0-4:新たな女戦士《ヴァルキリー》
そんなレイアの姿を、真樹は観客席でじっと眺めていた。
まだ年若い彼女にとって目の前の光景はさすがに気恥ずかしく、少し顔を赤らめている。
だが、別に敗者を助けようという気持ちはないし、下衆な男達に対する怒りなんてものは感じない。
ここはそういう場所。
あのリングに立つというのは、これを受け入れることと同義なのだ。
レイアとて、そのことを十二分に分かってて、その上でチャンピオンとの戦いに挑んだのだ。
ここで男達に抗議をするのは、真剣勝負に挑んだ彼女に対して失礼だ。
だから真樹はじっと、男達に囲まれたレイアを眺める。
あれは、自分にも起こり得ることなのだと再認識しながら。
「さすがくっころのレイア。完璧だな」
真樹の横にいた黒服が唸る。
顔を赤らめたまま、真樹も頷く。
彼女のファンからつけられた、あんまりな通称だが、それに見合う光景が繰り広げられていた。
何せレイアの選手としての、女戦士としての正式な肩書が黒騎士である。
やられざまも女騎士。
決して屈しない、快楽に溺れるくらいな死を選ぶと決意しながらも、虚しく弄ばれる惨めな騎士。
そんな光景をちゃんと演じている。
負けた時のパフォーマンスさえ、選手として、女戦士としての仕事の一環なのだから。
この闘技場では、観客は『負けると思う方』にお金を賭ける。
いや、負けて欲しいと思う方といった方が正しいか。
試合に勝てば、自分に賭けられた金額は全額自分のものとなる。
観客たちの『負けて欲しい』という悪魔の期待に打ち勝った報酬ということだ。
そして試合に負ければ……
皆が見ている前で、弄ばれる。
ペナルティタイムと呼ばれるコレが、このゲームの一つの目玉でもあった。
敗者の身に触れることが出来るのは、賭けた金額が大きい者達。
金額が上位の者達が、ペナルティタイム一杯の間、好き放題に出来る。
触り放題、揉み放題。
キスし放題、舐め放題。
カメラでビデオで撮り放題。
場合によってはその先も……
今回はレギュレーションで、上位10名が一定時間好き放題となっている。
制限時間の間、レイアは観客達が見ている前で10人の男達に弄ばれ続ける。
敗北した女戦士は、己を味わおうとする観客達に手を出すことは許されない。
それは、選手生命を一発で断たれるほどの禁じ手だ。
一流の武闘家が一般客に、ましてや己に投資してくる者を殴るなど言語道断。
敗者は屈辱に塗れながら、男達の手を受け入れるしかない。
それが、このペナルティタイムの絶対のルールだ。
観客は好みの女戦士に金を賭ける。
屈強かつ美麗な女戦士達が淫らに溺れる姿を期待して。
あわよくば自分の手で汚すことを期待して。
本来であれば手出しできないような、強くて美しい女戦士。
それを好き放題に出来る権利が得られる。
屈辱に塗れながらも一切に手出しをしない、従順な身になる女を弄ぶ権利。
そこに大金を出す価値を感じる男達は、今も確かにいるのだ。
一方、女戦士は試合に勝つことで賞金を得る。
だが、強いだけではこの闘技場では大した金額は稼げない。
闘技場から支給されるファイトマネーは微々たるもの。
ここで大金を稼ぐには、自分に対して観客達に賭けさせる必要がある。
すなわち、観客たちが『手を出したい』と思うような美しい女。
普通であれば決して手が出せないような、汚れ知らずの強く美しい高嶺の花。
あるいは、負けた時さえ観客を喜ばせることが出来る魅惑的な華。
それが、ここで稼ぐために最も必要な条件。
この闘技場では、強く、そして美しい者が生き残る。
それが、ヴァルキリーゲームズと呼ばれる、女だけの地下闘技場の総称だ。
理不尽なルールに支配されたこの空間だが、不思議とこのゲームに集まる女もいるのである。
己の武を試したい者や、一攫千金を狙う者、あるいは色んな意味で刺激を求める者が。
「さて、一応最終確認だが。
本当に、君も参戦するのかね?」
今日の興業が終わり、観客がいなくなった闘技場にて。
隣に座る黒服の男が、真樹に対して確認する。
これを承認すれば、彼が自分のマネージャーとなる予定だ。
勝てば大金と栄誉、負ければ恥辱。
ある意味これでもかというほど、実に分かりやすいシチュエーション。
人気選手ともなれば、1試合で数十億単位の金額が動くことも珍しいことではない。
賞金の多額さ故にこのゲームに挑もうとする者は多いが、このペナルティを知らずに挑もうとする者も多い。
その点、ここの闘技場は本契約前にきちんと見せつけるのだから良心的な方だろう。
この光景を見せられて、女戦士になることを諦める人もそこそこいるのも事実。
真樹とて、たやすく負けるつもりはないが、敗北すれば綺麗な身体ではいられない。
そのことは十二分に理解した。
だがそれでも。
「あの瑠璃亜さんに勝つためにも、家の道場の再興のためにも。
ヴァルキリーゲームズ、挑ませてもらいます!」
「そうかい。ま、頑張りな」
真樹は自分から、この闘技場に挑むことを望んだ。
決意に満ちた表情で、無人になったリングを見つめる。
己の夢、あるいは野望ともいえるものを秘めて。
また一人、女戦士が誕生した瞬間だった。