プロローグ とある惑星の終止符1
今まで当たり前のように存在していた物が突如無くなったら…それはとても悲しい事だと私は思う。
私にとって当たり前は家族がいて家があって町が栄えてて人々がいっぱいいて友達がいて…と他の人も考えてるような当たり前の物が私の当たり前。
それがあることに何の違和感もなく、逆にそれがないと違和感を持つ。私達はそれが当たり前のようにあるものだと思っている。
ではそれがもし突然無くなったら私達はどうなるのか。
今まであった日常が消え去ったら…。
「もう父さんは手が痛いよ…」
「なにいってんの?まだまだ買いますよ」
その日は父さんと母さんと私の三人で買い物をしていた。
ここの地域で最大のショッピングモールで食材や衣服に化粧品、漫画や文房具、ゲーム機等何でもある。
もちろんレストランもあるのでお昼はそこで済ませようと話をしていた。
「そうだよ父さん、まだ買いたいものはいっぱいあるんだからね」
両手に持たされた無数の買い物袋を持ちながら泣き言を言う父さんに追い討ちをかけるように言った母さんの笑顔は堕天使の如く美しくそして拒否権はないと威圧を送っていた。
そんな母さんに便乗した私は「「ねぇー!」」と女同士ハモりながらにこやかに笑う。
「全くお前は本当にお母さん似したな」
父さんの遺伝は黒髪だけか?と隣を歩く私をジロジロ見てくる。
まるで変態さんのように鋭い眼で見てくるので腕の皮膚をつねってやった。
「父さん…ジロジロ見すぎ」
半目になりながら皮膚をつねる私に「ごめんごめんごめん…」と何度も謝る姿を見た母さんはくすっと笑った。
「しょうがないわね少し早いけどレストランに行きましょうか」
その提案に私ともちろん父さんも賛成してレストランに向かう。
向かっている間も会話は途切れることはなく他愛ない話が続く。
私は幸せだった。
少し頼りないけどいつも私のことを助けてくれる父さんと何でも出来ていつも優しい怒ると怖い母さん。
とても幸せで楽しい家庭はいつまでも続くと思っていた。
「なにあれ~?」
後ろから聞こえた子供の声に私は顔を向けた。
所詮玩具かお菓子か何かだろうと子供の言うことだから大したことはないと思ったが、その子供が指差す方を見たとき私も口にした。
「なに…あれ?」
突如動かしていた脚を止めてそれだけを凝視する私にお父さんとお母さんは心配な顔をして近付いてきた。
「どうしての?」「大丈夫か?」そのような言葉が耳を通って反対側の耳に抜けていく。
いつもの私なら「大丈夫」と一言いえるのにこの時ばかりは口よりも先に指先が動いていた。
「お父さん……お母さん……あ…あれ…」
今にも発狂しそうなのを我慢して震える声でそれが見える方へ指を差して今見えている物を必死に伝える。
「あれ?あれってな……」
それを見たお母さんも私のように顔色を悪くして震え出す。
それは天井に無数に設置されたガラス張りの窓に張り付いていた。
上を向くと綺麗な青空と太陽が見えるようにされた天井ガラスが見えてはいけないものを見させてしまった。
「嘘だろ…」
ビキビキと天井ガラスにひび割れが起こる中、その音でようやく気付いた人もいる。
呆然とするお父さんは両手に持っていた買い物袋を地面に落としてそれを眺めた。
ビキビキと鋭い鎌のような六本の足でガラスにひびを入れていく。
薄茶色をしたそれは何かの昆虫にも見える。
ゴキブリの上半身にカマキリの下半身をあわせ持ったような見たことのない生物。
それにタコを絵に描いた時の口の部分みたいな物がガラスをチュウチュウ吸っているのがわかった。
「気持ち悪い」
それの姿に吐き気がしてきた私は目線を反らしてお母さんに抱きついた。
暖かい温もりが触れている所を通して伝わってきて落ち着くのだが今回は全く落ち着かず、むしろお母さんの心臓の鼓動が早くなっているのが聞こえて落ち着かない。
縦横五メートルの窓ガラス一個を覆うそれはとても大きいと予想が出来た。
それの大きさにショッピングモールの中にいる人は全員その姿に気付き、皆がその光景を眺めてしまう。
少し薄暗いショッピングモールの中で私達は動けないでいた。
まだ、その一匹だけだったら平常心を保てたと思うし今ごろ違うところに逃げてるだろう。
