23.ルドルフの独白Ⅰ
《ルドルフside》
雨の日は…嫌いだ。
雨の日にはあの日を思い出す。
俺は生まれた時からバケモノと呼ばれて生きてきた。
白髪に白い肌に赤い瞳、そして何より獣人のような醜い顔。村人からは悪魔の子だと罵られた。それでも母は俺を育ててくれたし、父も始めのうちは俺を抱き上げたりしてくれていたと思う。
でもいつしか父は家に帰らなくなり母はヒステリックに怒鳴り散らす様になった。部屋中を荒らし周っては、父が帰らないのはお前のせいだ。村で嫌な扱いを受けるのはお前のせいだ。お前なんて産むんじゃなかった、死ねばいいのに。と繰り返し口にするようになった。
時には物を投げつけられて怪我をする事もあったが、痛くても辛くても捨てられたくなくて毎日部屋の隅で膝を抱いて耳を塞ぎ母が酒に酔って眠るのを待つ日々を過ごした。
この時はまだまた元の母が帰ってくると信じていたのだ。
しかし1日1日過ごすうちに、俺が悪い。俺さえいなくなれば母は幸せになる。そんな考えが頭をしめるようになりどうやって死ぬか毎日考えた。
でも、中々行動には移せなくてもう生きているのか死んでいるのかわからなくなっていたと思う。
そんなある日母は珍しく俺に食事を作ってくれた。3人で暮らしていた時によく食べたヤギのミルクのシチューだった。
その後今日はお前の誕生日だね、と仮面をくれた後にごめんね。と一言残して母は家を出て行った。
俺は嬉しくて嬉しくてまた昔の母が戻って来たと舞い上がった。仮面をつけてこれからの幸せを夢見た。
でも母は夜が明けても帰ってこなかった。帰らない日は良くあったが朝になり嫌な予感がして外に飛び出したら村の憲兵が立っていて母が死んだ事を知らされた。
自殺だった。
そしてその日は土砂降りの雨だった。
今思えば母も思い悩んでいたのだろう。死ねと言う割に殺そうとはしなかったし、時々泣きながらごめんねごめんねとうわ言のように繰り返す事もあった。
俺を愛せない事を気に病むバカな人だったんだ。
父なんてとっくに逃げ出して愛人と乳繰り合ってるのを見かけた。それでも母は俺を追い出したりしなかった。
部屋の中に囲って母なりに俺を守っていたんだろう。
でも、死んだ。死んだ後に後悔したって何にもなりゃしない。
仮面を抱いて狭い部屋の中で泣き続けた。でもいつしか気づいたんだ。
誰も助けてくれやしないって。母にだって悪魔の俺を殺してやれる気概がなかったんだ。
母が死んだ後村人達は俺が外に出ると石を投げつけた。お前は悪魔の子だ。厄災を呼ぶから出て行け!バケモノ!と罵られた。
当たりどころが悪くて石が頭にあたった後血が止まらなくなって広場に倒れこんだ。ドクドクと流れていく血を地面に頬をつけて見つめる。
あぁ、死ぬんだ。どうせ死ぬんならこいつら全員殺せばよかった。なぁ、神様とやらがいるんなら最後にこいつら全員殺してくれよ。
母が死んでも葬いも出来なかった。
あんなんでも俺の母親だったんだよ。
こいつらがのうのうと生きて行くのに俺は死ぬのか?
『汝に力をやろう。我の美しい闇の力さね。殺したいなら自分で殺せばいいさ。その代わりお前が死ぬ事は許されなくなった。いつか甘美な死を与えるその日まで…楽しませておくれな』
急に声が聞こえたと思ったら体が熱くなってきた。
あついあついあつい!もうやめてあついあついあついあついあついあつい!
ァアアアアアアアアア!!!!
何か黒い靄のようなものが全身を覆った所で意識がとぎれた。
目を開けると村は酷い有様だった。
どこもかしこも血まみれで肉の塊が落ちてるだけ。
俺はその肉の塊が村人だと気付いて吐いた。何があった?あの声はなんなんだ?俺がやったのか?
