五話 初日5
「もうすぐで目的に着きます」
辺り一面氷景色の地下鉄を歩く私達は着実に目的地へと向かっていた。氷柱や凍った壁に映る私達の姿、陣形なんかとっくのとうに無くなっていた。
最初は警戒していたもののガイアントが出てこないと分かると各々が適当に歩き始めたのだ。
しかし、私達は好き勝手に戦う方がどちらかと言えば得意なのでこれで良いと先頭を行く千香はタブレットを眺める。
「ここです」
立ち止まり九十度首を回す。
そこには霜が着いた鉄の円形の扉があった。
取手は回転式でこれを回すことで開けることが出来る。
「ここに救助する子達がいるの?」
「間違っても手榴弾落とすなよ…」
両手に手榴弾を持っているシルビィが鉄の扉に顔を近付ける。
うっかり落として爆発しないか私は両手でコロコロ転がしている手榴弾から目を離せないでいた。
「取り合えずは安否の確認ですわね」
「そうですね、開けてみましょう」
目的を果たしたかったのか、シルビィが危なっかしくて見てられなかったのか扉を開けるという本来の目的を指示する。
それに賛同した千香は背負っていたバックから分厚い手袋を取り出した。
「何で手袋何かするの?寒いの?」
「違います、急に寒いものを触ったら低温火傷や皮膚に何らかの外傷が残りますから」
知識ゼロの頭で質問するシルビィに呆れた様子の千香だが丁寧に教えた。とても分かりやすい簡易的な説明だが恐らく一時間もすれば忘れるだろう。
このように覚えようとしないから知識ゼロの頭が出来上がるのだ。
呆けた顔に見えてくるシルビィから目を反らして私は手袋をした千香がゆっくりと取手を回し始める。
キュ、キュ、と錆び付いた音が地下鉄内に響きながらも着実に開いてきている扉だがそこで妙な地響きを感じたアンリである。
「何か音しない?」
「それはするよ、回してるんだから」
「そうだよアンリ、音が聴こえるのは当たり前だよ」
「いえ、この音以外で何か聞こえます」
回しながら片手で指を指す先は暗く何も見えないが地下鉄の奥から聞こえる物だと言うことがわかったアンリは武器を構える。
「黒江、シルビィ、武器を構えて!、千香はそのまま扉を開けて」
「「「了解」」」
ハモった声が響き各々の持ち場に着く。
どうやらこの音は近付いているらしくどんどん音が大きくなっていく。
アンリは後方でうつ伏せになりながらスナイパーを構え、シルビィは前衛で手榴弾を両手持ち、サブマシンガンを構える中衛の私は鋭く半目で奥を覗く。
すると暗闇から姿を表す青色の脚。
人の二、三倍はあるでかい脚は地面にある薄い氷を意図も容易く割って見せる。
どうやら鱗の様なものが脚にビッシリ着いてることから全身にも同じように着いていると予想が出来た。
「このガイアントはカテゴリー2に分類されています」
全体象が出る前にそう言ったのは千香だった。
作業しながら一瞬見ただけで何となくどんなガイアントか分かったのだ。
千香は今まで見てきたガイアントや図鑑に載ってる物の形や生態までを暗記している少女だ。
こういう時にどんなガイアントかいち速く分かるのはとても助かる。
「カテゴリー2か……なんとかなる」
「一人でも余裕だね!」
「調子に乗ると足元すくわれますよ」
手榴弾を野球ボールのように上に投げながら笑みを浮かべるシルビィにスコープからガイアントを狙うアンリに注意を促される。
しかし、実際カテゴリー1、2、3ならこの四人で何とかなるので私も油断はしてないものの勝てるという自信はある。
そしてカテゴリー2のガイアントの全体象が出てくる。
「冷たい環境を好み、全身青色の鱗で覆われた身体に真っ正面に着いた顔、口元から長く伸びる青色の二本の髭、その体つきはおたまじゃくしに両手両足が生えた時と似た格好からこう呼ばれています」
暗闇から出てくるガイアントの説明をしながら扉から目を離さない千香は静かに言った。
「アイステッポウズ」
ドスンドスン!と音を発てながら四本の脚で歩いてくるその姿は説明通りの格好だが、歩き方は爬虫類に似ている。
大きさは五メートル弱はあり、全身は青色のガイアントはおたまじゃくしの尾ひれのような尻尾が生えている。
目は小さいがきちんと此方を睨んでくる。
怒ったお父さんの顔のように真顔で見下ろしてくるアイステッポウズにそこはかとなく威圧を感じる。
「一撃で仕留める」
先に仕掛けたのはアンリだ。
