7-1:悩める若手
三都の街の一角の地下には、女戦士たちの闘技場、ヴァルキリーゲームズのミト・コロシアムがある。
日夜、女達が己の野望のために腕を競い合い、敗北すれば淫らな目に遭う特異な闘技場。
裏社会と呼ばれる、日常とは切り離されたこの空間に、若くして乗り込んだ者たちがいる。
今年、最も有望視されている選手、真樹もその一人。
猫耳をつけた女子校生は、デビューして数か月の間に怒涛の快進撃を見せつけ、ヴァルキリーゲームズ界隈を沸かせ続けてきた。
いまだあどけなさを残す顔は可愛らしく、普段はおとなしそうな外見もあって、熱気溢れるコロシアムの中ではか弱く見える。
しかし、いざ戦いが始まれば、覇氣を駆使した超人的な身体能力を発揮。
空手をベースに様々な武術を組み合わせて、時に洗練され、時に泥臭く勝利を求めて戦い続けていく。
そんな姿に、いろいろな意味で魅了されていく男達は増えていった。
ライバルである沙耶と共に、『1200万の女子校生』という肩書きがつくほど、一躍裏社会では注目の的となっていたのだった。
そんな真樹の、表社会での肩書きは先述の通り、女子校生。
いまだ学生の身分である。
そして、学生にとって、8月というこの時期は夏休みの真っ只中。
まだまだ暑い日が続く中、彼女は比較的自由に過ごすことが出来るのだ。
遊びたい盛りの10代女子として、友達と共に遊びに出掛けたり、家でのんびりと動画を視聴したり……なんてことはなく。
真樹は今日も、ミト・コロシアムに入り浸っていたのであった。
いつも通り、猫耳をつけて。
今日は使用予定の無いアドバンスクラス用のリングにて、真樹は特訓を行っていた。
ロープで囲まれたリングの上には、吊るされたサンドバッグ。
コロシアムに併設されているトレーニング施設から練習用として借り受け、わざわざリングに運び込んでいるのには訳がある。
常に他の選手が身体を鍛えているトレーニング施設では、人目が多い。
いま練習している技は裏の闘法ゆえに、なるべくなら特訓している姿もあまり人目にはつけたくない。
また、この技は単純に危険な技ゆえに、器具に囲まれて空間が狭いトレーニング施設で放つのは危険が大きいのだ。
真樹はリングの中央にぶらさがったサンドバックを見据える。
あれが対戦相手だと思って気合を入れ、呼吸を整える。
「すこぉぉぉぉぉ…………」
氣を練り上げ、身体に巡らせて身体能力を爆発的に上げる『覇氣』。
その覇氣を両手に集中させる。
真樹の両手からは、光が溢れていく。
身体の外に出た覇氣は超常的な力を発揮していく。
ヴァルキリーゲームズに挑む前から、真樹はこの覇氣を体得していた。
この光を凝縮させたエネルギーを、氣弾として放つ技を使っていたのだ。
だが、先日の遠征で行った夜九島で、真樹とは違う覇氣の使い方をする者達と出会った。
身体の外に放出した覇氣を発射するのではなく、全身に纏わせることで鎧とし、大幅なパワーアップを遂げる『王羅』の使い手たち。
彼女たちの技を、見様見真似で再現しようとしていた。
「羽衣・松葉破!」
両手が光に包まれていく。
光り輝くグローブのように、真樹の両手を包んでいく。
きらきらと輝く光だが、その手には今にも暴れて飛んでいきそうな強いエネルギーが満ち溢れていた。
「てやぁっ!!」
その光を手に纏ったまま、正面のサンドバッグをぶっ叩く!
綺麗な正拳突きが、サンドバッグにめり込んでいく。
どごぉぉぉんっ!!