だが今の私はそんなことは考えられなかったしお父さんもお母さんも周りの人も同じ考えだと思う。
ビキビキ、ビキビキ、ビキビキ、ビキビキ、ビキビキ……。
それは一ヶ所にとどまらず何ヵ所、何十箇所からひび割れの音が聞こえてくる。
まるで囲いこんだことを教えるように一枚一枚の窓ガラスにそれは張り付いていた。
太陽の光が射さない位に……。
「ヤバイ!割れるぞ!?」
とある男性の声に皆が反応し即座に逃げていく。
悲鳴やら何やらがショッピングモールに響く中、天井ガラスのない場所まで走った。
このショッピングモールは三つに別れており、私達が向かおうとしていたレストランは別棟でしかも一番近く天井ガラスも無いため取りあえずの目的地となった。
「絶対に離さないで!」
「うん!」
父さんを先頭にして人の波を防ぎながら母さんに手を引かれて人混みを進んでいく。
皆が考えてる事は一緒でガラス天井の無い残り二つの棟へ避難をするため人の波が想像以上に来るため一人では歩けない状態だった。
数百数千の人の声で流れているアナウンスの声も聞こえず、どうなってしまうのか怖くなってきた。
ドックンドックンと心音も速くなって息苦しい。
……死にたくない。
「大丈夫……きっと助かるわ」
手を握っていたことで私の心拍数が分かったのか優しく声をかけてくれたお母さんの顔は微笑んでいた。
私を安心させる為に助かる保証なんて無いけどそれでも大丈夫だと言ってくれるお母さんに何だか恐怖が薄れた気がした。
「もうすぐ別棟に着くぞ!」
先頭を行くお父さんが目線の先に別棟の入り口を発見したのだろうか私達に教えてくれた。
この時、私は少し安堵していたと思う。
お父さんとお母さんがいて天井ガラスの無い別棟までも無事に辿り着いて………そんな安心からか見なくてもいい後ろを一瞬見てしまったのが間違いだった。
「助け……ブヘッ!!」
「いやぁ!?死にたくない!!」
「うわぁぁぁ!来るなぁぁ!?……ガハッ…」
もう一部の天井ガラスは割れてしまいさっきまで私達がいた場所はすでに血祭り状態になっており、逃げ惑う人々をそれが襲っていた。
容易に人を殺すそれに名前をつけるとしたら[怪物]としか言い様がなかった。
「うそ……」
吐き気がする。
絶命していった人々の臓器や何やらが視界に映る度に嘔吐しそうになる。
必死に口を抑えるも鼻につく異臭の臭いが吐き気を及ぼす。
それでも何とか別棟に辿り着いた直後。
ビキビキ……バキッ…。
パリンと一つの天井ガラスが割れたのを気に次々と連鎖のようにガラスが割れていく。
割れたあとから一体、また一体とそれが落ちてはショッピングモールに侵入していく。
鋭く尖った六本の脚を動かしながらショッピングモールを右往左往するそれらは人肉や臓器をタコ唇みたいな物で吸っていた。
チュパチュパと音を鳴らしながら美味しそうに死体に群がるその光景は正しく地獄だった。
「何なのよ…」
僅か三分弱の間にこうも世界は変わってしまうのか、私は嗚咽を出しながら別棟へ入っていった。
それから一時間が経過したのか……それまで上がっていた悲鳴も叫びも無くなり静寂な時間が過ぎていく。
今いる場所は別棟一階にある衣服屋さん。
そこのシャッターを閉めて身をし染めている状態だ。
「大丈夫よ、きっと助かるわ」
電気も消えた真っ暗な部屋でお母さんの胸に顔を埋めている私を優しく撫でながら囁いてくれた。
そんな私は涙を流しながら恐怖に襲われていた。
あのあと別棟に着いた私達が見たのは怪物とはまた違う生物による殺戮現場だった。
何百何千の死体が無慈悲に転がる中でそれを貪る犬型の怪物は血のよだれを垂らしながら美味しそうに食べていた。
灰色をした身体は筋肉質で犬と言うより虎やライオンに近い感じがする。
しかしながら一切毛が無く皮膚で覆われており、コモドドラゴンのような尻尾を持ち合わせたそれは全長二メートルにもなる巨体。
そして顔の八割が大きな赤い水晶玉の様なものになっており、その横に小さな瞳が左右に一つずつ付いている。
血のよだれを垂らしているその口からは無数の歯が見えてベッタリと血をつけている。
一言で言えば気持ち悪い生き物にとうとう私は嘔吐した。
今まで溜まっていた物が一気に出た感じで胃が凭れる。
