26.我儘王子と癒され王子
座ったはいいがこのゴリ王子は足を組んで踏ん反りかえったままこちらを睨みつけている。
なにこの状況。何か話した方がいいのか、それとも話すのを待つのが正解なのか分からない。
お行儀よくちょこんと座った私は側から見たらさぞ可哀想だろう。部屋付きのメイドも心配そうにチラチラとこちらを見ている。
「…おいお前!俺はお前と結婚なんてしないぞ!お前みたいなカマトトぶった女は気にくわん!俺は王子だぞ!」
うおーーーー俺様王子ぃいいい!
絶妙にうざい!ウザすぎる!
なんだよ俺は王子だぞって!!
私は俺様王子タイプは絶対に選ばない。どちらかというと従順騎士タイプか弟系ツンデレ少年が好きだ。
でも気に食わないでこのまま婚約が無かったことになれば御の字だ。
ならばかまわん。もっとやれ。
「なんだ!なにも言い返さんのかつまらん女だ。かのリンドバーグ家の娘もこんな者か」
家をバカにされるのはムカつく。
なによこのクソゴリラ!と言い返したい所だが不敬罪になるかもだし。
ていうか絶対に、ふっおもしれぇ女、となる未来が見える。ド定番だ。
絶対にそうなりたくない。このクソゴリラに気に入られるのだけは避けたい。
「ご、ごめんなさい。もし殿下が私との婚約が気に入らないのであれば、あの、仕方がありませんわね…」
殿下が、というのがポイントだ。悪いのは私ではない。このクソゴリラだ。
多分私の様に甘やかされて育ったのだろう。私だって前世の記憶がなければこんな風になってたかもしれない。
でもこんなクソゴリラはごめんだ。
この世界では信じられない美少年なんだろうから誰かにお譲りします。
「ふんっ自分の意見がないのかお前は!まぁいい、母上からは仮の婚約だと言われているしな。いずれお前との婚約はなかった事にしてやる」
妃殿下頼むから早い所婚約解消に踏み出してください。毎回こんな風にムカつく話し方されたら光の魔法で昇天させてしまうかもしれない。
「畏まりました。…お父様もまだお戻りになりませんし、紅茶を頂けますか?」
オロオロしていたメイドさんの方を向いて頷くとホッとしたようにお茶の準備をしてくれる。
「もう女主人気取りか?嫌な女だ」
女主人気取りかってなによ!
このクソゴリラは可哀想な私とメイドさんが見えてないの?なんなの?
「その様な事は…殿下も宜しければご一緒に如何ですか?」
「そうやって媚を売っても意味ないぞ!俺はお前を絶対に認めない!!」
媚ぃぃい?
誰がクソゴリラに媚なんて売るか!このルルノア様が海の様に広い心で受け流してあげてるっていうのに!子供と言えど王族ならもうちょっと上品な受け答えできないの?あんたバカァ?
…はぁ、落ち着いて私。これは幸せになる為の試練よ!
