七話 休暇の日
「そうか、少女二人は死んだと」
「はい、血肉ヒルマの寄生が原因だと思われます」
「わかった、任務ご苦労。もう帰って良いぞ」
「失礼します」
長机と椅子、周りの棚には花や銅像等を飾られている。
部屋の内装はほぼ木で作られ、床には赤いレッドカーペットが引いてあったりと洋風と和風を掛け合わせている。
そしてたった今、アンリは政府の人と今回の任務の報告をしていた。
今日の朝、任務の説明をしていたあの眼鏡女……石森である。
報告最中一回もこちらに顔を向けることなく机に置かれた紙とにらめっこをしている。
黒江が特に毛嫌いしている石森だが……なるほど、確かに私も彼女は嫌いだ。
「あぁ、そうだアンリ」
木の両扉に手を掛けようとしたとき、後ろから呼び止められた。
後ろを向いて「何ですか?」と問うと石森は少し笑った様子でこちらに顔を向ける。
「あの黒江とやら、今回の任務で少し精神をやられたと聞いているが…本当か?」
「はい、それが何か?」
「いや、何でもない。帰って良いぞ」
「では」
一礼をして部屋を後にする。
その時、石森が何を思っていたのかは定かではないが黒江が石森を嫌うように石森もまた黒江を嫌っている。
(良からぬ事をしてくるに決まっている)
扉が閉まっていくその隙間から見える石森の顔を覗きながらアンリは確かにそう思った。
夜の十時。
ダイダン通りは賑わっていた。
この時間になると任務を終わらせた人達が高らかな声を上げて飲み屋で騒いでいるのが目立つ。
魔王少女は魔法少女で友達の部屋にお泊まり会を開いて楽しく女子会をする。
そして武器修理場の人達も仕事を終わらせ、明日の仕事のために皆が自分の部屋に戻っていく。
私達もまた各々の部屋に戻っていた。
壁の内部に作られている魔法使い達の部屋は壁が続く限りあると思っていいほど多く、そしてどれも25メートル以上の高さに設置されている。
例外はあるもののほとんどがそうだ。
「では、私はここなので」
「じゃあね!黒江、アンリ!」
最初に別れたのは千香とシルビィだ。
第六司令部の近くに部屋がある二人は任務の報告が終わるとすぐに住居へと帰っていく。
高さが25メートルもあるので、エレベーターで上がるのが一番良いのだが都合よくある方が少ないのでだいたいは鉄の螺旋階段で上がっていく。
「では、私達も行きましょうか」
カンカンと階段で上がっていく二人を見送った私とアンリは二人でダイダン通りを歩き始めた。
別に何か話すわけでもなく並んで歩く様子は喧嘩でもしたのか勘違いされそうな雰囲気を醸し出していた。
ヘッドホンを首に掛けて微量の音を鳴らして歩く隣で何処かそわそわしている様子のアンリは少し吃りながら唇を開いた。
「あ、あの黒江はどうして政府の人を嫌うのですか?」
首もとから流れる音楽とダイダン通りを通る戦闘機や車、そして真横からは飲み屋で騒ぐ男性人の姿が見える。
そんな中で言われたアンリの言葉は正直何を言ってるのかよくわからなかったがそれでも察する事は出来た。
「どうして?」
「どうしてと言われましても…」
質問を質問で返す私はとても意地悪だ。
アンリも困っていた表情をしている。
どうして、そんな質問をしなくても自分で分かってるではないか。
政府の人達にあんな態度を取れば皆気付く。
「それに、今回の任務では黒江いつもより動揺と言うか恐怖という物を感じてたような気もします。何かあったのですか?…私で良ければ話を…」
「アンリ……何でもないから」
言葉を言葉で遮るとアンリは黙った。
踏み込み過ぎたと思ったのか少し申し訳なさそうな顔つきにこれまで顔を会わせなかった私はちらっと瞳を向けてため息を一つ。
「ねぇ、アンリ?」
「はい、何ですか?」
「付き合ってよ」
アンリに顔を向けて少し微笑む。
まるでそれは部活の先輩に告白する後輩のようなそんな状況。
そして途端にアンリの顔は赤く染まっていった。
「えっ、えっ!?あの、私達は同性だしそのあの……!」
先程までの落ち込みはどこへやらと言わんばかりの上がり様。
手振り素振りを加えながら話してくるアンリの動揺ぶりに少し話が噛み合ってない感を覚えたが…、まぁ喜んでくれてるようなのでいいかと私はわたわたしているアンリを眺めた。
「いや、そんなに見つめられましても困るというか何というか…べ、別に嫌な訳では無いのですがその…!」
「魔法練習場……まぁそうだろうとは思いましたが」
ため息を漏らすアンリに私は首を傾げる。
その翌日私とアンリは寮の玄関で待ち合わせをした。
玄関で先に待っていた私は駆け足で通路を渡ってくるアンリと合流した後目的地へと向かった。
因みに服装は昨日と何ら変わらない物だ。
何処かそわそわしているアンリを他所に私は第六支部区域にあるとある施設へと入った。
そこは魔法使い専用のトレーニング施設。
正式名所は魔法練習場。
施設の内容は銃器の練習や魔法の特訓、任務前の軽い準備運動になど様々な用途で使えるこの施設はそれぞれにあった名目で練習が出来るためとても人気な場所だ。
魔法練習場という名前だが銃器を撃てる場所もあるためそう言った理由で来る人も少なくない。
「黒江、私はてっきりデートかと…」
