10-9:満足感
「ふぅ……」
暖かい湯が心地よい。
やはり戦いの後のお風呂は最高だ。
もはや恒例となっている、戦いの後の温泉入浴。
キョウト・コロシアムの施設の奥にある入浴施設で、真樹はゆっくりと身体を休めていた。
「…うん、身体に異常はなし、かな」
改めて自分の身体を眺めてみるが、特に異常は感じられない。
雅から受けた傷も、今は痛みが引いている。
あれだけ殴られ蹴られたというのに、こうして身体を元気よく動かせているのだ。
我ながら、身体がだいぶ頑丈になっているものだと思う。
「今回は、ホントに雅さんのおかげで得るものが大きかったなぁ…」
こんなに晴れやかな気持ちで入浴できているのもいつぶりだろう。
やはり文句なしで勝利を得られた上に、神氣をある程度使いこなせるようになったのは大きいか。
当初の相手だった蘭小路との戦いは、あまりにもあっさりと決着が付いてしまった。
神氣を習得している真樹は、普段の動きでさえ超人クラスの域に達しつつある。
己の衝動のままに一気に勝負を仕掛けた結果、盛り上がりどころを失う放送事故になりかけたのだ。
だが、そこで名乗りを上げてくれたのが雅だった。
元マスタークラスという女警部は、どういうわけか自分に興味を持ってくれているらしい。
そして今回、そんな自分に挑戦を叩きつけるという形で試合を組んでもらえたのだ。
雅との戦いは、本当に得るものが多かった。
なんといっても、神氣を使った者同士の対決を、こんなに早く経験させてもらえるとは思わなかったからだ。
雅が操る神氣は、もはや鬼氣とでもいうべき凶悪な力であった。
会場を破壊しつくしながら襲ってくる鬼の姿は、正直恐ろしかった。
改めて思い返すと、本当によく勝てたなと今更ながら思う。
そして、あれが神氣のリスクでもあることも知った。
神氣がもたらす強烈な破壊衝動に身を任せるとどうなるか、雅は身を以て見せてくれたのだ。
同時に、それが真樹自身が目指しているものではないということも自覚できた。
真樹が憧れている者、目指している姿は、決してあのような形ではない。
それが自覚できたからこそ、神氣・羽衣を発動できた。
聖女形態と呼ばれた、自分が初めて神氣を発動した時の姿。
これまでやりたくても出来なかった自分の理想の形を、ついに己の力で引き出してみせたのだ。
自分の腕を改めて眺めてみる。
女子校生としてのこの細腕から、あれだけの力が溢れ出たのだ。
間違いなく超人の域へと入ろうとしている。
「大丈夫。私は、ちゃんと前へ進めている」
だが、そこに後悔はない。
戦士として戦うと決めたのだから。
試合に勝つことは出来たし、神氣も扱えるようになってきた。
エキスパートクラスにも昇進したし、賞金最高額も更新。
傷心の里帰りからの復帰1発目としては、この上なく大成功だろう。
「…………あぅ」
そこまで考えたところで、ふっと真樹の顔が赤くなる。
試合のことを振り返ったことで、つい試合の後のことまで思い出してしまった。
無論、ペナルティのことだ。
当然ながら、敗者である雅は観客の手で弄ばれることになる。
だが、そんなことは分かりきっている女警部。
あろうことか、自ら身体を晒すような真似を見せたのだった。
ボンテージ衣装に身を包み、男どもを足蹴にしつつ、自らの裸を押し付けて気持ちよくさせてやる。
ついには、わざわざ相手の男をぶん殴るような真似をした。
ペナルティの権利を獲得した者を殴れば、制裁として会場中の男が襲い来ることになる。
しかし、そんな状況をむしろ自ら受けに行ったのだ。
怯むどころか、全ての男を食いつくさんという勢いで向かっていったのだ。
そして結局、最後にリングの上に立っていたのは彼女の方という有様。
生放送で数多の人が見ている前で、何十人という男どもを食らいつくす。
堂々と痴態を晒す姿に、真樹は唖然となったものだ。
まさか、警察である彼女が、あそこまで豪快に男達に攻めていけるとは……
「凄かったなぁ……あんなに、えっちに……」
神氣を扱う者のリスクとして、己の欲望の肥大化があるというのは瑠璃亜から聞かされている。
