6-1:船の上で
フェリーの甲板から見渡す景色は、どこまでも広がる青い海。
天気に恵まれ快晴が広がる空に、心地よい潮風が吹いていく。
真樹達は今、海の上にいる。
普段から陸上で暮らしている者達からすれば、それだけでも非日常感を感じられるものだ。
船に乗るという経験自体が初めての真樹は、出港してから目を輝かせ続けている。
時折、潮風でスカートがなびいているのも気にしない様子だった。
旅行にワクワクするその姿は歳相応の少女の顔である。
同行する大山と梨花は、真樹のはしゃぎ振りに苦笑しつつ、共に甲板で談笑を続けていた。
梨花が遠征を提案してから数週間後。
世間はすっかり夏になっており、温かいを通り越して暑い日々が続いている。
全国各地でも海開きが始まっており、海水浴をする者達も現れ始めていた。
そんな中で、真樹や大山らは試合や修行をする傍らで遠征の準備をしてきた。
主に水着の購入である。
梨花に連れられてショッピングに出た真樹と大山は、それぞれ複数の水着を新調していた。
遠征先のコロシアムで絶対に必要になるから、とのことだった。
確かに、この快晴の中で泳ぎに出たら気持ちがいいだろう。
それから、着替えも多めに持ってきている。
今回の遠征は少々長い日程になることを聞かされており、服も多めに持ってきていたのだった。
高額賞金を稼いできた女戦士達だが、3人とも服装は安価でカジュアルな服装を好んでいたのだが。
『YUNI-KURO』万歳とは大山の談である。
そんなラフな私服の女子3人で姦しく甲板でお喋りをしていたのだが、ふと水平線の向こうにあるものに気付く。
どうやら目的地が見えてきたようだ。
「お、見えてきたねー」
「あれが、夜九島ですか」
本島から遠く南へ離れた孤島。
この地に向かう理由はただ一つ。
先日、遠征先を教えてもらった時の梨花の言葉を思い出す。
『あそこはね~、夏季限定開催のコロシアムがあるんだよねー♪』
『んなスイーツみたいなノリがあんのかよ…』
『にゃはは、「特別なモノ」に惹かれちゃうのが人間ってものだよ。
スイーツだろうと、服だろうと……コロシアムだろうとね』
遠征先に選んだのは、季節限定の特別なコロシアムだったのだ。
夜九島。
かつては厄島と恐れられ、人が寄り付かない島だった。
自然豊かで、未だ手つかずの森が数多く残されている。
しかし十数年前、この島に手を入れ、観光地に生まれ変わらせた男がいるという。
大自然の多くを天然記念物として観光名所とする一方で、主に海辺をリゾート地として開発したのだ。
現在は夜九島という名前も、人気の避暑地として名が上がるほどになった。
そんなリゾート開発の裏で、実はヴァルキリーゲームズのコロシアムも作られていたのだというのだから、この国の裏社会は実に闇が深い。
「あんなとこ買い取ってコロシアムに改造とか、物好きがいたんだな」
「ま、あそこは大昔は流刑地だったんだよ。
そのせいか、裏社会には色々と都合の良いものがあったみたいでね。
今では『トクベツな経験』をするのにうってつけなコロシアムってわけ」
「トクベツなケーケン…」
「にひひ、まーミトとは一味違う経験は出来ると思うよ?」
大山の言葉にニヤニヤする梨花。
何があるかはお楽しみといって、未だ詳細を聞かされていないのだ。
「で、あそこの観光業と裏社会を取り仕切ってるのが、黒獅子グループね」
「黒獅子か…またデカイ企業だな」
「テレビとかでも見たことがあります。
会長さんがホントに獅子みたいな人なんですよね」
「あはは、確かにガタイがいいよねーあの人」
黒獅子グループは、主に九洲を拠点としている大企業だ。
食品や衣服、観光業まで幅広く手掛けている。
現会長はテレビ出演なども多く、ちょっとした有名人だ。
整えた長い髪と立派な顎髭は、いかつい顔と相まって獅子の鬣のような印象をもたらす。
その顔に似合う筋骨隆々な男なのだが、フランクな語り口調と分かりやすい説明で親しみやすさも持っている。
お茶の間にも広く知られているイケオジ会長である。
解体された財閥を立て直し、国の5本の指に入る大企業へと成長させるほどの辣腕を振るった企業人。
一方で、過去に風俗店通いをしていたことを公言するなど、豪快で破天荒な行動が目立つ人でもある。
熱狂的なファンがいる一方で、快く思わない人もそれなりにいる。
そんな会長が近年力を入れていたのが、離島を買い取ってのリゾート開発である。
その代表例が、これから向かう夜九島であった。
「いやー、さすが大企業の会長となると、やることのスケールが違うねぇ」
呑気な声で、3人娘へと声を掛けてくる青年が現れた。
その人物の顔を見て、大山と真樹は思わず顔を曇らせる。
「うげ…またアンタか」
「ひどいなぁ。この船の手配を手伝ったの、僕なのに~」
「いやー悪いねー、ヤミトくん♪」
