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第四章 ~『父と娘の顔合わせ』~


 父と娘。久しぶりの親子水入らずの対面に、クラリスは緊張する。喉が渇き、手も小刻みに震えていた。


「あ、あの、お父様……」

「なんだ?」

「まずはお礼を伝えさせてください。結婚を認めてくれて、ありがとうございました」

「娘の幸せを考えない親はいない。そうだろ?」

「わ、私は、勘違いしていました……ずっとお父様に嫌われているとばかり……」


 物置で育てられ、家族から無視されてきた彼女は、家族の温かみを知らない。食卓を囲む団欒も、いつも部屋の隙間から眺めるだけだった。


 父と母とリーシャ。三人の笑い声を聞きながら、固くなったパンと水で腹を満たす毎日。妹の誕生日はパーティで盛大に祝われるにも関わらず、クラリスは誕生日どころか年齢さえ覚えられていなかった。


 疎外感を感じながら生きてきたクラリスは家族愛に飢えていた。本心では両親から娘として認めてもらいたいと望んでいたの。


「私がクラリスを嫌うはずがなかろう。故にお前の幸せを願い、ハラルド王子と結婚させるのだからな」

「え?」


 バーレンの口にした言葉が飲み込めずに、頭が真っ白になる。脳が理解を拒み、聞き間違いであったと縋るように父親を見上げた。


「あ、あの、いま何と仰いましたか?」

「ハラルド王子と結婚させると言ったのだ」

「で、ですが、婚約は正式に破棄されたはずです!」

「破棄されたとも。クラリスは自由の身だ。誰と結婚するのも自由だ」

「それなら――」

「ただしクラリス、お前が自分の意思でハラルド王子を選ぶなら話は別だ」


 クラリスは誰よりもアルトを愛している。結婚相手を自由に選べるのなら、夫とするべき人物について迷いはない。


 だがバーレンもクラリスの意思が固いことくらい理解している。それでもニタニタと笑みを絶やさないのは、彼女がハラルド王子を選ぶと確信があるからだ。


「クラリスよ、お前は騙されているのだ。なにせアルト公爵は最低の男だからな」

「訂正してください! アルト様は優しい人です!」

「クククッ、だがクラリスよ。アルト公爵はお前を裏切っているぞ」

「そんなことありません!」

「なら私に付いてこい。証明してやろう」


 誘いに乗せられていると分かっていながらも、その場に留まることはできない。根拠を見た上で否定してこそ、彼の名誉回復に繋がるからだ。


 応接室を後にして、客室へ向かう。そこはリーシャの自室だった部屋だ。


「懐かしいか?」

「リーシャとの思い出の場所ですから」

「だが綺麗な思い出も今日までだ。最低の記憶で上塗りすることになる」


 バーレンが扉を開けると、猫足の長椅子の上で、胸元をはだけさせたリーシャと、激しい呼吸を繰り返すアルトが抱きしめあっていた。


 アルトの額には玉の汗が浮かび、顔は耳まで赤くなっている。彼は弁解しようと必死に口を動かしているが、その声は小さくて聞こえない。


「あ、あの、これはどのような状況なのでしょうか?」

「お姉様は鈍感ね。男と女が抱き合っている状況に疑問の余地があるかしら」

「…………」


 最悪の想像が頭を過り、クラリスの目尻から涙が零れる。嘘だと信じたくて、縋るように声を絞り出す。


「あ、あの……っ……わ、私は……アルト様の婚約者で……」

「お姉様は捨てられたの。新しい婚約者は私。理解できたかしら」

「で、ですが、アルト様は私を愛していると」

「心変わりしたのよ。でも仕方ないわよね。なにせ相手が私ですもの。女の魅力で私に勝てるはずないじゃない」

「……っ……ぅぇ……」


 クラリスは嗚咽を漏らすばかりで、言葉を口にすることができない。


 アルトとの思い出が脳裏をよぎる。辛かった時も楽しかった時も、いつでも彼は傍にいてくれた。心の底から愛されていると実感できた。


 積み重ねてきた信頼が、目の前で広がる現実を打ち破る。クラリスは涙を拭い、意志を宿した瞳をリーシャに向ける。


「わ、私は……負けません。アルト様は私の婚約者です!」

「お姉様、勝敗は付いたの。もう決まったの。だから諦めて!」

「諦めませんし、何度だって言います。私はアルト様を愛しています。それにアルト様も。ねぇ、そうですよね?」


 アルトは朦朧とする意識の中でも、クラリスの言葉をハッキリと耳にする。言葉こそ発しないが、目尻に小さく皺を寄せる。それだけの動作でも、十分に彼の意思が伝わった。


「アルト様は私が連れて帰ります」

「駄目よ。アルト様は私のものだもの。お姉様にはもっと相応しい相手がいるじゃない」

「そんな人はいません」

「いいえ、いるのよ。ねぇ、お父様」

「クククッ、そろそろ到着する時刻だな」


 バーレンが腕時計を確認する。それと同時に階段を駆け上がる音が聞こえてきた。子供のように慌てる足音の正体に聞き覚えがあった。


「ガハハハッ、クラリスはここにるのか!?」

「ハラルド様ッ」

「…………」


 ハラルドは抱き合うリーシャたちに視線を向けた後、涙で目を赤くしたクラリスを見つめる。


 その光景で何かを察したのか、眉を顰めて、怒りを露わにする。


「弟がクズだという噂は本当なのだな」

「ち、違うのです、ハラルド様。これは――」

「問答無用。クラリスよ、俺に付いてこい。必ず幸せにしてやる!」


 ハラルドはクラリスの腕を掴むと、強引に連れ帰ろうとする。


「ハ、ハラルド様、放してください」

「俺はクラリスのために心を鬼にする。恨みたければ恨め。だが夫婦となり、時が経てば、俺に感謝する日もやってくる」


 ハラルドは頭の中に都合の良い妄想を思い描くと、暴走を始める。彼の腕力で腕を引かれれば、クラリスは抵抗できない。アルトと引き離されていくのだった。


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