二話 初日2
「あぁ!!やっときたぁ!」
「遅いですよ」
小型武器修理場に着いた私達に気付いた友達の一人が手を振りながらこちらに近づく。
「もう遅いよぉ何してたのさ!」
私とアンリにグイグイ顔を近づけてくるこの女はシルビィ・マリアット、一言で言うと美少年の顔をした女性だ。
元気がよく皆からは陽気な子と親しまれている。
紫の髪はツインテールで止められ、前髪はおでこを隠すくらい長い。
二重で真ん丸に見開かれたオレンジの瞳は四重程の白い円が遠近法のように続いている。
服装は黒のYシャツにチャックを全開にした赤いジャンパー。
そしてヒラヒラの灰色ミニスカートを纏い、黒のくるぶしソックスを履いていた。
まるで元気な子が着る服装のモデルのような感じにそれに程遠い私は少し目を背けてしまった。
「ごめん、私が寝坊した」
「やっぱり黒江の寝坊が原因なんだね!」
やっぱりってなんだよと言ってやりたかったが実際そうなのでここは黙っとくことにする。
このグイグイが正直鬱陶しいと感じる時のある私だがその能天気に多々救われたこともある。
うちのメンバーのムードメーカーと言ったところだろう。
しかしやはり鬱陶しいので顔でそれを表現するがシルビィは気づかない。
「黒江、あなたは一応ここのリーダーなんですから寝坊で遅刻なんてしないでください」
「…はい、以後気を付けます」
そしてもう一人、眼鏡の少女は春花千香。
眼鏡女子で首もとは白黒のマフラーで隠している。
耳元が隠れるくらいの長さの髪は肌色のショートヘアー。
服装は灰色のジャケットにTシャツ、下は黒のレディースパンツを着用している。
彼女は真面目で少し男嫌いの所がある。
これまで何度も男に殺意の目を込めたことか、それに睨まれると皆顔を引きずりながら回れ右をしてどこかへ行く。
そんな千香が放つ威圧には逆らえず今の私は頭を下げるしかない。
だがしかし、取り敢えず謝っとけば許してくれる辺りアンリと変わらない。
ちょろいもんだぜ。
「次また遅刻したら寮の掃除を全部やってもらいますからね」
「えっ」
驚きのあまりつい声を漏らしてしまった。
余裕こいてた顔が引きずってるのが自分でもわかる。
そもそも寮の掃除ってあのくそ長い廊下を全部やるってことだ。
私は一度暇潰しにその廊下の長さを測ったことがある。
結果は約二百メートル、その長さを一人で掃除となると死んでしまうな。
「なに?」
「いや、何でもない…」
鋭く睨んでくるその顔に何一つ文句を言えずに承諾してしまった。
アンリとは違ってちょろくないなとこの時の私はそう思い、寝坊はもうしないことを誓った。
「あはは!、ドンマーイ黒江!」
シルビィに肩を力強く叩かれシルビィに笑われた私の中に微かに殺意が沸いたことは伏せておこう。
そしてシルビィは後でボコす。
「仲がいいねぇ君たちは」
その様子を仲慎ましく見ていた女性が笑いながら話しかける。
少し大人びた顔と体型のその女性は瞳保護眼鏡を頭に着けて、全身茶色の作業服で身をまとっていた。
「ご無沙汰しています、カナリアさん」
「そんな他人行儀じゃなくていいのアンリ、私のことはカナ姉と呼んでちょうだい」
敬語で挨拶をしたアンリにふざけた感じで言葉を返すこの人はカナリア・リアリール・ヤルナリアン、皆からはカナリアと呼ばれている小型武器修理場の修理師。
ちなみにカナ姉と呼んでくれる人はいない。
「冗談はさておきカナリアさん、武器はもう出来てますか?」
「出来てるよ、あとカナ姉は冗談じゃないからね」
千香にまさかの冗談と思われたカナリアは歩き際にそう言いながら小型武器修理場の奥に入っていった。
小型武器修理場の入り口を抜けると最大十人まで受け付け可能のカウンターが見えてくる。
右方向には違う修理場が左側には小型武器の修理場がある。
ちなみにここでは小型武器も売っており、値段と性能はとても良い。
金属音と修理場特有の臭いを感じながらカウンターへと着いた私達は再度カナリアと対面する。
「はい、これがあなた達が預けていた小型武器ね」
そうしてカウンターに置かれたのは四つの小さなキューブ。