歩みを止め、此方の出方を伺うように立ち止まっていたアイステッポウズの眉間にスナイパーの弾を撃ち込んだのだ。
その弾は見事に命中、眉間から血を拭き出し反り返る。
「ゲ…ガガガガガ…」
しかしアイステッポウズは倒れず血を流しながら元の体勢に戻る。
雨蛙の鳴き声を低音にしたような声は地下鉄内に響き、耳を押さえずにはいられなかった。
「来る…」
黒江が呟いたその瞬間、鳴き声を止めその代わりに跳躍をして右往左往の壁に張り付いては移動を繰り返す。
バウンドボールが跳ね返るような動き方のアイステッポウズは規則性がなく次の行動がまるでわからない。
そして反応が遅れた私達にアイステッポウズは突っ込んだ。
跳躍で加速後の突進は脅威の速さを見せて目の前にいたシルビィに激突した。
「シルビィ!!」
アンリの叫び声が地下鉄で木霊する中、アイステッポウズの頭上を飛ぶ人影を目視した黒江はすぐさまサブマシンガンを構える。
氷に頭を突っ込んだアイステッポウズは前にいた敵を倒したとそう思っている。
あの速さを反応できる奴がいるはずがないと。
そしてゆっくりと一人仕留めたと確信するように頭を上げて二人の敵睨み付けようとした。
が、視界の先に見えたのは二つの灰色の球体。
音を発して赤く点滅している丸い物を認識した一秒後、目の前で爆発した。
赤い粉塵と爆風を巻き起こし視界が黒い煙に覆われる。
「全弾命中…!」
そう言いながらサブマシンガンの肩に乗っけるのは黒江である。
手榴弾が飛ぶのが見えて反射的に撃った弾が全て当たり、満足げにドヤ顔をする。
煙が晴れてアイステッポウズの紅色の血が顔全体から流れ落ちて地面に垂れているのが目視できた。
ライフル弾でも平然としていたその顔は苦しそうな歪んだ顔をして悶えている。
「アイステッポウズの顔は硬いからそれを破壊する必要があります」
大きく銃音が反響する。
スコープから狙いを定めてもう一度眉間に魔力弾をぶち込む。
空気を切り裂く音と共に眉間に当たる魔力弾とほぼ同じタイミングで弱々しい声が聞こえてきた。
「ゲガァ…」
一発目は平然としていたアイステッポウズも身を守る外皮がボロボロなら使い物にならず用意に魔力弾を受け入れてしまう。
大量の血が眉間から噴水のように噴射されそのまま力尽きて地面に倒れこんだ。
即死の一撃は地面に垂れ流れる血の量が物語っている。
「討伐成功ですわね」
絶命した事を確認したアンリは集中して疲れたのか大きなため息を溢す。
その近くで私もサブマシンガンを四角のキューブに戻して取り合えずの勝利に浸る。
「シルビィもお疲れ」
そしてアイステッポウズの死体の後ろにいるシルビィに声をかける。
今回の戦闘で一番活躍したのはシルビィである。
自分の運動神経を生かして相手の突進を見事避けて、さらには手榴弾を見上として置いていくとは流石の運動神経だと感心する。
「うん、お疲れー!」
笑いながら手を振るシルビィの手には手榴弾が握られており、無垢な笑顔が驚異の笑顔に見えてしまった。
そんな彼女に苦笑いを見せる私は(いつからこんな子になってしまったの)と母親のような事を思いながら千香が扉を開けてくれるのを待った。
「開きましたよ皆さん」
扉のハンドルを回しながら開けたことを伝える千香に私達は集まった。
各々扉から少し離れた位置につき、千香はゆっくりと扉を開ける。
錆び付いた鉄の音が響いて年期を感じさせる。
「発見、生存者二名です」
開いた扉の先に全身震えさせながら此方を見てくる二人の魔法少女の姿があった。
救助対象は二名なのでこれで解決となる。
「もう大丈夫です、私達は貴女方を助けに来ました」
救助隊という事を聞かされた二人は一瞬震えが止まって涙と共にまた震え出す。
しゃくりあげる声と嗚咽が重なり何とも言えない顔になる二人に黒江はヘッドホンで隠れた首元をかきながら少し笑みを溢す。
救助作戦は大抵救えないことの方が多い、と言うのも救助発信を魔法使いが送信してから最低でも一日後にならないとミッションとして動けないからである。
今回も一日後の発信だったので助からないと思っていたが…、良かったと素直にそう思った。
しかし、一つ疑問があった。
少女達がいた場所は狭くちょうどぴったり二人が入ってる状態だった。
酸素も入ってこないだろうし、一日ここに入られるかと何か疑念を隠せないでいた。
「今出しますから」