だが結果的に地面にゲロをぶちまけたことで少しスッキリした私は口に付いているゲロを拭き取って呼吸を整える。
「ここは危ない…取りあえずの一階に降りよう」
お母さんが私の背中を擦る中でお父さんは一階に降りることを提案する。
二階に複数いる犬型のそれはどうやら一階には居らず、幸い近くに動かないエスカレーターがあるのでそこから一階に降りることができる。
「満那は俺がおぶって運ぶからお前は後から着いてきてくれ」
「分かったわ」
一階に降りることを承諾したお母さんはおぶられている私の背中を擦りながらエスカレーターを降りていく。
何人かの大人は犬型のそれを切り抜けようと正面から突っ込み襲われ血肉となったがそれ以外の人は突破したり一階に降りたりと皆別々の道に別れた。
そのまま出口まで行こうとしたがその付近でそれがチュパチュパと死体を吸っているのが見えたので取り合えず近くにあった衣服屋さんに逃げ込みシャッターを閉めた。
十分も満たない間に色んなことが起こりすぎて頭がどうにかなってしまいそうな私は必死にお母さんにしがみついていた。
今まで起こった全てが夢であってほしいと願いながらもいつかそれらに殺されてしまうのかと絶望を抱いていた。
「お嬢ちゃん…大丈夫かい?」
「大丈夫…ではないですけど。仕方ないですよね、いきなりこんな事が起きて私ですら怖いのにまだ十二歳の子供に耐えられる訳がありませんもの」
年寄りの人とお母さんの会話が耳に入り顔をあげるとお爺さんとお婆さんが私に優しく微笑んでいた。
衣服屋さんに逃げたとき、私達の他に中年男性三人とお爺さんお婆さんの八人が一緒にいた。
「可愛そうにねぇ、私達みたいな老いぼれは死んでも構わないけどこんな可愛らしい子まで恐ろしい目に遭うなんて」
お婆さんが頭を撫でながらそう言うと懐から一つのお守りを出して私に差し出した。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「満那です」
「そうかい満那ちゃんって言うんだね…いい名前ね。貴女は若いんだから生きないと」
そのしわくちゃな手が私の手に触れて少しくすぐったく感じる。
お婆さんが懐から出した一つのお守りを私の手のひらに優しく置かれた。
「プレゼントよ、大事にしてね」
「ありがとう…ございます」
少し頬を赤くしながら感謝すると「うんうん」と笑いながら頷くお婆さんがポンポンと頭を撫でてくれた。
私のお婆さんとお爺さんは生まれる前に亡くなってしまったので祖母と祖父の温もりというのはこういう感じなのかなと赤くなった頬が緩む。
「おっおい、これ見ろよ…」
ほのかな幸せと安心を感じていた最中に中年男性三人とお父さんはスマホの画面に映る映像を見ていた。
呼ばれた私達もその画面に目を通すと街中の風景が映し出されていた。
何回も聞こえてくる爆音、燃え盛る炎、崩れた家に転がる死体、どうやらYouTubeに生配信されてるらしい映像はどこもかしこも地獄だった。
「ここから出ても外はもっと大変ってことなの?」
お母さんはその映像に涙を流し、お爺さんお婆さんは険悪な顔つきになる。
先程までの幸せな感じは何処かへ消えた…いや、元より幸せな時など今は無いと私は映る映像を見ながらそう感じた。
その映像は生配信している男性が走りながら撮っているのでブレブレだがそこかしこから聞こえる悲鳴やら絶叫は良く聞き取っていた。
『あっ、戦闘ヘリだ!』
動画内の男性が空を飛ぶ複数の戦闘ヘリをカメラに映した。
そのヘリには機関銃やミサイルやらが装備されており、あの未知の怪物達を殺さんと一発ミサイルが放たれた。
とてつもない大きな爆発音と風圧が撮影者を襲い、次には獣のような唸り声が聞こえてきた。
命中したのかその声は次第に弱っていき聞こえなくなった。
次々に放たれるミサイルや機関銃が未知の怪物達を殺していく。
陸にいる怪物達は空にいるヘリに何も出来ず、ただ逃げ惑うばかりだった。
「これなら勝てるぞ!」
中年男性の声が衣服屋さんに響き、奮起を立ち上げる。
映像内には映ってはいないが恐らく陸上にも武装兵が怪物達を鎮圧するために戦っているだろう。
その未知の生物に銃が効くことが分かったことから皆心の何処かで安堵していた。
『何だあれは?』
それを見るまでは。




