十七話 プルシュガーの討伐8
一行は取り合えず黒江を第七倉庫へと運んだ。
千香のバックの中には様々な医療器具が入っており、簡易ベッドを地面に引いてそこに寝かせた。
「私はここで一秒でも黒江を生きながらせるので、二人はプルシュガーの討伐を」
大きなバックの中から呼吸器や点滴など何処にそんな物が入るスペースがあるのか定かではないが今はとてもありがたい。
「でもさ、本体を倒してと黒江はもう…」
「それは大丈夫です、感染者になる前ならまだ間に合います。そもそもプルシュガーの胞子は皆が一体の個体から経由されるもので個体が死ねば必然と胞子も死ぬわけなの」
「じゃあ、感染者を全員倒さなくても良かったってことじゃないの?」
「感染者になった者は独自の胞子、つまりゾンビの元を作るので本体の胞子が死滅しても独自に作られた胞子は残ると言うわけです」
シルビィとアンリの不安を丁寧にきちんと答える千香は黒江の体に器具を着けていた。
その光景をアンリは瞠目を揺らしながら見ていた。私達のリーダーであり、一番強い黒江の弱々しい姿は残り時間がもうないということを教えてくれる。
千香も手は離せない、今の状況で動けるのは私とシルビィ。なら、やることは一つだけ。
「黒江、待っててね。すぐに本体をぶっ飛ばすから!」
揺れていた瞠目はなくなり、真っ直ぐ黒江を見る。握られた拳はプルシュガーに対する怒り。
千香たちに背を向けるアンリ、ピンクのふわふわ髪が靡いて一歩一歩と第八倉庫へと足を運ぶ。
最初は見ているだけだったシルビィもつられるようにアンリに付いていく。
火炎放射機を両手に持ち、その綺麗な緑の瞳は第八倉庫を通り越して第九倉庫へと向けられていた。
そこにいるだろう大型プルシュガーに。
第八倉庫、その中央。
長くデカイ円型の廊下を二人は走っていた。
二人の手には火炎放射機、そして黒江の使っていない物を含めると三つだ。
先が見えないほどの長い廊下、両脇に電灯が付いてるので明るいがそれでも先は暗くて見えない。
「五分ほど走ったよね」
「止まってなんかいられないわよ、黒江が待ってるんだから」
この倉庫、違和感しかない。
今この倉庫に響いてるのは二人の靴音と吐息だけ感染者の気配が一つもない。シルビィとアンリは警戒しながらも先へと足を運ぶ。
ドシンッッッ…!!。
微かに揺れた地面に二人は足を止めてしまった。
急がなくてはならない状況なのに生存本能なのかこの先は危険だと知らせてくる。
ドシンッッ…!!。
危険とはプルシュガーのことだろうか。…いや、それはないと二人は同時に思う。いくら巨大でも反撃の使用もないプルシュガーは驚異になり得ない。
ドシンッ…!!。
それと同時にこんなことも思った。では、反撃の使用もないプルシュガーが取る防衛手段とは何か。
アンリの額から汗が一粒落ちる。シルビィの火炎放射機を握る力が強くなる。
ドシン…!!。
プルシュガーの本体、大型の感染源を護る者が待ち構えていたとしたら。それはどれ程の者だろうか。
ドォォォォン!!!!。
直後、目の前の天井が突き抜ける。
物凄い音と爆風、散乱した瓦礫に砂煙。それと黒い個体。
二人は迫る砂煙に顔を手で覆いながら先にいる者に視線を送る。
それは四メートルはあろうかの巨体。人型のシルエットは人であった頃の面影はあるが酷い死臭と体にへばりついている白い粒でそれは私達とは異質な者だと察する。
人の二、三倍はありそうなゴツい両手両足は全てを壊す破壊力を持ち、臭く白い息を吐く口は全てを噛み砕く凶器と化す。
感染源を護る守護者が今、ここに舞い降りた。
「こんなの相手にしてたら黒江が死んじゃうよ」
「シルビィ…先に行って本体を倒して」
ハァァ……!と巨大なため息を吐いている黒い者は赤目をギョロつかせて害虫を殺さんと定めている。
長い髪が前方視界を隠して上手く相手が見えないのだ。
「何言ってんのさアンリは!?死んじゃうよ?」
「シルビィ!!……お願い」
自分が持っていた火炎放射機をキューブに戻してシルビィに投げる。
それを反射的に取り、ゆっくりとアンリを見る。
覚悟は決まっていた。
キューブからスナイパーを出して感染者に照準を合わせる。
シルビィに渡したキューブは二つ、私の分と黒江の分。ここで足止めを食らってたら黒江が死んじゃうから。
「わかったよアンリ、すぐに本体倒して救援に来るからね」
貰った二つのキューブをポケットにしまって構える。
バカなシルビィにもわかる今回の作戦はアンリが囮になってるうちに感染者を通り越して本体を討つ。
アンリが持ちこたえているうちに倒す、いわば速さ勝負。
最後に顔を合わせて頷き合う。
「ウォォォォォォ!!!」
それと同時に雄叫びを上げて迫り来る感染者。人からかけ離れた肉体からなる速度、そして威力は一撃で相手を葬る。
だから単調な攻撃になってしまう。
大振りの右殴りを二人に見舞いしようとするがあっさり避けられて地面に着弾する。
その隙に二人は間を抜けて一人は第九倉庫へと一人は振り替えって感染者の頭にライフル弾を浴びせる。
「よし、まずは頭」
シルビィがこの場を離れたのを確認するとさらに動きを封じるために手榴弾を三つ投げて感染者にぶつける。
ピンが外れて爆発する手榴弾の威力は魔力で強化されてるため通常の何倍もある。
「今のうちにリロードを…」
「いた~~~い!」
その低音なのか高音なのか分からない声質に顔を上げると煙幕の中から笑いながらこちらに歩み寄って来る感染者の姿があった。
「あははっ!いた~いいた~い!!あはははははははっ」
涎を撒き散らし汚い歯を見せながら右腕を振り上げる感染者に「きもっ」と右腕を振り落とす瞬間、悪態を吐きながら体を翻して相手の頭上に跳躍したアンリは銃口を頭の中心に定める。
「最大威力魔力弾!!」
大声で叫びながら放ったゼロ距離の一撃は爆音を轟かせ、レーザーの様に光の線を見せながら勢いよく感染者の頭にヒットする。
一瞬周りが光るその弾は光速で打ち出すことにより出る火花が高すぎるため光った様に見える。
実際は周りに火花が散っただけだ。
「あっ!?」
直後膝が曲がり、地面に足が埋もれて腰は曲がって頭は下がる。
まるでそこだけ急に重力が重くなったかのような出来事に相手も驚きを隠せないでいた。
正真正銘の一撃に守護者も白目を向いて膝を付く。
アンリもその反動で第九倉庫側へと飛ばされるが確かに手応えはあったと顔を上げると。
「いた~~い!」
守護者は笑っていた。
多少の血は流れてるがそれでも致命傷とはならず、言うなれば頭に石ころを投げられた程度のダメージだ。
着いた膝をゆっくりと持ち上げて尻餅を着いている人間に近づく。
「嘘でしょ」
動揺を隠しきれないアンリは迫り来る右ストレートをただ見ることしか出来なかった。