それは、いわば性欲さえも対象。
ペナルティを受けることによって目覚めてしまい、己の欲望の赴くままに性を貪る変態になってしまう。
言葉だけでは馬鹿馬鹿しく聞こえるが、それが本当に起こり得るリスクであると、まざまざと見せつけられたのだ。
雅の方はきちんと覚悟が決まっていたせいか、正気を保っているようには見えた。
とはいえ、数多の男達相手に嬉々として食らいつきにいける辺り、痴女であるという自覚はしているらしい。
「負けたとしても、あんなに……いやいや、私は流石に……」
真樹はつい考えてしまう。
もし自分が負けた時、自分もあれだけの痴態を晒すことになってしまうのだろうか。
そんな中で、正気を保っていられるのだろうか、と。
「あはっ、まーた悩んでる」
「ひゃうぅっ!?」
急に声を掛けられて、思わず飛び上がる真樹。
振り向くと、梨花がいつの間にか浴場へとやってきていたのだ。
その傍には、今日の相手である雅もいた。
「ふふ、お邪魔するよ」
鬼の女警部は、優しく微笑んで湯船へと入ってくる。
雅の表情は、戦闘時ともペナルティ時とも違う、イケメン系女子へと戻っていた。
しかし、その柔らかな肉体は、彼女が立派な女性であることを物語っている。
ぴしりと鍛えられたのが分かる肉体ながら、胸と尻に立派な膨らみを見せており、煽情的で大人な女性としての体型を見せつけてくるのだ。
先ほど梨花にも協力してもらい、洗い終えた身体は美しいものだ。
今日のペナルティはかなり激しいものであったはずだが、それを感じさせないほど余裕な雰囲気を出していた。
紛れもない美女の追加に、真樹は思わず赤面してしまう。
そんな少女の態度にも構わず、雅は労いの言葉を掛けてくるのであった。
「まずは、エキスパートクラス昇格おめでとうと言っておこうか。
こんなに短期間で、ここまで駆け上がる奴は久しぶりだな」
「あ、ありがとうございます……」
男前な雅に微笑みかけられ、真樹は委縮しながらも応える。
実際、エキスパート昇格早々に雅を破ったことで、真樹の評価はうなぎ上りだ。
序列を大きくすっ飛ばして、早くもマスタークラスへの挑戦権が噂されるほどになっている。
デビューして1年も経たぬうちに、ここまでの戦績を見せた者は確かに数少ない。
名実ともに人気選手となった真樹に対する注目は、更に高まっていくだろう。
いい意味でも、悪い意味でも。
「そういえば、そもそも雅さん、なんで姜都に?」
浴場での雑談もそこそこに、真樹は試合前から抱いていた疑問を口に出した。
雅は言わずもがな、三都勤務の警察官である。
管轄でもある地域を離れていること自体、珍しいコトなのではないか。
「うむ、試合前にも言ったが、ちょっとした捜査でな。
こっちの捜査官と少し情報交換をする予定だったのだ。
だが、どうやら手違いがあったようでな。
結局会えずじまいさ」
それはそれで問題があるのではないか、とも思うのだが。
警察は世の中で事件が起きれば、常にひっきりなしに動く仕事である。
思わぬ形で都合がつかなくなることもあるのかもしれない。
「ただ、そのせいで暇が出来てしまってな」
「それでヴァルキリーゲームズに来るってのもおかしな話だけどねー」
梨花の突込みに真樹も頷くしかない。
単に暇つぶしをするにしろ、わざわざ裏社会の興行を見に来るとは。
まぁ、ちょっとした監視も兼ねているのかもしれない。
「ふふふ、そう言わんでくれ。
たまには私も戦わんと腕が鈍る。
男どもの欲望の強さというのも、久しぶりに肌で感じれたことだしな」
むしろ欲望が強いのは雅の方では、と真樹は思うが口には出さない。
かつて雅が言っていた、この国では常に男達の不満が燻っているという言葉。
その発散の場として、この淫らな罰ゲームのある闘技場が黙認されているという現実。
確かに、裏社会に渦巻く欲望の強大さというのを感じられる一戦であった。
「まぁ、私個人としても、ヴァルキリーゲームズは利用できるうちは利用するさ。
私自身の目的のためにも、な」
雅はそう言って、片目を手で塞ぐ。
「そういえば、雅さんオッドアイなんですね」
「あぁ、知らなかったのか?
