十五話 プルシュガーの討伐6
視界が霧で覆われている。
前方一メートル距離も見えない状況の私は鉄の扉の向こう側に来ていた。
情報が正しければ第七倉庫があるはずなのだがどうやら違うらしい。
「そういえば第五倉庫があった覚えがない……なるほどね」
火炎放射機を構えながらゆっくりと中を歩いている私はこのフロアが何なのかはっきりと分かった気がした。
千香の作戦説明の時、当たり前のように言っていたから気にしなかったが第五倉庫がない事を思い出す。
つまりここが第五倉庫、広さとしてもGAの存在としても未知の空間だと察する。
「ギァァァァ!」
「っ!?」
少しの考え事が大きな損害をくらうことになるとはこの事、視界が悪いのにも関わらず注意ではなく思考を働かせたのが間違いだった。霧の中から突如感染者が出てきて襲いかかる。
顔は健全としているが両手には白いぶつぶつが複数個ある。間違いなく感染者、そう認識したときには間合いに入られており火炎放射機もサブマシンガンも雷鳥も向けられない状態。
「甘いよ、両方の意味で」
それはまんまと感染者に間合いに入られた甘さと感染者自信の詰めの甘さをかけた物だ。もちろんこんなギャグ聞いてる人はいないので存分に言える。
一人ギャグを言った直後、感染者の身体は飛ばされて向かいにあると思われる壁に激突した。
「ガァ!?」
自分でも何が起こったのかわからない感染者は頭を強打した衝撃で飛ばされた理由も分からず絶命する。
白色の霧がまるで風にでも靡かせられてるかのように動き回る。黒江を中心として霧が晴れていく光景の正体は魔法によるものだった。
「雷系統以外の魔法苦手なんだけど…」
などと抜かしながら人を吹き飛ばす程の威力と風力を持つ魔法の風は黒江の周りを囲むように回っていた。
先程の感染者が吹き飛ばされた理由はここにあったのだ。
風魔法は用途がとても高い。例えば先程のように相手を飛ばしたり、浮いたり、霧を晴らしたりと。
視界がどんどん晴れていき、気付けば全貌が明らかになるほど霧は薄くなっていた。
「やっぱりいた…プルシュガー。とそのお友達」
第五倉庫。長方形の部屋には椅子やら机、はしごや扇風機、その他もろもろの小道具が乱雑に置かれていた。
その奥、距離数十メートル先に汚れた白色のシルエットが露になった。
「プシュー…プシュー…」
プルシュガーの姿を簡潔に言うなら大量の泡だ。
こどもの頃にシャンプーの泡をたくさん作って一つの大きな塊にしたことが誰しもあるだろう。それを思い浮かべればプルシュガーの姿が容易に想像できるはず。
泡に発生したシャボン玉が破裂するときプルシュガーは白い霧を放出する。自分の身体で泡を作って破裂させてまた作る、これを呼吸をするのと同じように何度も繰り返す。
「それに当てられた人は仲間になる。そんな所に固まってたんだね…元同僚さん」
そしてプルシュガーを守るように数体の感染者が私と相対する。立ち尽くし動こうとしない感染者達はこちらに目を向けて唸り声を上げるだけ。
一目見て分かった。彼らは魔法使い、任務で無惨にも送り込まれた被害者達だ。何年もたっているので顔や身体は白いぶつぶつで覆われてるが服装と持ってる武器で同僚だった事は予想できた。
「燃やす前にまずは感染者か…」
火炎放射機をキューブに戻して雷鳥を手に持つ。
出したり戻したりと無駄な行動が多いなと自分の中でツッコミを入れて剣先を感染者に向ける。
数は六体、プルシュガーを入れたら七体になる戦闘に多勢に無勢を感じさせる。
(感染者は魔法は使えないが身体能力はそのまま、それに武器も使うとなると厄介)
六人と一体、親玉のようにそびえ立つプルシュガーの存在感は雰囲気もする事ながら大きさも八メートルと中々の大きさである。
だが、それだけ。プルシュガーは攻撃手段を持ち得ないため感染者を全員倒せばこちらの勝ちは確定する。
「なら先手必勝!」
