7-5:光纏う拳
あの人に憧れたのは、あの人が道場にやってきた時だった。
ひと目見た時に、綺麗な人だと思った。
あの人は、武者修行であちこち回っていると言っていた。
そして、道場へやってきた理由もあっさりと教えてくれた。
裏の闘法を、覇氣を知りたいと。
やりたいことがあり、それを叶えるには不可欠だからと。
覇氣のことを、どこで聞きつけたかは知らない。
だが、裏の闘法を軽々しく教えられるはずもない。
そこで、道場の方針として、まずは弟子たる真樹が戦うことになった。
それが、真樹の今の憧れの人である、瑠璃亜との初めての対決だった。
彼女は、強かった。
一つ一つの技のキレが、鋭かった。
拳を、蹴りを受け止めるたび、学生の身では届かないと威圧されるほどに。
彼女は、美しかった。
そのしなやかな身体が、見る者全てを魅了する。
戦った当人である真樹さえ、思わず見惚れてしまうほどに。
彼女に、負けたくなかった。
道場破りとは、これまでに何人も戦ってきた。
そんな自分が、こんな名も知らない人に負けるはずがないと。
その時の真樹は初めて、父の言いつけを破り、覇氣による身体強化を使った。
だが、その時の本気で振るった少女の拳は……届かなかった。
あの人は、私の動きを一度見ただけでコツが分かったらしい。
あの人の次の一撃は、それまでよりもずっと重かった。
覇氣で強化した拳に、なすすべなく沈められた。
自分は負け、気を失った。
そして、目を開けたときに見たのは、敗れた父の姿。
道場の畳の上に倒れ伏す、父の姿。
そして、何故か輝いて見える、あの人の姿。
あの人は、覇氣使いの戦いを見ただけで、覇氣を体得してしまったのだ。
いや、もっとそれ以上の何かを、見せつけていったのだ。
呆然となる自分へ、手合わせしてくれた礼を言うと、あの人は優雅に帰っていった。
負けた悔しさよりも、衝撃の方が強かった。
道場での暮らししか知らなかった真樹が遭遇した、初めての外の強者。
あっという間に技を修め、自らの糧にしてしまう天才。
そして、見る者に強烈な印象を残す存在感の持ち主。
あの人に、憧れた。
片田舎から飛び出し、追いかけるくらいには。
あの人のように強く、美しくなりたいと思うくらいには。
そして知った。
あの人が、この国のトップモデルであり……
裏社会のゲーム、ヴァルキリーゲームズのチャンピオンとなっていたことを。
裕の攻撃によりリング外の床に寝転がっていた真樹だったが、ゆっくりと起き上がった。
床に叩きつけられた衝撃で昔を思い出すとは、まるで走馬灯のようだ。
思ったよりデカいダメージを食らってしまったらしい。
だが、おかげで頭がスッとなった。
余計なことをごちゃごちゃ考えていては勝てない。
起き上がり、相手を見据えた真樹は、深呼吸しながら呟く。
「神氣・羽衣」
全身に纏えるだけの力を、ゆっくりと、全身に。
素肌が晒されて感覚が鋭敏になっているためか、覇氣が全身に巡っているのが分かる。
一気に放出して塊にするのではなく、ゆっくりと、だが全身に同時に巡らせ、そして同時にすべて放出する。
真樹の身体が、少しずつ輝きを放っていった。
覇氣とは、己の力。
自分に適した形がある。
今までは松葉破のように、覇氣の塊を纏おうとしていた。
その身に鎧を纏うようなイメージだった。
そうじゃない。
もっとしなやかなもの。
そう、イメージするなら、衣。
真樹の身体を覆う覇氣の光は、どこか優しい輝きを放っている。
その光は、まるでそこに衣服でもあるかのように、真樹の身体を優しく包んでいた。
スッと顔を上げる。
倒すべき相手の刃は、竜巻のごとく暴れる風の覇氣。
「大丈夫、いける」
ぽつりと呟いた真樹は、一気に急加速してリングへと走っていく。
光の帯が、彼女の通り道に残っていく。
「……まだまだぁっ!」
リング上にいた裕もまた、風纏う薙刀を構えて真樹を迎え撃つ。
怯んでいる場合ではない。
相手はまだ、闘志を全く失っていないのだ。
「はああぁぁっ!!」
リングへ飛び込んできた真樹に向かって、薙刀を振るう。
ぐぉんと唸り、振るうだけですさまじい風圧を生み出す武器が、真樹の身体を襲う。
完全に捉えたタイミングだった、はずだった。
「紅葉取り」
ぱしっ…!
