九話 プルシュガーの討伐
暗闇が私を包んでいた。
瞼を開けても何もなく、ただ真っ黒な世界が広がってる。
どうやら仰向けで寝ているらしく天井は底が見えないほど深く、吸い込まれそうだ。
「暗いのはあまり好きじゃない」
ふとそんなことを呟いた。
自分でもどうしてこんなことを言ったのか分からず、無意識としか言いようがなかった。
しかし、その言葉が通じたのか一つの光の柱が現れた。
暗闇を照らす一筋の光は吸い込まれそうな天井を穿つように続いていて先が見えない。
横を向いてその光を見ると眩しい。
とても直視は出来なかった。
気付けば私は歩いていた。
その光に向かってひたすらに何かを求めるように。
その足は重くなる。
次第に歩く速さが遅くなっていくのが分かる。
重圧とでも言うのだろうか、その光に近付くに連れて精神的に嫌な物が待っている気がした。
体はその光に行くのは反対していた。
それに叛くように頭ではその光に行くのは賛成だと全身の筋肉に動けと命令を出す。
「光だ……」
とうとう光の柱に到着し、その手前で静止する。
上を見上げるとやはり果てしなく続いていて、その光は私を何処かへ連れていってくれるような気がした。
その光に手を伸ばす。
救いを求める巫女の様に伸ばされた手は、指先は光に触れて…。
「黒江!?」
「はっ!」
気付いたらそこは休憩上だった。
仰向けで寝ている私は後頭部に感じる暖かい感触と覗き込むように見下ろすアンリの体勢から膝枕されていることがわかった。
「黒江!大丈夫?」
そう言いながら瞳に溜まった涙を指で拭ってくれた。
涙……、そうか私は今泣いてるのか。
荒れた吐息が聞こえてくるのも私が出している物なのか。
心臓の素早い鼓動が耳に入り、落ち着こうにも落ち着かない。
「うん、大丈夫…」
それでも安心させようとそんな嘘を吐いた。
本当は大丈夫じゃなかった、胸が苦しくて「助けて」と叫びたかった。
でも、それは出来なかった。
出来ない理由も話せないなら嘘を吐くしかないと私はゆっくりと上半身を起こした。
「本当に大丈夫なの?」
再度問いかけるアンリの表情はとても悲しそうで力になれないのとそんな事を言われてるような感覚に襲われる。
一瞬身体がびくつきながらもアンリの顔を見て微笑む。
「アンリは心配性だね」
震えてる瞳に微笑みかける私はそれだけを言って立ち上がる。
「帰ろっか」
大丈夫か…。
そんな分けないのに。
私はあの光の先を確かに見た。
救いの柱になるはずだったあの輝きの向こう側は…。
隻眼が支配する血水泥の地獄だった。
私、アンリはその後黒江と別れて自分の部屋に戻った。
気分転換になるつもりがあの男のせいで台無しになってしまった。
「ん~~、黒江…」
チャプンと風呂の湯が歪み、自分の落ち込んだ顔が映る。
湯気がたちこみそのボディが良く見えなくなっている。
特に胸が。
「あの男は何なのですか!黒江と知り合いの用ですが!?」
バチャバチャと今度は水面を叩いて分かりやすく怒る。
眉間にシワを寄せて両手で水面を叩きまくる。
落ち込んでるのか怒ってるのか情緒不安定である。
「それに隻眼って…」
帰り道の途中で黒江がポツリと溢した言葉があった。
隻眼、詳しいことは分からないがガイアントの上位種であるというのは聞いたことがある。
その姿、形は様々だが一つ共通してるのが目が一つしかないこと。
数こそ少ないが遭遇したという魔法使い達の声は何件か上がっている。
「黒江とあの男と隻眼に何の関係が…」
私は考える素振りを見せて頭を回転させてみたが何も思い付かず、直ぐに考えるのを止める。
一気に力を抜いて顔を上にあげて水面から顔だけが出る状態になる。
「何か言ってくれないと分からないよ、黒江」
