4-3:お嬢様とメイド
「やぁ、今日も精が出るね」
「うげ……また来たのかアンタ」
数日後。
変わらず公園で特訓を続けていた真樹・大山・梨花の前に再びヤミトが現れた。
まさか自分達の特訓を見ていくつもりだろうかと、露骨に嫌な顔をする大山。
ちなみに今日の特訓もミニスカート組手である。
さすがに男に見られながらというのは少し抵抗があるのだが。
そんな真樹たちの心情など露知らず、ヤミトは近づいてくる。
「いやいや、今日は実は待ち合わせでね」
「こ~んな場所で待ち合わせ?」
「そ。ある人がここに来たいと言っててね、僕は案内役」
梨花が訝しげな目をして聞いてみるが、どうやら今日は違う用事らしい。
「おっと、来たみたいだよ?」
そう言ってヤミトは公園の入り口に目を向けた。
確かに、車が近づいてくるようだ。
エンジン音を落としながら、公園へ近づいているような音が聞こえる。
だが、そこへ現れたものを見て、真樹達は目を丸くした。
現れた車は全体が黒を基調としたデザイン、後部座席が長く延長された大型車。
テレビや映画などの影響で、お金持ちの乗り物というイメージが定着している車種。
リムジンだ。
なぜこんな田舎の公園の前に、こんな高級車が?
そんな疑問を持つ間もなく、2人の人物が車から降りてきた。
お嬢様とメイド。
そんな言葉が似合う2人であった。
方や、ウェーブがかかった金髪を揺らしたお嬢様。
グレーのブレザーとスカートで構成された、どこかのお嬢様学校らしい高貴そうな制服を着ている。
キリっとした目つきは、自信の強さを感じさせた。
方や、メイドの方は薄紫の髪をショートに切り揃えた、スレンダーな女性。
濃紺のワンピースにフリル付きのエプロン、レース付きのカチューシャもセット、まごうことなきクラシックなメイドである。
薄く微笑んでいて穏やかそうにしているが、その佇まいには隙が無い。
そんな2人は、公園の中にいたヤミトに気付き、近づいてきた。
「お待たせしてしまいましたかしら、ヤミトさん」
「いえいえ。しかし、また派手な登場ですね」
「そうでしょうか?
わたくしとしてはいつも通りの車で来ているのですけれど」
「申し訳ありません。
うちのお嬢様は少々、いや大変な世間知らずでして」
「ちょっと!!誰が世間知らずよっ!!」
最初こそ優雅な佇まいを見せたお嬢様だったが、メイドの一言で一瞬にしてその威厳を崩す。
確かにこんな田舎をリムジンで走ったら目立つのだが、それを気にしていないのを世間知らずと言わずしてなんというか。
「うげっ……」
2人の、というよりもメイドの方の顔を見て、急に梨花が唸る。
露骨に嫌な顔をしている梨花だが…
「あらあら。
お久しぶりでございます、梨花様☆」
梨花の視線に気づいた当のメイドは、微笑んだまま恭しく礼をする。
それを見て、余計に目元がひくついてる梨花。
どうやら何かしら因縁があるらしい。
「知り合いか、梨花先輩」
「まーね。しょーーじき、こんなとこで会うとは思わなかったんだけど」
すっげー嫌そうな顔をしている!
辛うじて笑顔で対応しようとしてるけど、表情筋の全てが引きつっている。
その一方で、もう一人固まっている人物がいた。
真樹の視線の先は、メイドの主人と思しきお嬢様。
「あれ……貴女は……」
「うふふ、まさかわたくしの顔を忘れたとは言わせませんわよ?」
真樹は驚きを以てお嬢様の顔を見つめる。
髪をかき上げるお嬢様は、自信に満ちた表情。
その顔に、確かに見覚えがあった。
「…………沙耶ちゃん?」
「ちょっと!!