「なっ…!?」
だが、真樹はその薙刀を受け止めた。
左手で、振るわれた薙刀の刃を掴んでいたのだ。
ぎゅんぎゅんと唸る風の王羅が、まるで何もなかったかのようにすり抜けた。
光纏う手で、片手で白刃取りをしてみせたのだ。
「くっ……!」
真樹の手を離さんと薙刀を振るおうとしたとき、裕は真樹と目が合った。
「………………」
「なっ、くっ………!」
無言で見つめてくる真樹。
それだけで、何か強烈な悪寒に襲われる裕。
何も表情が読み取れないどころか、相手からは全てを見透かされているような、嫌な感覚だ。
その真樹は左手で薙刀を掴んだまま、右手の拳が握られた。
彼女お得意の、パンチの体勢に入っている。
「……まだだぁっ!」
裕は弾かれたように動いた。
薙刀は掴まれて動かせない。
だからといって、このまま諦めるわけにはいかない。
裕は薙刀を握る力を込めると、それを支点にして大きく蹴りをかます。
だが、真樹はそれを読んでいた。
「白樺旋風!」
「くっ……!」
薙刀を掴んだまま、回し蹴りで迎え撃つ。
光纏う脚が裕の蹴りを弾き、裕の体勢を崩す。
その回転の勢いのままに、真樹は必殺の一撃を放つ。
「黄桜花砲!!」
ひときわ輝く拳が、真っ直ぐに放たれる!
光り輝く腹パンが、裕の身体に直撃したのだった。
「ぐはっ、うぅ、ああああぁぁぁっ!!」
真樹の最大の一撃を受けてしまった裕は、絶叫を上げてぶっ飛ばされていった。
観客席のある壁に、どこぉんと叩きつけられた。
吹っ飛ばされた時に薙刀から手を離してしまい、得物はリングにカランと転がる。
壁に大きな身体の跡を残した裕は、そのまま床へどさっと倒れ込んでしまった。
「うおおおっ、観客席へ吹っ飛ばされた裕がダウン!
真樹が輝いているぞっ、なんか覚醒したのかぁっ!?」
ボロボロの衣装でいながら、覇氣の光を全身に纏う真樹がリングで佇んでいる。
その目は未だ、倒れた裕をじっと見据えている。
「裕、立ち上がれないか!?
カウント入るぞ!」
「うっ……くっ……」
裕はもがく。
まだ終わらない、終わってなるものかと。
「ヤミト君の前で、カッコ悪い真似……うぐっ」
だが、全身に痛みが回って、身体に力が入らない。
「3!2!1!」
「う……ぐ……」
カウントは無慈悲に進む。
力無く呻く裕も、最後は力尽きたのかドサリと倒れ込んだ。
「0!!
WINNER、真樹ィィ!!
ここにきて更なる隠し玉で、大逆転だぁー!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」
客席からも歓声と称賛の声が上がる。
観客席のすべてが、よりパワーアップした真樹へと注目する。
その中で、冷や汗をかく女が1人。
「なぁ梨花先輩。さっきの真樹、おかしくなかったか?」
大山は隣に座る先輩アイドルに問う。
先ほどの真樹は、これまで見せたことのない表情。
極端なほど切れ味鋭い気迫。
そして、あれほど苦戦していた覇氣の纏いを平然とやってみせた戦い方。
客席にいても、真樹が一度倒された時から、何かが起きたのは分かる。
「んー、まぁ大丈夫じゃない?
ちゃんと『倒す』戦い方をしてたしねぇ」
対する梨花は割と呑気に答える。
もしあれが殺意の覇氣的な何かで、真樹が滅茶苦茶な殺人鬼になってしまうとかだったら流石に止めたであろう。
だが、真樹はきちんと相手を打ち倒す戦いをしていた。
ちゃんとヴァルキリーゲームズのルールに則った戦いをしていたのだ。
ならば、運営側としては特に問題視はしない。
あれだけの力がどこから来るのかは興味深いが。
その真樹は、「はぁ…はぁ…」と荒れた息を整えながら、倒れ込む裕のことを見ていた。
その身を纏っていた覇気の衣は既に消えている。
どうやら先程までの集中力は切れてるようだ。
歓声が聞こえてきたのか、真樹はきょろきょろと周囲を見渡した。
戦いの集中力が切れたことで、ようやく勝利したことを実感したのだろう。
そして、勝者の義務らしく勝利ポーズでもしようかと腕を上げたところで……
「……きゃっ!?」
自分の格好に気がついた。
先ほどまで自分を覆っていた覇氣の衣は、もう無い。
自分が身に着けている衣装はボロボロになり、下着も見えてしまっている。
そんな姿がリング中から注目されてることにようやく気付き、短い悲鳴と共に手を胸に当てて座り込んでしまった。
「あぅ〜……」
恥ずかしさで顔を赤らめながら蹲る姿は、年相応の女子校生の姿だった。
「あの様子なら大丈夫じゃね?」
戦士の顔から、恥ずかしがる少女の顔に戻った真樹を見て、梨花は呑気に笑うのだった。
連載当初、真樹の設定が一番ノープランでした。
そろそろ煮詰めていかんとなぁ……




