8-2:親子、師弟、天命
「ミストフレイムって、確か……」
真樹はすぐに思い出す。
大山の憧れの存在であり、探している人。
彼女の人生に大きな影響を与えたレスラーだったはずだ。
裏社会、ひいてはヴァルキリーゲームズに参加しているらしいという話は聞いていたが…
まさか、こんなところでいきなり再会するとは思っていなかったのだろう。
大山の方も、引きつった笑みを見せていた。
「はっはっは、アンタが裏社会に乗り込んでくるとはねぇ!
しかも、最近売り出し中の新人の一人なんだってぇ?
まー、その乳だけは認めてやるよ。
これまで男どもにどれくらい揉まれてきたんだい?」
「う、うるせぇ!久々に会ったってのに、いきなり胸の話かよっ!?」
「ヴァルキリーゲームズにいるんだったら、カラダの話くらいするだろ?
もしくはイイ男捕まえたか、とかさ!」
カラカラと笑いながら下世話な話をする女性だが、とても子持ちの母親とは思えない。
そんな褐色マザーが、まるで大山に対抗するように身体を揺らして真樹に向き直った。
「さて、ちゃんと挨拶しないとねぇ。
うちは霧子ってもんだ。
リングネームは『ミストフレイム』!
そこにいる香澄と、親子で女戦士やってんだ。
よろしくな!」
「よ、よろしくお願いします。えーと……」
改めて名乗った霧子に対し、真樹は率直な疑問がひとつ浮かぶ。
だが、それを言い出すのは失礼に思えて憚れた。
それを予期していたように、カグヤが口を開く。
「あ、霧子ちゃんと香澄ちゃんは正真正銘、血の繋がった親子よ。
香澄ちゃんが真樹ちゃんと同い年って言ったら、霧子ちゃんの年齢もおおよそ察することが出来るんじゃない?」
「はっはっは、まぁ女戦士は若い方が人気出るのは仕方ないさ!
うちがオバサンなのは否定しないよ。
まだまだ若いのに負ける気も無いけどね!」
カグヤの言葉に笑いながら答える霧子。
真樹が気になったのはもちろん、霧子と香澄の関係だ。
本当に親子だというのなら、それこそ色々な疑問が浮かぶ。
この淫靡なゲームに、親子で参戦してるというのがなかなかに衝撃であった。
タンクトップとハーフパンツから見せる腕や脚は、娘と同じく褐色に焼けてむちりとしている。
それに、女戦士らしく胸や尻も相応に大きなもの。
熟れた体特有の色気を放ちながらも、快活さの中に母性を感じさせる顔。
香澄の年齢を考えれば、霧子はおそらく30代も後半といったところだろう。
いわゆる『熟女』な女戦士には、真樹はまだ会ったことがなかったのだ。
いてもおかしくはないはずなのに、頭からその可能性が抜けていた。
まだまだこのゲームについて知らないことが多い。
そして、その娘である香澄のことも気になる。
香澄も女戦士として戦っているということは、当然ペナルティの危機に晒されていることだろう。
淫靡な罰ゲームが待っているこのゲームに、親が堂々と参戦を認めているということに衝撃だった。
さらに言えば、当然香澄にも父親がいることだろう。
霧子の夫、香澄の父はこのことをどう思っているのだろうか。
「あぁ、うちの旦那のことなら心配いらないよ。
そもそも、うちは元から裏社会にいた人間で、夫とはヴァルキリーゲームズで知り合った。
つーか、うちのファンだった男だからね!」
真樹の少し困惑した表情を見て、霧子はすぐに真樹の疑問を察したようだ。
あるいは、この手の質問には慣れっこなのかもしれない。
女戦士の親子という関係を知った者には当然の疑問だからだ。
そして、あっけらかんと素性を明かすのだった。
「……えっ!?」
「おい、そうなのかよ!?