「さ、左様でございますか…仕方がありませんわね…あの、私がいると殿下のお気に触るようですので庭園を散策させて頂いても宜しいでしょうか?」
もう逃亡しよう…。
お父様にも城の庭園はそれはそれは見事だと聞いているので気になるし。
もう、いいんだ…このクソゴリラは見なかった事にしよう…。
「…ふんっ勝手にしろ。そこのお前、こいつについて行け。俺は侍従と共に部屋に戻る」
何人か控えていたメイドさんの中から先ほど私にお茶を入れてくれたメイドさんに声をかけた。
メイドさんを付けてくれるくらいにはまだ良心が存在するようだ。
そして殿下は言葉の通りすぐに部屋を出て行った。まぁ部屋にここまで居てくれただけマシか。
私もメイドさんに連れられて庭園に向かった。メイドさんも明らかにホッとした顔をしている。
まだ新人さんなのかもしれない。
「あの、殿下はいつもあの様な感じなのですか…?」
「…はい…。私はまだ奉公させて頂いて数ヶ月ですので殿下のお人柄についてはあまり詳しくはないのですが…」
まぁ王子様の悪口なんて言えないものね。これ以上はこのメイドさんが可哀想だ。
「そうなのですね!まぁあの様子ですと私は殿下のお気に召さなかった様なのでもう城には来られないかも知れませんわね。折角ですから庭園を楽しんで帰らせて頂きますわ!」
2人で少し微笑み合い庭園へと続く廊下を歩いた。
庭園前にたどり着くと可愛らしいバラのアーチが出迎えてくれる。
「まぁ!とっても可愛らしいわ!…あの、お父様を待たなくてはいけないから少し散策して来ても宜しいかしら?」
「えぇ、大丈夫ですよ!私もお供いたしましょうか?城内ですから危険な事は無いとは思いますが…広いですから迷われるかも知れません」
「いえ大丈夫ですわ。少し1人で散策したい気分ですの」
「左様でございましたか。では私はこのバラのアーチ付近におりますので何か御座いましたらお声がけ下さいませ」
ありがとう、と告げて庭園の中へ歩き出した。メイドさんの言う通りかなり広いようでちょっとした迷路のようだ。
私の背が低いせいもあるが、生垣も背が高めに作られていて入ってしまえば外からは見えなくなってしまうだろう。
薔薇がメインに植えられていてまるで不思議の国に出てくる庭の様だ。
癒されるなー…クソゴリラとの出会いが浄化されていく。この庭園のお陰でお城は良い思い出で終わる事が出来そうだ。
そうして暫く散策していると耳元でブーーーーーンと私の嫌いな音が聞こえた。
ハチさんである。
一瞬でパニックに陥った私は淑女しからぬ全力疾走を決め込み近くに見えたガゼボへと逃げ込んだ。
ガゼボに逃げたところでほとんど外なのであまり意味は無いのだけれど、兎に角ハチさんから逃げたかったのだ。
切れた息を整えていると不意に声を掛けられた。
「おやレディ、大丈夫かい?何かあったのかい?」
ふと顔を上げるとガゼボには先客が居たようで心配そうにこちらを見ている青年がいた。
ラフな服装をしてはいるが細かな装飾がなされていて高価そうだ。
顔は安心するくらい普通の青年である。
体は思ったよりガッシリとしているようだ。
「あ、あの、ごめんなさい。先客がいるとは思わずはしたない所をお見せしてしまいました」
「僕は全然気にしないけれど、何かあったのかい?随分慌てていたようだから」
久々に話の通じる青年に心が癒されていく。クソゴリラの後だから尚更だ。
「お恥ずかしいお話なのですが、私花が好きなのに蜂は苦手なのですわ…それで耳元で羽音が聞こえて驚いてしまって、慌ててここに逃げ込みましたの」
「ははは、そうなのか。僕の弟も蜂が苦手でね、ここには一切近づかないよ」
「あまりにも綺麗でしたので、蜂がいる事を失念しておりましたわ…」
「確かにここは花が好きなら楽しいだろうね!次ここに来る事があれば帽子を被ってくるといいよ」
「はい、ありがとうございます!あの、私はリンドバーグ公爵家が娘のルルノア・リンドバーグと申します。ご挨拶が遅れてしまい申し訳御座いません」
この服といい、この城に住んでいるかのような口ぶりからして身分が高い事は想像がつく。いかに公爵家と言えど名を名乗らないのは失礼だった。
「あぁ!ロベール公の娘さんだったんだね。確か今日は弟と顔合わせだったかな?」
お、弟…?弟!?
もしかして第1王子!?
「あ、あの、あの弟って…」
「ごめんね、僕も名乗っていなかったね!僕はこの国の王子でステファン・フォン・ガルシアと言う。宜しくね、可愛らしいレディ」
やっぱり王子様だったーーー!!
やだ、全然似てない!性格なんて真反対じゃない!なにこの癒しの天使!
