場を支配しているのが、今の大山ならばよく分かる。
「それとも、男達に色々されたくて来てんのかい?」
「っざけんなっ!
アタイは、まだ……!」
霧子の言葉に、大山が少しだけ揺らぐ。
確かに自分は既にペナルティを経験した身。
裸を見られたことも、胸を揉まれたこともある。
だからといって、軽々しく身体を差し出すような尻軽女になった覚えはない。
「熱意は買うけどね。
そろそろ締めといこうか!」
大山の根性を認めつつも、霧子は〆に取り掛かる。
いつまでもグダグダ痛めつけるのは趣味じゃない。
白衣の天使の表情が、凶悪な笑顔に変貌した。
「おらぁっ!ほらぁっ!!おらららららあああっ!!」
「ぐっ、うぁ、がっ…!」
再び一瞬で大山の元に詰め寄り、ラッシュを掛ける!
ドドドドドッ!!!
数発殴る度に一瞬で位置を変え、再び殴る!
ドドドドドッ!!!
「くっ……!」
「甘いっ!」
「ぐはっ!?」
大山はせめてものと抵抗として腕を振るうが、それすらもあっさりとスウェーでかわされ、カウンターを叩き込まれる。
次々と、次々と、大山の身体にパンチが打ち込まれていく。
丈夫さに自信があるという彼女も、覇氣の籠ったパンチをそう何発も受けられるものではない。
霧子は覇氣の第1段階しか使えない。
エネルギー弾を飛ばしたり、炎を出したりするような、漫画のようなぶっ飛んだ技は持っていない。
それでも、いやだからこそ。
鍛えてきたのだ、身体を。
磨いてきたのだ、技を。
研ぎ澄ませてきたのだ、速さを。
自らの格闘技だけで、超人達と戦えるように。
「パワーも!スピードも!フィジカルも!
ついでに男のケーケンも!」
とにかく速く、とにかく強く。
ボクサーとして、レスラーとして、いや格闘家として。
極限まで高めた身体能力による真拳勝負。
それだけで、ここまで戦ってきたベテランに、大山は為す術がない。
「何ひとつ、アンタは足りていない!!」
ヴァルキリーゲームズには、超人的な能力者はごまんといる。
ただ、やはり勝ち上がるのは、格闘家として確かな実力者。
『格闘家として達人』だからこそ、彼女はエキスパートクラスにいるのである。
「トドメだ!!
必殺!フレアバズーカ!」
何度も殴られ、ふらついている大山に、霧子は容赦なく最大の必殺技を放つ。
オレンジのグローブがまるで炎のように煌めき、渾身の右ストレートが炸裂!
「ぐはっ……!!!?」
どこおぉ、どこおおおぉぉん!!
最初と同じように、大山は壁に吹っ飛ばされてしまい、壁にめり込んでしまった。
今度はより深く、壁の奥まで埋め込まれてしまった。
まるで十字架に磔でもされたかのように、壁の中で手足を伸ばしている大山。
そして、そんな状態のまま気を失っていた。
「大山ダウン!ミストフレイム、容赦なぁし!!」
実況がダウンを宣言し、霧子はようやくラッシュを止めた。
ふぅっと息を吹いて、壁に埋まった大山を見る。
壁の中にいるレスラーが動く気配は、無かった。
「さぁ、カウント入るぜ!!
3!2!1!!」
カウントダウンは無慈悲に進んでいく。
「0!!
勝者、霧子ーーっ!!
エキスパートクラスのベテランは、新米には荷が重かったか!!」
「「「FOOOOOOOOOOOO!!!」」」
実況が霧子の勝ちを宣言し、観客席からは歓声が上がる。
歓喜の声が上がっていくが、霧子の勝ちをというより、大山の負けを歓迎しているかのような歓声であった。
「顔を洗って出直してきな。
もっとも、その前に男の味を覚えてもらう必要がありそうだけどねぇ」
霧子のマイクパフォーマンスも、大山の耳には果たして聞こえていたかどうか。
こうして大山の天命戦は、1戦目敗退という結果に終わったのだった。
最近は遊びたいゲームがたくさんあって困ります。
しかも、時間泥棒になるようなものばかり。
つい、小説を書く時間が取られてしまいますね。(オイ




