22.仮面の下の真実
ルドルフ先生との授業が始まってから1年もの月日がたった。
先生はあれから1度も仮面を取ることもなく時間が過ぎた。何度も厨二キャッチボールを繰り返し、すでに先生と私は歴戦の戦友のような間柄になっている。
先生を闇から救いだす聖女と闇落ちしそうな勇者という設定だ。なんとなく察した。
何度も俺の事を理解できる奴なんていないなどと言うので私も聖女になりきって励まし続けたのだ。
そんなやり取りを続けるうちに先生の雰囲気も幾分か柔らかくなりジルも怯える事が少なくなった。
まだずっと同じ部屋にはいたがらないが…それはコダマ仮面なので仕方がないだろう。私も夜中にふと思い出して少し怖くなる。先生がじゃない、あの仮面が怖いのだ。
何度かあの仮面をもうちょっと可愛くしようと挑んだが結局厨二キャッチボールになってしまい聖女の私が折れるのだ。
どんだけあの仮面がいいんだ。
私の時だってキツネの面に憧れたくらいだぞ。あれはない。コダマはない。
や、辞めておこう思い出すと小指をタンスの角に思いっきりぶつけて死んでしまいたくなる。
ジルに見られた厨二キャッチボールはジルの中でどう昇華したのかわからないが私の善意だと理解してくれて応援されてしまった。
何を応援してくれているかわからないがお嬢様キモーと、ならなくて本当に良かった。
1年間で学んだ事といえば生活魔法。
結果を言ってしまえば生活魔法は私と相性が良かった。前世で便利な生活をしていたおかげで水道やシャワー、ライターやガスコンロを想像出来るので魔法の具現化がたやすかったのだ。
生活魔法、と言われてはいるが実際魔力量が多いと思われる私は割と攻撃にも使えてしまいそうな威力がでる。
扱いには気をつけなければならない。
魔力量が多いとわかったのもこれは無理でしょーと思いながら火炎放射器を想像したら花壇1つをダメにしてしまったからだ。これを人に向けていたらと思うとちびりそうになる。
なんなら花壇が燃えた時はちびった。
まだ6歳だから許して欲しい。
それから私は魔力操作で使う事を義務付けられ誤魔化すと先生にすぐばれた。
魔力の動きの速さでわかってしまうらしい。体が勝手に…と悲しい顔をするとあわててフォローを入れてくる。
私が悪いので別に怒られるのも仕方がないだろうと思っているが意外な事にまだ私は怒られた事はなかった。
厨二キャッチボールが効きすぎてお父様化が進んでいる。
先生と生徒としては良くないが私としては怒られるのが嫌いなので怒られる前にシュンとして反省したフリをする事を覚えた。
今日もコダマ先生もといルドルフ先生がやってくる日だ。
最近は座学の後屋敷のすぐ後ろにある森に開けた場所がありそこで実技を見てくれている。屋敷内だと私の暴発の際危険度が増すからだ。
光の魔法も先生の分野ではないが初歩的な魔法から教えてくれている。あれ…神官様いらなくない…?
いやいや神官様は癒術に特化しているのでその手の扱いは神官様の方が上手だ。
まあ神官様はおいおい紹介しよう。
とりあえず目の前の可哀想な先生の相手が先だ。今日は生憎の曇り。
天気の良くない日の先生は気分が優れないようで声に覇気がなくなる。
厨二キャッチボールにも身が入らないようだ。
「…であるからして、アンデッド系の魔物には君の光の魔法《閃光》が有効だ」
ものすごーく論理的に説明されたけど結果アンデッドには光の魔法使っとけって事だ。
《閃光》は何やら魔法言語で言っているようなのだが私には日本語に聞こえる。ここ1年で分かったのだが魔法を発現させるのに使う魔法言語は日本語なのだ。もしかしたら馴染みの深い言語に変換して聞こえるのかと思って私が日本語で《めっちゃ光る奴!》と言ったら発動したので似たような言葉でも発動するようだ。
その際に何故魔法言語がわかるのかと問い詰められたが先生と私のヒ・ミ・ツという事で乗り切った。
めっちゃ何か厨二的勘違いされた様な気がするけどチートじゃんヒャッハーとテンションが上がっていたので無視する事にした。
でも何でもかんでも日本語で言えば発動する訳ではない。魔法を作れる訳ではないので存在する魔法を指す言葉でなくてはいけないのだ。
結果ただただ発音が凄く上手くて余計な単語を増やしている厨二病に成り下がった。
ただ上級魔法は長ったらしい文言が多いのでそこは短縮できるだろう。
まだ、使えないけど。
「そろそろ座学は終わりにして外に出るか…雨が降る前に今日は終わらせよう」
「そうですわね。私は外衣を着てまいりますからロビーでお待ち頂けますか?」
天気が悪いせいで少し肌寒い。
先生はずっとローブを着たままなので大丈夫そうだ。
部屋をでた私はジルに今日の水色のワンピースに合わせたケープを着せてもらいロビーに降りる。
連れだって屋敷の外に出ればこの間まで緑緑してたいた木々や草は少し赤茶けて枯れ始めている。
これは寒いはずだ。
「結構肌寒いですわね。先生はそのままで大丈夫ですか?」
「あぁ、俺は大丈夫だ。君が風邪を引いてはいけないから早めに戻ろう」
こんな優しさを見せてくれるようになっていた。やはり仲間には健康でいて貰いたいのだろう。
いつもの練習場に着き、まずは肩慣らしに魔力操作と魔素の吸収を始める。
その様子を先生は静かに見ている。
「一気に魔素を集めようとするな。君だから問題ないが、普通はそんな速度で集まるとすぐに飽和状態になり決壊するぞ」
こわっ!何が?何が決壊するの?頭?体?
