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幸せで平和な世界を  作者: ナザラ
プロローグ
2/21

プロローグ  とある惑星の終止符2

それは撮影者から何キロか離れた所にいた。

高い建物が並ぶマンションやビルと同格の大きさを誇るそれは蜥蜴(とかげ)のような姿をしており、火の煙でシルエットしか見えないが青く光る丸い物が動いているのが動画で分かった。

目玉であろうそれは映像から見るに半径三メートル程の大きさなのがわかり、今私達を襲っている物が何なのか分かった気がした。


すると映像内で数機の戦闘ヘリが蜥蜴の方へ飛んでいくのが映った。

蜥蜴はそれに気付きゆっくりと戦闘ヘリに向けて脚を動かした。


『うっわぁ!地面が揺れる!』


蜥蜴がゆっくりと歩く度に地面が揺れて映像がぶれてしまう。

そんな中で撮影者は数発のミサイルが蜥蜴に向けて発射される所を収める。

発射音と共に物凄いスピードで飛んでいくミサイルは僅か数秒で蜥蜴の腹部らへんに着弾した。


大きな爆発音と共に聞こえてくる唸り声はまるで戦闘ヘリを敵と認識したような感じだった。

映像からは何とも言えないけど恐らく腹部に目立った傷は付いてはいない、ただ蜥蜴を怒らせてしまっただけだ。


青く光る瞳が数機の戦闘ヘリを捉えた直後とてつもなく大きなハウルがその一帯に風と共に響き渡った。

耳を切り裂く程の太い鳴き声は撮影者のカメラを地面に落とし、ヘリが左右に揺れ、そして衣服屋さんのシャッターまでもがガタガタと揺れる程巨大な声。

 

「こんなのが外にはいるのかよ?」


「もう無理だ…世界の終わりだ!」


「あぁ…神様助けてください」


中年男性の三人は絶望し嘆いて神頼みをする。

正しく滑稽にも思えるそんな姿だが実際、神の力かもしくは奇跡でも起きない限りこの地獄は終わらないと思った。


「Youtubeの映像は途切れてもう見えなくなってる」


暗くなった画面からホーム画面に戻したお父さんはスマホを一人の中年男性に渡す。

そのあとゆっくりと私達の方へ向いた。


「これからの事だが、まず食料調達をしようと思う。恐らく救助は求められないからな」


「お父さん…」


救助は来ない、確かに外があんな様子であんなに大きいものまでいるとなると救助なんて来るわけがない。

そんな事は頭では分かっていたがどうしても小さな希望を胸に抱いてしまう私はお父さんの袖を引っ張った。


「大丈夫だよ満那、お父さんとお母さんがついている」


そんな私に頭を撫でて笑いかけてきたがそれ以上は何も言わず話を戻した。

お父さんの考えは分かっている。余計な事を言って希望を持たせたり絶望させたりしたくないのだろう。

でも……。


「取り合えず明日まではここに籠ることにする。それから…」


ガンッ!!


突如鳴った高い音に全員が顔を上げて動きを止める。

静まり返る空間で自分の荒くなる呼吸音と早くなる心音を感じながらゆっくりとシャッターに顔を向ける。


まず目に入ったのは丸く凸になったシャッターの扉。

強い衝撃が襲ったのかそこだけ盛り上がっていた。


次に目に入ったのは凸になったシャッターに刺さっている針のような脚。

茶色のその脚は最初に目撃した怪物と同じものだった。

思い出される地獄に私は何も出来ないでいた。

血みどろの死体に私もなってしまうと思うと体が動かなかった。


ギィィィィィィィ…


ゆっくりと茶色の脚がシャッターをこじ開けていく。

そして出来た幅一メートルの穴からタコチューの顔が此方を窺ってきた。

チュパチュパと鳴らすその口の様なもの以外に顔らしい部位はなく、しわくちゃで灰色の顔をしている怪物を私達はただ見ているだけしか出来なかった。


『プシュー』


タコチューから息を吐いたそれはスウッと顔を引き下げた。

一瞬の静寂がまた蘇る。

まるで時が止まったような感覚に私は呼吸すら忘れていたかもしれない。

そんな感覚は…。


ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンッッ!!


