8-3:人妻ナースボクサー
ミト・コロシアムの注目新人・真樹と大山が、イズモ・コロシアムの『天命戦』に挑むらしい。
そんな噂話は、瞬く間にヴァルキリーゲームズ界隈を走り、たった数時間の間に、このコロシアムに大勢の観客をもたらしていた。
石造りの古代のコロッセオ風となっているイズモのリング。
フィールドをぐるりと観客席が囲み、正面にはデカデカと最新鋭のスクリーンが設置されていた。
スクリーンに映るのは、最初の挑戦者である大山。
真樹の前座として先に挑むことになった彼女は、いつもの全身炎属性が描かれたコスチューム。
トップスとショートパンツに包まれた肉体は相変わらず出るところが出て、男どもの欲情を煽る格好だ。
すっかり素顔は知られているものの、一応はヒールレスラーとしての拘りからか、ちゃんとマスクも身に付けていた。
「大丈夫かな、大山ちゃん」
観客席の端っこで、これまた猫耳をつけた少女がつぶやく。
真樹は、コスチュームであるセーラー服のまま、観客席で観覧していた。
大山の挑戦が終わったら、すぐさま自分の出番となる。
いつでも出場できるよう、衣装だけはすでに臨戦態勢となっていた女子校生ファイターであった。
「いやぁ、まさか天命戦に挑むなんて。
相変わらず話題に事欠かないねぇ、ミトのみんなは」
「……っ!?」
聞き覚えのある声がして、真樹はびくりと振り返る。
そこには、真樹達と何かと縁のある青年がいた。
傍らには、この間戦ったばかりの少女侍も一緒にいる。
「ヤミトさんに、裕ちゃんまで」
「やぁ、真樹ちゃん。
たまたま近くに用事で来てたんだけど、まさかイズモに遠征してたとはねぇ。
よかったよ、真樹ちゃん達の試合を見逃さずに済んで」
「ねー、ボクの言ったとおりだったでしょ。
カグヤさん、絶対ここに真樹ちゃん達を招待するって」
相変わらず憎たらしいほどさわやかな微笑みを見せるヤミトと、彼にベタ惚れで青年の腕に引っ付いている裕がそこにいた。
「大方、こないだの裕との試合で、もっと強くなる必要があると思ったところで、カグヤさんがここの遠征を提案した。
そんなとこかな?」
「……当たりです」
真樹は警戒しつつも答えていく。
イズモ・コロシアム遠征の切っ掛けが、裕との試合だったのは事実だ。
あの時に感じた危機感、そして成長の可能性。
女戦士として更に上のステージを目指す真樹に、カグヤが提案したのがこのイズモ・コロシアムへの遠征である。
「うーん、確かに『天命戦』はいい経験にはなると思うけど……
そもそもイズモ・コロシアム自体が結構激しいところだからねぇ。
まぁ、壊れないように頑張ってねとしか言えないかな、僕は」
「そんなに厳しいところなんですか?」
「あれ、聞いてない?このコロシアムの特徴」
ヤミトはなんだかんだでヴァルキリーゲームズのことに詳しいようである。
真樹も知らない情報を持っていたりもする。
そんな彼をして、『壊れないように』という物騒な言葉を放つのだから、気になるのは当然と言えた。
「まぁ、カグヤさんが教えてないってことは、お楽しみにってことなんじゃない?」
「あはは、そうだね。じゃあ僕らが勝手に教えるのも違うか」
残念ながら裕の言葉によって、真樹はその特徴を知ることは出来なかった。
そんなやり取りをしている間に、大山がくじを引いたようだ。
「……これは!」
「うっふふ、貴女も結構、『持ってる』のかもしれないわね♡」
スクリーンには、くじの中身に驚く大山と、怪しく微笑んでいるカグヤが映る。
「それじゃあ、登場してもらいましょうか!
なんと大山ちゃんの師匠でもある、イズモきっての肝っ玉母さん!
子持ちになった今もなお、戦いに明け暮れる奥様女戦士!
