1-6:お風呂会話
ミト・コロシアムには、選手たちが入れる大浴場が併設されている。
温泉旅館かと思うほど、立派な浴槽を備えた風呂場。
戦いで疲れた身体を癒すのにもってこいだ。
所属する選手であればいつでも無料で入ることが出来るので、普段からわざわざこのためにコロシアムに出入りする者もいるという。
なお、当たり前ではあるがここは女湯。
男子禁制である。
ここは心身ともに休めるための場所。
あんなペナルティが存在するゲームではあるが、そこの分別は弁えているので安心していいというのは梨花の言葉だ。
若干の不安を感じつつも、目の前にある温泉という魅力には抗えず。
真樹は疲れた身体を引きずり、素直に風呂に入ることにしたのである。
「ふぅ……」
湯舟に浸かった真樹は大きく息を漏らす。
なんとかデビュー戦は勝利を飾ることが出来た。
習ってきた武術は確かに通用したし、『とっておき』はまだ使用していない。
ある程度のクラスまでは十分駆け上がれるだろうという手応えはあった。
しかし一方で、最強には程遠いことも実感した。
予想外の反撃を喰らった膝、途中から荒くなった自分の連撃、通用したとはいえ焦りの中で放った大技……
今日の試合の動きを頭の中で反芻するだけでも、いくらでも反省点が出てくる。
それに何よりも……
「ほい、お勤めご苦労さん」
大浴場に、今日の対戦相手だった梨花が現れた。
先程までシャワー室で全身を洗い流していたアイドルもまた、悠々と湯船につかる。
「いやー、試合の後は温泉に限りますなー♪」
呑気な顔をして言う先輩女戦士。
そこには、試合に負けた悲壮感は特に無いように見える。
「梨花さん、その、大丈夫なんですか?」
「んー?いやぁ、あの腹パンは確かに痛かったけど、まぁ殴り合いの世界だからそのくらいはよくあるっしょ」
「いえ、そっちではなく…」
真樹の顔が少し赤くなったことに気付いた梨花は、にやりと笑う。
「いやぁ、このゲームに参加する以上、アレくらいは普通だし。
アタシはもう慣れっこだしねー」
「そう、ですか…」
にへらっと梨花は笑う。
負けたら色々なことをされてしまう、そんなことは分かっているのだ。
分かった上で、それでもこの戦いに臨んでいる。
それは梨花とて同じなはず。
それでも、真樹にはどうしても気になったことがある。
「どうして手加減したんですか?」
「…………ほほぅ?」
一瞬の沈黙の後、目を細める梨花。
まるで値踏みするかのように真樹を見る。
こんな指摘をしてきたのは、新米の中では彼女だけだ。
いい勘をしている。
確かにこの子は、実力は他の新人より頭一つ抜けているのかもしれない。
「いやー、かよわいオンナノコ役も大変なんだよねー。
けど、初っ端から手の内明かすのもアレじゃない?
真樹ちゃんだって、まだ切り札色々と持ってるんでしょ?」
「それは、そうですが」
「にゃはは、真面目だねー真樹ちゃんは」
手加減していることは否定しなかった。
ただし、あくまでも自分の意思で手を抜いている様子だった。
「まー、単純に試合に勝つより、ファンを増やす方がアタシは好きなわけよ」
梨花はそう答える。
よくよく考えてみれば試合中の彼女は、攻撃も防御も、派手に足を動かしていた。
真樹はそれに何か違和感を感じていたのだが、その意味をようやく理解した。
あれは、観客に見られることを意識した動きだったのだと。
「ま、アタシは最強とかには特に興味ないし。
テキトーに稼いで、テキトーにチヤホヤされて、テキトーに楽しめればそれでいいしー。
エッチなこともキライじゃないし、それで生きていけるんなら別にいいしねー」
へらっと笑いながら、ヒラヒラと手を振る。
観客に弄ばれることも、むしろ楽しんでいる様子だ。
「ま、最弱キャラってのもそれはそれで都合がいいのよ。
負けるだろうってみんな期待するから。
ただ女に触りたいってだけなら、アタシに賭ければまず間違いないしねー」
「けど、それでは稼げないんじゃ?」
負けた場合もファイトマネーとして最低限、本当に最低限の金額が支払われる。