寂しい声が自分から漏れて、それが途端に恥ずかしくなりゆっくりと湯に沈んでいく。
息を止めてぼやける視界を見ながら苦しくなるまで湯船の中に潜った。
朝6時、黒江達は一つの施設の前に車を止めていた。
そこはもう使われておらず、錆やら汚れやらが目立ち今にも壊れそうな建物だ。
「ここが今回の目的地、避難用倉庫です」
運転席から答える千香は眼鏡をくいっと上げながらタブレット操る
助手席にアンリ、後部座席に私とシルビィが座っている。
いや、シルビィは寝ていた。
「今回のミッションは第八倉庫にいると思われるプルシュガーの討伐です」
「プルシュガーってあの気持ち悪いキノコ?」
「ええ、無形状のプルシュガーは一言で言えば泡のような形をしているわ」
今回のミッションに対して知っている情報を確認しあう私とアンリは一度このガイアントにあった事がある。
その時知った事でプルシュガーは相手に胞子を浴びして乗っ取りゾンビのようにしてしまう。
「なるほど…つまり、私達はこれで感染した人達を燃やせと」
そうして掴んだ四角いキューブの中には火炎放射機が入っており、これを使い今回の任務を行う。
「それもそうだけど一番はプルシュガー本体ね、あれには炎系統の魔法や機械しか通じないから」
アンリはそうやって手のひらに小さな炎を作る。
プルシュガーには純粋魔法の炎や氷、雷等がとても有効的だがそれでは自分等が疲れてしまうため魔力を込めた火炎放射機を使って倒す。
「政府からの情報によれば想像より大きいらしい」
「具体的には?」
「通常の三倍だとか」
手のひらの炎を消して会話をするアンリと千香を他所に、本当かよと政府情報に疑いを持つも今はそれしか情報材料がないと信じるしかなかった。
「結構な被害も受けてるらしく政府は早急に倒すようにと言ってきた」
タブレットを操作しながら政府の命令を伝える。
どうやら倉庫の地図を確認しているらしく画面をスライドしていた。
「どうせ人員ケチって少ししか魔法使いを送らずにまんまと殺られたんだよ」
そして私は少しイライラしながら車を降りて外の空気を吸いにいく。
「なんか黒江、口調が…」
「それも仕方ないでしょう、政府を嫌う人ですから」
口調の違いに戸惑ったアンリに千香は平然と答える。
いつもの事だと。
でも、昨日の事があったからどうしても不安は立ちきれなかった。
私はこのプルシュガーの件については知っていた。
この任務事態は前々から存在していて何人もの若い魔法使い達が送り込まれていた。
最初は二年前、二人の男女の魔法使いがプルシュガーを討伐しに行った。
その頃のプルシュガーは通常の大きさだっただろうからそれほど強くはなかった。
プルシュガーは胞子を浴びせる以外に攻撃方法を取らないため、カテゴリー2とされている。
しかし、男女二人組は殺られてしまった。
原因は政府から支給された胞子対策の防具不備、これにより二人は感染しゾンビ化。
政府はこれをきちんと発表せずただ単純に殺られたと発表した。
そっからは他の魔法使い達が行っては帰ってこずの繰り返し。
胞子専用防具を支給していた政府関係者が捕まったのが半年前、それまでに何人もの魔法使い達が送り込まれた。
だが政府は謝罪の一つもせず、しかもこれを隠そうとした。
結果この事実を知ってるのは魔法使いの人口の一割という形になった。
ふぅーと白い息と共にため息を外に漏らす。
この件については私しか知らず、皆にも言うつもりはない。
言った所で状況が変わるわけでもないのにわざわざ言うことはない。
その代わりに胞子用の防具や火炎放射機械は支給された物ではなく自分等で持ってきた物だ。
私は仲間を殺させはしない。
前の時は救えなかったが今回は救って見せると空を仰いで大きく深呼吸をした。