エキスパートクラス『ミストフレイム』霧子ちゃん、出番よー!!」
カグヤが呼びかけると、コロシアムの奥の入口から女性が歩いてきた。
大山の憧れの人物であり、裏社会にも長くいるベテランの女戦士。
その姿は……
「な、なんでナース姿…?」
大山が唖然となる。
現れた霧子は、なぜか白衣の看護師姿で登場したのだ。
ボタンの多い白のワンピースが豊満な胸を包んでおり、短めのスカートからはむちりとした脚を見せている。
熟れた肉体とジャストフィットした衣装のせいで、より淫乱な看護師感を出している。
頭に付けた白帽子には赤十字ではなく、オレンジで『X』が描かれていた。
「なんでって、これがうちのコスチュームなんだけど?」
「ナースとグローブって組み合わせがもう、意味が分かんねぇよ……」
しかし、彼女の衣装の最も特異なところは、その腕だ。
半袖の肩からは逞しい腕が伸びているのだが、問題はその先。
彼女は両腕に、オレンジ色のボクシンググローブを装着していたのである。
丸みを帯びた厚みのある革製グローブは、すらりとした清楚な印象のナース服とは随分とミスマッチのように思える。
「一時期、医者になりたくて医療を勉強していたことがあってな。
まぁ結局は戦う方になっちまったが、やっぱいつになっても憧れるモンってのはあるものだろ?」
霧子はカラカラと笑う。
そもそも彼女は、日焼けした褐色肌を売りにした運動ママである。
そこにこの衣装が加わり、褐色人妻ナースボクサーという謎の属性盛りとなった女戦士となっていた。
「んでもって、こっちのグローブはうちの武器だ」
「……つまり、そっちが本来のアンタの戦い方ってわけかよ」
軽く腕を動かす霧子を見て、大山は少し残念そうに言う。
レスラーとして彼女を追いかけてきたのだが、霧子自身はレスリングに特にこだわってないようだ。
表社会では全く異なる格闘技を使用していたあたり、レスラーとしての彼女は、裏社会から離れてる間のカムフラージュに過ぎなかったということなのかもしれない。
「心配すんな。
まだまだアンタみたいな小娘に負けるほど、鈍っちゃいないからねぇ」
「…そうかい。まぁ、そういうアンタに勝ってこそだけどな!」
憧れが何か崩されたような気がするが、それでも彼女を追いかけてきたことは変わらない。
この人に勝ちたい、その想いは変わっていない。
ならば、全力で勝ちに行くまで。
大山はより一層、気合を入れ直すのだった。
「さぁて、それじゃあBET開始ね。
レギュレーションはTOP5よ。
若き女子大生の『ファイアーレスラー』大山ちゃんと、奥様ボクサー『ミストフレイム』霧子ちゃん。
貴方たちのお好みはどちらかしら?」
インカムマイクをつけたカグヤが宣言し、観客たちが一斉にBETを始めるのだった。
「……ヤミトさん、もしかして大山ちゃんに賭けました?」
観客席にいた真樹は、隣に座って端末を操作していたヤミトに声を掛けた。
ヴァルキリーゲームズ関係者として試合をタダで見れる真樹と違い、ヤミトはただの観客である以上、試合の観覧にはどちらかに賭ける必要がある。
無論、負けると思う方にだ。
「そりゃあね。悪いけど、大山ちゃんがあの霧子さんに勝つビジョンが浮かばないかな。
せっかくなら、またお楽しみと行きたいところだね。
大山ちゃんの胸、ホントに感触良いし」
にこやかに大山のカラダを狙っていると宣言するヤミト。
そこに罪悪感は一切ない様子だ。
「あはは、そんな顔しないでよ。
少なくとも僕は、バトルの勝敗予想は真面目にやってるんだ。
あの霧子って人、相当にデキると思うよ」
むっとする真樹をたしなめるヤミトは、顔を真剣にして言葉を続ける。
「ま、エキスパートクラスって肩書が伊達じゃないってのが分かるんじゃないかな」
「うふふ、BETが出揃ったようね。
さすがに大山ちゃんの方が多そうかしら。
アドバンスとエキスパートで負けそうなのはどっちかって聞いたら、普通は迷わないわよねぇ」
端末に表示された金額を見て、カグヤはニヤニヤとする。
観客は負けた方に手を出せるというゲームの性質上、負けそうな方に人気が高まるのは自然だ。
特に、前評判の時点で実力差が開いてると思われている試合では。
「それじゃあ、いよいよ試合開始ね。
じゃ、実況よろしく~♡」
「ちょっ、散々好き放題やっといて、いきなりマイク投げんなし!?」
カグヤは持っていたインカムマイクを、スクリーン下にいた男に投げて寄越した。
ヴァルキリーゲームズのあちこちにいる、顔がそっくりな実況の一族。
どうやらこのイズモ・コロシアムにもいるようだ。
もっとも、梨花といいカグヤといい、目立ちたがりな女戦士に場をかき乱されることも一緒のようだが。
カグヤはそのまま悠々と、入場口からリングを出ていった。
「そ、それじゃあ気を取り直して!
