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6-13:吹雪の豹

『それではっ、『ファイアーレスラー』大山 VS 『吹雪の豹』葵!

レディィーッ、ゴーッ!!』


実況が高らかに宣言する。


ヤクシマ・コロシアム最終日、リング2にて。

赤いビキニを身に纏い、顔には炎のレスラーマスクをつけた爆乳JDの大山と、水色のセパレート水着で身を包んだ眼鏡秘書の葵の試合が始まった。



大山は落ち着いて動きを観察する。

なんせ相手は、エキスパートクラスへ昇格間近だという女戦士ヴァルキリー

(葵本人は認めないであろうが)彼女の相棒である茜の、『焔の王羅』という例もある。

どんなトンデモ技を持っているか分かったものではない。


すると葵は、ゆっくりと動き出した。


ゆっくりと、足で自分の周囲に円を描く。

太極拳を思わせる、ゆったりとした動き。

まるでここは自分のテリトリーと言わんばかりに、葵は自分の周囲にサークルを描いた。


『おいっ、なんのつもりだ?』

『私はこの中から出るつもりはありません。掛かってくるつもりならば、どうぞご自由に』


冷たい声で葵が返事をする。

彼女は、自分が定めた場から動く気すらないらしい。


それを挑発と受け取った大山は、攻め入ることを決断する!


『うぉらあぁっ!』


大山はその鍛えられた腕で殴りかかる。

だが……



ゆらり。ぱしり。



葵の細腕は大山のパンチをあっさりといなしてしまった。

大山は殴りかかった勢いを殺しきれず、サークルの外へとよろけてしまう。


『予測通りです』

『ちっ…!』


あくまでも冷静なままの葵に毒づく大山だが、改めて感じ取った。

動きそのものはゆっくりとしていたのに、まるで動きを完全に読んでいたかのように、的確に大山の攻撃を捌いてみせた葵。

間違いなく強敵だ、自分の直感は正しかったと確信した。


そんな葵は大山を一瞥すると、そこからゆっくりと息を吐く。


『ここから貴女は、私に触れることすら出来ません』


すると、ただでさえ冷静な彼女の雰囲気がさらに変わっていく。


『氷の王羅オーラ


トーンが一際低くなった葵の言葉と共に、彼女の身体が青白く光っていく。

やはり、何やらトンデモ技を持っていたらしい。

彼女が描いたサークルの中の空気が、凍えていく。


『っ…冷てっ!?』


もう一度葵に殴りかかろうとした大山だが、腕をサークルの中に入れた途端に思わず手を引いた。

コケ脅しかと思いきや、本当に冷たさを感じたからだ。


ひゅおお、という音が聞こえたかそうなほど、彼女の周囲だけ空気が冷たくなっていく。

彼女の足元を見てみれば、なんと霜が降りていた。

真夏だというのに、彼女のサークルの中だけが真冬になったかのようだ。


まるで雪女。

葵が身体から発する覇氣が、冷気となって彼女を包んでいるのである。


覇氣の放出を身に纏い、自らを強化する技、王羅オーラ

茜が全身炎に包まれる焔の覇氣を使っていたのと対照的に、冷気の力で全身を包む技を見せた青き秘書。

まともに触れれば霜焼けしかねない。


その葵は、最初に立った場所から全く動いていない。

一歩も動いていないのに、大山をどんどん追い詰めているのだ。


『くそっ、まだだ…!』


だからといって諦めるわけにはいかない。

攻めるしかないならと大山は気合を入れ直す。

自身の覇氣で身体を強化し、殴りかかっていくのだが…


『ふっ…!』

『ってぇ…!』


鋭い手刀が返ってくる。

冷気で鈍る大山の拳を、的確に捌いていくのだ。

攻撃するたびに消耗するのは大山の方。

なのに葵からは攻めてくる様子はない。


大山は必死に頭を巡らせる。

相手は徹底した後の先。

このままでは埒が明かない。


『貴女では、この先を戦い抜けません』

『なんだとっ…!』


大山の諦めない姿勢を見かねたのか、葵が静かに語りかける。

驚く大山に、更に言葉を紡いでくる。


『私が5連勝を条件に出した時、なぜ最も身近にいた真樹さんに勝負を仕掛けなかったのです?』

『なにっ!?』


葵の指摘に、大山も思わず冷や汗をかいた。


『貴女が戦ってきた者は、覇氣の力が未熟な者ばかり。

心のどこかで、本物の覇氣使いには敵わないと、無意識のうちに避けていたのではないですか?』

『ぐっ……』


痛いところをついてくる。


確かに大山の7連勝は、数字だけ見れば十分に立派な戦績だ。

だが、その相手が大した実力者でないのならば。

それで勝ち上がって粋がっているだけならば、必ず壁に当たる。


『臆病な心では、私の氷の覇氣は貫けません』


ぎらりと睨む葵。

そこには、相手を決して逃がさない獣のような迫力を見せる。


元から冷静な秘書であるが、ことバトルとなれば冷酷な戦士へと変わる。

吹雪の中で、獲物が弱るまでじっと待つ獣。

これが、彼女が『吹雪の豹』と呼ばれる所以なのだ。



冷たい目を向ける葵に対して、大山は…


『……ははっ』

『……何がおかしいのです?』


笑う。


『そりゃ、アンタもだろ?