先に仕掛けたのは黒江である。身体に電気を流し込み身体能力を向上させた直進は周りの霧を風圧で吹き飛ばす程の速さ。
一撃必殺の攻撃は反応出来なかった感染者の首を跳ねて宙に舞わせる。
「このまま…っ!?」
体勢を建て直し続けて二人目と隣にいた女性と思わしき感染者の首を跳ねようとした最中プルシュガーが動いた。
複数に膨れ上がった泡が一気に破裂し、白い霧を放出する。
一気に視界が白くなり他の感染者を見失う。さらに放出した霧の勢いでまともに動けない。
「ちっ!どこに…」
そうして探してると一つ二つ三つと足音がこちらに接近してるのが分かった。それと同時に斧を振り上げてた男性の姿が目に入ったかと思えば勢いよくその斧を振り落としてくる。
「単純攻撃」
まともにくらえば力負けする現状で私は刀を頭の上まで上げて刀身を斜めにすることで斧の勢いを受け流す。
不発に終わった攻撃に戸惑う感染者の腹に蹴りの一撃を食らわす。
「ギッ!」
遠くに吹き飛ぶ感染者は壁に背中を強打し血の唾を破棄散らし怯んでいる。
追撃の構えを見せる私であったが発砲音と共に反射的に身体をよじり顔すれすれで弾丸を避ける。
霧でどこにいるか分からないが間違いなく感染者の攻撃であろう銃弾はとても厄介。
さらに、
「ギャァァァ!!」
頭上から短剣を振り落としてくる感染者に反応が遅れ、防御体勢をとるがその勢いに負けて後退りをする。
今度はこちらの番だと短剣の感染者が追撃の一撃を仕掛けようとしている最中に発砲。
「くそっ!」
またしても反応が遅れて雷鳥でガードする私は短剣の突きに風魔法を使い弾き返す。
体勢が崩れる短剣の感染者の首を跳ねようと雷鳥を振った。
「ガギィ…!?」
豆腐のように滑らかに切れた首は地面に落ちて身体が倒れる。
残り四体と雷鳥を構えた瞬間、腹に強烈な一撃が入った。
「うぐっ!?」
目を大きく見開き肺から空気が漏れるのを感じながら後方へと飛ばされる。身体が宙に浮き、このままでは壁に背中を強打してしまうと空中で身体を一回転させて体勢を整えて雷鳥を地面に刺す。
急に止まった身体は反動で強制的に足が伸ばされてしまうが後ろから迫っていた斧の感染者の顔面を蹴ることに成功する。
再度飛ばされた感染者は声を上げることもなく頭を強打して絶命する。残り三体となった時、雷鳥を引き抜いて殴った感染者を睨み付ける。
「グガァ!」
ボロボロの服からぶつぶつが見え隠れして感染された身体は全身血管が皮膚から浮き出ており、中には血管そのものが見えてる部分もあった。
感染者の特徴の一つとして希に全身の筋肉が活性化して生前の頃よりも強くなってる場合がある。このように通常よりも強くなってる者をこう呼ぶ。
「強化種」
未だ霧は顕在している中で見失うしなえば、またあの攻撃を食らってしまう。正直そう何発も食らってはこちらも痛手を負うので避けたい所だが…。
バンッ!!と発砲音と共にまたもや弾丸が飛んでくる。頭を狙ってるのか耳元に迫ってるのが分かりすぐさま身体を縮めて避ける。
すると強化種は消えて霧の中に溶け込む。
「中々の連携…前は同じメンバーだったのかな」
今回の任務においてプルシュガーの討伐よりもこの強化種の方が難だと薄々思い始める。
そもそも元の任務の巨大プルシュガーは強化種ではなく、ただの成長した者なのでそこまで大変ではない。
そう考えると今目の前にいるプルシュガーはまだ若いと言うべきだ。
だが、こいつは違う。
「うおっ!?」
いつの前か後ろに回り込んでいた強化種は敵の頭蓋を割ろうとストレートを決めてくる。それに気づいた私はすぐさま顔を横に傾けてギリギリで避ける。
巨大プルシュガーのカテゴリーは3だと推測される。だがこの強化種カテゴリーは同じ3だけれど、仲間の援護もあり3以上の難敵になっている。
そして発砲。霧の中から出てくる弾丸をすれすれで避けると強化種の追撃にあい、それもまた防ぐか避ける。
それが数度くり返された時、私は大きく息を吐いた。
「見つけた」