右目は義眼だよ。
だいぶ前に視力が弱ってね、恰好つけるために義眼にしている」
「あ、すみません……」
「ふふ、気にしなくていい。
誰だってこの目を見れば、疑問に思うからな」
雅は左右で違う瞳をしている。
義眼だという右目は、吸い込まれそうなほど美しい薄い水色の瞳だ。
左目の濃いブラウンとは随分と主張が異なり、謎を秘めた神秘性を高めている。
元々イケメンな顔つきなこともあって、人を惹きつける要素にもなっていた。
「ついでにいえば、こいつは病気じゃなくて、ちょっとした事件で失った物さ。
私は今も、その事件の首謀者を追ってる。
だからこうして、裏社会に出入りしてるのさ」
「そ、そうだったんですか……
…いいんですか、話しちゃって」
「ふふ、このくらいは構わん。
事件の詳細までは教えられんがね」
雅がヴァルキリーゲームズに参戦する大きな理由。
それは、自身の右目を奪った者を見つける事だ。
間違いなく裏社会にいるであろう、表沙汰には出来ないような悪人。
警察官として、そいつを見つけ出し捕らえることが、雅が裏社会に出入りする理由であった。
そのためならば、危険なゲームにも参加することもいとわない。
雅ほどの人がこのゲームに参加しているのが、単なるえっちなお遊び目的なだけでなく、ちゃんと警察官としての理由もあったことに、真樹は少し安堵する。
戦闘狂なところも色欲魔っぽいところも、あくまで彼女の一部に過ぎない。
芯の部分は、ちゃんと警察官だったんだと感じるのだ。
「ただ……そうだな。
それとは別件で、今は裏社会でちょっとした動きがあるようだ。
真樹は知ってた方がいいかもしれんな」
「動き?」
雅は、最近の裏社会で起こっていることで気になっていることがあった。
それは、目の前にいる若い戦士にも無関係ではない。
「うむ。
一応確認するが、真樹は雌豚落ちという言葉は知っているか?」
「え、えと、ざっくりとですが……」
顔を赤らめつつも頷く。
「ふむ……念のため説明しておくか。
知っての通り、ペナルティは早い話、エロい罰ゲームだ。
負けた女は、高い賞金を賭けた男達の手によって、その身を弄ばれてしまう。
だが、これにハマってしまい、性的な刺激を求めて風俗嬢になってしまう女戦士も少なくないのだ。
ひたすらエロ事業に赴くようになり、コロシアムで戦わなくなった脱落者のことを、ヴァルキリーゲームズでは雌豚落ちと呼んでいる。
ここまではいいか?」
顔を赤らめながらも、真樹はその言葉にうなずいた。
今年のミト・コロシアムでも、真樹と大山以外の同期は、みな雌豚落ちしてしまったというのは知っている。
自分たちの知らないところで、日夜誰かに抱かれにいっているというのは聞いたことがあった。
「で、だ。
どうも最近、雌豚落ちした元・女戦士ばかりを集めた会合というのが、各地で開かれているらしい」
「え"……」
雅の説明に真樹は絶句。
「まぁ、当然ながらえっちぃことしてるんでしょうねー」
「なんでも、『堕天使倶楽部』とかいうらしい。
若い男女ばかりが集まって、夜な夜な遊んでいるというものだ」
梨花の反応もよそに、雅は説明を続ける。
雌豚落ちとなってしまった女性達は、当然ながら性に対してかなりオープン。
お金のため、あるいは刺激のため、喜んで男達と夜遊びしてしまうような女達だ。
そんな者達を集めてお楽しみをするという集まりが、全国各地で起きているらしい。
「まぁ、エロいことが好きな男女が集まって遊んでいる、というものだからな。
表社会から見たら眉をひそめるものではあるが、特に警察が動くような事態でもない。
一応は裏社会での動きだから、介入しづらいというのもあるがね」
これが誘拐とかして無理やりしているとかなら当然問題になるのだが…
あくまで当人たちの同意の元、楽しく遊んでいるというものだから余計に厄介だ。
裏社会にハマって悪い遊びをしていると言えなくもないが、事件性が低いだけに警察が出張るのも大きなお世話になってしまう。
この程度でいちいち介入なんかしていては、表社会と裏社会の分断を招くのみ。
それで社会が混乱しては意味がないと、警察としては静観するしかない。
「ただ……集まっているのが若手ばかり、というのは気になる。
集められる女子は、雌豚落ちした女戦士ばかり。
それも、ここ最近の新人がほとんどだ。
集まる男も若い男子ばかりらしく、中には裏社会に慣れてない者もいるらしい」
この動きに参加しているのが、若者ばかりというのを雅は危惧していた。
今はまだ楽しい遊びなだけで済んでいるが…
