5-5:真樹VS神無月
地下に広がるコロシアムの、アドバンスクラスのリング。
がらんとした観客席を見て、この空間ってこんなに広かったのかと、今更ながら真樹は思う。
いつもなら男達で賑わうこの会場だが、今いるのは数人の女だけだ。
無観客のエキシビジョンマッチとして組まれたこの試合は、観客はもちろんスタッフさえも、男性は徹底的に締め出されていた。
「それじゃ、準備はいいかしら?
猫耳闘士・真樹ちゃんVS暴走お巡りさん・神無月ちゃんの、エキシビジョンマッチを始めるわよ~♡」
「誰が暴走お巡りさんですか!!失礼な巫女さんですね!!」
巫女服に身を包んだカグヤが、マイクを握って司会を務める。
彼女の煽りと共にリングに上がるのは、猫耳をつけたセーラー服の真樹と、警察服の神無月。
真面目そうな2人による、異質なカードとなった。
「なんか、知らない間にエライことになってんな……」
「まー、こういうこともたまに起こるのが裏社会ってことで」
数少ない観客は、大山と梨花のみ。
大山は真樹同様、神無月にマークされていた当事者だ。
試合直後でゆっくりしたかったのだが、知らないうちに真樹が女戦士人生を賭けた勝負をすることになっていたことを聞いて、観客席へ駆けつけたのだった。
自分がライバル視している同期が思わぬ大一番に立たされていて、さすがに気になって見届けることにしていたのだ。
梨花は梨花で、一応は運営として見守ることになった。
もっとも、1燕にもならないこの試合にはあまり乗り気でないのか、だらんとしながらリング上を見つめていた。
一方、リング上の2人はやる気満々である。
「私は負けません。
私には、このコロシアムでやりたいことがあるんです。
今ここで、終わりになるわけにはいきません!」
「夢を叶えるならこんな怪しげなところじゃなくて、真っ当な方法でいくですよ!
この場で指導してやるのです!!」
睨み合う真樹と神無月。
神無月は自身の警棒を抜いて構える。
棒の先を相手に向けてしならせる様は、まるでフェンシングのようだ。
真樹にとっては初めての武器使い戦。
どうせ戦うならば、今後の糧としようと意気込む。
「うっふふ、それじゃあ……レディ、ゴーー!!」
カグヤの声と共に、真樹は飛び出す。
鍛えている自分の身体なら、警棒で殴られても捌く自信はある。
警棒を殴り飛ばして、そのまま神無月の身体に拳を入れれば、勝負はつくだろう。
珍しく先手必勝の思考で動いた真樹であった。
が……
バチッ。
「っ!?」
嫌な音が聞こえて急ブレーキ!
飛び掛かろうというところを思いっきり踏ん張って止まり、更に大きく後ろに飛びのいた。
直後、真樹がいた場所へ、神無月の警棒が横薙ぎで振るわれる。
ふぉんっと振るわれた神無月の警棒をかわし、真樹は大きく距離を取った。
(今のは…?)
神無月の警棒を改めてよく見る。
ほぼ直感だけだが、アレに触れてはマズイ気がする。
より冷静に神無月の警棒を観察しようとした、その時だった。
「ほう、良く気付いたな?」
観客席からの声が響いた。
知らない声に思わず真樹は観客席を見る。
会場の入り口に、見知らぬベリーショートの女性がいつの間にか現れていたのだ。
((誰!?))
真樹と大山が同時に心中で突っ込む。
「警部!?」
リング上の神無月も驚く。
そこにいたのは、三都の警察署のエースである雅警部だったからだ。
「まったく、昨日の今日とは驚いたぞ…」
どこか呆れ顔の雅は、そのままコツコツと観客席を歩き、大山と梨花の傍に着席した。
「まぁいい、せっかくの試合を止めるつもりはない。
神無月、そいつは今年の大型新人と言われてる娘だ。
ただの女子校生と舐めてかかると痛い目を見るぞ!
一撃もらったら負けると思え!」
リング上にいる新米婦警に向かって、雅はアドバイスを飛ばす。
どういうわけか、このコロシアムの事情にも明るそうな人物の登場に、真樹も神無月も困惑する。
「それと猫耳の新人!
神無月は武器の改造が趣味でな。
その警棒は電撃が流れるように出来ている、特製スタンロッドだ。
少しでも触れたら即負けだと思うといい!」
「もし食らったら、シビレ顔晒してびくんびくんしちゃうだろうね~☆」
「うえぇっ!?」
雅のアドバイスと梨花の茶々に、真樹は思わず頓狂な声を上げた。
嫌な予感の正体はこれか。
もしさっき無闇に警棒を殴ってたら、その時点で負けるところだったのだ。
「警部!敵に塩を送らないでくださいですーー!!」
「これくらいはよかろう。俄然お前が有利なのは変わらない」
神無月の抗議に、雅はさらりと応えた。
「…武器の改造って違法じゃねぇの?」
「ギリギリ合法の範囲だから問題ない!
