十一話 プルシュガーの討伐2
コツコツと二人分の足音と響かせながら黒江とアンリは第二倉庫へと足を踏み入れる。
最初に目に入ったのは下へと続く直線の階段。
どうやら地下へと階段は続いていてその距離三十はあり、灯りは勿論ない。
「暗いですね」
「目が馴れるまでの辛抱だよ」
暗く先の見えない階段に顔を引きつらせるアンリの背中を押して先へ進ませる。
もう少し優しくしてもいいじゃん、と言いながらも何処か嬉しそうな彼女は鋭刺棒を指揮者のようにぶん回す。
正直な所、明かりは欲しいが敵に位置をバレてしまう恐れが多いため断念。
「何浮かれてるのか知らないけどあのうなり声はほぼ百でいるから注意して」
「分かってるわよそんなの!」
「声も抑えて」
立て続けに注意をする私にぷくぅと顔を膨らませるアンリはツンデレのようにそっぽを向いて歩き出す。
とりあえず暗闇の恐怖は消えたかなと安心するのと同時に膨らませ顔が可愛いと素直に思ってしまった。
「アァァァァ……」
「っ!?」
和んでいた空気も一瞬にして壊れる。
現在階段の終盤に差し掛かった所、そしてその先にあると思われる第二倉庫にうなり声の張本人がいるのは確かだ。
咄嗟に体を屈ませた二人はお互いに顔を見合わせた後、再度を足を動かす。
音を立てないように階段を下りきった二人の目線の先、まだ馴れない暗闇に蠢く一体の人形の物。
「感染者」
アンリの唇から落とされたその言葉が私の耳に入り込む。
体を密着させて未だその場に留まっている二人は軽く唾を飲み込む。
シルエットは間違いなく人間の者。
だが、それからは人ならざる者の気配を感じる。
折れているのか片足を引きずり、指先を変な方向に動かしながらピクピクと痙攣させる。
うなり声を上げて自分の血を地面に垂れ流す。
ここまではただの狂人者だ。
感染者の特徴は皮膚に出来た無数の膨らみである。
白く膨れ上がった物はまるで白ニキビが大きくなったかのようにぶつぶつと発生していて、それが全身に満面なく広がっている。
もちろん顔にもあるため原型を留めていない者も少なからずいる。
「…アンリ、分かってるね」
「えぇ、感染者を一撃で倒すには何処が機能してるのか見極める事が大事」
古文を覚えるように唱えた言葉は感染者と戦うに当たったて大事な事である。
今回の例でいくと足から首もとにかけて少量の白い膨らみ、顔にいたってはぶつぶつに埋め尽くされている。
つまり、聴覚も視覚もないということになる。
「これなら容易に倒せるわ」
鋭刺棒を構えるアンリは五メートル先にいる感染者のとある場所に狙いを定めて走り出す。
僅か四歩という短い助走の中では強力な一撃は撃てない、だから最適の一手を繰り出すには弱点を狙う。
「ふっ!」
「アァ!?____」
そこは脳ミソ。
プルシュガーは相手の脳を乗っ取り身体を動かしているため、そこを壊されたら必然として死に至る。
鋭刺棒が見事頭を貫き、相手に断末魔を叫ばせる暇の与えず感染者はその生涯を終えた。
「大丈夫?」
倒し終わったのを見計らい出てきた私はアンリの体調不良の有無を問う。
一般的に感染者と戦う時は炎系統の武器、または魔法を使うのがセオリーだが今回のように人数が少ない場合は一体一体確実に倒すのが好ましい。
だが、それは感染する恐れが少なからずあるためやる人はあまりいない。
「平気よこんぐらい」
ふぅと大きく息を吐いたアンリは笑顔で自慢気に言ってみせた。
汗一つかいてない事から感染はしていないと判断しても良いと私も調子を取り戻す。
「あのぐらいで自慢気にされてもね…」
「な、何よ!素直に褒めなさいよ!」
「声抑えて」
「んぐっ!?」
半目から繰り出される煽り口調は見事アンリを怒らせることに成功したが、案の定キーキーと高い声で叫ぶのでとりあえず口元を抑えて黙らせる。
何だが手に猛烈な鼻息がかかってるがそこは気にしないでおこう。