「?、なぜデートだと思ったの」
「いや、その付き合うって言ってましたから」
その一言で先程までそわそわしていた理由とここに来てから急にテンションが下がった理由が分かった気がした。
(アンリ……付き合うだけを切り取ったな)
前後の話など聞いてなどなく、付き合うというその一点だけを耳に入れただけだとこの時私はそう思った。
「嫌なら帰っていいよ」
しかし、きちんと説明をしなかった私にも責任があると思い、帰りの提案をすると首を左右に振りながら答えた。
「いえ、今日は黒江に付き合いますから!」
少し顔を赤くするその仕草に一瞬可愛いと思ってしまった私だが直ぐに我に帰って歩き出す。
「アンリ、店の人から自分の使ってる武器類を借りてきて」
「?」
最初は何を言ってるのか分からず、取り敢えず言われた通りに武器をレンタルしてきたアンリはこれから向かうルームで全てを察した。
そのルームは円形のドーム状で半径はざっと25メートルはある広い部屋。
障害物等は一切なく周りも白い壁に覆われている。
「闘技場ね」
アンリは答える。
レンタルしてきたスナイパーライフルを持ち、腰にはサバイバルナイフ二本とハンドガン一丁を装備して向かい側にいる黒江に銃口を向ける。
闘技場と言われているこのルームはその名の通りに観客席も存在しており、高さ30メートルの壁に沿ってつけられている窓から見ることが可能になっている。
「人が見てるのはちょっとあれだけど私のストレス発散に付き合ってよアンリ」
一方で黒江が待ってるのは四角いキューブ。
まだ、武器を出していない状態のそれは戦術かそれともなめプか定かではないがアンリは後者で捉えた。
「いいわよ黒江、でもただのサンドバッグになるつもりはないから」
昨日の任務といい、色々溜め込んでいる黒江にはいいストレス発散になる。
そして、そのためには私も本気でぶつかる必要があると考えた。
「じゃあいくわよ」
スナイパーの引き金に指を添える。
何も答えないと言うことは開始合図と取っていいと言うこと。
なら、遠慮なくその引き金を引いた。
少しの振動と火力音が身体を揺るがし、約30メートル先にいる黒江目掛けて弾が飛んでいく。
勢いよく回転する弾とその速度は人が認識できない程の速さでアンリと黒江の距離を埋めていき、そして。
斬った。
甲高い鉄の音と空気が切れる音が混じり黒江の左右に微風ながらも風が通りすぎていく。
弾は黒江の後ろにある壁に二つの穴を開けて停止していた。
「流石ね…」
アンリは額に一つの汗を流して黒江の実力を称える。
その右手には一本の刀が存在していた。
四角いキューブから変形したであろうその刀は刀身が銀色に輝きながらも数本の青い筋が先まで通ってるのが分かる。
黒江と同じくらいの長さを有しており、横に振り払われたであろうその刀身から地面に掛けて青い雷電が音たてて発生していた。
「……うん、やっぱ久し振りに使うと楽しいね」
少し微笑みながら言う私にアンリもまた笑った。
「そう?、じゃあもっと楽しくしてあげるわ!」
大きな声で宣言するかのように上げられた言葉に黒江はアンリに向かって走り出す事でそれに答える。
弾が打ち出される音が闘技場を振動させる。
高速で動く弾は空気を切りながら黒江に向かい、斬られる。
一寸も迷いのない剣さばきにライフル弾はなす統べなく両断される。
しかし、アンリも怯むことなく射つ射つ射つ。
その弾三発が黒江の頭部、腹、足と順に放たれる。
「ふっ!」
勢いよく息を吐きながら斬り上げ、その流れで斜めに斬り、そして体を宙に翻す事で三発目を華麗に避ける。
流れるような剣の動きに人を越えた瞬発力が生み出す賜物だとアンリは隠しきれない動揺を笑いながら誤魔化す。
そして気付けばアンリとの距離は数メートルまでに迫っていた。
こうなってはライフルは使えないと腰に着けたハンドガンを装備して計六発を発砲する。
「甘いよ、アンリ……」
前傾姿勢のまま突っ込んでいた体を少し左に動かし一発目を耳元すれすれで避ける。
続いて二発三発目を左に前転することで難なくかわして勢いを殺さずそのまま走り出す黒江に三発の弾丸が迫るなか、黒江は刀身に青い雷電を発生させると勢いよく弾丸に向けて斬り上げる。
「んっ!」
その刀身に触れた弾丸は瞬く間に赤く変色し、次には粘液となり溶け落ちる。
さらにその勢いは収まらず刀身から漏れた無数の雷電が地面を抉りアンリに迫る。
「えっ、うそでしょ…」
その雷電の速さは弾丸を裕に越しており、情けない声を漏らすのと同時にひきつった顔になるアンリは迫る雷電に体一つ動かすことが出来ず。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!……」
直撃する。
全身が青く輝く中、体を痺れさせ痙攣する様子を写す。
ビリビリと全身に痺れと痛みを発生させて悶絶するアンリを黒江は申し訳なさそうに見つめる。
雷電はとっくに解除してるのだが中々消えない雷電にどうしたものかと悩んでるとジュー!とアンリが焦げる音と共に雷電は消えていた。
大丈夫?と駆け寄る黒江は全身黒焦げで手足を痺れさせているアンリの姿を見て笑いそうになりながらも肩に担いで闘技場を後にした。




