28.クソゴリラって呼んでごめんね
デルトリア殿下との顔合わせの日から1ヶ月がたった。
今日はまた城にお呼ばれされたので行かねばならない。
仮の婚約者とはいえ、まったく会わない訳にもいかないようだ。
あーやだなー。
どうせあのクソゴリラとちょっと話したら、嫌みをいわれて放置されるに違いない。
それなら行かなくてもいいのでは?と思うけれど城からの呼び出しを無視するには私が物凄く思い病気にでもかからなければどうにもならない。
私は昨日までいたって健康体なので急に病気にはならないし、騒げば屋敷全体が混乱に陥って大変な事になるのは目に見えている。
とても嬉しいけれど皆なぜか私を凄く可愛がってくれているので、心配をかけるのは心が痛む。
仕方がないから引き留めて泣き叫ぶお父様を宥め賺して、ジルと共に馬車に乗り込んだ。
ジルはジルでいつにも増して笑顔に迫力があって怖いので触れないようにしている。
ウィルマーに関しては言わずもがなである。
そしてまたこの間と同じ部屋に通された。
「ジル…そんな顔で扉を見つめるのはやめてちょうだい…この間のお父様とそっくりよ」
「嫌ですわお嬢様、私はただお噂のデルトリア殿下がどの様な方なのかすごーく興味があるだけですわ」
そういって私の後ろに控えながらジルは、穴が開きそうな程鋭い眼光で扉を見つめている。
はぁ…。気持ちはわかる…。死ぬほどわかるけれどジルに何かあっては困る。
「ジル、おやめなさい。貴方に何かあったらと思うと私は気が気じゃないわ…」
「お嬢様…」
感動したようにジルは私を見つめる。今度は私に穴が開きそうだけれど、不敬罪で捕まるよりよっぽどましなので放置する。
そうしているとデルトリア殿下がお越しです、という声と共に扉が開きこれまたこの間と同じように踏ん反り帰ったクソゴリラが現れた。
「ふん、またお前か!別に俺が呼んだのではないからな!勘違いするなよ!!」
「ご機嫌麗しゅう存じます、殿下。」
完全に後半は無視する。
「父上が交流を深めるのも俺の仕事だとおっしゃったから仕方なく話くらいは聞いてやる。ほら、座れ。」
陛下…恨んでよろしいでしょうか…。
「はい、ありがとう存じます」
そういって座ると部屋付きのメイドがすぐに紅茶をいれてくれる。
今日はお茶請けも用意されていて、美味しそうなクッキーや焼き菓子が並んでいた。
「お前この間兄上にお会いしたらしいな」
「庭園を散策していた時に少々…私にもお優しく素晴らしい方でしたわ」
「兄上にまで媚を売ってなんのつもりだ!!そんな事をしても俺の気持ちは変わらないからな!」
また喚きだした…。
あぁ、胃が痛い…。
「その様な考えは微塵も御座いませんわ殿下!本当にたまたまお会いしただけですから」
「ふん、信じられんな。それにあの後お前のせいで兄上に怒られたではないか!お前に優しくしろだなどと、絶対にお前が兄上にくだらん事を言ったせいに違いない!」
このクソゴリラと王太子殿下は会話をするくらいには仲がいいのだな。
と言われた事とはまったく違う事を考えて気を落ち着かせる。
そうしないとお茶をぶちまけてしまいそうだ。
「私はただ、私はデルトリア殿下に嫌われているようだ、とお伝えしただけですわ。本当の事ではありませんか」
「くっ、うるさい!早く茶でも菓子でも食って帰れよ!」
そうしたいのはやまやまですけれどね、来て早々帰れとは随分な事だ。
子供とはいえ、本当に誰かどうにかしてくれ。
「ではこちらの焼き菓子を頂きますわね」
仕方がないので高級そうなお菓子だけでも食べて帰ってやる!
はむっと口に含むと優しい甘さが口の中に広がる。思わず頬が緩んだ。
「…そんなにうまいのか」
「…?えぇ、大変美味しいですわ!うちのシェフもかなりの腕前ですが、やはり王城ともなりますとお菓子の1つとっても違いますわね」
急に話しかけてくるのでびっくりした。
「べ、別にお前の顔を見ていた訳じゃないぞ!」
わかってるわよ。
なんやねんこの王子様は。
「わかっておりますわ。そういえば殿下はステファン様とはよくお話になられるのですね」
「…あぁ。兄上は多忙だが俺ともよく話す時間を作ってくださる…ってお前に関係ないだろ!」
意外だなー。
この調子だから王太子殿下にも反発しているのかと思ったけど意外と仲はいいらしい。
「あのように素敵なお兄様がいらっしゃるのは羨ましいですわね」
「っそうだろう!兄上は凄いんだ!何でも知っているし、剣技だって近衛騎士団に引けをとらないくらい強いんだぞ!お前見る目があるじゃないか!」
王太子殿下を褒められたのが嬉しかったのか先程とは打って変わってキラキラとしている。
その様子はそこらにいる子供となんら変わりなくて少し可愛い。
「ふふ、ステファン様の事が大好きなのですね」
「う、うるさい!兄上は本当に凄いんだぞ。俺なんかよりずっとずっと努力しておられる!!それなのに…っ」
それなのになんなのよ!
