十九話 プルシュガーの討伐 終
黒江の復活の数分前。
プルシュガーと奮闘するシルビィはとある危機感を感じていた。
それは計四つの火炎放射機を用いても倒しきれないということだ。
「確かに削ってる、けど決定打が与えられない」
周りの壁を蹴りながら縦横無尽に飛び回り、満面無く炎を浴びせているが甲高い悲鳴のような声を上げるだけで全体の三割程度しか焼ききれていない。残り二本の火炎機器を全て使っても完全には死滅しない現状に表情を険しくする。
「このままじゃ黒江が助からない」
本体を倒さなければせっかく繋ぎ止めた命は再度消え失せ、今度こそ感染者として私達を襲うGAと成り変わってしまう。
だからといってプルシュガーを倒す算段があるわけでもなく、無意味に炎を浴びせてもじり貧なのはわかってはいる。
どうしたらいいかと馬鹿な頭で考えるが何も浮かばない、今まで得物を振り回すことしかしてこなかった私には名案なんて物は浮かんでこない。
「このままじゃ本当に黒江が!アンリが!千香が!…」
上がる心拍数がまともに考えることを阻害して泣きそうになる。何も出来ない自分に泣きそうになる。
焦る気持ちが言葉となり、壁から壁へと跳んでいた足も無意味だと止まってしまう。
何も出来ない、考えられない、ただ己の得物を振り回すことしか出来ないこの馬鹿にイライラする。
「…私はバカだからさ科学とかどうとか良くわかんないし、正直このまま炎を放っても倒せそうにないのはわかる」
ふと、燃え盛るプルシュガーの前で淡々と話すシルビィ。独り言なのかプルシュガーに言ってるのか自分でも分からないが、今この瞬間に頭の中で本体を確実に倒す方法が浮かび上がっていくのを感じるのは事実である。
半分やけくそだ。考えてもイライラしても泣きそうになっても何も良い方法が浮かばないなら私の得意分野でごり押ししてやろうとそう思った。
「かと言って魔法を使うにも魔力が足りない。…だからさ思ったんだ両方使えばいいって」
私に出来ることはどんな状況でも変わらない、自分の得物でGAを叩くことだけ。
気付けば両手には自分の得物の巨大ハンマーと火炎放射機の燃料タンクを持っていた。二メートル強はあるハンマーを軽々と持ち上げ、プルシュガーを睨み付ける私は次には走っていた。
「オラァァァ!行くぞこの野郎ぉぉぉ!?」
馬鹿みたく叫んで馬鹿みたいに突っ込んでいく。でも、それが私らしいと20メートルを越えるプルシュガーに向かって走る。
何も出来ないプルシュガーはただこれから起こる出来事を傍観する他ないのだ。
「うぉぉぉぉ……っ!!必殺!!」
炎柱のように燃え盛るプルシュガーの目の前まで来た時、シルビィは跳んだ。風を切る音を靡かせながら高く跳んだ私はプルシュガーよりも高い位置までに到達した。
そして叫んだ。
「ウルトラ爆発!!」
名前の通りハンマーを振り落とした直後、爆発した。
壮大な名前だが、やってることは燃料タンクをプルシュガーの頭上に投げた後にハンマーに火のエンチャントを着けてもぐらたたきのように思いっきり叩いただけだが、それでも…いや、それだからこそプルシュガーに大ダメージを与えた。
「キャァァァァァァァ!!!」
甲高い女のような悲鳴を上げるプルシュガーは全身を炎で包まれ逃げ場のない苦しみに襲われていた。
「うっ、くっあぁぁぁぁぁ!?」
しかし、それはシルビィも同じであった。
燃料タンクをハンマーで叩き割った直後の爆発はプルシュガーに八割、シルビィに二割と言ったところだろうか。それでも、人間にとっては致命的な怪我だ。
爆発の衝撃で私は後方へと飛ばされて全身から煙が起きている。身体は動かせそうにないし、何より全身が痛い。
不幸中の幸いは炎が身体に付かなかったこと位だ。
それでも全身火傷は避けられなかった。
「プシュー…プシュー……プップシュー……プッ……シュー……」
プルシュガーの身体は溶け始め、甲高い悲鳴もいつしか空気が抜けるような音しか発しなくなった。ぼやける視界から死んでいくプルシュガーを見る私はふと考えた。