そして見ないでおこう。
アンリを煽ったのはこういう暗闇でやる任務は精神的に恐怖するため、本来の力を出せなくなる恐れがある。
と言うわけで煽ってみたが効果は絶大、アンリもいつもの調子に戻った気がする。
「んふー!んふー!」
鼻息の荒らさは調子以上だが。
一方で口を抑えられているアンリはこんな事を思っていた。
(黒江に口元抑えられて……!鼻息ヤバい絶対ヤバい。私の唇が黒江の手に当たってるぅ!?どうしようさっきの暗闇の密着だって興奮抑えるのギリギリだったのに……!ヤバっ鼻血出る。)
この心情、黒江も薄々気付いてるがあえて気付いていないふりをする。
お互いのためにそう!気付いてない素振りをする。
「目が馴れてきたが……これはタンク?」
口元を抑えていた手を離して辺りを見渡す。
途端アンリは自分の口に手を添えて顔を赤くしたかと思えば悶え始める。
いつもの調子だなと軽く無視してタンクと思われる物まで近付いてみるとそれは凹みこそあるけれど円形をしていて、私が知ってるタンクのそれとはまた別物だった。
「似てるけど違う……この球体の上にもう一つ球体があるばすなのに」
それは私達が暮らしているウォールドーム内に設置されている給水タンクだ。
だるま型のタンクは小さい球体に水が発生していて大きい球体に溜まっていくという仕組みだが、これはその発生させる所がない。
「まるで元々、水を発生させる技術がないかのよう」
「その時代にはないのよ」
先程まで悶えていたアンリが疑問に思っていた問いに答え合わせをしてきた。
その顔は少し真剣ではあったがそれよりも鼻に詰め込んだティッシュの方に意識を向けてしまう。
「アンリもしかして…感染」
「いえ違うわ、これはただの興奮ゲフンゲフン……気にしないで」
どんだけ私で興奮してんだよ、と心の中では思ってはいるが何も言わずアンリの次の言葉を待つ。
つい顔に出そうになるのを抑えて、真顔の半目でタンクに目線を送る。
「私達が生きている西暦2400年より300年前に作られたとされるわ。
その頃はまだ水を科学や技術、もちろん魔法での強制発生はあまり出来てなかったの。
出来てたとしてもタンクになんて使わないわ」
錆び付いたタンクに手を触れながら此方に目を向けてくるアンリの表情は真面目でそして少し悲しそうだった。
鼻血ティッシュさえなければ雰囲気作れたのになんて言えない空気は何とも言葉に詰まる。
「なるほど…第二倉庫は水溜タンク場か」
何とか出た言葉で話を繋げておもむろに腕に着けてある腕輪を起動させる。
すると目の前に画面が出てきて今回の倉庫の地図が表示された。
「第二倉庫は水を貯めておく場所、ならば次の倉庫は食料とか置いてあると思う。彼奴らから聞いてない?」
「彼奴らって政府のことね、いいえ聞いてないわ」
「そう」
だろうね、と画面を落として先に進む。
地図からして第四倉庫は直進百メートル先といった所、第四さえ抜ければ合流出来る。
「急いで行こう、五十分後には待ち合わせ場所の第七倉庫だから」
「えぇ、そうね」
二人の足音が少し速くなり、第二倉庫を踏破していく。
順調に進んで行く二人はいよいよ第四倉庫へと足を踏み入れた。
……みたいなことは現実では起きなかった。
「ねぇねぇ千香、少し気になったんだけどいい?」
「何ですか?」
「第一から二つに別れて第七で同じ時間に来るの無理だと思うんだよね」
「どうしてですか?」
「だってどちらかが一つ多く倉庫を抜ける必要があるじゃん」
地図には確かに表示されていた。
第一から別れて第二、第三がありその先に第四、第六があると。
そして二つに別れていた通路が第七でまた一つになり、進んだ先に第八がある。
だが彼女らは気が付かなかった、一瞬目では見ていたが小さ過ぎて見落としていた。
第五倉庫の存在を。
それが最悪の事態を起こすことになるとも知らずに。