アンタこそ、なんで真樹や沙耶お嬢様に挑まなかった?』


大山の指摘に、葵の眉がぴくりと動いた。


『アイツらは、上の奴らが軒並み注目する大型新人。

梨花先輩からも、実力だけなら既にエキスパートへ行ける実力はあるって聞いてる。

上へ行こうってんなら、正に狙い目な相手じゃねぇのか?』


注目度抜群の実力者を下したとなれば、その分自身の注目は上がる。

クラスを上げるには、実力と人気が伴わないといけないのがヴァルキリーゲームズだ。

もしも上へ行くことが狙いなら、人気選手に勝利して注目度を掻っ攫うのが一番早い。

現に、真樹や沙耶に挑んだ者達の中には、そういう狙いの者も多かったはずだ。


しかし葵は、彼女らと話すことはあっても、挑む様子は見せなかった。


『アンタも実は思ってたんじゃないのか?

あの2人は、アンタより格上だと』

『む……』


葵は、自分が負けない、且つ最短ルートで成り上がろうとしている。

この試合が始まるまでは、真樹達をも格下と見做していたから相手にしないのだと思っていた。


しかし、逆だとしたらどうだ?

葵が真樹達のことを、勝てない相手だと思っていたらどうだ?


本当に臆病なのは、どっちだ?



『確かにアタイはアイツに負けた。

アタイは覇氣使いになったばっかりだし、今のままじゃまだ勝てねぇと思ってる』


それは事実だ、認めよう。

自分はまだ、このヴァルキリーゲームズではぺーぺーの新人。

裏社会に入り始めたばかりの、ただのレスラーにすぎない。


『けどな!

必ず追いついて、もう一度アイツに挑む!』


だが、諦める気は毛頭ない。

最も身近にいる仲間であり、ライバルだと認めた相手。


その才能に羨望はある。嫉妬もある。

だがそれ以上に、挑戦心を掻き立てられる相手がいる。


『そして、勝つ!

その心だけは否定させねぇ!!』


その叫びと共に、大山の気合が最高潮に達した。

そして……



大山の拳が赤く光り出す。

いや!それだけではない!

拳から、炎が出ている!


『うぉぉ、まさかっ、まさかぁ!!

大山ちゃんも、焔の覇氣が使えるのか!?』

『『うおおおおおおおおおっ!!』』


実況の叫びに、会場が驚きと共に盛り上がる。

茜と同じ、焔を纏った覇氣。

右手だけだが、確かに『焔の王羅』を発揮していたのだ。


『うぉぉらぁぁっ!!』


気合の雄叫びと共に、燃える右手が葵を襲う。

冷気に包まれたサークルもなんのその。

反射的に手刀を繰り出した葵の腕を、そのままがちりと掴んでみせた。


『……っ!』

『取ったぞ!!』


掴めたらのならこっちのもの!

そのまま力任せに引き寄せた。


ここで初めて葵の足が地面から離れた。

葵をサークルから引きずり出したのだ。


(このままリングの外まで放り出してやる!)


