8-1:神聖にして罰当たりな地
まだまだ真夏の太陽が照らす中、真樹と大山はとある地へ遠征に来ていた。
朝早くから飛行機と電車を乗り継いで、ようやくたどり着いた目的の地。
「あれが伊津萌大社…すごく立派です!」
「写真や映像で見たことあるけど、本当に水の上にあんのな」
「うふふ、なんだかんだ言っても名所よねー」
三都から遠く離れた伊津萌の地に、真樹達はやってきた。
観光名所としても有名な大社を前にはしゃぐ真樹と大山に、ニコニコ笑顔の巫女が近づく。
今回の遠征だが、梨花は色々と忙しいらしく、カグヤに引率されて行うことになった。
というより、元々ここに用事のあったカグヤに、真樹たちが付いてくる形となったのだが。
三都からの出発間際、梨花はこっそりと真樹達に忠告してきた。
『真樹ちゃん達、気をつけなね。
カグヤちゃんは男でも女でも、ホイホイ食べちゃう人だから☆』
その言葉の意味はよく分からないままだが、今のところカグヤの態度は面倒見のいいお姉さんといった感じで、不穏なところは見せていない。
ただし、過去に彼女はミト・コロシアムに乗り込んできた婦警さんをいじり倒したことがある。
観客からの噂も聞く限り、彼女はヴァルキリーゲームズ界隈においては『最強の痴女』などと呼ばれているらしい。
その気になれば男1人容易く虜に出来そうな、妖艶な笑みを見せることがあるのは知っている。
そして、その色気を女に向けることがあることも。
その淫靡な魔手が、自分達に向かないことを祈りながらの遠征。
なかなか気が抜けない旅になりそうだ。
そんな3人は、伊津萌の観光名所である伊津萌大社を見にきていた。
夏休みとはいえ平日、しかも大社としては大きなイベントもないオフシーズンである。
観光名所といえど、人影はまばらだった。
「そんで、なんでまた伊津萌大社に?
ただのゲン担ぎってわけじゃないだろ?」
「もちろん、イズモ・コロシアムはこの近くにあるからよ♡」
「えぇー……神聖な場所じゃないんですか」
伊津萌大社といえば、この国においては神様が集まる地と言われてるところだ。
10月には国中の神様達が集まって、人々の縁を決めると言われている。
時期が違うとはいえ、普段から崇め奉られている神聖な地に思えるのだが。
こんなところに、ヴァルキリーゲームズのコロシアムがあるというのだろうか。
「神様の目の前でえっちな目に遭う。
それって、すっごく背徳的じゃない?」
ニコニコ笑顔のままカグヤは答えるのだった。
そもそもが背徳感溢れるゲーム。
ならば、最も背徳感を感じられる場所で。
ある意味、裏社会ならではの倫理観が極まった立地であった。
「ま、ヴァルキリーゲームズって名前で、ちゃんと組織的に運営されてるのは近代以降だけどね。
似たような風習は、昔からあったみたいよ?
酒と女と戦いが神様の捧げ物になるっていうのは、昔からみたいね」
「だから、最も古いコロシアムってわけか…」
遥か昔から、戦いや舞を神様への捧げものとする風習は、この国に限らず世界中でも見られることだ。
この伊津萌という場所は全国でも最も有名な神社を抱えた街でもあるが、同時に裏社会的には、昔ながらの因習を密かに受け継いでいる場所でもあるのだ。
「あの、カグヤさん。
もしかしてその巫女服は……」
「うっふふ、それはヒミツよ♡」
ふと、真樹はカグヤがいつもしている服装が気になった。
彼女のコスチュームと思われる巫女服。
しかしカグヤは、表社会でも巫女をしていると梨花に聞いたことがある。
ひょっとしたら……と思ったのだが、当の本人は答えてくれなそうだ。
「さぁ、そろそろ行きましょうか。
神様さえも観覧にはこっそりせざるを得ない、刺激的な闘技場へ♡」
これから向かうイズモ・コロシアムについて、カグヤからはその異名だけを事前に聞かされていた。
なるほど、大社のすぐ近くにあるというのなら、この名前も納得である。
『神聖にして罰当たりな地』と。
大社を後にして街に戻り、カグヤの後を付いていく真樹たち。
やはりヴァルキリーゲームズの施設は地下に作られているのだろう。
街の路地裏から、地下道へと入っていく。
はじめこそ近代的な地下道が続いていたものの、『関係者以外立ち入り禁止』の扉をいくつも潜っていくと、だんだんと周囲の様子がおかしくなっていく。
まるで中世の時代へとタイムスリップしたかのような、石造りの薄暗い地下道へと姿を変えていったのだ。
遥か昔から存在している地下道を、現代でも使っていると考えればよいのだろうか。
そんな地下道を進んでいくと、少し開けた場所に出る。
そこで、一人の少女が待ち構えていた。
「お待ちしていましたわ、カグヤ様」
歳は真樹と同じくらいだろうか。
巫女服を着こんだ少女であるが、『巫女』という清楚なイメージからは遠い。
派手なオレンジ色の髪を結って三つ編みにしており、肌は日焼けしたのか浅黒い。
おまけに巫女服の袴は、ミニスカート風に改造されていた。
派手なギャルが巫女のコスプレして待っていた。
そんな印象を受ける少女が、恭しく礼をする。
ぴしりと丁寧な仕草が、本人の格好と合わせてなんともアンバランスな印象を与えてくるのだった。
「お出迎えありがとう、香澄ちゃん♡」
カグヤが一言礼を言うと、真樹達に向き直ってギャル巫女を紹介する。
「この子はイズモ・コロシアムの新人、香澄ちゃんよ。
貴女達と同じ今年の新人組。デビューは真樹ちゃんよりちょっぴり早いかしらね」
「えへへ、香澄でーす!
