7-6:素直な気持ち
「うぅ〜、悔しい〜……」
真樹と裕の大型新人対決は、真樹の勝利で終わった。
大きくリング外へぶっ飛ばされて気絶してしまった裕だったが、しばらくして目を覚ました。
敗北を悟った裕はがっくりと項垂れながら、よろよろとリングに戻ってきた。
ここまで無敗で来ただけに自信があった分、負けた悔しさは人一倍だ。
「…で、なんでキミは服の上からタオル巻いてるのかな?」
「破けて、見えちゃってるから…」
「逆にえっちくない?それ」
「あぅ……」
リングに戻ってきた裕が、ジト目で真樹の姿を見る。
戦いの中で衣装がボロボロになってしまった真樹は、下着が見えてしまうことへの対策として、服の上からタオルを巻いた姿だったのだ。
見せないためとはいえ、はだけたセーラー服の上から胸や腰に布を巻くとは、なんとも珍妙な格好である。
おまけに、タオルが悪目立ちするせいで、それで覆っている谷間や股へ、余計に視線が行きやすくなってしまっている。
もしこれを狙ってやってるなら相当な女狐であるが、素でやってるならそれもそれで天然な子である。
なんにせよ、この場の注目は全て真樹が掻っ攫ってしまっていたのだった。
「はぁ……これは、完全にボクの負けだね」
ため息をつく裕も認めざるを得なかった。
女戦士としては完敗だ。
強さも、注目度も。
潔くなければ、士道不覚悟。
裕は、素直に負けを認めるのだった。
「裕ちゃんも凄かったよ!
あんな風に覇氣を武器に纏えるなんて!」
「それも防がれちゃったけどね。
何かな、最後のアレは?」
戦いの高揚が抜けきらないのか、真樹は興奮気味だ。
そんな勝者に対し、冷静に聞き返す裕。
確かに、この場の誰もが知りたいことであった。
試合の途中までは、裕の方が圧倒的に優勢だった。
転機は、真樹が一度ダウンした時から。
起き上がった真樹の変貌ぶり。
神氣・羽衣と呼んだ、覇氣で形作られた光の衣。
暴風の刃を、いともあっさりと受け止めた白刃取り。
聞きたいことはたくさんある。
「うーん、正直あんまり覚えていないんだよね…
もう、無我夢中で」
猫耳少女は、少し恥ずかしそうにそう答えるのだった。
あの人のことが頭に浮かんで、ここで負けられないって思った時、極限まで集中力が高まった。
ひたすら、目の前の相手を打ち倒すことだけに思考が向いていた。
ただ、それが自分の制御下にあったかと言われたら、怪しい。
今また同じことをやれと言われても、自力で上手く引き出すのは難しいだろう。
だが、この力を自在に操ることが出来れば、自分はまた一歩上へ行けるような気がした。
「裕ちゃん、今日は本当に戦ってくれてありがとう!
世の中にはもっと強い人がいて、私はまだまだ強くなれる。
それが実感出来たから!」
「むむ……そこまで正面切って言われたら、ボクもこのままではいられないね。
必ずリベンジしてやるんだから!」
そう言って、互いに笑いあう戦士が2人。
これからも精進していくことを誓い合うのだった。
「さて、美少女達の和やかなお喋りも捨て難いが、そろそろ賞金の話に移らせてもらうぜ?」
ただし、ここはヴァルキリーゲームズ。
互いの健闘を称えあう、そんな綺麗な一幕で終わるほど甘くはない。
タイミングを見計らって、実況が割って入ってきたのだった。
ある意味、ここからがこのゲームの本番だ。
「まずは勝者、真樹!
賭けられた賞金は526万3000燕!
突発の試合だったのに500万越えか!