まだ社会についてどこか甘く見てるような若者が、いつか表社会に迷惑かけるようなオイタをしでかさないかという危惧はあった。
「そんな奴らが、全国各地で集まっては交流してる、というのでな。
我々としては警戒することしか出来ないが、かとって無視するには少々危なっかしいなと思ってな」
何より、この動きが全国各地で起きているというのが不気味であった。
ヴァルキリーゲームズのコロシアムは確かに全国にあるが…
各地の若い男女が、ヴァルキリーゲームズを通して一種の結束を見せている。
それも、エロいことを通して繋がっているという、絶妙に悪徳で無視しづらいコミュニティとして。
「にひひ、若手ばかり集められてるってことは、当然真樹ちゃんも狙われてるってことだよねー?」
「だろうな。まさに、引き込みたい女子ナンバーワンじゃないか?」
「ふぇっ!?」
楽しそうに言う梨花と雅の言葉に、真樹は思わず頓狂な声を上げる。
若い女戦士ばかりを集めているという『堕天使倶楽部』。
参加しているのは戦いから脱落した者、雌豚落ちした者ばかりとはいうが…
逆を言えば、自分も雌豚落ちしてしまおうものなら、声を掛けられてしまうだろう。
それどころか、自分が参加するよう、淫乱な道へ堕ちるよう、あれこれ手を回されていてもおかしくない。
「ふふ、せいぜい気を付けておくがいい。
淫乱な道に堕ちたら最後、全国各地に連れ回されることになりかねんからな」
雅の言い草に、かぁっと赤面してしまう。
エキスパートクラスに昇格し、全国的に裏社会での名前が売れた真樹。
だがそれは同時に、全国各地の男達からその身を狙われるということ。
分かっていたはずのことだが、改めて気持ちを引き締めていかないといけないだろう。
気を抜けば文字通り、淫乱な女に堕とされかねないのだ。
「って雅ちゃんが言っても、あんまり説得力ないんじゃない?
さっきのペナルティでの凄みを見せてるとさ~」
「む……返す言葉もないな」
梨花の言葉に雅は苦笑する。
先ほどまでペナルティの場に立っていた女警部だが、男達に弄ばれるどころか、完全に男達を屈服させる側になっていた。
雅は、裏社会にやってくる男どもの欲望の深さをよく知っている。
特に、自分より弱い者を嬲りたいという欲望は、大小の差はあれど誰でも持ち得るもの。
表社会では非難されるものと分かっているからこそ、抱えている輩というのは必ずいる。
裏社会というのは、そんな欲望を抱えた奴らの吹き溜まり。
ここに飛び込む女というのは、自ら生贄になりに来るも同然と捉えられても仕方ない。
それを分かった上で来ているからこそだろうか。
そんな男達に絶対負けないという覚悟を雅は持っている。
己の目的を果たすため、淫らな目に遭うとしても、それをぶち破る気持ちでいなければいけない。
その強い気持ちが、彼女自身の強さにも繋がっているのだ。
もっとも、その覚悟の結果、男達を手玉に取る女という評判にもなってしまっているのであるが。
「雅さん。
その神氣……鬼氣?
ふだん、どうやってコントロールしてるんです?」
真樹はおもむろに、神氣について質問した。
試合中に雅が放っていたのは、間違いなく神氣の一種だ。
鬼の形を模した強大な覇氣に、性格が豹変するほどの迫力。
雅自身の中に、それを為しえるほどの『強大な欲望』があることは確実だ。
ただ、今の雅はそんな危険な感じを微塵も見せていない。
真樹としては、その気の持ちようについては聞きたいところ。
普段の生活でも、時折体の中からどくんと強い衝動が起きることがある。
己の中で暴れ回る強大な欲望に、人生の先輩たる雅はどうやって折り合いを付けているのだろうか。
「ふむ……神氣、ひいては『支配者の器』のコントロールか」
真樹の質問の意図を察した雅は、軽く天を仰ぐ。
「私の場合、神氣の源になっている欲望は、破壊衝動と考えている。
これでも昔はだいぶ荒れててね、ひたすらに暴れたものさ」
苦笑しながら雅は話す。
今でこそ三都警察のエースとして活躍している雅だが、これでも昔はやんちゃしてたようだ。
「ただ、力を振るいつつも、それが役に立てるようにと思って、警察に入った。
犯罪者相手なら、容赦なくぶん殴れるからな。
過剰防衛にならない程度に、暴れるくらいは出来るかなと思ったんだ」
ある意味、拳銃を持ってみたくて警察に入る者以上に危険だった。
苦笑しながら話す雅に、梨花はニヤニヤと笑っている。
「ただ、それだけじゃどうしても抑えられない時があるからな。
結局は裏社会というものを使って、時たま自分を発散しに来ているのさ」