童顔のイケメンにして、髪に青いメッシュをつけた青年。
コロシアムの常連客にして、真樹と大山にとって天敵とも言える男。
ヤミトもまた、この船に乗っていたのだった。
この船は少々特殊なルートでしか乗船チケットを手に入れられない。
梨花はそのチケットを、ヤミト経由で手に入れたのだった。
真樹達が今回遠征できるのも、この男のおかげであると言える。
そうは言っても、なかなか感謝しづらい相手ではあるのだが。
「ま、おかげでこうして真樹ちゃんと一緒の船に乗れたんだけどね♪
あ、ついでに大山ちゃんもね」
「アタイはおまけかよ。まだ真樹にご執心なのか?」
「いやー、動画が大人気なんでねー。
僕としても、更なる活躍を期待しちゃうよ?」
「あぅ…」
ニコニコと笑みを絶やさないヤミト。
これだけのイケメンに微笑みかけられたら揺らぐ女もいるのだろうが、生憎このくらいで揺らぐ真樹達ではない…
と言いたいところだが、真樹は思わず赤面する。
ヴァルキリーゲームズ専用の動画サイト『V.G.Hub』ではここしばらくの間、注目選手として真樹の名前が挙がっている。
脅威の350万の女子校生という肩書きは、男達の興味を引くには十分だったのだ。
これまで行ってきた数々の試合も、再生数がかなりのものになっている。
が、一番人気があるのはやはり、沙耶と引き分けたタッグマッチの試合である。
これまでで真樹と沙耶がペナルティを受けた、ただ一度の試合。
ゲームの性質上仕方ないとはいえ、人気選手がえっちな目に遭うのを期待する客は多い。
あの試合を終えてなおコロシアムに挑み続ける真樹に、色々と期待がかかるのも無理からぬことであった。
ちなみにあの試合は、ヤミトがペナルティの権利を得て、直接リング上で撮影した動画もある。
何せ期待の女の子達を、間近で撮影した数少ない動画。
もちろんこちらも未だ再生数が伸び続ける人気動画となっていた。
これらを撮影した動画投稿者としても、真樹には期待が掛かるのだった。
『勝ち続ける姿』にも、『負ける姿』にも。
そのための協力ならば惜しまないと、ヤミトは持ち前の金持ちパワーで真樹達の遠征に力を貸したのだった。
ちゃっかりと、自身も観客として島のコロシアムに同行する手配も忘れずに。
「それに、期待してるのは僕だけじゃないしね」
そう言って、ヤミトは船の中の客達を見る。
その視線に釣られて真樹達も、船の中の様子を見て気が付いた。
船の中の客達が、時々チラチラとこちらを見ていることに。
「あれ、もしかしてこの船って…」
「ま、そうだね。
この船に乗ってるのはみんな、ヴァルキリーゲームズのお客さん。
つまり、キミ達がお目当てってわけ」
ヤミトの答えに、真樹は思わずゾクリと来る。
この船にいる者たちはみな、自分達の身体を狙っているのだ。
「この船だけじゃないさ、ほら」
ヤミトに促されて、今度は船の外を見た。
すると、この船と同型と思われる船が、何隻も海上にいるのが見えた。
それらが皆、同じ島へ向かっているようだ。
「観客の男達だけじゃないさ。
女戦士もたくさん集まってくるだろうね」
ヤミトの言葉を聞いて改めて船内を見てみると、確かに男性だけでなく女性も何人か乗っている。
精神統一をしたり食事をしたりとそれぞれ思い思いに過ごしているが、いずれも只者でない風格を纏っている。
もしこの場で男達に襲われても易々と返り討ちに出来そうな、武闘家特有の雰囲気を持っていた。
彼女達も、女戦士として乗ってるのだろう。
ヤミトは改めて真樹達に向き直る。
「あの夜九島は、普段はリゾート地になっているけどね。
ある期間だけは、ヴァルキリーゲームズの貸切状態になるんだよ。
集まるお客さんはみんな、女戦士が目当て。
頑張らないと、無事に島を出られないかもね」
欲望を滾らせた者達が集う島。
コロシアムで勝ち上がれなければ、綺麗な身体で島を出ることは出来ない。
「もちろん、腕に覚えがある女戦士も集まってくるよ。
開放的な場所だからね。
お客さんもハメを外して大金を落としていくから、賞金を稼ぐにはもってこい。
全国から人が集まるから、名を売りたい人も集まってくるね」
その言葉に、ちょっと腕が疼く真樹。
ミトよりもリスクとリターンが大きい会場。
なるほど、強者を探す遠征にはうってつけというわけだ。
絶海の孤島に集う女戦士達。
もちろん彼女達は、闘いが目的で集ってくる。
そろそろ良いよねと梨花に確認を取ってから、ヤミトは真樹達に伝える。
この船の向かう行き先を。
「キミたちが挑むのは、夏の7日間だけ開かれるヤクシマ・コロシアム。
アドバンスクラス以上の者が参加出来る、期間限定の特別なコロシアムだよ。
いつも以上に欲望渦巻く、南の島での格闘大会。
通称、夜九祭。
国中から裏社会の人と金が集まる、女戦士達のお祭りさ」




