八話 昔の友達
アンリと黒江の対戦が行われていた中、観客席には数名ほどの魔法使いがそれを見ていた。
「ライフル弾を避けるとか何もんだよあいつ?」
「相当強いぞ」
「何かヘッドホンで音楽聞いてね?」
窓越しから見るその戦闘に観客の男性陣は各々声を上げて観戦していた。
「ねぇねぇ、あれ黒江先輩じゃない?」
「あ、本当だ。黒江先輩だ」
「黒江先輩ってあの政府に喧嘩売ってるあの?」
そして女子陣もまた各々声を上げて観戦していた。
「えっ、黒江って言った今?」
女子達の会話が耳に入った一人の男性が訪ねる。
その男性は膝まである地味な色のジャンパーを着用して清掃員が着そうな厚みのあるズボンを履き、そしてシーフキャップと双眼鏡を着けたような眼鏡?を目に装着していた。
どうやら黒いゴムの様なものを後頭部まで引っ張って止めている用だが双眼鏡の眼鏡を着けている理由は分からない。
「はい、そうですけど」
不気味そうにその男性を見つめる女性はゆっくり頷くと男性の双眼鏡のような眼鏡が機械音を出しながら引っ込んだり伸びたりした。
「そうか、そうかぁ。それは強いわけだな、うん」
両腕を組んで頷く男性は引きずった顔付きの女性の顔を見るなりグッと顔を近付ける。
「この目につけてる奴はねサーチアイと言うんだ」
コンコンと薄汚れたサーチアイを叩く男性に女性達は苦笑いを浮かべてその場を立ち去る。
その場にいた男性達もこそこそと笑いながら何かを話してる用だがそれには全く気にせず窓の外の光景を見る。
「いやぁ…懐かしいね柊」
黒焦げになったアンリを重そうに運ぶ黒江の姿を機械音を出しながらサーチアイのレンズが見ていた。
「アンリ…大丈夫?」
「うーん、まだビリビリするぅ」
闘技場を抜けたすぐ近くの休憩上で横になるアンリに声をかける。
休憩上と言ってもその作りは単純で銭湯にある休憩上とほとんど同じである。
簡単な敷き布団で横になっているアンリは魘されてる様子、少しは安静にさせた方が良いとそのまま寝かせる。
「電気強すぎちゃったかな?」
休憩上を後にした私はその横にある自動販売機でリンゴジュースを選びボタンを押す。
魔法の出力は抑えた筈だが、やはり人に使うのはあまりよくないと自重するとこを決めてジュースを取って休憩上に戻ろうとした。
「……何のよう?」
ゆっくりと対象者の方へ顔を向ける。
その半目を使い睨み付ける表情は憤怒そのもの。
「何だよ、あって早々怒り気味?」
地味なジャンパーに分厚いズボン、シーフキャップとサーチアイを着けた男が悠長に話しかけてくる。
「用がないなら帰って」
苛立ちを抑えられない私は何とか抑えようと話を切り上げ休憩上に向かおうとするが……
「帰れと言われても困るし、それに用ならある」
とその男は私の前に移動して見下ろし、サーチアイを動かす。
最初こそ睨み付けていた半目も次第に見てられなくなり下を向いてうつむき状態になる。
男が何を言いたいのかは大方想像は着くがこれに関しては話し合った筈だとそのうつ向いて見えない表情で伝える。
「あの闘技場での戦闘、俺見てたんだ」
「……それで」
…が、そんなものは男には通じず話始める。
これで何回目だろうと笑いそうになりながらも。
「柊、お前じゃ奴には勝てない」
それは私と男の二人しか知らない話。
誰もこの話に入ることすら出来ない事実の出来事。
そして二人が別れるようになった理由でもある。
「話はそれだけ?……他に無いなら」
「お前だってわかってるだろ!奴には勝てない!」
諦めろと彼は言った。
人前であるにも関わらず怒鳴る彼の顔は半分ほど見えないが真剣だった。
周りの魔法使いがチラチラと此方を見てくる。
休憩上近くというのもあり、人通りが多い。
人が見てくる。心配な顔をして。
ふと嫌なことを思い出した。
彼を見ると思い出してしまう、接点があるからだ。
頭が痛い。
私も思わず叫びそうになったが頭を抑えて何とか堪える。
表情は絶対に最悪だろう。
歯を食いしばって汗を流し手に持ったリンゴジュースを潰しそうになりながらも唇を開く。
「マジでもう帰って…」
「柊……!」
苦しそうにしていたのはわかっていた筈の彼は退くにも退けなくなり、また怒鳴ろうとした時。
休憩上から出てくる一人の女に目が向く。
「私の友達に何をしているのですか?」
緑の鋭い瞳が彼を貫く。
ふざけた熊の洋服を着ているが、そんなことはお構いなしに怒っているアンリはこれまで見たことがなかった。
「…お前は柊の友達か?」
「そうですけど貴方は?」
彼の前に立ちはだかるように私の前に立つアンリは質問を質問で返す。
すると、彼は小声で何かを言ったかと思うと「ふっ」と微笑する。
「友達だった者だよ」
そう言うと彼は私から離れてその場を後にしようと通路に出る。
騒動を聞いて止まっていた魔法使い達に「見せ物じゃないぞー」と手をシッ、シッとする。
その時、何故だか分からないが呼び止めようとした私がいて。手を伸ばして倒れそうになった。
「黒江!」
ちょうど目の前にアンリがいたことが項をなしてバルンッと大きな胸に顔を埋めるに至った。
「友達を大切にしろよ、柊」
ふわふわと暖かさで瞑りそうになっていた瞳を見開き、片脇から離れていく彼を見つめる。
それと同じタイミングで手を振ると人混みの中に消えていった。
「何なのですか?あの人」
最後まで睨み付けて怒りの声を上げるアンリは私を庇うようにぎゅっと胸の中に抱き締める。
意識が朦朧としていた。
急に怠くなり、自分では立てないほど体力を奪われた体験をしながらも重くなる瞼から覗く人波を見ながら消えた彼に手を伸ばした。
「……奏太」
瞬間、視界が暗くなり全身に力が入らなくなり意識を飛ばした。
人波に乗って闘技場の外へ向かう一際目立つ男がいた。
サーチアイを鳴らしながら歩くその姿はアンドロイドの様だ。
(まさか柊に友達が出来るとはな…しかもいい奴そうだ)
しかし、そのアンドロイドは口元を緩め微笑していた。
先程の件の後、男は逃げるようにあの場を去り、自分が要るべき場所へと向かおうとしていた。
「もう柊には友達がいるんだ、俺は必要ない……」
そんなことを呟き闘技場の出口をくぐった男は目の前にいる数人の武装した兵士と装甲車に目を向ける。
相手側も此方に気付いたらしくマシンガンを持ちながら近付いてくる。
「これで俺は俺のやりたいことが出来る」
近づいてきた兵士に二言程話した後、装甲車に案内される。
もう会うこともない戦友に別れを告げるように一度後ろを振り返り、そして呟いた。
「隻眼は俺が倒す」
だからお前は友達と仲良くな、とそんな言葉を残して装甲車に乗った。