鋼色の正四角形、数本にわたる緑の線は薄く光輝く。
ダイダン通りの壁にもあった緑の光る線と同じものだと聞いたことがある。
「ありがとう」
「礼なんていいのよ、これが仕事なんだし」
頭をペコリと下げた私はその言葉を聞いて顔を上げる。
微笑んだ顔が私の目に映る中、突然両頬をムニュと触られた。
「あんたも頑張りなさいよ」
「ふぁい…」
頬を掴まれてることによりきちんと返事が出来ず変な声になってしまったがカナリアはムギューと顔を潰した後にその手を離した。
そして私以外の三人にも声をかける。
「君達も頑張るのよ、きちんと仕事こなしなさい」
まるで母親のような言い方に思わず大きな返事をしてしまった三人はうっすらと頬を赤くして笑った。
その姿を見て私も少し笑ってしまう。
「さて次はサポーターの回収ね、行きましょ」
そう言ったアンリがカウンターから席を外す。
それにつられるように皆もカウンターから席を外して次の衣服修理場へと向かう。
「また壊れたら来るのよ、もちろん代金は頂くけどね」
別れ際に手を振るカナリアに私達も手を振り返す。
何となく別れが惜しくなってしまうあたりやはりカナリアには母親の素質があるようにしか思えない。
しかし、母親なら無料にしてくれてもいいのでは。
「無料にしてくれてもいいのに」
そしてそれはつい小声だが口に出てしまいそれを聞いたアンリが私の頭を思いっきり叩く。
痛い…と頭を押さえながらアンリに連れていかれる私は千香の無表情の言葉責めとシルビィの挑発にも取れる笑いを受けながらサポーター修理場に向かった。
四人の少女達が見えなくなるまで手を振ったカナリアはゆっくりと手を下ろして後ろにある通路に向かって声をかける。
「黒江ちゃんはもう行ったよ、静樹くん」
「そうか…」
そうして出てきたのは人相が黒江に似た一人の男性。
とても眠そうな顔にボサボサの髪、頭をかけばフケでも出てきそうなほど不衛生な格好。
服装も私と同じ作業服だが、上着は腰に硬結びしており実際上着は白シャツだけである。
「その格好どうにかならないの?」
「あっついんだよ」
苦笑いしながら服を指摘したが一言で返されてしまう。
どうやら服装を返る気はないらしい。
少し無言が続いた後に静樹が頭をかきながら口を開いた。
フケは以外にも飛ばなかった。
「その…なんだ…黒江は元気にしてたか?」
「自分で確かめればいいじゃん」
「俺は忙しいから…」
仕事を理由に会おうとしないこの糞兄貴にため息が出てしまう。
黒江の兄の静樹はもう一年と彼女とまともに会話をしていないらしい。
部屋は一緒だが起きる時間と帰る時間が見事に一致しないというのが一つの理由である。
だが一番の理由は会おうとしないからだ。
恥ずかしいのか、それとも会わせる顔がないのか、どちらにしてもバカな考えだ。
そんなことを思うとついため息が出てしまう。
「黒江は元気だし、その友達も元気だよ」
それだけを言ってそとくさと仕事へ戻るカナリアを目で追う静樹。
何か言いたそうだったがそのまま彼も仕事に戻ってしまった。
ここで一つ大事な事を教えておこう。
まず四角のキューブのことだが、あれは[ブレイドキューブ]と呼ばれている物である。
縦横二センチ程の小さなキューブで持ち主の意志で武器に変えることが出来る。
武器というのはハンドガン、ソード、ハンマー、スナイパーライフル、短剣、ナックルと何でもだ。
キューブに戻したい時は持ち主の意志で戻すことも可能だ。
次にサポーターは、簡単に言えば補助装置の様なものだ。
敵観測機や追尾機能等の事を指す。
どれもだいたい小型だが戦艦等に着いているサポーターは大きいのがほとんどである。
何でも小型だと作動しないらしい。
小型のサポーターはブレイドキューブよりも小さいものが多数存在するので壊したり無くしたりする人がいるのが現状である。
まぁサポーターや武器は魔法で頑丈にしてあるので変な風に使わなければ壊れることはほとんどない。
「…と言うのを訓練生の時にきちんと教わった筈なのにどうして君達はこうもサポーターを破壊するんだ!?」
「触ったら壊れちゃって~」