「アンリ……無事だ…と………いい…け…ど…」
プツンと意識が切れて地面に倒れる。炎のせいでどんどん溶かされていくプルシュガーもまたゆっくりと地面に溶けていく。
そして残ったのは一人の少女と部屋全体に広がった黒煙だけだった。
「あんたのご主人様は死んだよ、黒野郎…」
まん丸に目を見開いて驚いた様子を見せる感染者は次には大声で雄叫びを上げた。
大口を開けて耳が痛くなるほどの咆哮をしてみせると地面を残った片手で何度も叩きつけた。
「…まるで発情期のゴリラみたい」
悪態を吐くその表情はいつもと変わらず眠そうでやる気のない顔だが、内に秘めた怒りはもう沸点を越えていた。
感染者の隣でボロボロになって倒れるアンリを見て怒らずにいられる筈がなく、それこそ本当にやる気のない人でなしでない限り不可能と言うものだ。
「ゴロジデヤルゥゥゥゥゥゥ!!」
目から血の涙を流しながら吠える顔は何とも醜く汚ならしいものだった。プルシュガーを失ったことによる怒りかそれとも悲しみか知らないが、
「それはこっちの台詞」
[雷鳥]の剣先を感染者に向けて返答する。怒りに声をあらげることもなく、また悲しみにうち引かれる訳もなく、静かな怒りが刀身に宿る。
「フンガァァァァァ!!!」
感染者が動く。まだ健在の両足を屈伸してその勢いで飛びかかってくる。瞬く間に間合いが縮まっていく最中、気付いたら遠ざかっていた。
「ウグゥ!?」
それまでそこにいた少女が消えた直後、両足に鈍い痛みが走りそして軽くなっていた。思うように着地出来ず勢いに任せて転がる感染者はその視界にはっきりと見た。
「アンリ、遅れてごめん…」
ボロボロになった少女を抱える姿を。
表情を変えることはないが、その瞳が潤いていた。血のせいで頬に張り付いたピンクの髪を撫で下ろした黒江は感染者を睨み付けた。
「ウゥ!?」
勢いが収まり追撃しようとした時に目があった少女の瞳は殺意に満ちていた。防衛本能が働く。こいつには勝てない、逃げろと。
「…フ、フンガァァァァァ!!」
恐怖が混じった咆哮を上げる。
本当は逃げたいが今さら引けないと本能を振り払い再度攻撃に転じようと足に力を入れた時、感触がなかった。
鳴いていた咆哮は止まり、歪んだ顔もきょとんとした様子になる。
嫌な予感と共にゆっくりと後ろを振り向くと両足はなかった。
太股から下が綺麗に切断されており、断面からは血が噴き出していた。そして切れた足は感染者の目の前に無惨に転がった。
「アンリの痛みが少しでも分かった?」
未だ収まる気配がない怒りを向けて静かに問う。
自分でも正直驚いている。これほど怒ったのは何年ぶりだろうか、しかし今回は怒るに値することを感染者はしたのだ。
「足が…アタシノアシガァァァァァ!!」
ギョロギョロと眼球を動かし、血の涎を撒き散らしながら残った腕で這いよろうとしてくる感染者に私はゆっくりと立ち上がる。
アンリを地面に寝かせて対峙する。すぐに終わらせるからとそう言って足音を鳴らしながら感染者に近付いていく。
「お前も疲れたでしょ?死にたいでしょ?殺してあげる」
血に濡れた[雷鳥]を片手に持って這いよってくる感染者の腕を切り落とす。吹っ飛んでいく腕は壁に当たり、支えがなくなった身体は地面に叩きつけられる。
「アァァァァァァ!!アァァァァァァ!アァァァァァァ!」
何も出来ず、ただ叫ぶだけの感染者の首もとに刀身を添える私は冷めきった瞳を向けて一言。
「ごめんね、キモいから死んで?」
スパッとギロチンのように首を跳ねた私は転がっていく顔を足で止めて火を放つ。手のひらから発生する火の魔法を使い、両手両足、そして胴体と顔を焼き払った。
「終わった……ヤバい貧血が…」
と、その場に倒れこむ黒江はそのまま目をつむり意識を手離した。
そしてこのあと千香がどれだけ大変だったかを三人は知らない。
何はともあれこうしてプルシュガーの討伐は完了した。
ようやくプルシュガー編が終わりました。
最後の方が雑になってしまいましたが、その辺も次話で詳しく書いていこうと思いますのでよろしくお願いします。