これこそ王子様という感じで、優しい雰囲気が顔にも現れている。
お顔が華やかな訳では無いけれど、逆に今まで濃い顔ばかり見てきたので落ち着く。
「も、申し訳御座いません!王太子殿下とは知らず!ご無礼をお許しください」
「そんなに畏まらないで、未来の僕の義妹なんだ。こんなに可愛い義妹が出来るならば大歓迎だよ」
この爽やかな笑顔!眩しい!!
この王子様の妹にはなりたいが、あのクソゴリラとは結婚したくないので叶わないかも知れない。
「ありがとう存じます…」
「そういえば、デルトリアは居ないのかい?随分早く終わったんだね」
「いえ、あの…私はデルトリア殿下に嫌われてしまった様なのです。ですから、もしかしたらこの婚約は無くなるかもしれないと…」
「あー、デルトリアの奴また可笑しな事を言ったんだね…。君にも失礼な事を言っていたならすまないね、兄として謝罪するよ」
「いえ!!私の様な者に頭などお下げになられないで下さい!」
「ここは非公式な場だよ。只の兄としての謝罪を受け入れておくれ。あの子がああなってしまったのには僕にも原因があるんだ」
「…はい。でも、私は気にしておりませんので本当にお気になさらないで下さいませ。…殿下は昔からあの様に、あの、お元気な方でいらっしゃるのですか?」
あの様にバカなのですか?と聞きたい所だが、我慢した。
「昔は僕の後ろについて回ってとても可愛かったよ。ただ僕は数年前まで病気がちで立太子するのはデルトリアだと言われていた。だからこそ僕とデルトリアの関係は良好だったんだ。僕もデルトリアなら良い王になると思ったし裏から支えようと思っていた。デルトリアは側妃から生まれた子でね、義母上はデルトリアを王にする為に全てを注いでいた。ずっと王になる様にと教育を受けて来たんだ。だから…僕が立太子する事になって義母上は少し病んでしまわれてね。それからと言うものデルトリアはあんな調子で、我儘ばかり言って誰も寄せ付けないんだ」
こんな話私にして良いのだろうか。
完全に王家の闇を感じるんだけど。
これを聞くとあの我儘王子にも少し同情した。そして王太子殿下もその様子に心を痛めているのだろう。
「そう…だったのですね。難しい話ですわ…でも王太子殿下には何の非もない話ですし、王太子殿下が責められるいわれは何処にもないと思いますわ!私は1人の兄として頭を下げる事の出来るお優しく、良識ある殿下がこの国を治められる治世が楽しみです。ですから、殿下は負い目を感じる必要など1つも無いのです!あの、結局何が言いたい訳ではないのですが、あの、大きな口を叩いてしまって申し訳御座いません…」
この、爽やか癒し系王子には何卒平和に国を治めて貰いたい。あの我儘王子が治める事になったらとんでもない事になりそうだ。
王太子殿下の顔を見れば呆けた様な顔をしている。
「…ありがとう。そんな風に思ってくれて嬉しいよ。…君が本当に妹になってくれたら嬉しいんだけどな」
そう言って爽やかスマイルを浮かべた。
ああ、癒される。私の周りは屈折する事なく言葉受け取ってくれる人が少なすぎる。あれはおかしい。
「有り難いお言葉です…。不敬かも知れませんが、私も殿下の様な兄が欲しかったです」
「本当かい?それは嬉しいな!これはデルトリアに頑張って貰わなくては」
「はは、は…そうですわね…」
ごめんなさい、王太子殿下…。
あれとは絶対に結婚したくありません。
「あはは!わかりやすいね君は!おっと、長い間話に付き合わせてしまったね。僕はそろそろ戻らなくてはならない。また、会えるのを楽しみにしているよ」
そう言うと何処からか侍従と近衛兵が現れて彼らを引き連れて帰って行った。
何処にいたんだろう。確かに王太子1人で出歩く訳がないよね。
私の全力疾走と必死な顔も何処かから見られていたかと思うと恥ずかしい。
そろそろ私も戻るか。
あのメイドさんもずっと待たせていては可哀想だ。