わたくしのことは沙耶様とお呼びなさいと何度言えば」
「わああっ、沙耶ちゃん!すっごい久しぶりだねー!!」
「もうっ、聞いてますの!?」
珍しくテンションの高い、女子校生らしい姿を見せた真樹。
旧友との再会に本気で喜ぶ姿を見て、お嬢様の精一杯の威厳もあっさり無くなってしまう。
「いやー、やっぱり知り合いだったんだねぇ。
よかったよかった、思った通りだったよ」
一人うんうんと頷くヤミト。
どうやらこの男の手引きで、このお嬢様達と合わせようとしたらしい。
「真樹、知り合いなのか」
「あ、うん。
この子は沙耶ちゃん。
私がいた道場で一緒に修行した仲だよ」
真樹は懐かしそうに話す。
このお嬢様・沙耶は、真樹の父が開いていた道場で共に研鑽を積んだ仲なのだ。
真樹と同性且つ同世代という門下生は数少ない。
真樹にとっては、格闘技について語り合える数少ない友人と言えた。
「もう随分と昔のことですのに…
最初に修行のコトが出るなんて、相変わらずの格闘バカなのですね」
「何をー!」
沙耶もまた気安く真樹と話しており、そこに遠慮らしいものはない。
道場にいる間はお嬢様扱いを辞めて欲しいという沙耶の願いもあって、真樹は対等な存在として接していたのだ。
世間では結構なお嬢様である沙耶にとっても、気を許せる数少ない友人といえるのだ。
「……道場のことは聞きましたわ。
わたくしもお世話になっていたのに、何も力になれなくて申し訳ありません」
「ううん、気にしないで。
道場も無くなって、父もいなくなったけど……私にはちゃんと教わった技があるから。
それに、父の門下だった人が別の道場を開いてるから、流派が途切れたわけじゃないしね」
2人がかつて修行した道場は、今はもうない。
師匠である真樹の父もいない。
だが、その精神が無くなったわけではない。
既に皆伝を受けた弟子がおり、直系の道場を開いている。
真樹自身は皆伝を受けておらず、いくら血を引いてるからとはいえ道場を正式に継げる立場にはない。
それは仕方ないことだと思っているし、直接道場を引き継ごうという気はあまりない。
「なのに、貴女は戦うのですね」
「うん。道場の再興は、私の我儘みたいなものだから。
それに、他にも目標があるし。
だから、流派とは関係なく、私自身の意志で戦うことに決めたんだ」
真樹が戦うのは、あくまで己のため。
道場の再興というのは、流派の再建という意味ではない。
今は無くなってしまった思い出の場所、自分の家を取り戻したい。
そんな、ささやか且つ個人的な事情である。
それよりも、真樹にはもうひとつ大きな目標がある。
あのゲームで最強の座を欲しいままにしている人物。
そこにたどり着きたいという欲求があるのだ。
「……って、あれ?
私が何をしているのか知っているの?」
「まったく、わたくしが何者か忘れたわけではないでしょう!」
ふと違和感を感じて、真樹は沙耶へと疑問を投げかける。
その疑問に対し、だいぶ呆れた様子で沙耶は答えた。
「わたくしは銀狐グループの娘!
いずれ世界に名を残す女ですわ!」
胸を堂々と張り、己の家名を名乗る。
尊大に映るが、その堂々とした振る舞いには妙な迫力を感じさせる。
「銀狐グループ!?」
沙耶の名乗った名前に、驚いたのは大山だ。
銀狐グループといえば、この国では5本の指に入るほどの大企業。
銀狐財閥を前進とした、政財界に多大な影響を持つ組織である。
まさしく由緒正しき大物、世が世なら大貴族といっても差し支えない。
沙耶は、そんな巨大グループの跡取り候補の一人なのである。
「三女ですけどね」
「ちょっと!!うるさいですわっ!!」
メイドのツッコミにキレ返す沙耶。
その一言だけでも、正式な跡取りには遠いらしいのは見て取れた。
「……こほん。
この立場にいれば、様々な場所には顔が効きますし、情勢についても色々と耳が入ってきますの。
もちろん、ヴァルキリーゲームズのことも」
「!!」
「最近、随分と幅を利かせてるようではありませんか」
「う……」
ニヤリと笑う沙耶に、真樹は少したじろぐ。
やはりというか、沙耶はヴァルキリーゲームズのことを知っていた。
さすがに裏社会の闘技場に出場しているのは、同門としては許せないのだろうか。
そう考えて沙耶が何を言うのか身構えていると……
「お嬢様、正直に言ってしまってはどうですか?
自分より賞金額が多い大型新人が現れて悔しいですって」
「ちょっと!!別にわたくしは悔しいなんて!」
「よりにもよって姉妹弟子が、自分より高い金額を賭けられて。
プライドが大変に高いお嬢様はそれはもう、枕を食い破るくらい歯噛みしておりまして」
「ちょっと!!変に話を盛らないでくださいませ、枕を食い破ったりしてません!!」
「そうですね、窓に叩きつけて窓ガラスを割ってしまったり」
「してません!!!」
突然始まった、メイドとのコントのような掛け合い。
どうもこの沙耶お嬢様というのは、威厳というものを作ることが出来ないらしい。
だが、そんな掛け合いの中に無視できない言葉があった。
「も、もしかして沙耶ちゃん……」
真樹は目を見開いて驚く。
その意味を察してか、沙耶は得意そうに笑う。
「ふふん、わたくしこそは王坂コロシアムのナンバーワン・ルーキー!
月光王女・沙耶ですわ!!
おーっほっほっほっほ!!」
ばーんと胸を張り、口元に手を当てて高笑いをしてみせる沙耶。
高飛車なお嬢様という肩書がピッタリなほどのポージングであった。
「ちなみに、最高金額は60万3200燕でございます。
今年行われたノービスクラスの試合の中では、真樹様が大山様と戦った時の62万7300燕に次ぐ金額でございます」
「ちょっと!!いちいち比較しないでくださいませ!」
「ついでに言うと、ノービスクラスに上がった時の賞金額は51万3400燕。
今年の新人の賞金額も、真樹さんの52万2800燕に続く2位ですね」
「まるでわたくしが永遠のナンバー2のような言い方はよしてくださいな!!」
メイドにツッコミを入れる沙耶に対して、真樹は驚きを隠せない。
久しぶりに出会った旧友は、ただの姉妹弟子ではなくなっていた。
自分と同じく、裏社会で戦う女戦士。
それも、もう一人の『50万の女子校生』という肩書を背負った娘になっていたのだ。