シャッターを紙切れのように突き破る無数の茶色の脚によって終わりを告げる。


「きゃぁ!?」


思わず目を瞑り悲鳴を上げた私の手を強引に引っ張り、衣服屋さんの端まで持ってきたお父さんは後ろにいるお母さんと私を庇うように前に立った。


その他の人も一番端まで後退し、各々衣服屋さんにあったハンガーやら何やらを手に持った。


その奥では大きな音を発ててシャッターを突き破ってきたそれらが私達を捉える。

その数八匹、衣服屋さんの入り口に入りきらない程の数と大きさでつっかえながらもジリジリ攻めよってくる。


「も、もう終わりだぁ~…」


「くそ、死にたくねぇよ!」


ハンガーを前に構えながらブルブル体を揺らす中年男性は涙目になりながら嘆く。

後の二人も同様に嘆いていた。


『プシュー…プシュー…』


吐いた息が風になって私の頬に当たるくらいの距離まで近づいた怪物達は獲物を捕らえようと前肢をゆっくり伸ばしてくる。


「この化け物め!」


衣服屋さんにあった裁縫ハサミを持っていたお父さんがそれの前肢に切りつける。

しかし金属の響く音が反響しただけで以前と血の後がついた脚が健在している。

人間の力ではびくともしない怪物達の圧倒的差を見た私は膝を崩し顔を歪める。

どう考えても脱出不可能のこの状態にいよいよ諦めがついたのか体に力が入らなくなった。

これが死を待つ瞬間なのかなと私はそっと目を閉じた。


「…?」


それから数秒たったが私の鼓動はまだ動いていた。

もう腹を刺されても可笑しくはないはずなのに以前と身体は健在している。


……ポタ。


実はもう死んでいるのではと考えたが目を瞑ってると自分の吐息が微かに聞こえてくる。

周りの雑音も耳を通り、五感の機能もきちんとしている。


……ポタ……ポタ。


私は生きている、そう思った。


「満那……大丈夫…?」


ポタポタポタ…。


お母さんの声が聞こえる。

しかし、いつもより弱々しく元気がない…おまけに少し息が荒い気がする。


「お母さん?」


何だか様子が違うお母さんにゆっくりとその瞼を開いた。

少し光が差し込んだ後に見えたのは腹を貫かれたお母さんの姿だった。

口から大量の血を吐き、剥き出しになった腹から血が滲み出ている。

そして腹を貫いたそれの脚はお母さんの血を私の目の前に垂らしていく。


ポタポタと…。


「さおりぃぃぃぃぃ!!」


お父さんの叫び声が衣服屋さんに響き渡り、目に涙を浮かべながら走り出す。

裁縫ハサミを片手に持ちながら最愛なる人を襲った怪物の顔に渾身の一撃を突き刺す。


『プシュー!?』


悲鳴のようなものを上げながら勢いよく腹に刺さった脚を抜いた怪物はそのままのたうち回る。


「お母さん…」


足元から崩れ落ちるお母さんはそのまま私の方へ倒れ込んだ。

浅い呼吸が首もとをくすぐり、ベッタリとした生暖かい血が私に染み渡っていく。

青ざめた顔からは生気など感じとれず、ただ死のタイムリミットが刻々と迫っているのがわかった。


「満那……大好きよ……生き…て…」


その言葉と共にギュッと抱き締めたお母さんはゆっくりと力が抜けて最後は私に寄りかかる状態で生き絶えた。

まだ抱き締められた感触が残ってるこの身体は、思考回路が追い付かないこの頭はお母さんの死というのを受け入れられないでいた。


「くそッ!化け物どもがぁぁぁ!」


私の視線の先では怒りで顔が歪んだお父さんが裁縫ハサミを振り回していた。

今までの謙虚で優しいお父さんはもう何処にもいず、そこにいるのは怒りに狂ったお父さんだった。


『プシュー…プシュー…プシュー!!』


前肢を軽く上げたそれは『紛らわしい』と右腕を刺し潰す。

皮膚が破れて肉の繊維がブチブチと切れてそのまま貫通し地面に突き刺さる。


「っっ~~!!!……んの野郎がぁぁぁ!」


地面に思いっきり叩きつけられ右腕の感覚も消え痛みに顔を歪めていたが、すぐにその顔を怒りに歪めて残った左手でそれの脚を殴り続ける。


『……』


そんな抵抗を何とも感じないそれはもう一本の脚で左腕を突き刺す。


「ぁぁああああああ!?」


両腕を突き刺されてとうとう叫び散らし足をばたつかせる。