だが、このゲームでは勝者と敗者では、もらえる金額が天と地ほどの差がある。
そこはどう思っているのだろう、と思った真樹だったが。
「ファイトマネーはもらえないけど、コロシアム専属としての特別ボーナスはもらってるよー。
その気になれば絶対ちゅっちゅく出来る子がいるってなれば、この闘技場自体に固定ファンつくしー。
アタシこう見えても、表の世界でもアイドルだから、話題にもなるしねー」
大抵の女戦士は、コロシアムと契約して所属する。
主に試合のマッチングをコロシアムに請け負ってもらい、そこで提示された試合に臨むのだ。
一方、コロシアム専属になると、運営にも関わるようになる。
梨花は試合以外にも、コロシアムの運営や新人教育といった仕事も請け負っているのだ。
その分の仕事料を、ボーナスとして貰っているのである。
「あとね、ヴァルキリーゲームズの試合って、実は映像になってて売られるんだよ」
「それは…聞きましたけど」
これも契約時に聞かされていた話だ。
このゲームの試合は全て録画されている。
裏社会ゆえに表には流せないが、その手の映像を扱うところを通して売られているのである。
試合の様子も、その先のことも……
「つまり、いっぱい試合してるってことは、売れる映像がいっぱいあるってことー。
その辺の印税も、ちゃんともらってるよー。
いかにもブラックな裏稼業なくせに、そういうところはホワイトだよねー、ここの闘技場」
試合の映像が売れれば、その分の利益の一部も女戦士に支払われる。
勝っても負けても、ちゃんと売れる映像があるのである。
やろうと思えば、出演料だけで生活することも出来なくはない。
「つまり、ファイトじゃなくてパフォーマンスで稼ぐタイプなの、アタシは。
お金を賭けられるんじゃなくて、お金を掛けられるタイプの女戦士なの。
こういう人もヴァルキリーゲームズにはいるから、覚えといてねー」
「そういうものなんですか…」
「こういうのが好きだから、このゲームに参加してるとこあるからねー。
ま、真剣に戦いに挑む君みたいな人は、いい気はしないかもだけど」
それ自体はいい。
ゲームに参加する理由は人それぞれだ。
それを否定する気は無いし、こういうタイプもいるだろうなと予想はしていた。
だが、まだ納得しきれてはいない。
「それだけの腕があるのに、わざと負けてるんですか?」
実際に手合わせして分かった。
彼女はかなり腕が立つ。
もしも梨花が本気で戦ったら、勝敗は分からなかっただろう。
「まーねー。
負け続きキャラっていっても、イイ感じに負けないと観客も興醒めだし。
それに、たまには勝つよー。
見込み無さそうな子や、雇っても闘技場の利益にならなそうな相手は、アタシが偶然倒しちゃうの。
これでも門番代わりになってるからねー」
真樹の疑念に対し、梨花はさらりと答える。
彼女はただ、仕事をしただけなのだ。
ビギナークラスの門番として、入門試験の相手を請け負っただけだ。
「というわけで、君は合格ー♪
これからも頑張ってねー」
そう言ってニコニコと笑いながら、梨花は真樹の肩を叩く。
無事にスタートを切れた喜びと、明確に手加減された悔しさ、複雑な感情が溢れる。
いつか梨花の本気を引き出す。
真樹にとって、ヴァルキリーゲームズに挑む目標が、また1つ出来上がったのだった。
その後、真樹は一足先に風呂から上がっていった。
一人残った梨花はにこやかに浴槽にもたれかかる。
「いやー、ウブだねー。
あんな時代がアタシにもあったなー。
せいぜい頑張ってほしいもんだねー」
真樹は真剣にチャンピオンになろうと思っている。
本気で挑むこと自体は悪いことではないし、応援はしてあげようと思う。
とはいえ、自分がそれに付き合う気は特にない。
最弱キャラという立場に、別に不満は無いのだから。
「…それに、アタシは弱いって思ってもらった方がいいことは、他にもまだあるしねー」
ひとり呟く梨花の頭は、もう次の仕事に切り替わっていたのだった。