名実ともに人気選手になったなぁ、おめでとう!」
「あ、ありがとうございます」
ぎっしり札束が詰まった分厚い封筒を、真樹はおずおずと受け取った。
ここに入っているのは、真樹が負けると予想した観客たちが賭けたお金の全額。
流石にこれだけの大金を、手渡しで受け取るとなると緊張する。
「ちなみに、裕に賭けられたのは463万5000燕だ。
真樹と戦うと、ぐぐっと賞金が上がるんだなぁ。
お前さんの過去最高じゃないか?」
「そんなになるの!?」
裕もまた、自分に賭けられた金額に驚く。
注目選手である真樹と戦うということは、自身も注目を浴びるということ。
このゲームにおける選手の注目度合いは、金額という形で明確に出る。
改めて、真樹が注目選手なのだということを実感する裕。
「ますます悔しい~~、ヤミト君に貢ぐはずが…」
なおさら、敗北して賞金没収となってしまうのが悔やまれる。
最後にボソリと言った裕の言葉に、真樹としても居た堪れなくなる。
「えっと……大丈夫なの?」
真樹はこっそりと耳打ちする。
このゲーム敗者には、もうひと仕事待っている。
だが、彼女には想い人がいるのだ。
「うぐぐ……悔しいけど、これもルールだし」
そう言う裕は少し涙ぐんでいた。
覚悟は決めてきたはずだが、いざとなればやっぱり悔しいし恥ずかしい。
そこへ……
「やぁ、2人ともお疲れ様〜」
問題の青年が現れた。
「な、なんでいるのぉ!?」
「そりゃ、ペナルティの権利を獲得したからねぇ」
仰天する裕に、ヤミトはさらりと答える。
リングの周りには、スタッフの黒服に案内されてきた男達。
今回の試合で、ペナルティの権利を得た5人の観客がいる。
その中には、ヤミトも含まれていたのだ。
裕としては複雑である。
彼が自分のカラダを求めてきたともいえるが、同時に彼は、裕が真樹に負けると予想していたということでもある。
二重の恥ずかしさが裕を襲う。
「あわわ、あぅあぅあぅあ〜……」
「おっと、今回ばかりは斬りかかるのはナシだよー」
顔を真っ赤にして口をパクパクさせる裕に、ヤミトがすかさず釘を刺す。
ペナルティの権利を手にした者を殴るのは重大なルール違反。
いくら気心が知れた幼馴染といえど、この場で殴りかかるのはNGである。
「ま、後はお楽しみだからね。真樹ちゃん、お疲れ様」
爽やかに笑うヤミトに促されて、真樹はリングを降りた。
勝者の役目は終わり、後は敗者のショーだけだ。
真樹が降りるのと入れ違いに、リングに上がってくる男達。
リングの上には、獣達に取り囲まれた裕だけが残されるのだった。
「ぐひひ、今日もまたカワイコちゃんが残ったもんだな」
「これからオジサン達が可愛がってあげるからねぇ~」
男達は下衆な欲望を隠そうともしない。
美少女侍を弄ぶ権利を有した狼たちは、下卑た笑顔をしている。
「ふふふ、裕ちゃんはペナルティ初めてなんだよねぇ?」
「なら、最初に誰に触られたいか選ばせてあげるよ〜」
「さぁて、誰に揉み揉みされたいかなぁ?」
男達はニヤついたまま提案をしてくる。
これから身体を触られまくることになる裕だが、最初にそのカラダに触れる者を選ばせてやるという。
ある種の情けであった。
「まぁ、答えは決まっていそうですが」
そう言いながら男達の視線が、この場で一番のイケメンに向く。
誰が見ても、裕が一番気になっているのはヤミトだった。
「おや、僕でいいのかな?」
「だ、誰がっ、キミなんかにっ…!」
とぼける青年の言葉に、裕はつい反射的に憎まれ口を叩いてしまう。
「だよねー、いつも僕をぶん殴るんだもん。
僕のことなんか、大嫌いでしょうがないよね〜」
「あ……」
ニヤニヤとするヤミトの言葉に、裕はショックを受ける。
つい強がってしまったのだが、それが悪影響になってしまう。
いつもそうやって、空回りしてしまっているのだ。
「ふぅむ、本当にそれでよろしいのですかな?」
だが、意外なところから助け舟が来た。
今回のペナルティにも参加している、ミト・コロシアム常連の紳士だ。
「どうやらその男に少々気があるようですな、貴女は」
「なっ……ボ、ボクは……」
ドストレートに指摘されてしまい、顔を真っ赤にする裕。
「ほほ、老婆心から言わせてもらいますがね。
ヴァルキリーゲームズでは、素直になれない者は損をするように出来ているのですよ」
ニコニコとする紳士は、長年コロシアムに通い詰めた故に悟った真理を諭す。
例えば観客からすれば、欲しい女がいるのに賭けを躊躇うと逃してしまう、なんてことはよくある。
自分の気持ち、自分の欲望に正直になった者が、最も良い思いを出来るものなのだ。
「今から貴女は我々に弄ばれるわけですが……
どうやら、貴女はファーストキスすらまだの様子」
「いっ…!?」
図星だった。
裕の顔が更に赤くなっていく。
まさしく生娘であることが発覚し、会場は『FOOOOOOOO!!』と大盛り上がりだ。
「彼を拒否するならば、我々の中の誰かが貴女の初めてを奪うことになるのですよ。
それで後悔しませんかね?」
「う、うぐ……」
紳士の言葉に、裕の心が大きくグラついた。
自分の心に素直になれない者は損をする。
それは選手とて同じだ。
自分の望みを口にできない者は、他の欲望に押しつぶされてしまうだけなのだ。
「ほほほ、改めて聞きましょう。
一番最初に貴女に触れ、唇を奪う男は、誰がいいですか?」
ニコニコとする紳士の言葉に、裕は改めてヤミトを見る。
件の青年は、清々しいまでの眩しい笑顔。
裕の顔は最高に真っ赤になり、目も潤んでいる。
恥ずかしくてたまらない。
それでも……
「や……ヤミト君がいい!