そういう事はもっと初期に言って欲しい。もうだいぶ手遅れだ。
私の頭が爆発していたらどうしてくれるつもりなのだ。
「そういう事はもう少し早く言って頂きたいですわ…先生…」
「す、すまない。上達速度が早すぎて時々君がまだ魔法を使い始めて1年目という事を忘れそうになる」
忘れないで下さい。
私は褒めて伸びるタイプなのだ。怒られると逆にやる気をなくして適当になるから。このコダマ仮面め!
「いいだろう。魔素で風を起こせ。そうだな…そこの石を浮かせてみろ」
なんだかムカつく。
先生のアイデンティティを剥ぎ取ってやりたい衝動に駆られるがそれはやめとく。流石に私じゃ敵わない。
運動会とかでよく起きる小さい旋風を想像する。しかし何故か私はその小さい旋風が竜巻になる所まで想像してしまったのだ。集中力が切れていたせいで魔力操作もまともにせずに発動してしまった。
小さかった旋風が轟々と音を立てて周囲の草木を巻き込み大きくなる。
私は唖然とその様を見ている事しか出来なかった。
あ、あああ、あやばい!ど、どうしよう!消し方はならってないの!!
私が巻き込まれる直前先生が後ろに引っ張ってくれて2人して地面に転がった。
竜巻は勢いをなくして消えていった。
パキンッと音がして振り向くと先生の大事な大事な仮面が割れて地面に落ちる所だった。
あぁあぁあああああ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!
せ、先生のアイデンティティが!!私は何という事を!!!
「みるなっ!!!!!!!」
先生は顔を覆って後ずさる。
これは…これはまずい!先生の大事な仮面が私のせいで壊れてしまった…!
流石に心の友と言えどブチギレても仕方がない。
「せ、先生ごめんなさい…!私、私、あの先生の仮面が…こ、壊れて」
「いいなら見るな!!」
めっちゃくちゃ怒ってる…!
そ、そうだよね…怒るよね…
でも…でも…こんな時になんだけど顔が気になる…!!!
白い髪と手の隙間から見える瞳は鈍く赤色に光っている。
アル…ビノ…?
だから仮面を…?
「先生…私先生がどんな姿だって気にしませんわ!」
そう私はゴリラパラダイスで生き抜いてきたのだ。今更色がどうとか気にする私ではない。
そもそも仮面壊したの私だし…てへっ
「そんな事を言って俺がっ!今までどれだけ裏切られて来たと思う!わからないだろう!!愛されて生きてきた君にわかるはずもないさ!!」
そうか…きっと厨二病を後ろ指刺されて来たのだろう。いつか皆厨二病は卒業する。でも先生は辞められなかった…。
それはぼっちになるはずだ。
ぷーくすくすとパリピに笑われて来たに違いない。
それは傷つくな…可哀想に…。
「たしかに…私は先生の気持ちを理解する事は出来ないかもしれない。でも、一緒にいて手を取る事はできる!!先生が悲しんでいる時、辛い時に抱きしめる事は出来るわ!いつか…いつか分かり合える時がくるっ…!」
そう!心の友よ!!
いつか先生が転げ回って羞恥心にかられ小指をタンスの角にぶつけて死にたくなった時、私は側にいるぞ!
同じ気持ちを味わった者として誰にでも訪れる闇の終焉を共に迎えようではないか。
良いところで雨が降って来た。
髪の毛が顔に張り付く。このままだと冷えて風邪をひいてしまう。
先生を見ると俯いたまま手をだらんと下げて膝から座り込み雨に降られている。
地面に落ちた影に白い髪からポタポタと雫が流れ落ち悲壮感満載だ。
ええいままよ!落ち込みすぎなのよ!
俯く先生の顔に両手を伸ばしてこちらを向かせた私は雷に撃たれたが如くショック状態に陥った。
先生、この顔隠すの頭オカシイ…!!!!
ルビーの様な赤い瞳は白く長い睫毛に縁取られ伏し目がちな表情は色気を醸し出している。
白い肌にふっくらとした血色の良い唇が映えてまるで果実の様だ。
芸術作品の様な顔がこちらを見る瞳は虚で全てを諦めた表情だ。
やめて!仮面を失ったくらいでそんな表情するのやめてよ!めっちゃ罪悪感!
めちゃくちゃイケメンなだけに私の心が死ぬ!!
「ルドルフ先生…先生の瞳はルビーの様だわ。綺麗ね。」
忍法誉め殺しの術!!
説明しよう!忍法誉め殺しの術とは名前の通り誉め殺して全てを水に流してもらうという術だ!ただしルルノアの顔があるからできるセコイ技なのであんまりマネしないでね!
「な!ばかなっ!綺麗な訳ないだろう!!そんな同情はいらん!君の…君の様な者が私に触れてはいけない!」
まさか!セコイ私の心を読んだと言うの?そんな!き、汚くないよ〜怖くないよ〜鼻血なんて出てないよ〜
「そんな事言わないで…!私は…私は!」
ズズッと鼻血が鼻の外に出る前に啜る。
「…泣いているのか…?」
いや、ごめん泣いてません。
鼻血です。不埒な方の鼻血です。
「泣いてなどおりません…私はただ先生の苦しい気持ちを分かち合えたらと…ズズッ」
「俺の為に泣いてくれるか…君は…」
や、ごめん。本当に泣いてないです。
何かいい感じに勘違いしてくれてるからもういいや。
「先生…このままだと風邪をひいてしまいます、屋敷に戻りましょう…?」
先生の顔に触れていた手を離して手を差し出す。
先生は自分の手をしばらく見つめていたが私の手を取り立ち上がって私に自分の来ていたローブを掛けてくれた。
やだ!行動までイケメン!