何発もの発砲から同じ場所、もしくは近しい場所から弾丸の感染者は撃っているのがわかる。そしたらやることは一つしかない。
強化種の攻撃を避けた直後身体に電気を流し込み、さらに風魔法で弾丸の感染者がいると思われる場所の霧を吹き飛ばす。
するとハンドガンを片手に持つ首の折れた男の感染者が突っ立っていた。すぐさま私はその首を跳ねるために突撃する。
感染者は物凄い速さで迫りくる生者に目で追えないながらも勘で三発発砲する。
「外れ」
が、その全てが不発に終わると弾の切れた感染者は何の抵抗もなくあっさり首を斬られる。
「グガァァァァァ!!」
サポーターが斬られ一体一の状態になった強化種は怒りの咆哮を上げて愚策に突っ込んでくる。
大きく口を開けて涎を垂らす強化種の両腕を切り伏せ、見開いた充血の瞳を持った顔を両断する。
流れるような二連撃に強化種も呆気なくやられる。
「あれ、後一体はどこに…」
瞬間、顔を歪める程の痛みが左足首に感じた。ゆっくりと足元を見ると四つん這いで私の足首を噛んでいるロングの女の感染者がいた。
顔は原型がなく全身がぶつぶつではなくぷっくらと水疱瘡のようなものが身体中に発生しており、まともに立てない様子だ。
噛まれた所からは血が流れて地面に落ちる。骨は砕かれていないが肉は喰われた。
「……!!」
歪んだ顔はすぐさま戦闘体勢の顔付きになり、雷鳥を持ってその首を跳ねる。足首から顔が離れてコロコロとボールのように転がる。
(噛まれた!、しかもなりかけに…)
感染者となりかけの違いは白いぶつぶつがぷっくらと膨らんでるがどうかで決まってくる。
そして感染者よりもプルシュガーのなりかけの方が感染速度は速い。
「ぐふっ!!がはっ!……はぁ…はぁ…」
噛まれてから僅か五秒後、寒気と全身の激痛に口から血の痰を吐く。
意識が朦朧とする。身体に力が入らない。今は何とか雷鳥を杖代わりに使ってるがそれも力が入らなくなれば意味を成さなくなる。
「プシュー…プシュー…」
感染者を失い、防衛手段を無くしたプルシュガーだが黒江の哀れな姿を見て安心したのか霧を勢いよく放射する。そういえばそろそろ五分立ってしまう。速く奴を殺さないと。
「ゲホッゲホッ!!…オェ!?」
一歩その足を踏み出した途端、体内から血が這い上がり青ざめた唇を紅く染めるように口から大量の血を吐き出す。
ヤバい。気持ち悪い。吐き気がする。寒い。力が入らない。息苦しい。血が止まらない。朦朧とする。前が見えない。全身が痛い。鼓動が速い。血の巡りが速くなる。血が消える。…立てない。
「………ぁ」
とうとう立つ力も失われたその身体は刀を手放し、前方に倒れる。自分の血で出来た血だまりに水音を立てながら浸かる。
灰色のパーカーが血の色に染まり、短パンの下も直に赤くなる。
生暖かい血は私の眠気を誘っている。このまま寝たら死んじゃうのかな。まだ十七なのに。お気に入りのヘッドホンが自分の血で汚れちゃう。死にたくない。目の前に転がってるあいつ見たいな感じに私もなるのかな。
それは先程、殺したなりかけの首だった。ちょうどこちらを向くように転がってる生首は何処か楽しそうに笑っていた。歓迎していた。
「ようこそ…」
そんな声が聞こえた。もちろん幻聴なのだろうが私にはもうどちらでも良かった。ただ、楽になりたかった。
荒かった息が次第に弱くなっていくのがわかる。激しかった鼓動も流れていた血もだんだんと弱く少なくなっていく。
「もう……だめ………………」
自分の瞳から輝きが消えていき、気づいたら真っ暗だった。
何も見えない、何も聞こえないそんな世界にただ自分のか弱い呼吸の音だけが響いていた。
しかし、それも次第に弱くなっていく。
「はぁ……はぁ………んぐっ……は……ぁ……………」
最後に小さく息を吐いて血の水面が少しだけ靡いたのを最後に黒江は完全に呼吸を止めた。
目を少し見開いて完全な死体と成り果てて地面に倒れる。




