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序章 風の王の妻

ワイルドウインド1,2からお読みください

それでは、楽しんでいただけたなら幸いです

 次元の大樹・神樹によって、三つの世界は一つだった。

すべての源である混沌の地・ドゥガリーヤ。

昼と夜が表裏一体の精霊達の住まう・イシュラース。

命の生き死にを繰り返す・グロウタース。

グロウタースを見守り力を与える精霊の世界・イシュラースは、精霊王の統べる昼の世界・セクルースと、幻夢帝の統べる世界・ルキルースに別れている。

 第十五代風の王・リティル。

一番近くでグロウタースを見守り護る、世界の刃たる精霊だ。

破天荒だの、台風だのと呼ばれる、乱暴だが優しい、風を統べる精霊の王だった。

輪廻の輪を護るために、闘うことを運命付けられている風の王は、代々短命だった。それでも、リティルは危ういながらも生還し、風の王で居続けていた。

彼を守り、共に闘う彼の家族と、その友人達の結束は強かった。その中でも、一際強く彼を支えていたのは、花の姫と呼ばれる、神樹の花の精霊であるシェラだった。

シェラは、リティルの妻だった。

彼女は揺るぎない愛と無限の癒やしを使い、過酷な境遇の風の王を支えていた。

精霊達も、シェラの存在が、風の王を無敵にしていることを知っていた。風の王の代替わりが終わることを、精霊達も願っていた。

あるとき、そんなささやかな願いが打ち砕かれてしまう。

 風の城が何者かの襲撃に遭ってしまったのだ。


 リティルは息を切らしながら、両開きの扉を開いた。

リティルの、その燃えるような金色の光の立ち上る瞳に映ったのは、シェラが白い矢に体を貫かれるその様だった。

「シェラ!シェラーーーーーーー!」

ピアノの置かれた、円形のホールのような部屋の隅に、娘のインリーと、養子のレイシが倒れていた。そのすぐそばには、白い大狼の姿をした、剣狼の女王・フツノミタマも、体を白い矢に貫かれて倒れていた。あの矢には見覚えがある。シェラの使う光の矢だ。

リティルは、青い光を返す長い黒髪をなびかせて倒れてくる、シェラの体を抱き留めた。シェラは震える紅茶色の瞳で、自分を見下ろす夫の瞳を必死に見返していた。何か言葉を紡ごうとしているように、唇が動くが、何の音も発することはなかった。

目の前の空間に何かがいる。リティルはそれを睨むと低く言葉を発した。

「失せろ」

ドンッと鋭くリティルの体から金色の風が放たれ、空を走り、その何かは消し飛ばされていた。

「シェラ!おい、しっかりしろよ!」

シェラの紅茶色の瞳が歪んで、透明な涙が流れていた。彼女の髪に咲く神樹の光の花が消えていく。その体の存在感が揺らいで薄くなっていく。精霊の死は儚い。精神の死と共に、その体は幻のように消えてしまう。シェラが震える手で、リティルの頬を愛しそうに触れた。その手も体温を失っていく。

──愛しているわ……

唇がそう動くのを見て、リティルは瞳を見開いた。シェラは微笑んでいた。その瞳が色を失いながら、次第に閉じていく。

リティルには、死んでいく彼女を引き留めることができなかった。

『主……』

フツノミタマが蹌踉めきながら、近寄ってきた。傷を負った彼女の歩いた後には、血の足跡が点々とついていた。

『わらわがシェラを封印しようぞ。探せ、シェラを癒す方法を。探せ!探すのじゃ!』

ゴッと金色の風が渦巻いた。リティルはフツノミタマの剣幕に押されて、死に行く妻の躰から手を放してしまった。

──探せ!諦めてはならぬ!

フツノミタマの声が、シェラと共に逝きかけた心を駆け抜けた。我に返ると、目の前には、ダイヤモンドのような透明な結晶体の中に、閉じこめられて眠るシェラがいた。

 リティルは震える瞳で、部屋を見渡した。壁際に、インリーがレイシを庇うようにして倒れていた。レイシが先に意識を奪われてしまったのだろうか。インリーは背中に傷を受けていた。シェラを封印してくれたフツノミタマも、俊敏な彼女に矢を当てるのは至難の業なのに、体を貫き通されていた。リティルはシェラを感情無く見下ろした。そして、穏やかに眠るその頬に、触れようとした。その手が、硬質に冷たく阻まれる。

シェラは死の淵にいる。

もう、触れられない。触れられない!

間に合わなかったばかりに!

「シェ──ラ……っ!シェラシェラシェラ!あああああああああああ!」

リティルは天井を仰ぐと、叫んでいた。声の限り。

『リティル!や、ダメ!心を静めて!きゃあ!』

メスライオンのぬいぐるみに宿った意志であるハルが、リティルの力が暴走を始めたことに気がついて、ピアノの中から飛びだしてきた。彼女はシェラに、ピアノの中に隠されて守られたのだ。荒れ狂う金色の風で近づけない。ハルは、飛ばされないようにグランドピアノの縁にしがみついていることしかできなかった。

金色の風がついに、円形の天窓に填まっていたステンドグラスを、粉々に割った。色とりどりのガラスが降る中、リティルの力強く美しかった瞳に狂気が宿るのを、ハルは見た。

「誰だああああああああ!シェラを!シェラを殺したのはああああああああああ!出てこい!殺してやる!殺してやるぞおおおおおおおお!」

憎しみに染まって行き場を失った力は、それを発している本人をも傷付け始めていた。リティルのオオタカの翼が風にもぎ取られるように散っていった。彼の体から流れる血が、金の風を赤く染める。