ヤクシマで大活躍だった方々が来るなんて、マジ感激でーす!」
「お、おう……」
「よ、よろしくお願いします」
さっきまでの清楚な雰囲気が吹っ飛び、口調が明け透けになっていく。
その変化ぶりに戸惑いながらも、真樹と大山も挨拶した。
ふと、大山は何かに引っ掛かった様子だ。
「ん……カスミ?」
「どうしたの、大山ちゃん」
「いや、なんでもねぇ。
カスミって名前なんて、この国じゃどこにでもいるだろうしな」
真樹が声をかけても、大山は何でもないと答えた。
そういえば、大山は師匠に当たる人を探しているのだ。
名前が何か引っかかったのだろうが、大山の言う通り同名の人物なんてこの国ではよくあることだ。
「それじゃ、付いてきたくださいねー。
はぐれると、命の保障は出来ませんからー♡」
微妙に怖いことを言いながら、香澄の案内でイズモの地下道を進んでいく。
石造りで出来た通路は、まるでファンタジー小説に出てくる城の隠し通路のようだ。
「まるで中世の城だな…」
「地下組織っぽくはあるけどね」
いくつかの扉を潜りながら進んでいく一行だが、ふと真樹と大山の目に見慣れぬものが現れた。
牢屋だ。
通路のうちの一つが、地下牢が並ぶ牢獄のようになっていたのだ。
鉄格子の向こうには、磔のためと思われる板、鎖の付いた手枷、壁に立てかけられたメイスやら鞭やら。
「これ……マジもんの拷問部屋か?」
「そうねぇ。かつては本当に虜囚を痛めつけるのに使われてたみたいよ」
拷問や処刑が平然と行われていた時代の産物だろうか。
この地下通路が遥か昔から存在していたのならば、現代とはまた異なる価値観の時代に出来たものがあるのだろう。
「かつては?」
「今は私達の遊び道具♡」
ニコニコのカグヤの言葉に、何やら不穏な雰囲気が混ざる。
まさかこの時代でも、えぐい拷問が行われたりするのだろうか?
そんな地下牢エリアを通り抜けていくと、ようやくお目当ての場所にたどり着いたようだ。
広々とした石造りの闘技場。
円形のフィールドをぐるりと囲む観客席。
イズモの地下には、中世を思わせる立派な闘技場があるのだった。
「ふっ、ここまで来るとはね。
若いのになかなかの度胸じゃないか」
「………ッ!」
そんなコロシアムの中心に、1人の女性が立っていた。
タンクトップにハーフパンツというラフな格好ながら、長身な身体に豊満な肉付き。
おそらくはカグヤよりも年上であろう成熟した大人の女性。
露出の多めな服装も相まって色気を醸し出しているが、その露出した腕や脚が太くなっており、しっかり鍛えられていることも一目でわかる。
「お母さん、わざわざ待ってたの!?」
「そりゃあ、カグヤの奴がわざわざ自分で連れてくるくらいだからね。
一体どんな子なのか、気になるじゃあないか」
香澄がお母さんと呼んだ女性は、カラカラと笑いながら近づいてくる。
強気な感じはいかにも肝っ玉母さんといった感じだ。
「イズモ・コロシアムへようこそ!
『猫耳闘士』真樹だね。
アンタの噂はこのコロシアムにも届いてるよ!」
「は、はじめまして!」
差し出された手を素直に握り返して握手する真樹。
ぎゅっと一握りしただけでわかる。
この女性、かなりの強者であると。
外見通りの力強い握手に、負けじと力を入れて握り返した。
「へぇ……いいじゃないか。
その気合が最後まで持つか、楽しみだね」
香澄の母はニヤリと笑うと、今度は大山に目を向けた。
「そして……アンタも久しぶりだね。
ちったぁマシな投げ、出来るようになったのかい?」
「え、知り合い?」
「あれ、そうなのお母さん?」
彼女の聞き方に、真樹も香澄も困惑する。
真樹が振り返ると、大山は驚愕とも歓喜とも畏怖とも取れる、引きつった笑みを浮かべていた。
そして、香澄の母に向かって言い放つのだった。
「探したぜぇ……『ミストフレイム』!」
新章開幕。
怪しげな雰囲気のコロシアムで、因縁の対決が始まる予感?