もしかしたら王城内でも色々とあるのかもしれない。
あれだけ素晴らしい人柄なのにあまり王太子殿下の噂は聞き及ばないので何か理由があるのかと思ってはいたが…
「…それなのに…?」
「…お前には関係ない」
複雑なんだろうけどここまできたら凄く気になる。
「話したくないのなら良いですけれど、関係のない第3者に話すのも気が楽になるものですわよ」
「はぁ…。お前も兄上会ってわかっただろう?兄上はとても素晴らしい方だ。でもあまり目立たない容姿のせいで兄上は苦労なされてきた。今も立太子したのは兄上なのに、俺を推す声も多い。俺は王になんてならなくてもいい。兄上が国を治めるのが1番だと自分でもわかっている。それなのに勝手に兄上を害そうとする者がいる!それも第二王子の派閥の者という噂付きでだ!俺はそんな事望んでない!」
あー、重い。
予想以上に重かった。
完全に私が聞く話じゃなかった。
6歳の子供がする話じゃなかった。
「そ、それは大層なお話ですわね。でも、きっとステファン様は殿下が望んでいない事をわかっていらっしゃるわ」
「そうだ。だからこそ俺は俺の知らない所で、俺のせいで兄上が悪く言われたり命を狙われたりするのが許せない!俺は望んでいないのに!」
なんだ、案外悪い奴じゃないじゃないか。
ただ兄上が好きな可愛い弟だ。
クソゴリラって呼んで悪かった。
「…ステファン様にそのように思っている事はお話になられたんですか?」
「…言える訳がないだろう。兄上には余計な心配をさせたくない…俺は俺で自分の出来る事をする。俺だって王子だ。臣下として未来の王に降りかかる火の粉くらい自分で払って見せる」
なんか凄くカッコよく見えてきた。
こんなに小さいのに本当は凄く悩んでいたんだ。
誰にも言えずに自分で何とかしようとしている姿はいじらしい。
でも6歳の子供に出来る事は限られている。それは凄くわかる。
「殿下…私殿下の事を少々誤解しておりました。申し訳ございません。殿下の王子としての心持ち大変感銘を受けましたわ!殿下、どうかそのお心をステファン様にお話ください。きっとステファン様は兄として、殿下のお気持ちを受け止めて良いようになさってくださいます」
「だが!兄上はただでさえ心労をかかえておられる!」
「私でしたら弟がもし、思い悩んで心を痛めていたらそちらの方が心配で心配でなりませんわよ」
「…そうだろうか」
「えぇ、そう思います。殿下がただの癇癪もちだと勘違いされる前にお話なさった方がよいのでは?」
「お前!…はぁ。俺だって好きでこんなバカの真似事をしている訳ではない。これも色々考えがあってだな…」
話していてだんだんわかってきたが、この王子様はバカじゃない。
バカのふりをしていたんだ。
王太子殿下のために。
自分に悪評が立てば王太子殿下に害なすものが減ると考えたのだろう。
6歳にせいぜい出来るのはこれくらいだ。
なんだか凄くかわいそうになってきた。
「お許しください。わかっておりますわ。私は今日本当の殿下を理解致しました。そしてお力になりたいと思います。ですから、ステファン様にもお伝えすべきです。人は1人で出来る事など限られておりますもの!いざという時に支えてくれる人がいるというのはとても良い事だと思うのです」
「お前本当に6歳か…?」
「殿下に言われたくありません」
そう言って2人でクスリと笑った。
「何だか意固地になってた自分が馬鹿らしくなってきた。そうだな、兄上には話しておくべきだった…。話してみるよ、俺」
「はい、そうなさって下さい。この間ステファン様と話した時も凄く殿下の事を心配なさっていましたから」
「…そうか。…悪かったな、お前を認めないとか家の事とか悪く言って。全部突っぱねるのに必死でさ、段々訳わかんなくなってきてたんだよ俺」
そう言って苦く笑った殿下は言葉の割にすっきりした顔をしていて、もうクソゴリラとは呼べない。
「実のところ最初は少しムカついてしまいましたの。でも、今日殿下とこうやってお話できて良かったですわ!」
「素直な奴だなホント!まぁ、俺もだよ。…また会いに来てくれるか?今度はきちんと俺が招待状をかくよ」
「えぇ、もちろん!」
「それと…俺の事デルトリアって呼んでも…いいぞ!」
こうして私達には奇妙な友情が芽生え、婚約者というより友達というのが相応しいきがした。
いつの間にか人払いされていた室内には殿下の侍従とジルしか残されておらず私は誰にも今日の事を話さない事を誓った。
➖帰りの馬車にて➖
「…そ、そんなに悪い方じゃなかったですわね、お嬢様!前回の話を聞いていたからどんなバカ…いえ、王子様かと思っておりましたが!」
「そうね、殿下にも色々あるのね。私も頑張らなくちゃ」
「何を頑張るのですか?」
「内緒よ!」
「お嬢様が私に秘密を…!?あぁ、もうそんなお年頃になってしまわれたのですね!!!」
と、謎の勘違いを生んでしまったようだが私は気付いていなかった。




