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25.ボスゴリラ襲来

 


 先生の衝撃の素顔を見てしまったあの日から先生の様子が少しおかしくなった。

 私の前で顔を隠すことはしなくなったし、なんかこう…態度がおかしい。

 ジルみたいな目で私を見るようになってイケメンなだけに少し怖いのだ。

 厨二キャッチボールも進化を遂げて私は大聖女に昇格した。

 光の魔力も大分使いこなせる様になって簡単な治癒魔法なら使えるようになってきた。

 そのおかげもあってお母様の体調はだんだんと回復している。また全快には程遠いけれども座って過ごすことが増えた。

 お父様も大喜びでラブラブ度が上がって暑苦しい事この上ない。


 そして今日は初めてお城へ行く日だ。

 昨日から行きたくないと駄々をこね続けたが、流石に王命を無視する事など公爵家と言えども出来なかった。

 お城へ行く理由だが、本当に最悪な事に私は第2王子の婚約者に選ばれた。

 第2王子と言えばかなりのイケゴリだと有名だ。そうかなりのイケゴリ。

 イケゴリなんだよな…。

 でも私の我儘で婚約破棄なんて事になったら家に迷惑がかかる。第2王子の降婿先にうちが選ばれたのは名誉な事だ。それにうちには子供が私しか居ないから私が婿を取らなきゃリンドバーグ家は存続できない。

 どちらにせよ婿を取らなければいけないのだから、王家と婚姻が結べると言うのなら家にとってはこれ以上ない婚約だ。

 でも、もしかしたら断ってくれるかもしれない。そんな希望的観測で城に向かう。

 相手の都合で断ってくれるのなら私はまた違う婚約者を探せる。

 せめて、せめて…普通の人と結婚したい!先生や前に見た犬耳お兄さんとまではいかなくても普通でいいのだ。

 結婚するんだからせめてそのくらいは選ばせて貰えたら嬉しい。

 まぁ、そんな我儘2人に言える訳ないけど…。

 お父様に言ったら是が非でも私の為にこの婚約を断りそうだ。それでは、リンドバーグ家の名前に傷が付く。

 ただでさえこの歳で婚約者ができる事に反対しているのだ。公爵家ともなれば普通なのだが何せ私に甘いからな…。


「お嬢様、そろそろ参りませんと遅れてしまいますわ。でもお嬢様がどうしても、どうしても行きたくないと言うのならこの私、お嬢様を連れて隣国へと愛の逃走劇を繰り広げる覚悟がございま「さぁ、行きましょうか!ジル!」す…」


 大変残念そうにこちらを見てくるジル。

 ジルですらこの様子なのだからうちの屋敷内が平和なはずがない。

 料理長にいたっては出刃庖丁を両手に携えてお嬢様が結婚…お嬢様が結婚…と呟きながら何処かへ行こうとしてたので彼が犯罪者になる前に必死で止めた。

 メイドや従僕達も殺気立っていて所々で折れたモップや千切れた布巾を手にする者たちも見た。

 御者のウィルマーは昔から馬を見せてくれたり手遊び歌を教えてくれたり可愛がってくれていたのだが、馬を逃がそうとしていた所をギルバートに現行犯逮捕されているのを見た。

 しかしそのギルバートがウィルマーにまだ早い、今だと辻馬車を手配出来てしまうと謎のアドバイスをしていたのでもはや止める人は私しかいない。

 皆を犯罪者にする訳にいかないので仕方がないから私は早めに屋敷を出る事にした。勿論お父様も一緒だがお父様が大人しくしているのが一番怖い。

 流石に王家からの登城命令だし諦めたのかと思っていたのだが出がけにニコニコしながらルドルフ先生に連絡しようとしているのを見て察した。

 ルドルフ先生ならば城ごと破壊しかねない。国家反逆どころか2人揃ってこの国を滅ぼしそうだ。

 ルドルフ先生への連絡を阻止し、泣き喚くお父様を馬車に乗せた頃には疲れ切ってもう一歩も動く気がおきなくなっていた。

 馬車の中で半目のままお父様を見る。

 お父様はデカイ体を縮こまらせて体育座りをしている。

 私を責める様な顔で見ているが家の為に向かうのだからそんな顔しないで欲しい。

 本当にやめて欲しい。

 いくらお父様がイケゴリでもめちゃくちゃ怖い。

 もう、少し眠ってしまおうと目を閉じると疲れで直ぐに眠りに落ちた。

 目を開けると既に城門を抜ける所で、汚れ1つ見当たらない真っ白な壁が目前に迫っていた。

 チラリとお父様をみるとどこを見ているのか焦点の合わない目で窓の外を眺めている。これはやばいな。

 馬車が乗り合い場に止まると御者のウィルマーがお父様と同じ顔でドアを開けてくれた。こっちもやばいな。


「あ、ありがとうウィルマー。お父様も、ほら行きますわよ!しっかりなさってください!」


 お父様はふらりと立ち上がるとウィルマーに帰るぞ、と告げた。

 ウィルマーの目がキラリと光ってはい!!と叫ぶとドアを閉めようとしたので無理やり地面に降り立ってお父様を引きずり出した。

 私が手を引いて歩き出すとゆっくりだが歩き始めたので諦めたのかと安心して見上げると今度は据わった目をしている。

 これは本当に危ない奴だ。

 敵を見つけたボスゴリラの目だ。


 城のメイドに案内され城内に足を踏み入れるとその豪華さに目を見張る。

 うちの屋敷も相当すごいと思っていたがこれは桁違いだ。一分の狂いもなく整えられたロビーホールにはゴミ1つ見当たらない。

 案内役のメイドも上級使用人であろう。所作が美しく気品がある。


 案内され応接室につくとかけて待つように言われた。お父様は入ってきた人間を射殺さんばかりの目でドアを睨みつけている。


「お父様!いい加減にして下さい!不敬罪で捕まったらどうするのですか!」


「…ルルを取られるくらいなら…私は国でも覆して見せるよ」


「な!お父様!その言葉こそ聞かれたらまずいです!お母様に言いつけますからね!」


 お母様に言いつけると言うと急に大人しくなった。

 ほっとしているとメイドがノックの音がしたかと思うと入って来た。


「お待たせ致しまして大変申し訳ございません。デルトリア・フォン・ガルシア殿下がお越しになりました」


 入ってきた少年はサラサラのブロンドに気の強そうなペリドット色の瞳が王子様っぽい。

 しかし何より目を引くのはその容貌で今まで出会ったどんな男の子よりもゴリラ似だった。

 この歳でお父様に勝るとも劣らないゴリラ加減だ。これはもう将来ボスゴリラになるべくして生まれたとしか思えない。


「ロベール・リンドバーグと申します。ご機麗しゅう存じます、殿下」


「お初にお目にかかります。ロベール・リンドバーグが娘、ルルノア・リンドバーグと申します。ご機嫌麗しゅう存じます、殿下」


 殿下はふんっと鼻を鳴らした。


「…まぁいい、座れ」


 ちょっとおおおめちゃくちゃ態度悪いよこの王子様。これ以上お父様を刺激しないで本当に!今のボスゴリラはお父様だからね!そこんとこわかってる!?


 ブチギレそうなお父様共々座ろうとすると控えていた執事が声を上げた。


「リンドバーグ公におかれましては陛下より謁見の間にお通しするよう言付かっておりますので…ご案内致します」


 お父様の血管が切れる音が聞こえた気がしたが大人しくついていった。



 こうして私の戦いの火蓋が切って落とされたのであった。





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