アタイも知らなかったぞ?」
「はっはっは、そりゃ女を求めて男が集まってくるんだ。
惚れた腫れたの話になることだって、珍しい話じゃないさ」
あまりに呆気なく、しかし少女達には刺激の強いカミングアウトをかます霧子。
ヴァルキリーゲームズにおける男女の関係がどんなものか身に染みて知ってるだけに、真樹と大山は驚愕しかない。
「まー、この子を生んでしばらくの間は、女戦士を引退してたけどねぇ。
その間は、暇つぶしに表の格闘技にでも出てみようかって覆面レスラーなんてしてたなぁ。
あぁ、アンタと会ったのもその頃か」
霧子は懐かしむように大山を見る。
たまたま喧嘩に明け暮れていた少女を、気まぐれでノしたことがあった。
その少女は、同じジムに入ってきて何度も挑戦してきた。
歳の差なんて考えず、生意気に突っかかってきた、大柄で胸の大きな少女。
風の噂でヒールレスラーとしてデビューしてたのは知っていたが、まさかこちら側に参戦してくるとは。
「あぁ……アタイは、アンタを追いかけてレスラーになったんだ」
「いやー、夢を壊すようで悪いね。
うちは格闘技に人生を捧げるような、真っ当な戦士じゃない。
この子を育てるための稼ぎとうちの趣味、それがたまたま格闘家だったってだけさ」
霧子からすれば、そこまで熱心な師弟関係というわけではない。
たまたま懐いてきた少女を、適当にあしらってきただけなのだ。
「……それは別にいい。
これはただ、アタイの意地だ。
アタイに格闘家の道ってもんを見せてくれたアンタを、打ち負かしてみたい。
ただ、それだけのために戦ってきたんだ」
大山も、それは分かっているのだろう。
だが、憧れてしまったもんを、簡単に消すことは出来ない。
でなければ、淫靡で危険な裏社会までやってこない。
「今思えば、アタイを初めて打ち負かしたあの時、強さの片鱗を見せてたんだな。
元から裏社会にいたってんなら、訳も分からずやられたあの強さも納得だ」
まだ、ただの不良少女でしかなかった大山が見た、圧倒的な力の差。
一瞬で地にたたき伏せられ、未だに何をされたのかはっきりと分かっていない。
「アンタがヴァルキリーゲームズにいると分かったなら、なおさら引く気はねぇな!
表社会から裏社会に変わっても、アタイの目標は変わらねぇ!
アタイは必ずアンタを超えてみせる!」
「へぇ~、大した度胸だ。
まぁ、うちと戦うにはまだ足りなそうだけどねぇ」
「んだとっ!」
大山の啖呵に、霧子は挑発で返す。
「ふーん、アンタがお母さんが表社会で面倒見てたってレスラーなのね?」
そこへ、香澄が割り込んできた。
三つ編みを揺らすミニスカ巫女は、自分より大柄の女子大生レスラーに向き合う。
「お母さんはね、エキスパートクラスなの。
アンタとは文字通り、格が違うんだから!
この意味、分かるわよね?」
「憧れの人と戦いたいなら、力を示せってことだろ?」
霧子のクラスは、アドバンスクラスである真樹や大山よりも高い。
基本的に女戦士は、自分よりクラスの低い者と戦うメリットがあまり無い。
賞金を稼ぐにしろ、知名度を稼ぐにしろ、自分よりレベルの低い者を相手にするのは得が無い。
それこそ、挑戦を受けるに値する人気・実力を備えた者でもなければ。
一部の者にはエキスパートに近い実力と目されている真樹ならばともかく、大山はまだその領域には遠い。
せっかくの遠征だ、もっと戦績を示さないといけない。
…と、大山が気合を入れた時だった。
「うふふ、盛り上がってるわね。
でもね、このコロシアムならば、もしかしたらすぐに戦えるかもしれないわよ?」
カグヤが、怪しく微笑むのだった。
「……もしかして、アレをやらせる気なのかい!?」
「うふふ、そのつもり。やっと本題に入れるわね~♡」
霧子が少し顔を歪めたのを見て、カグヤはニコニコと言葉を返す。
「このイズモ・コロシアムにはね、特別ルールで戦うスペシャルコースがあるの。
わざわざここまで来た甲斐はあると思うわよ。
クリアできれば注目度と評価アップは間違いなしね。
……もっとも、本当にキツイから、度胸がないならお勧めしないけどね~」
言葉とは裏腹に、実に楽しそうにするカグヤ。
「一体それは……?」
真樹が困惑気味に聞くと、カグヤは何やらたくさんの棒を取り出した。
まるで木製のおみくじのようだ。
数十本のおみくじの棒が、カグヤの手に握られていた。
「イズモ・コロシアム名物、その名も天命戦!