それを見ている事しか出来ない私はタコチューに顔を呑み込まれたお父さんを救うことはなかった。

頭では助けなくちゃとは思ってるが身体が言うことを聞かない。


「ん~~~~~~~~~~!!」


声にならない音がタコチューの中から聞こえてくる。

足を先程以上にばたつかせて生きようとしている。

しかし次第に声も聞こえなくなっていきばたついていた足もピクピクと痙攣を起こすだけになった。

そして…。


「ん……んっ……………   」


動かなくなったお父さんをそれが美味しそうにチュパチュパ吸っている。

そんな光景を虚ろな瞳で見ていた私は自然と涙が溢れてくる。

これがどういう感情なのか知りれないが悲しいや寂しいなどの次元では無いことは分かっている。


『プシューププ』


気付けば辺りには怪物以外誰もいなかった。

声も聞こえない音も聞こえない、あるのは転がった四肢のみ。

それに群がりお父さんと同様に美味しそうにチュパチュパ吸ってるそいつらは私を残して食事をする。


「もう…やめて…」


ぽつりと小さく震えた声で懇願する。

その目に映る物が信じられなくて…でも真実で…だからお願いした。


やめてと。


『プキニキニキ』


そんな私を笑うかのように奇妙な奇声を上げながら血の色と化した泡をタコチューから漏らしている。

その下には先程優しくしてくれた老夫婦が倒れていた。


「お願い…やめっ」


『プキ?』


踏みつけられた。

肉が潰れる音を出しながらその尖った脚で老夫婦の顔を踏みつけた。

貫通する顔はもう見る影もなくただ条件反射のように遺体が小刻みに動くだけだった。


「もう…やだ…」


死んだお母さんを抱き締めながら嗚咽を出す私は着実に近づいてくる足音を聞こえないふりをして泣き叫ぶ。

今までの思い出が走馬灯のように頭の中を過っては消えてを繰り返される。


そんなループが永遠に続くと私は願いたかった。

恐ろしい現実からの逃避、これさえできればもう何でもよかった。


その時、ポトリとポケットに入れてあったお守りが地面に落ちる。

まるで目を覚ましてと言ってるかのように私の走馬灯も終わりを告げた。


「お婆ちゃんから貰ったお守り…」


青い水玉模様をしているそのお守りを拾い上げる。

手に持って軽く握りしめると「生きるんだよ」と言ってくれたことを何回も思い出せる。


死にたくない…。


頭にノイズがかかったように何も考えられなかった思考に死にたくないとそんな文字が頭に浮かび上がる。


死にたくない…死にたくない…死にたくない。


そんな文字は次第に大きく、そして多くなっていき最後にはノイズを埋め尽くすように大きく文字が浮かび上がった。


「そうだよね…死ねないよね」


小さく微笑みながら誰かに語りかけるように発せられた言葉に目と鼻の先まで近づいていた一体の怪物が動きを止める。

たんなる違和感かそれとも生命体の本能による危険信号なのかその怪物にはわからなかった。


「生きなくちゃ…助けなくちゃ…皆を……私が」


その瞬間視界が真っ白になった。

辺りには鎖のように連なっているDNAのような物が何個も私の周りを回っていた。

何とも言えない感覚。

今まで感じたことのないことにどう表現したら良いのか分からない。

そんな中でもクルクルと私の周りをDNAは回っている。


「奴等を殺す力がいる」


ふとそんな言葉を発した。

私の意思なのかそれとも…。


「燃やして、凍らして、切り裂いて、窒息させ、押し潰して、穴を開けて、引きちぎって……」


早口のように私の口からそのような言葉が出てくる。

まるで自分がそれを実現できるかのように…。


「奴等に死をもたらす……皆が幸せに暮らせるように」


あぁ、やっと分かった…。

これは私だけの意思じゃない、皆の意思だと。

それなら私は答えないと。


その意思に。



『プキキキキキキキ!?』


怪物が奇声を上げながら赤く染まった脚を振り落とす。


「うあぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」


その奇声を押し返すように私は雄叫びを上げて怪物と対峙した。