大山ちゃんの天命戦、1戦目の挑戦が始まるぜ!
『ファイアーレスラー』大山 VS 『ミストフレイム』霧子!」
実況がマイクをセットしなおして、試合を煽っていく。
いよいよ試合開始だ。
「レディィィィ……ゴーーーッ!!」
実況の宣言と共に大山が構えるが……
霧子はグローブをつけた手で、大山を手招きする。
明らかに挑発だった。
「分かってんだろ?
レスラーは1発受けるのが礼儀だって。
うちはもうレスラーじゃねぇが、そのマナーを教えたのはうちだ。
どんだけ強くなったか見てやるから、全力で来な!」
かつて大山が真樹に対してやったように、霧子は大山に挑発する。
1発打たせてやる。
それを堂々と受け止めるのが、彼女のやり方。
大山がもう、ただのレスラーではなく女戦士として力をつけてきたことを知ってか知らずか、霧子は当然のように攻撃を受け止める宣言をした。
「後悔すんなよ…!」
挑発された大山に遠慮はない。
今できる、全力を打ち込んでやる。
「おぉぉぉ……っ!」
右手に覇氣を集中させる。
燃えるほどの熱い想いを、手に纏っていく。
ヤクシマでの戦いで身に付けた、覇氣を身に纏う戦い方。
大山の覇氣は炎となって、その右手に纏われていく。
「なるほど、炎の覇氣って奴かい。
ちょっとは楽しめるんだろうねぇ?」
ごぉぅっと燃える大山の右手を見ても、霧子は余裕の笑みを浮かべていた。
そんな霧子へ、大山は真っ直ぐに向かっていく。
「うおおおおらああああっ!!!」
炎の握り拳が、霧子をとらえる。
正確には、彼女の顔を。
どこぉぉぉっ!!
大山の炎のパンチが、霧子の顔に顔面直撃!!
叩きつけられるように、霧子は仰向けに倒された!
短いスカートから下着が見えるくらい、大の字になって倒れた霧子。
だが……
「……その程度かい?」
「くっ……!?」
すぐさま、むくりと立ち上がった。
砂でナース服が汚れたくらいで、彼女の顔には傷一つない。
顔を思いっきり殴られたというのに、鼻がへこんだ様子も、頬がへこんだ様子もなかった。
まるで何事も無かったかのように、悠々と立ち上がったのだ。
「パンチってのはこうやるんだ…!
腹に力入れなぁ!!」
「ちっ……!!」
今度は霧子が拳を構えた。
思いっきり右手を引き、ストレートパンチを出す構えだ。
とっさに防御の構えを取った大山だったが……
どこおおおおおん!!!
次の瞬間には、派手な轟音と共に、リングの壁に何かが叩きつけられた。
ただの右ストレート。
ただそれだけで勢いよく吹っ飛び、コロシアムの壁に埋まる大山の姿があったのだった。
ここ数週間は、リアルの仕事がピークだった……けどちょっとは落ち着いたはず。
この連休の間に、少しはストックを書けるようにしたいなぁ。
あ、大山VS霧子はまだ続きます。
8章は大山の出番多めで行きたいですね~。
もちろん主人公もちゃんと出番ありますので、気長にお付き合いくださいませ。
天命戦とかまた、長くなりそうな案で書き始めちゃったなぁ……