簡単に言っちゃえば、完全ランダムの相手と3連戦する、過酷なバトルコースよ♡」
カグヤはニコニコと説明を始める。
「天命戦ではね、このくじを使って対戦相手を決めるのよ。
対象は、『このコロシアムにいる全ての女戦士』。
選ばれた相手と、すぐ試合でバトってもらうわ」
通常は運営が試合を盛り上げるように対戦相手を決める。
だが、それを丸々と無視した対戦カードが生まれるのだ。
「そして、試合に勝てたら、すぐ次の相手をくじで選んでバトル。
これを繰り返して、3連続で勝利出来たらコース制覇よ。
もし一度でも負けてしまったら、その時点で敗退ね」
ただでさえ過酷なヴァルキリーゲームズの試合を、最大3連戦。
どう考えても厳しい戦いになるだろう。
「もちろん、いつも通りお客さんに賭けをしてもらいながらね。
負けたら当然ペナルティで、えっちな目に遭うのも一緒」
連戦ともなれば、選手の疲労も溜まっていくだろう。
当然、負ける確率は上がる。
男達に弄ばれる確率も上がる。
だが、その分観客たちも、選手が負けることを期待して高額賞金を懸けてくる確率も上がる。
手を出すチャンスと思って、大金を賭けてくる可能性は高まるのだ。
「もしコースを制覇出来たら、得た賞金の総額を10倍にして贈呈するわ。
単純にお金を稼ぐなら、多分この国で一番稼げるチャレンジになると思うわよ」
仮に1試合で100万ずつ稼いだら、3連勝してコース制覇すると3000万になる。
ヤクシマを超える大盤振る舞いには違いない。
真樹や大山の人気ぶりを考えると、もし勝利出来れば相当な金額になるのは間違いない。
そして、ここからが肝心なんだけど……とカグヤが続ける。
「天命戦では、『試合を降りることができない』。
普段の試合なら、試合内容を聞いてから退くことも出来るでしょ。
不戦敗にはなるけど、確実にペナルティを回避できる。
でも、天命戦を始めたら、たとえ連戦の途中でも降りることは許されない。
勝つか負けるか、デッドオアアライブってわけね♡」
己の身体のため、相手との実力差を見極めるのも女戦士に求められる能力だ。
しかし、その相手が完全にくじで決められるとなると……
「運が良ければ格下相手に3連勝ってのもありえるが……」
「格上の人にいきなり当たって、しかも逃げられないってこともありえるってことですね」
「そ。運次第でどんな結果にもなりえる。
それこそ、自分が神様に愛されてるのか試されるってことね♡」
まさに、己の天命を見極める戦いというわけだ。
「そうそう。
『試合を降りられない』っていうのは、くじで選ばれた側にも適用されるわ。
真樹ちゃんに選ばれたら、逆にラッキーかしら?
注目されるって意味では」
カグヤの補足説明に、真樹はふとこのルールの問題に気付く。
「あれ……ってことは、何の準備もしないまま戦いに出される人もいるってことですよね?」
「その点は心配いらないよ」
真樹の疑問に答えたのは霧子だった。
「このコースがあるからってわけじゃないけどね。
イズモ・コロシアムに所属してる奴らは、『常在戦場』の心得を叩き込まれてる。
いつでも即座に戦いに行けるようにしてる奴らばっかりさ」
「なんなら、ウチはアンタ達2人とも戦ったっていいもんねー」
霧子と香澄は力強く答える。
「そもそも裏社会にいるんだ。
油断したら全てを持っていかれる、なんてザラだしねぇ」
霧子がどこか愁いを帯びた表情でつぶやく。
「さーて、一通り説明は出来たかしら。
ここまで聞いた上で、どうする?