手が触れたところから爆発音が起こり、すさまじい風圧が発生し、サンドバッグが観客席へと吹っ飛んでいく。
ついでに風圧で、真樹のスカートが翻っていく。
どさっと落ちたサンドバッグを見つめながら、真樹はふぅっと息をついた。
「んんー、ここまではいけるんだけどなぁ……」
強烈なパンチをかました真樹だが、いまひとつ満足いっていない。
覇気の放出をその手に押しとどめ、そのエネルギーごとぶん殴る新技、羽衣。
夜九島での戦いでヒントを得て、新たに身につけた技。
これを身体に馴染ませ、より昇華させる特訓を行っているのだ。
確かに両手に覇氣を纏わせることは出来た。
ただでさえ強力な真樹のパンチが、更に破壊力を増した。
これは大きな進歩であった。
しかし、それだけだ。
先程から何度か試しているのだが、両手以外の箇所に覇氣を纏わせることがうまく出来ないのだ。
夜九島で出会った茜や葵は、全身から覇氣を放ち、熱や冷気といった属性までついていた。
そして、ライバルである沙耶は、足に覇氣の光を纏わせていたし、更に両腕にも纏わせることに成功していたのだ。
彼女たちのように、全身に覇氣を纏うことが出来れば、やれることは格段に増える。
そう思って試してみたのだが、手以外は思った以上に難航していた。
覇氣の放出自体は出来るのだが、それを纏い定着させることが出来ないのだ。
それに、唯一出来ている両手の羽衣も、まだまだ安定しているとはいえない。
覇氣を使うと、体力を一気に持っていかれてしまう。
持って十数秒しか展開できない。
本当に一時的なパワーアップなのだ。
しかし、ヴァルキリーゲームズの選手は超人ばかり。
今のアドバンスクラスより上位のクラスには、このくらいのことは当たり前にこなせるような選手がゴロゴロいるだろう。
夜九島では結局戦わなかった葵をはじめ、強そうな相手はまだまだたくさんいる。
そんな人たちと戦うことが楽しみな反面、不安もある。
(私は、あの人をちゃんと追いかけられているのかな?)
脳裏に思い浮かべるのは、ヴァルキリーゲームズで未だ無敗の王者・瑠璃亜。
彼女に憧れ、彼女と戦うために、このゲームに参戦した。
しかし自分は、敗北こそしていないものの、二度も引き分けを経験している。
このゲームにおいて敗北と同じ、淫らな罰ゲーム・ペナルティを二度も受けてしまっているのだ。
カラダを辱められたことによる身体の疼きがようやく収まってきたのだが、落ち着いた頭はまた別の疑問を浮かべてしまっていた。
果たして、自分はちゃんと追いつくことが出来るだろうか。
アドバンスクラスに上がり、夜九島でも確かな戦績を残し、着実に前進はしている。
しかし、夜九島から帰ってきて以来、改めて憧れの人への遠さを痛感したのである。
「うふふ、精が出るわねぇ、猫耳闘士さん?」
「カグヤさん?」
いつの間にか、リングの外に巫女さんがいた。
このミト・コロシアムのナンバー3の実力者にして、ヴァルキリーゲームズの最上位・マスタークラスの1人、カグヤだ。
一見清楚な巫女という印象のカグヤは、ニコニコとどこか妖美な笑みを浮かべながらリングに上がってきた。
「夜九島から一週間。
そろそろ次のバトルが恋しくなってきたかしら?」
「そうですね。次はどんな人と戦えるのか、楽しみです」
真樹のその言葉に嘘はない。
夜九島の遠征は戦い続きだったため、帰還後は少しの間、休暇となった。
だが真樹はどうにも落ち着かず、毎日のようにコロシアムに来ては、空きリングで修行する日々を送っていた。
ちなみに、以前覇氣の特訓を行っていた公園には行っていない。
さすがにこんな目立つ技を、公共の場所では出せないからだ。
とはいえ、身体を休めるのも戦士には必要なこと。
名目上は休暇であり、ほどほどにしか身体を動かしていないつもりだが、それでも身体を動かしていると、やっぱり自分は戦いが好きなんだと思い知る。
次の戦いに胸が踊るのは確かであった。
「ふぅん?
