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第一章 ~『浴びせられた拍手』~


 エリス商会を後にしたアルトたちは、近くにある甘味処を訪れていた。テーブルの上には、焼きリンゴのデニッシュと、リンゴジュースが並んでいる。


 行儀が悪いと知りながらもデニッシュを掴んで噛り付くと、サクッという歯ごたえと共に、舌の上で甘みが広がった。


「このリンゴ、美味しいですね」

「隣のフーリエ領から直輸入してきたそうだ。あそこは農作物が名産だからな」

「いつか一緒に行ってみたいものですね」

「一緒にか……」

「失礼しました。厚かましい願いでしたね……」

「逆だよ。私と一緒に行きたいと提案してくれることが嬉しいのさ」


 媚を売るための提案でないことが分かるからこそ、何気ない一言に感動する。美味しそうにリンゴを口にする彼女に、愛おしさが湧き上がってくる。


「ねぇ、あの人……」

「連れの女性は可愛いのに」

「勿体ないよねぇ」


 ヒソヒソと店内の至る所から声が聞こえてくる。クラリスが美しさに磨きをかけたからこそ、アルトの醜さが際立つ。嘲笑が客たちの口元に張り付いていた。


「お客様、少しよろしいでしょうか?」


 甘味処の店長と思しき人物が、恐る恐る声をかける。


「実はお客様のお顔が見苦しいと苦情が届きまして……お連れ様も含めて代金は結構ですので、退店していただけないでしょうか」

「…………」


 アルトが公爵だと知らないが故の無礼だ。だがこのような経験は一度や二度ではない。冷静な態度で立ち上がる。


「分かった、退店しよう。ただクラリスには食事を続けさせてくれ」

「お連れ様でしたら我々としても構いませんが……」

「いいえ、私も一緒に出ます! さぁ、行きますよ、アルト様!」

「お、おい」


 アルトの手を引いて、クラリスは店を飛び出す。珍しく怒りで頬を膨らませていた。


「何ですか、あの失礼な店は!」

「慣れていることだ。気にしなくていい」

「いいえ、許せません! アルト様は素晴らしい人なのに、外見で馬鹿にされて……こんなの……っ……あんまりです」


 クラリスの目尻には怒りで涙が浮かんでいた。自分のために本気で怒ってくれている。それだけで、先ほどの侮辱が吹き飛んでしまった。


「ありがとう。君にはいつも救われている」

「私なんて――っ」


 振り返ろうとしたクラリスの肩に男がぶつかる。顔に刻まれた刀傷が人相の悪さを強調していた。


「おい、痛ぇじゃねぇか!」

「ごめんなさい。悪気はなかったんです」

「悪気があるかどうかなんて知るかよ。そんなものより、金だ、金。慰謝料を寄越せ」

「手持ちのお金はありません」

「ならそのドレスを置いていけっ」


 丸太のように太い腕をクラリスへと向ける。しかしアルトが庇うように、間に割って入る。。


「俺の邪魔するんじゃねぇ……って、おえっ、こんなブサイク、初めて見たぜ。気持ち悪いから近寄ってくるんじゃねぇ!」

「あ、あの……」

「なんだぁ!?」

「ア、アルト様に失礼なことを言わないでください」

「本当のことを言って何が悪い。ほら、見ろよ。街の奴らも、こいつの顔を見て笑っているぜ」

「いいえ、違います。笑われているのは、無礼な振舞いをしているのはあなたの方です」

「チッ、さっきから聞いてりゃ舐めやがって」


 我慢できなくなったのか、男は手を振り上げようとする。しかしそれよりも早く、アルトが男の腕を掴むと、背中の後ろに回して、関節を締め上げた。


「い、いてええっ」

「まだ続けるか?」

「悪かった。謝るから手を放してくれ!」

「今日はこれで許してやる。だが次同じことをしたなら容赦しないからな」


 王族として格闘術を叩きこまれてきたアルトの実力は圧倒的だった。成敗された男は一目散に逃げ出す。


 男の背中が見えなくなった頃、パチパチと拍手の雨が鳴る。いったい何事かと周囲を見渡すと、往来の人々が彼を賞賛していたのだ。


「お兄さん、格好良かったよ」

「厄介者で有名な奴だからな。成敗してくれてスカッとしたぜ」

「顔なんて関係ねぇ。男は心意気だっ!」


 拍手の雨は連鎖するように大きくなっていく。彼らは誰一人として、アルトが公爵だとは知らない。それでも純粋な気持ちで称えてくれていた。


「アルト様の仰る通り、この街は善き場所ですね」

「私の自慢の街だからな」


 心優しい人たちに触れて、アルトの口元に笑みが浮かぶ。その笑みは顔の醜さを帳消しにするほどに魅力的だった。



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