「勝手に壊れた…」
頭をかきながら笑う猿みたいな雰囲気を出すシルビィと特に何ともない私はサポーターを修理してくれた人に怒られていた。
現在私達はサポーターを回収するためにサポーター修理場に来ていた。
本当なら自分のを回収して終わるはずだった。
しかし、私達のサポーターを修理してくれた担当者に捕まり今の現状になった。
「毎回君達だよ?、こんなにサポーターを破壊して帰ってくるの?」
「いや志肌…壊れたものは仕方ない」
「そうそう」
真顔で私なりの正論を述べる。
それに便乗してくれるシルビィには珍しく苛立ちを感じない。
だが、苛立ちを感じているのはどうやら志肌っぽくて眼鏡を連続でクイクイ上下に動かしている。
「君達ねぇ!、千香とアンリを見てみなよ!。一回も壊したことないからねサポーター!。今回もメンテナンスだけだったし‼️」
そして爆発した怒りが私達に向けられる。
顔を近づけられて怒濤の勢いでベラベラ言っている志肌の眼鏡は何故か曇っていた。
頭に血が上って蒸気が出てそれで曇ったんだよと小声で言ってくるシルビィは恐らく反省の色が一つもないだろう。
私もないが………、何で私の考えてることがわかったんだ?。
そう思い顔を向けるとシルビィがウィンクをしてきた。
気持ち悪いとただそう思った。
「じゃあもっと頑丈にしたらいいじゃん」
「確かにそうすれば私達が壊さなくてすむもんね!」
先程のウィンクを忘れようと話題を志肌に戻す。
もともと話題はずれていないが少なくとも私のなかではずれていた。
そしてそれにまた便乗したシルビィは色んな事を志肌に言った。
やれ壊れやすいなど、やれ小さいなど、やれ可愛くないなど色々だ。
それに今度は私が便乗して頷いたりした。
そしてそれは怒りでぷるぷるしていた志肌の堪忍袋を切ってしまった。
「テメーらぁ!?いい加減にしろぉぉぉぉ‼️」
あの後いっぱい怒られた私達(黒江とシルビィ)はダイダン通りを歩いていた。
その道中は千香とアンリの説教大会となっていた。
「ですから、あの時にきちんとサポーターをしまっておけば壊れなかったのです」
「いや、あの時は仕方なかった」
「何が仕方ないのですか?」
「あはは、千香こわーい」
アンリは私に何が壊れた原因なのかを手振りそぶりを付けながら徹底的に解説、説教をして、それに対して反論すると千香からの威圧&質問責め。
そして笑うシルビィ。
これがかれこれ数十分も続いている。
私のHPはもうゼロです。
顔がひきつっています。
「まぁまぁそんなに黒江に怒んないでよぉ、サポーターも無事戻ったんだし」
「シルビィが一番壊してるのですよ」
シルビィの呑気な一言にアンリは説教をし始める。
にこやかに笑いながら反省の色なしのシルビィに今度は照準が向き、先程のループが始まった。
ただ、違うのはシルビィと私の位置が逆になったことだ。
しかし私はシルビィみたく大袈裟に笑ったりしない、鼻で笑うくらいだ。
それから無限ループみたく私が怒られシルビィが怒られが三十分続いた。
流石に千香とアンリも疲れたのか表情に出ている。
私から言わせてみれば散々怒っといて何を疲れてるんだと死んだ魚の目をした私はそう思った。
そしてシルビィはというと。
「やっと着いたよ、第六司令部に‼️」
まるで無邪気な子供。
目的地に着いただけでこの元気様、ルンルンとスキップしながら司令部に入っていくシルビィを私は遠目から見ていた。
「ふぅ…少し怒りすぎましたね、私達も行くとしましょう」
「はい…」
額に一粒の汗を浮かせながら息を吐くアンリ。
約三十分間と長時間説教したのだから疲れているのは当たり前だろう。
しかし、私のほうが疲れていると言ってやりたいがそんなことを言えば始まる説教なので何も言わないことにする。
そんなことを思ってるとアンリは私を抜かしていき、それに続くように千香も透かした顔で抜き去り司令部に入っていく。
それをまたも遠目で見て一言呟く。
「……まったく若いっていいな」
猫背のように腰を曲げながらゆっくりと歩く私は皆よりも数分遅れて司令部に入っていった。