夜九島でイロイロ経験したって聞いたけど、まだまだ元気そうね?」
カグヤは興味深そうに真樹を眺めながら、ゆらりと近づいてきて。
「ひゃっ!?」
肩を組んできた。
彼女の薄着に包まれた豊満な部分が、真樹の背中に触れる。
「こんな細腕なのに、大注目になるほど強いなんて。
うふふ、可愛いわねぇ♡」
「あ、ありがとうごさいます…?」
実績のある大先輩に褒められるのは悪い気はしないが、なんだかスキンシップが激しいような…
「ひゃん!?」
そんな思考をしている間に、スカートの上から尻を撫でられた。
さすがにびくんと身体が震え、小さな悲鳴を上げてしまう真樹。
「ちょ、ちょっとカグヤさん!?」
「あらあら、こっちはまだまだ青いわねぇ♡」
ニコニコとするカグヤだが、撫でることを止めない。
その手に触られることにびくびくとしてしまう真樹。
妙な空気が空きリングに漂い始めたが……
「おーい真樹ちゃん、そろそろこのリング使うんでー……ありゃ、お楽しみ中?」
「違いますっ!」
梨花がやってきた。
またエライ場面を見られてしまったが、助かったとばかりにカグヤから離れる。
「あらら、ちゃんと振り解けるじゃない」
真樹に逃げられたカグヤだったが、妖美な笑顔でくすくすと笑う。
「でもよく分かったわ。
貴女はもう、沼にハマってる。
ヴァルキリーゲームズっていう底なし沼にね」
ニコニコとするカグヤは、何かに満足したように頷いてリングを降りていった。
「頑張って足掻き続けなさい。
沼に溺れてしまわないように、ね」
にこりと笑顔を向けて手を振った後、カグヤは優雅にリングを去っていった。
入れ違いに入ってくる梨花は、軽くため息を吐きながら真樹に近づいてくる。
「あー、真樹ちゃん。
カグヤちゃんには気をつけなね。
あの人、男だろうと女だろうと、ホイホイ食べちゃう人だからね」
なんとなく、梨花の言いたいことは分かった。
カグヤは、ヴァルキリーゲームズでもトップクラスの実力者でもあるが、同時に彼女は『最強の痴女』とファンから言われるほどの女性である。
真樹はカグヤへの警戒度を上げていくのだった。
そんな修行の日が続く中。
真樹の次の対戦相手について、梨花も苦心していた。
例によって、真樹と対等な実力者がミト・コロシアム内にいないのである。
真樹と同期である大山もメキメキと実力をつけてはいるが、まだ真樹と対等に戦えるほどではないだろう。
リベンジマッチをするにしても、もう少し試合が盛り上がるようにしたいものだ。
真樹が試合を組まずに修行に明け暮れていた日が続く中、変化は突然に訪れた。
「たのもー!」
元気な女性の声が、空いたアドバンスクラスのリングに響く。
今日も今日とてリング上で特訓していた真樹と、特訓に付き合っていた梨花の前に、見知らぬ女性が現れたのだった。
「およ、どちら様?」
突如現れた若い女性に、運営の顔として梨花が応対した。
「ボクは裕。グンマ・コロシアム所属の女戦士だよ。
ミト・コロシアムに遠征に来たんだ」
裕と名乗ったのボクっ娘は、凛とした雰囲気の美少女であった。
おそらくは真樹や大山と同年代で、深い緑色の髪をポニーテールにしていた。
彼女は肩に細長い袋を下げている。
竹刀か何か、武器が入っているのだろうか。
竹刀にしては長すぎるようにも思えるが。
「おー、魔境グンマからの!
武者修行ってわけねー、おっけおっけー」
梨花はすぐに察して応対する。
女戦士は基本的にどこかのコロシアムに所属しているが、武者修行として別のコロシアムに遠征に行くことも許されている。
どうやら彼女は、その足で各地のコロシアムを巡っているようだ。
首都・桃郷からも比較的近い、軍魔にあるコロシアムからの挑戦者。
新たな戦いの予感を覚えながら、真樹もなんとなく裕と梨花の様子を眺めていた。
「クラスはアドバンスなんだねー。
お相手の希望とかいるー?」
「……実は、ここに所属しているという、とある方に挑戦したくて来たんだ」
「ほほう……もしかして?」
梨花と話していた裕はそのまま、リングの上に立つ真樹をびしっと指差した。
「猫耳闘士……あの泥棒猫と戦わせてください!」
「…………はいっ!?」
その予感は当たっていたのだが……
身に覚えのない因縁を早々につけられてしまう真樹であった。
てなわけで、新章開幕です!