彼女自身の強い破壊衝動というのは、並みのものではない。
それこそ、神氣の源となるほどの、人並外れた欲望なのだ。
どれほど抑え込んでも漏れ出してしまうものであるがゆえに、どこかで発散させなくては抑えきれない。
警察官としての職務を果たすためならば、別に選手になる必要はない。
だが雅は、自身の欲望を満たし、自身の心のコントロールのため、あえて女戦士になることを選んだのだ。
「欲望ってのは生きる糧だ。
生きていれば必ず何かしらの欲望が沸き立つもんで、こればっかりはどうしようもない。
ただ、欲望が沸き立つ以上、何かで満足感を得られることでコントロール出来るんじゃないかと思ってる」
「満足感……」
「戦いの勝利でもいいし、美味しいものを食べるでもいいし、こうやって温泉で気持ちよくなるのもいい。
それこそ、エロいことで発散してもいい。
そうやって何かに満足感を得ることで、欲望で昂る気持ちを霧散させられるんだ」
雅は神氣のコントロールのため、1つの仮説を立てた。
「欲望ってのは、何かを叶えたいという願いであると同時に、それを求めるストレスそのものだ。
それが叶えられた時、満足感と共にストレスが緩和される。
心を落ち着かせることが出来ると思ってる」
強大すぎる自身の欲望をコントロールに必要なのは、心を満たせる満足感なのではないか。
雅はそう考えていた。
「そして、その満足感が叶えられなくなるというのが分かっていれば、その欲望を抑えることが出来る。
それが理性だと考えてるんだ」
これがもう1つの仮設。
欲望の赴くまま行動した結果、満足感を得られなくなるのであれば、その欲望に対してブレーキを掛けることが出来るのではないか。
「欲望に対する理性、心のコントロールってのは、究極には得と罰だと思う。
『これをしたことでいい思いが出来るということ』と、『これをしたらマズいことが起きる』と理解できること。
自分に対するご褒美と罰……デッドラインを用意しておくといいかもしれんな」
雅なりの神氣のコントロール法。
それは、自分の中にある強大な欲望に溺れかけたとしても、それに沼らない最後の一線を自分に課すことであった。
「私の場合、どれだけ暴れても、決して人を殺さないというのをデッドラインにしている。
万が一起こせば、表社会・裏社会のどちらでも生きていけない。
警察という立場になったのも、それがよりダイレクトに重しとなるようするためでもあるのさ。
警察官の犯罪というのは、他よりも厳しく処罰されるからな」
一見当たり前のように聞こえる、人を殺さない意志。
しかし、強大な破壊衝動を抱えてる雅は、そんな常識をたやすく飛び越えかねない。
故に、自分で改めて己に課しているのだ。
どれだけ危険な状況であっても、殺人拳に堕ちないようにする。
それが、自分が自分を許せなくなる、絶対に超えてはいけない最後の一線。
こうした、一見常識的なことさえも、改めて心に問い直す必要がある。
なにせここは、表社会の常識が通じない裏社会なのだから。
そこで生きるための自分の理性は、自分で制御していかなければならないのだから。
「まぁ、ヴァルキリーゲームズじゃそもそも殺しはご法度だから、これはあまり参考にならんか。
殺し上等な闘技場とは違うものな」
雅は苦笑する。
職務の関係上、そういった施設とも縁があるのだが、あちらはヴァルキリーゲームズに人気を持っていかれて、すっかり寂れている。
雅とて、参戦するなら自分をイイ女と持て囃してくれるヴァルキリーゲームズの方が良い。
「なんにせよ、たとえ理性を失いかけても、これだけは絶対にしないと心に決めたものがあるといいだろうね」
「自分の理性、かぁ…」
雅の言葉に真樹は唸る。
自分が絶対にやりたくない、やってはいけないと思うことは何だろう?
改めて考えてみると、すぐにはパッと思い浮かばない。
「まぁ、自分の心というのはなかなか分からんものだからな。
戦っていくうちに見出していけるさ。
それまで、変な倒れ方をしないように気をつけていけばいいさ」
雅はそう激励するのだった。
神氣使いのコントロールは、結局は己の心の持ち方次第。
結局は本人で考えるしかない。
湯船に漬かりながら悶々とする真樹を、先輩たちは微笑みながら見守るのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます!
久々の更新となります。
ようやく先へ進められそうだ!
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