なんでなんでなんで俺は笑ってるんだろう。
とうとうおかしくなっちまったんだろうな。俺もそろそろ死ぬかーと軽い気持ちでナイフを腹に刺した。
でも、死ねなかった。傷の回復力が異常に高くなっていたのだ。
あの声の主が言っていた事はこれだったのか。
笑えるじゃないか。本当のバケモノになっちまったな。
いいさ、俺は元からバケモノなんだから箔がついて良かったよ。
だがこの村にはもう居られない。村中から金目の物を集めて村に火を放って街道へ出た。
その日から仮面をつけるようになった。
素顔でいるよりこの気味の悪い仮面の方が人々の反応がマシだからだ。
(エーテ村が盗賊かなんかに襲われたらしいぞ、見つけた時にはもう火が回っちまった後で生存者はいないんだとよ。)
と話す声が聞こえる。まぁ俺の村の事だな、盗賊って事になってるなら有難い。
そして俺は冒険者になった。いつしか死なない俺は最強と言われるようになり魔術の使い手として右に出るものはいなくなっていた。
そして本当にたまたま知ったのだが俺の家系には獣人の血が混じっているらしく、そのせいで俺みたいな醜い顔が生まれたらしい。
先祖返りって奴だ。迷惑な話だ本当。
20歳を過ぎたあたりから成長が止まりバケモノに磨きがかかった。
不老不死という奴なのだろうか。
その内に王国の魔術師団に召し上げられる事になった。危険な存在を野放しにするくらいなら取り込んでおこうと考えたのだろう。
たかがあんなチンケな村の出の俺は所謂エリートという奴に目の敵にされ煩わしかったので徹底的に叩き潰したら誰も近づいて来なくなった。
やっと静かになったと思ったら今度は何を考えてるか分からない奴に城内で絡まれるようになった。
それがロベールだ。
いつも俺の研究棟に現れては勝手に茶を入れて勝手に俺に婚約者が可愛いだの何だのと話し続けた。この神に愛されたような見た目の男は今まで出会った誰とも違う雰囲気の男だった。
いつだったかロベールに何故俺に構うのか聞いた事があった。
「なぁ、お前なんでいつも俺に構うんだよ」
「んー、私の友人に君が似ているから、かな。その友人はもう会うことはできないけど、なんだか君を見ていると放って置けなくてね」
「…何だよそれ」
「ほら、君って何だか危なっかしいだろう?確かに私は君の事を何にも知らないけど、たまにお節介を焼く奴がいたっていいだろ」
「別にいらねえよ!」
「怒んない怒んない。そんなんだから怖がられるんだよ君は」
「お前に関係ねえだろ!俺だって、好きでこんな仮面してる訳じゃねえ!」
「私は仮面の話をしてるんじゃなくて性格の話をしてるんだぞ」
「なおウゼェ!お前だって、本当の俺を知ったら離れていくさ」
「別に私は仮面の下に興味はないよ。君自身には興味があるけどね!それに君が何を隠したいのか想像がつくさ。私の友人もいつも顔を隠して過ごしてた。でもいい奴だったんだよ。私では力になってやれなかったが…」
「…そいつと俺を重ねてんならやめろ。そいつにも俺にも失礼だぞお前」
「わかっているよ。君と彼は違う。だから言ってるだろう?君自身に興味があるってさ」
「はぁ…もう好きにしろ。面倒くさいなお前」
でも、嫌じゃないと思った。
初めて出来た友人と呼べる存在だった。
その時ロベールは貴族学校を卒業して領主になる前に父親の見習いとして登城してただけだったのでしばらくすると領主を継ぎ城内にはたまにしか来なくなった。
そこからロベールは煩いくらい手紙を送ってくるようになり、またしばらくしてその最愛の婚約者と結婚して子供が出来たと手紙が来た。
妻の惚気だらけだった手紙は今度は娘と妻がどれだけ尊いかに変わった。
こんだけ甘やかされてたら絶対我儘な貴族のガキになるな、と思ったので珍しく俺は返事を書いた。
手紙がしつこい事と甘やかし過ぎるなという事を記載して返事を返すと何故か手紙ではなく本人が訪ねて来たのだ。
「顔を合わせるのは久しぶりだねルドルフ!」
「急に何しにきたんだね返事ならば手紙を寄越せばよかろう」
「なんか会わない間にジジ臭くなったんじゃないか…?」
「うるさい。で、何のようだ?」
「いやーうちのルルがさ、5歳になったんだ!ウェルシア様のご加護まで頂いちゃって本当に天才?天使?って感じなんだけど中々講師が見つからなくて…」
「嫌な予感がするのだが…」
「お、検討がついたかい?そう、ルドルフに私の天使の講師を頼みたいのさ!」
「断る!適任者はもっと他にいるだろうが!俺は子供と相性が悪いんだよ」
「え〜!うちのルルなら大丈夫だよ!物凄く強面のギルバートにだってにこにこ話しかけるもの!それにあの子は…絶対に大丈夫だよ。何ならその仮面を外して行ったって大丈夫だと思うけど…?」
「大丈夫な訳ないだろ。俺は忙しいんだよ」
「…ルドルフの書いたポエム皆に見せちゃおうかなー…」
「おい!!!!何処でそんな物見つけたんだよ!返せ!」
「いやぁ、たまたま遊びにきた時にルドルフが居なかったから暇だなあと思って本棚漁ってたら見つけちゃった」
「ロベールお前…燃やすぞ」
「やめてよ私が消し炭になってもいいっていうのかい?酷いなあ!酷いからあのポエム帳は新聞社にでも売り払おうかな〜あの孤高の高等魔術師のポエム…高く売れるだろうな〜」
「くっ!お前って奴は!…はぁ…分かった。行くだけ行ってやるから返せ!」
「よかった!じゃあ3日後にとりあえず家に来てくれるかい?その時に返してあげるよ。もしルルと君の相性が悪そうなら断ってくれていいからさ」
何だかんだいってきちんと逃げ道は用意してくるので俺のこの状況を心配してくれているというのは分かる。
でも絶対無理だと思う。
この仮面ですら怖がられるのだからロベールは外していけなんて言っていたが、そんな事したら一生のトラウマを植え付けかねない。
さっさと会ってさっさと帰ろう。
そうすればロベールも納得するだろう。
そうしてきっちり3日後にリンドバーグ邸へ向かったのである。