「父さん!」

あまりの風に顔を庇いながら部屋に駆け込んできたのは、雷帝の名を持つ息子のインファだった。暴走する風に愕然としながらも、その中心にいる父に駆け寄る。

「父さん!やめてください!父さん!」

声にならない叫びを上げて、天を見上げるリティルには、息子の声は届かなかった。リティルの体が風に切り裂かれて血が流れるのを見て、小柄な父をインファは押さえ込むようにして、抱きしめた。そんな息子にも、暴走した風は襲いかかり、彼の体を父の代わりに傷付けた。

「これは!」

遅れて到着した、雷帝の守護精霊であり、十四代目風の王・インその者であるノインは、あまりの事態に瞳を見開いたが、インファが血にまみれながらリティルを鎮めようとしている様を見つけ、慌てて駆け寄った。もの凄い風だ。触れるだけで切り裂かれる。

赤い風……こんな風を、インの記憶を持っているノインも初めて見た。

「リティル!リティル!しっかりしないか!」

「邪魔を!するなああああああああ!殺してやるううううううううう!」

埒があかない。リティル達の前へ回ったノインは、足下で透明な結晶体の中で眠るシェラを見つけた。そして、なぜこうなったのかを理解した。理解したが、この状況を止めなければならないことには何ら変わりはない。ノインは我を失ったリティルの目を、その大きな手で塞いだ。

「インファを殺すつもりか?それを、おまえは望むのか?リティル、戻れ!シェラはまだ、死んではいない!戻れ!おまえは、風の王だろう!」

「うあああああ!シェラ……!インファ……インファ?」

 あれだけ吹き荒れていた風がサアッと引いていった。

「……」

ズルッと、リティルを狂気の風から守るように抱きしめていたインファの体が、力を失って床に落ちた。息子の雄々しく美しかったイヌワシの翼は、無残に切り刻まれ血にまみれていた。長い金糸のような髪も、血にまみれ切れて散らばっていた。

ノインはへたり込んだリティルから、その目を塞いでいた手を外した。

「インファ!オレ……オレがやったのか……?ノイン!おまえも……」

あの狂気の風の中では、無傷でいることは不可能だった。ノインの全身も切り刻まれていた。インファの霊力をもらい生まれ変わったノインにも、超回復能力が備わっていることが、せめてもの救いだった。

「これしき、怪我のうちには入らない。よく戻った。リティル」

そう強がりをいいながら、ノインもガクリと尻餅をついた。

「フツノミタマか?」

リティルは声なく頷いた。リティルは涙を流さなかった。涙さえ流せないほど、彼の心はズタズタだったのだ。

『ノイン……』

「ハルか?何があった?」

怖ず怖ずと声をかけてきたハルに手を伸ばし、ノインは手の平に彼女を乗せた。ノインの手も血にまみれていたが、ハルは気にしなかった。

『賊の正体はわからないわ。でも、レイシが狙われたみたいだったわ。シェラとみんなが応戦したんだけど、攻撃が跳ね返ってきて、それで……』

ノインは、シェラが自らの矢で撃ち抜かれたことを知った。シェラの矢は一撃必殺だ。本人であっても、その威力は抑えられなかったのだろう。

『シェラが撃ち抜かれたところを、リティルが見てしまったの。あとは、フツノミタマがシェラを封印して……リティルが……リティルが……暴走……』

ハルは顔を覆った。リティルのあんな瞳を初めて見た。怒っても優しさを失わない彼が、あんな……ハルはリティルに恐怖してしまった。

『ねえ……ルディルもこうなったの?こうなって、それで、すべて取り上げられて眠らされたの?』

原初の風と呼ばれる初代風の王・ルディル。ハルの正体は、彼の妻である遊風天女・レシェラだった。先代の夜の王を封じるためにルディルと分かたれてしまったが、リティル達に助けられ、今はぬいぐるみの中に仮住まいして、罰を受けて、どこかに幽閉されてしまったルディルを捜していた。

名を偽っているのは、ルディルが名まで剥奪されていることに、疑問を持ったためだった。

「わからない。が、可能性はある。だが、ハル、原初の風もまだ死んではいない。逢って確かめろ」

『そ、そうね……今は、シェラを癒す手段を探さないと』

ハルはチラリとリティルを見た。彼の体もズタズタだった。リティルは俯いて動かない。大丈夫だろうか?大丈夫なわけはないが、大丈夫だと思いたかった。

「……ノイン……オレ、もう……立てない……」

ノインはハッとした。顔を上げたリティルの瞳から、あの力強く生き生きとした光が失われていた。リティルは辛うじてそれだけ言うと、フッと意識を失ってシェラの上に倒れてしまった。

「ハル、ケルディアスを呼び戻せ。オレが目覚めなかったら、説明を……頼む──」

もう限界だった。あのリティルの容赦ない風の中で、死ななかったことが不思議なくらいだった。全身が痛い。これはもう、少し眠って超回復能力を総動員しなければ癒しきれない。ノインも意識を失って、床に倒れてしまった。

『ノイン!みんな……』

一人残されたハルは、血にまみれた部屋を見回して、一人途方に暮れた。が、意を決して部屋を飛びだしていった。風一家の大半が倒れている今、もう一人の主力を呼び戻さなければ滅んでしまうかもしれない。ハルの責任は重大だった。


 この襲撃の後、リティルは猛風鬼神と呼ばれるようになり、精霊達から恐れられるようになった。


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