もちろん、判断は貴女達次第」
一息ついてから、カグヤは聞いた。
「天命戦、挑戦しちゃう?」
ニコニコと笑うカグヤに対して……
真樹は珍しく即答しなかった。
賞金を稼ぐにしろ、戦績を上げるにしろ、人気を上げるにしろ……
これに勝利出来れば得られるものは多いだろう。
それに、過酷な戦いになるには違いないが、だからこそ成長出来るかもしれない。
まだ見ぬ強敵に出会える可能性も高い。
もっと強くなるためには、この上ない場になるのも間違いないだろう。
挑戦する価値は大きい。
バトル大好きな猫耳娘は、いつもならすぐに挑戦すると答えただろう。
だが、何かが引っ掛かる。
何か、重大な見落としをしているような気がするのだ。
この妖艶な巫女のお姉さんの誘いが、悪魔じみた契約を誘うような。
そんな、言い知れぬ予感がするのだ。
そんなカグヤは……
「そうそう、貴女の憧れの瑠璃亜ちゃんだけどね。
もちろん、天命戦を制覇したことがあるわよ。
しかも、当時のここの最強格を下してのコース制覇!
あれは相当な盛り上がりだったわね~♡」
ダメ押しの情報を出した。
真樹にとって、憧れの存在に近づきたいという、一番の欲望を刺激する。
その欲に、真樹は素直に従うことにした。
今までだって、そうだったのだ。
どんな困難な戦いだろうと、戦って勝ち上がらなければ、あの人に届かない。
その気持ちで、どんな戦いにも飛び込んでいけたのだ。
今更、ビビッてなんかいられない。
「……やります」
「そうこなくっちゃね♡」
真樹の返事に、カグヤはにっこりと微笑んだ。
「アタイもやるぜ、もちろん!」
「うふふ、気合十分ね」
「当然だ。もしかしたら、やれるかもしれないんだろ?
アタイの、憧れの人と!」
大山もまた、天命戦の挑戦を決めた。
「やれやれ、若いってのは命知らずばっかりだね~」
「お母さん、それウチにも言ってる?」
「そりゃそうさ。アンタもうちに断りなく挑戦した結果、散々だったからねぇ~」
霧子は呆れながら香澄を戒める。
どうやら香澄も、過去に天命戦に挑戦したことがあるようだ。
地元の者たちには、確実にきついと分かるバトルコース。
そこに挑む2人の少女達を、どこか眩しそうに見る霧子であった。
それから数時間後。
開場したコロシアムには、多くの観客が詰めかけてきている。
どうやら、天命戦を行うという通知があっという間に広まったらしい。
しかも、今や人気絶頂の新米女戦士、真樹が参戦しているとなれば、是が非でもという男達もいるのだろう。
「うふふ、それじゃあさっそく……大山ちゃんから行くかしら?」
そんなコロシアムに先に立ったのは、大山の方だ。
真樹の前座扱いではあるが、大山は構わないと受け入れていた。
真樹に後れを取っているのは事実。
だが、それをひっくり返すために挑戦しているのだと、自分を鼓舞する。
コロシアムの中心には、なぜか司会者をしているカグヤが待っていた。
土を踏み締め、石造りのリングへと入場した大山の前に、くじの束を差し出すカグヤ。
「くじを引いたら、すぐに試合が始まるわ。
覚悟が出来たら引きなさい」
「ふぅ~っ、よしっ!」
大山は握った右手をぱしりと左手で止める。
気合を入れた大山は、一本のくじを引き抜いた。
「……これは!」
「うっふふ、貴女も結構、『持ってる』のかもしれないわね♡」
「へぇ……」
くじに書かれた内容が、コロシアムに設置されたスクリーンに映された。
大山は驚き、カグヤがニヤニヤと笑う。
そして、対戦相手に選ばれた女も笑う。
大山が引いたくじ。
その先には、『ミストフレイム』霧子と書かれていたのだった。
今回、かつてないほど短い執筆時間で書いてます。
最近、忙しすぎだ…!