というか梨花、貴様らは分かっててけしかけたな?」
「まーね。柄にあんな装置つけないでしょ、マトモな警察なら」
大山のツッコミに、雅は堂々と答える。
続けて雅は訝し気に梨花を見て、梨花もそれに答えた。
梨花とカグヤは、神無月の武器の仕込みに気付いた上で、あえて真樹との戦いを止めなかったのだ。
真樹がここで気付くかどうかを確かめるために。
裏社会で戦っていくことの危うさを、肌で実感させるために。
「警部の目の前で、無様な真似は出来ないのです!
覚悟ーーっ!!」
「くっ……!」
その神無月からすれば、憧れであり目指している上司が見ている前である。
この場はなんとしても活躍して、悪の組織へ斬り込む足掛かりにしなくてはと気炎を上げる。
気合が入った神無月の攻撃が続いていく。
左薙ぎ、右薙ぎ、突き!
警棒が次々と振るわれていき、時々バチリと電撃が流れているような音がしていた。
対する真樹は、ほんの少しでも警棒に触れたら負けという、ハンデの上乗せ。
さすがに迂闊に飛び込むことも出来ず、ひたすら回避に専念していた。
リングの端に追い詰められないよう、うまいこと神無月の周囲を回る様に逃げている。
とはいえ、いつまでも避けるだけでは、いつまでたっても勝つことは出来ない。
(危険だけど、やるしかない…!)
目を凝らし、集中。
覇氣が使えないのならば、動体視力だけでなんとかするしかない。
ふぉん!
振るわれた警棒に対して、真樹はあえて、ギリギリの距離でかわした。
警棒が胸に触れそうになるところを、綺麗にスウェーでかわしていく。
「ふっ……はっ……!」
避ける!避ける!
何度も、何度も!
「むぅ、これなら…!」
ひょいひょいと避ける猫耳娘にイラついてきた神無月は、一歩踏み込んで突きを出す。
真っ直ぐに腕を伸ばして、真樹の谷間に突き立てようと狙う警棒。
(ここだ…!)
相手が決めに来た瞬間こそ、反撃のチャンスだ。
真樹の身体は前進するような動き、しかし彼女の身体はスススと後ろへ下がっていった。
前進と見せかけて後退する、古武術の歩法だ。
世間一般には、「ムーンウォーク」という名前の方が知られているかもしれない。
「っ!?」
予想だにしない動きで真樹は警棒を避けた。
その動きに惑わされて、神無月は反応が遅れてしまった。
「……もらった!」
伸ばした腕は、引かねば次に移れないのは道理。
警棒を突いて伸ばし切った腕は、一度戻さねば振ることは出来ない。
その隙を逃すほど、女戦士は甘くない。
その一瞬で、真樹は懐に飛び込む。
左腕で神無月の腕を掴み、さらにそのまま前進!
「おおおぉっ、桜花砲っ!!」
そのまま神無月の鳩尾に、右腕で綺麗に正拳突き!
見事な腹パンが炸裂したのだった。
「ぐほぇ……!」
くぐもった声が響き、カランと警棒が落ちる。
武器を手放した神無月は膝をついて、そのままどさりと倒れてしまった。
「ほぅ、綺麗に入ったな」
「真樹ちゃん、巷で腹パン娘って呼ばれてるの、知ってる?」
雅が感心するように頷き、梨花も若干呆れながら感想を述べた。
強力なパンチ力を誇る真樹は、多くの試合で相手を腹パンで沈めてきている。
強烈な痛みが全身を巡り、身体から力が抜けてしまうのだ。
実際に食らったことのある梨花も、さすがに神無月に同情してしまう。
「うぐぅ……」
その神無月は、まだ終われないと必死に足掻く。
正義の味方が、悪に負けるわけにはいかないと。
腹を押さえたまま猫耳の悪娘を睨み上げて、なんとか立ち上がろうとする。
だが、もう力が入らないようだ。
「はーい、カウント入るわね~。さ~ん、に~、い~ち」
「…………」
カグヤの気の抜けたカウントが進む。
真樹はただ、神無月を見下ろすのみ。
「ぜーろ♡
真樹ちゃんの勝ちね~♪」
カグヤが決着を宣言すると同時に、神無月はぐったりと倒れてしまい、気を失ってしまった。
カグヤの拍手だけが会場に響く。
覇氣が無かろうと、真樹の実力は並の人間とは比較にならない強さであると、改めて示したのだ。
こうして、エキシビジョンマッチは呆気なく幕を閉じたのだった。
あけましておめでとうございます。
今年も腹パン娘をはじめ、女戦士達の活躍をお楽しみください。