一気に放り投げて勝つ、そう大山が気合を入れた瞬間……




すっ……と、掴んでいた感触が無くなった。



腕がすっぽ抜けた。

いや、抜けられたのだ。


葵は腕に回転を加えて頸を発揮し、大山の掴みから抜け出したのだ。


『なるほど、貴女の気合を見誤っていたことは認めましょう。

ですが……』


ゆらりと、背後霊のごとく。

いつの間にか、葵は大山の背後にいた。

その手は、この試合で初めて、自分から攻撃をする構えを取っていた。


『ふんっ!』

『ぐはぁっ……!?』


葵の掌底が、大山の背中にクリーンヒットした。

脊髄に鋭い衝撃を与えられ、大山は背中から『くの字』に身体を曲げる。


『実力差は埋まっていない、これが現実です!』


そんな彼女の大柄の身体を、葵はなんとそのまま片手で持ち上げた。

細腕ひとつで、大柄な大山を背中から持ち上げる。

大山は掌底の痛みでまともに動けない。

まるで吊り天井固めを喰らったかのように、仰向けのまま持ち上げられていた。


そして、葵は腕に氷の覇氣を込め、トドメの一撃を放つ。


氷血八勁ひょうけつはっけい!!』

『ぐわああっ……がっ……!?』


鋭い掌底がもう一度、真上にいる大山の背中に叩きつけられた。

氷のような冷たい力が、一気に脊髄に流し込まれたような感覚。

脳髄に達するほどの鋭い衝撃が全身を巡っていき、身体はあっという間に動けなくなっていく。


この一撃で、大山は気を失ってしまった。

背中に衝撃を喰らった大山は、だらりと手足を垂らす。

大きな胸が天を向いたまま、大山はダウンしてしまったのだった。


葵は大山を担いだまま、リング端へと歩いていく。

そして、仕留めた獲物をそのままプールへと投げ捨てた。


ばしゃんという音と共に、派手な水しぶきを上げたことで、試合に決着が付いたのだった。


『こ、怖ーっ!

お、大山ちゃんリングアウトにより、葵ちゃんの勝利だー!!』

『お、おおお……っ!』


実況の宣言に、観客も思わず引き気味だ。

そんな男達の反応を歯牙にもかけず、ぶくぶくとプールに沈んでいく大山を見届けた葵は、己の手を見て呟いた。


『少し頭を冷やした方が良いですね』


それが大山に向けられたものなのか、それとも自分に言い聞かせるためのものだったのか。

彼女の心境は誰にも分からなかった。




「……強いね、この人」


映像の中で試合の決着がついた時、開口一番に真樹が言った。


「そうですわね。恐らくは太極拳がベースでしょうか。

ほとんど円の動きだけで、大山さんの攻撃を捌いておりましたわ」

「おまけに徹底した後の先かー。相手の動きを待ち、的確に対処していく戦い方」

「性分もあるのでしょうが、攻撃に使えるほど防御に精通してると見るべきですわね」


スマートフォンで大山と葵の試合を見ていた真樹達だったが、決着がつくと見るや、すぐさま葵のことを分析し始めた。


「それに、氷の王羅かー。全身に纏えるってことは、茜さんと同じくらい覇氣の扱いに長けてるってことだよね」

「悔しいですが、一歩先を行ってますわね。もし挑んでいたら、わたくしも苦戦したかもしれませんわ」

「あはは……敵わないかも、とは言わないんだね」


今日初めて見る葵の戦い。

大山は真樹達の方が格上なのではないかと推測していたが、当の真樹達は葵の方が実力が高いと考えていた。

エキスパート昇格間近は伊達ではないということだろう。


葵はこの試合に勝利したことによって、夜九島では大きく注目を浴びることになった。

彼女はこの島に来た今年の挑戦者の中でただ1人、水着を脱ぐことなく島を出ることになるのだから。

一戦一勝という結果にも関わらず、実力を確かに印象付けていったのだ。


「はっ、お前らも負ける気はないって顔だぜ?」


大山の言葉に、真樹と沙耶は顔を見合わせる。

そして思わず笑い合った。

さすがはバトル大好きの女子校生達である。


確かに葵は強敵だろう。

だが、いつか戦ってみたいとも思った。

それは間違いなかった。


「当然ですわっ!

いずれこのヴァルキリーゲームズの頂点に立つのはわたくしですもの!」

「あっ、それは私の目標!」

「ふふん、わたくしとて銀狐の、ひいては裏社会の掌握を目論む者!チャンピオンくらいにはなりませんと!」

「私だって負けない!葵さんにも、絶対勝ってみせるよ!」


この2人は、本当に楽しそうに、戦いに向き合う。

本当に、強くなることが好きなんだと。

真樹と沙耶が近くにいると、不思議と自分も引っ張られていく。

自分も、もっと強くなりたいと思えてくる。


「はは、お前らがまだまだやる気なんだ。

アタイもいつまでも落ち込んでられねぇな!」

「えへへ…」

「ふんっ!」


大山の言葉に、真樹は笑顔で返す。

沙耶は思わずそっぽを向くが、照れ隠しなのはバレバレであった。


やはり反省会をして良かった。

敗北を受けても、諦めるつもりはまだまだ無い。

彼女達の闘う意志は、まだまだ燃えているのだった。


「ってか、今度はお前らの試合を見せろよ」


と大山が話した時だった。


『さーて、プールから引き上げられたばかりだが、大山ちゃんにはペナルティがあるぜぇ~』


スマートフォンから、実況の下衆な声が聞こえてくる。

そういえば映像を流しっぱなしであった。

映像に目を向けると、賞金が発表され、今まさに大山へのペナルティが始まろうとしていたところだった。

男達の手でプールから引き上げられた大山の姿が映る。


「……えーと、見る?」

「………」

「やめろぉぉ!」


辱めのシーンが始まるとあって、大山の絶叫が部屋に響いた。



なんやかんやとありつつも、3人の夜はV.G.Hubと共に更けていくのだった。


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