千香がゆっくりと右手を伸ばした時、私と同じく二人の少女を見ていたアンリが突如顔色を変えた。
「千香っ!今すぐ離れて!!」
「っ!!」
アンリのその異様な表情、そして指示に真っ先に反応したのはシルビィである。
疾風のような速さで千香の袖を引っ張り此方側に持ってくる。
尻餅を付く千香を遠目に私はアンリに顔を向ける。
「アンリ、どうして?」
「……見なさい」
一向に目を二人の少女から離さないアンリに習うように私も目を向けた。
それは目を疑う光景、私は一歩後退りをしてしまった。
ガタガタと震えるその体は痙攣に等しいほど、瞳は白目を向けて口からは赤いドロドロした血を垂れ流し、涙は赤く染まって白目の周りを充血していく。
血管があちこち浮き出て、そこからポタポタと血を流す。
震える手足にあわせて飛び散る血の光景はまさしくカオスだ。
その他にも耳や鼻、尻までもから大量の血を流してその狭い部屋に血が溜まっていく。
「寄生虫、血肉ヒルマね」
その光景を見ながらアンリは冷静に事の犯人を突き止める。
痙攣した辺りから少し距離をおいていた私は犯人の名前を聞いて二人の少女の体を良く確かめる。
「血肉ヒルマってカテゴリー3のですか?」
一方で千香は助けてもらったシルビィにお礼をした後立ち上がり、アンリにこのカオスの犯人の確認をしていた。
「えぇ、血肉ヒルマは黒い棒状のガイアントで一体で行動せず数百という大群で生活しています。そして獲物を見つけるとうねうねと動きながら生き物の体の中に入っていきます。主食は主に血肉で一度体内に入られれば全身を食い散らかしながら徘徊して、最終的にそこには骨しか残りません」
身の毛が震える話を耳で聞きながら二人の少女の体を見ていた私は確かに腕の肉がもうないことに気付く。
その周りを黒い棒状の生き物が這いずってるのも。
いずれこの二人は骨だけの存在になるだろう。
うねうねと動き血肉の中に入っていく光景を見ながら私は後ろにいるアンリに口を開く。
「もっと早く来ていれば助かった可能性はあった?」
「……いえ、一度血肉ヒルマが体内に入ってしまえば助けるのは不可能でしょう」
それは一日早ければ助かったのではという政府を批判する質問だった。
政府の一日後に救助するという訳のわからない制度がなければこの少女達は助かったのではないかとアンリに問いた。
が、彼女の答えはNOだった。
仮に救助が来てからすぐに行ったとしても恐らくあの二人は扉の先に閉じ籠って助けを待っていたに違いない。
そしてアンリは言った。
二人の少女が隠れていた場所は血肉ヒルマの巣だと。
血肉ヒルマはエサがないときは暗く寒い場所でじっとしている習性を持っている。
そして血肉ヒルマはどんなに小さい隙までも通る事が出来るという特性も持っていた。
「だからあの扉の先の密室で身を潜めて獲物を待ち伏せしていた」
「そこにたまたま少女達が入ってきちゃたという訳かぁ…」
声の音を下げて少女達の無惨な死を確認する千香とシルビィは眉を下げてうつむく。
運が悪いと言えばそれまでだがこれは少し可愛そうな死に方だと私は食い散らかされる少女達を眺める事しか出来なかった。
「せめてこれ以上彼女達の死を無惨な物にはさせません」
そう言って取り出したのは火炎瓶。
火を瓶から出ている布に着けて投げれば燃えるという原始的な物。
「燃やすの?」
「えぇ、それが彼女達にとっても良いことだから…」
確かに食い散らかされ終わっては成仏したくても出来ないだろう。
それが最善だと頭では思ってるのだが、心は苦しかった。
例え死んでいても原型が残っていれば葬儀もきちんと上げることも出来るし、墓にだって入れる事が出来る。
でも、燃やしたら……。
「黒江…分かっています。なので遺骨だけはきちんと持って帰りましょう」
表情に出ていたか私の事を心配するアンリは少し笑みを浮かべて隣に立つ。
目の前には二人の少女とそれを憎たらしく食い荒らすガイアント。
少女達の体がガイアントの動きに合わせて動く度に本当はまだ生きてるのではないかとそう思ってしまう。
腕がなくても、目から出てきても、腹わたに無数の血肉ヒルマがいたとしても……まだ本当は。
そこまで思考が回った所でアンリが思考を断ち切るように火炎瓶を投げる。
思考が止まり、ゆっくりと時間が遅くなったかのようにくるくると回転しながら火炎瓶は二人の少女に当たった。