ボクはずっとヤミト君が好きだったから!!
だから、ボクの初めてはヤミト君に奪ってほしい!!」
言い切った。
言うしかなかった。
このまま他の誰かにされる前に、本当に好きな人に初めては捧げたかったから。
裕の大声での宣言に、会場からは拍手喝采が贈られる。
公開告白という、ある意味で最大級の恥辱を受けた裕。
その裕へとヤミトは近づき、顎をくいと持ち上げた。
「ははは、やっと素直になってくれたね」
目の前には、にこやかに笑いかける想い人。
「あ……」
その笑顔に、くらっとなる。
同時に、一杯食わされたとも感じた。
ヤミトのそっけない態度は、わざわざ裕の口から、彼への想いを口に出させるように仕向けられていた。
そんな気がしたのだ。
だが、きっとこれでよかったと裕は思う。
今日は初めて、彼の前で素直な気持ちを晒け出せたのだから。
「んっ……」
裕はもう夢中で、ヤミトへと顔を近づけた。
そして、迷うことなく口付けをかわす。
「んんっ……んっ、ん………」
衆人環視の中だろうと、一心不乱に唇を奪い、艶かしく舌を入れ込んだ。
武士の格好をした少女は、一人の男に全てを捧げる、一人の女へと変わろうとしていたのだった。
「さてと、分かってるね?」
やがて『ぷはっ』と唇を離した裕へ、ヤミトが微笑みかける。
裕は顔を赤らめつつも、こくりと頷いた。
これはペナルティ。
キスだけで済ませてもらえるほど甘くはない。
覚悟を決めた裕は、愛する男を含めた皆の前で、ゆっくりと隊服を脱いでいくのであった。
「はー……」
そんな様子を、真樹は観客席の端で見ていた。
大山や梨花の近くの席に座り、いつも通りペナルティもきちんと見ていくことにしていたのだ。
格好がタオル制服そのままなので、一部の観客は真樹に視線を向けていたが、ペナルティが始まってからは皆、裕に注目しだしたようだ。
その裕は、リングの上でストリップを始めている。
ペナルティのためというより、想い人のために、自らのカラダを見せつけるように振舞っているのだ。
裕は想い人のためならば、大胆な告白も、脱衣さえもやってみせる。
そして、その男に認めてもらうために、あれほどまでに強くなったのだ。
「……」
じっとリングの上を見つめる真樹。
『ヴァルキリーゲームズでは、素直になれない者は損をする』
先ほどの紳士の言葉に、なぜか心がざわつくのだった。
「うふふ、貴女の心には誰がいるのかしら?」
「にゃっ!?」
ぼんやりとした真樹は、急に声を掛けられてびくりとする。
いつの間にか近くに来ていたカグヤが、ニコニコと怪しく微笑むのであった。
というわけで、真樹VS裕の決着です。
『敗者にどんな恥ずかしい目に遭ってもらうか』を毎回考えるわけですが、今回は毛色の違う感じになりました。
いかがでしたでしょうか?