勝てる訳がない、だが殺らないと殺られるから私は出来もしないことを口にした。


「潰れちゃえ!!」


瞬間、怪物の周りの重力が一気に重くなり私の頭に突き刺さる予定だったその脚も、それに繋がる胴体も地面に押し潰された。

それは地面に小さなクレーターを造る程の圧力だった。


「何が…起こって…」


目の前で無惨に緑色の血の池を造りながら生き絶えた怪物。

プレス機で潰されたように体の断編と異物が平たくなっていた。


『プキップキプキ?』


突然の仲間の死に呆然と唖然を隠せないでいる怪物達はその少女から数歩離れた。


逃げる気だ、私は奴等が逃げようとしていることが分かったので次はこんな事を口にしてみた。


「貫け!」


『プギャァァ!?』


地面から無数の棘が怪物達の体を貫き断末魔を響かせる。

その棘は天井まで貫き、まるで氷柱のように細くそれでいてあの鋼鉄の体を貫く頑丈さがあった。

一方で貫かれた怪物達は氷柱を通して地面に血を流しながら苦しみと共に生き絶えていき、お父さんを食べていた怪物も血反吐と一緒にお父さんを吐き出した。


「何これ…もしかして魔法?」


それはテレビでやっていた魔法少女たる者と同じ感じがした。

だったらとお母さんを横に寝かせて徐に立ち上がる私はまだ生きのある怪物の顔に手を当てて口にした。


「燃えて」


すると手の平から日の光のような炎が発生してタコチュー顔を燃やしていく。


『プギギギィィ……』


気色悪い顔からでる悲鳴はすぐに小さくなりやがて止まった。

それと同時に炎もスゥと消えて残ったのは黒こげになった怪物の顔だ。


「任意で止められるのか…」


実験体のような扱いをした怪物達に情など沸かず、これなら皆を救えるという自信が湧いてきた。

そして死んだお母さんの胸に手を当てて口にした。


「生き返れ」


「…」


先程まで私の口にしたことは何だって出来ていた。

しかし今回は何も起きず、お母さんは死んだままだった。


「…ごめんなさいお母さん、お父さん、お爺さん、お婆ちゃん、後三人組さん、でも大丈夫だよ…私が怪物を一匹残らず殺すから」


ポツリと涙を流す私はゆっくりと死んだお母さんを持ち上げて私の唇をお母さんの額にくっ付ける。

その後お父さんのベタついた顔を綺麗にしてから額にキスしてお母さんの隣に寝かせる。


「凍って」


ピキピキと音を発てながら足元から凍っていくお父さんとお母さんは数秒もしないうちに全身が凍った。

これを老夫婦と三人組にもしてあげた。


「安らかに眠って」


この言葉に魔法の効果はあるのか定かではないが魔法が効いてなくてもきっと安らかに眠れてると私は想いたい。




それから遭遇する怪物達を魔法で殺しながらショッピングモールの出口を通過した私は荒れ果てた町を自分の目で見た。

悲鳴すらもう聞こえないこの町にあるのは家と炎と死体と怪物だけだった。

私の視線の先に無数の光る裸眼が殺意を帯びて待ち伏せている。

そしてその奥にはビル並みの大きさを誇ったあの蜥蜴の全体像がシルエットで映っていた。


本来の私なら絶句していたことだろう。だが、今の私は恐怖すら感じず、感じるのは怒りだけだった。

目の前で倒れた家族、もうこの世にはいないだろう友達、私に優しくしてくれた老夫婦、失ってしまった物はとても大きく切ない。


「待っててね、私が皆を救うから」


だからこの終わった世界で懸命に生きている人々のために私は怪物と戦うと誓った。

そうこの時私は人類を救う第一歩を踏み出したのだ。





真っ赤に染まった烈火の空と蔓延る異形の怪物。

世界は一回終わりを告げた。

だがそれは始まりでもある。

火の粉と共に靡く風が少女の髪を乱雑に揺らす。

黒い瞳が異形を捉えその口で願いを乞えば魔法は答えてくれる。

迫り来る異形の怪物達に少女は片手を天に上げて願った。


「幸せで平和な世界を」









西暦2100年5月4日、初代魔法少女誕生。






















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